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306号 2014/11/16
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

昨日、札幌は積雪25センチですって?うそでしょ!?まさか、この冬も積雪1メートルとの戦いなんてのは勘弁して欲しい。昨冬のあれには心底まいってしまったものな。ま、あと3か月もすれば梅の花が咲く・・・とでも考えないと、とても生きてられない。

目次

1)リビアが忘れられている
2)プーチンとの付き合い方:フィンランドの視点
3)英国とEU:「出て行きたければ、どうぞ」(!?)
4)胎児は「人間」か?
5)胎児損傷:犯罪者がいない犯罪
6)『命令違反し9割撤退』の伝わり方
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声
*****
バックナンバーから

1)リビアが忘れられている

いきなりですが、上の写真をクリックしてみてくれません?英国のキャメロン首相がどこかで群衆に向かって演説をしており、次のように呼びかけています。
  • Your city was an inspiration to the world as you threw off a dictator and chose freedom.
    あなた方の町は世界の人びとに感動と激励を与えました。あなた方は独裁者を倒し自由を選択したのですから。
時は2011年9月15日、場所はリビア東部の町、ベンガジです。キャメロンの言う独裁者とは、もちろんあのカダフィ大佐のことです。ベンガジは2011年に起こったリビア内戦で反政府勢力の拠点となった町ですよね。
  • 英国とフランスのみなさんの友人たちは民主主義を建設しようとするみなさんと共にあります。
    Your friends in Britain and France will stand with you as you build your democracy.
というキャメロンの言葉に集まった群衆は熱狂的な拍手を贈った。

リビアは1969年にカダフィを始めとする青年将校グループによってクーデター政権が誕生、以後40年以上もカダフィが指導者として君臨していた。が、2011年2月に反政府デモが起こり、それが内戦にまで発展、8月に首都トリポリが陥落してカダフィ体制は崩壊、カダフィが10月20日に殺され、10月23日に反カダフィ勢力によってリビア全土の解放が宣言された。内戦の遂行にあたっては英国とフランスを中心とするNATO軍が反政府勢力を支援しており、9月にベンガジをキャメロンとサルコジ(仏大統領)が訪問、地元民の熱狂的な歓迎の中でキャメロンの演説が行われた・・・というのが最初の動画の背景です。


あれから3年、先日(11月2日)のThe Independentにパトリック・コックバーンという記者が
という見出しの記事を書いています。

コックバーンによると、現在のリビア人の生活は明らかにカダフィ時代よりも悪くなっており、無秩序の中で殺人だけが横行するという事態にまでなっている。しかしこれらはほとんどニュースにならない。なぜなら外国メディアが取材に行かないからです。なぜ行かないのか?現在のリビアがあまりにも危険だからです。BBCの報道によると、11月12日にトブルクという町で自爆テロがあり、少なくとも3人が死亡している。この町にはリビアの議会がある。本来は首都のトリポリにあったのですが、首都の情勢が危険だというのでトブルクに移された。

キャメロンはというと、2011年にベンガジで大演説をぶって以来、リビアへは一度も行っていない、だけではない。最近、イラクにおけるイスラム国への空爆について国会で演説した際にもリビアについては一言も触れることがなかった。英国による反カダフィ勢力の軍事支援がそれほどの「成功」を収めたというのなら、対イスラム国の空爆についてもリビアを成功例として語ってもよさそうなものなのに・・・というのがコックバーン記者の意見です。リビアのことなど忘れてしまったのか、憶えてはいるけれど現状を考えるととても「成功例」とは言えないことが分かっているから触れなかったのか?

政治家やメディアが忘却していく中で、2011年以来、国際的な人権団体は伝えるべきことを伝えているとコックバーンは言います。例えば内戦が続いていた頃、カダフィの政府軍によって女性が集団レイプされたという報道がなされたことがあり、それが欧米によるリビア爆撃を支持する世論を掻き立てたことがある。しかしAmnesty Internationalによると、その報道の根拠となった情報そのものに根拠がないとのこと。さらにHuman Rights Watchという団体は、つい2か月ほど前にベンガジで起こったかつての反政府勢力の民兵による反テロ活動家の殺害事件を詳しく報告しており、今年に入ってからリビア国内で起こった政治目的の暗殺事件は250件にものぼっていると言っている。

反カダフィ勢力を助けた欧米の意図が何であったにせよ、結果として起こっているのは「悲惨」(disaster)以外の何ものでもない。というわけで、コックバーンは
  • 外国による武力介入が行われる国には、どこであれ大破局がもたらされる、と言いたいに誘惑にかられてしまう。
    The temptation is to say that foreign intervention invariably brings catastrophe to the country intervened in.
と言いながらも、それは必ずしも正しい見方ではない(not quite true)とも言っている。彼の意見によると、例えばシリアやイラクにおけるクルド人保護のためのイスラム国爆撃は、正しいものであり、それによってイスラム国による大量殺戮を防ぐことができたと評価している。

ただ外国による武力介入は常に介入する側の利益のために行われるものであり、それが介入される側の利益と一致することもあるにはあるけれど、長続きはしないものである(seldom lasts very long)とコックバーンは言っている。これはアフガニスタン、イラク、リビア、シリアへの軍事介入にもあてはまる。

例えば9・11をきっかけとしたアメリカによるアフガニスタン攻撃(2001年)。あの当時はほとんどのアフガニスタン人がタリバンが打倒されることを望んでいたけれど、かと言ってタリバン以前の群雄割拠時代の復活を望んでいたわけではなかった。が、結果としてアメリカはそのような事態を受け入れてしまった。タリバンとの戦いは遂行するものの、アメリカはパキスタン国内にいるタリバンの「スポンサー」ともいえる勢力と戦うことまではしなかった。おかげでアフガニスタンは「終わりなき戦争」(endless war)の国となってしまった。

2003年のイラク爆撃はどうか?イラク人の多くはサダム・フセインによる独裁支配の終焉を望んでおり、アメリカによる軍事介入を歓迎はした。が、外国によるイラク占領を望んでいたわけではなかった。しかしアメリカはフセイン体制の崩壊がイランの利益になることを望んではいなかった・・・というわけで、自分たちの意に沿うような政権を作り上げるまでの間だけ占領政策を続けることにした。

アフガニスタン、イラク、リビアの例に見る限り、欧米の軍事介入は分裂気味の国内情勢をかかえた国に対し行われた。その際にはタリバン、フセイン、カダフィ、そして(シリアの場合は)アサドらの現体制の支配者は、その国の人びとが誰も好んでいない極悪人として描かれる。結果として、欧米が支援する反体制勢力が勝利するけれど、彼らとて国内の「一部の勢力」にすぎず、リビアの場合は自分たちだけでは勝てない勢力が欧米の力を借りてカダフィ体制の崩壊させたにすぎない。だから長続きはしない。イラクの場合は、フセイン政権崩壊で弱体化したスンニ派勢力は、単独ではアメリカの援護を受けたシーア派政権に刃向かうことができず、アルカイダを招いて共闘することになり、それが現在のイスラム国の台頭の基礎を作ることになった・・・。

で、話をリビアに戻すと、
  • カダフィ大佐にはカルトの教祖的な性格があり、国の支配も権威主義的ではあったが、大半のリビア人の生活は、そのカダフィに支配されていた時よりも明らかに悪くなっている。
    The majority of Libyans are demonstrably worse off today than they were under Gaddafi, notwithstanding his personality cult and authoritarian rule.
というのがコックバーンの結論です。

▼この写真の青年が掲げる横断幕には "Benghazi says No to terrorism"(ベンガジはテロに反対する)と書かれています。19才になるテロリズム反対の活動家であったのですが、今年の9月19日に暗殺されてしまった。同じ日に彼を含めて10人の活動家(いずれもベンガジ在住)が殺害されています。
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カダフィ政権崩壊と英国の過ち
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2)プーチンとの付き合い方:フィンランドの視点

11月5日付のGuardianにフィンランドのサウリ・ニーニスト(Sauli Niinisto)大統領とのインタビュー記事が出ています。英国の新聞にフィンランドの政治家とのインタビューが掲載されるのも珍しい。話題はウクライナ情勢に関連して高まっているロシアと欧米との緊張関係。EU諸国とアメリカはプーチンが抱えている不満(grievances)がいかに深刻なものであるかが分かっていないとのことで、フィンランドにはロシアとの友好関係を維持する努力を払ってきたという歴史があるけれど、かと言ってロシアに小突き回されるということもない・・・というのが大統領のメッセージです。

最近、ロシア空軍の戦闘機がフィンランドの空域を侵犯したことがあるらしいのですが、それについてのコメントは
  • どのような状況であれ、フィンランド流のロシアとの付き合い方は、何が自分たちの気に入らないのか、どこに線を引いているのか、そしていざとなったらフィンランドが何をするのかをはっきりさせるということだ。
    The Finnish way of dealing with Russia, whatever the situation, is that we will be very decisive to show what we don’t like, where the red line is. And that is what we are prepared to do.
というものだったのですが、ロシア機による侵犯があったときは、直ちにフィンランド空軍の戦闘機(アメリカ製)が発進、ロシア機と並んで飛行したところロシア機は逃げていったとのことですが、「もし彼らが逃げていかなかったらどうなっていたか?」という問いについては
  • 憶測は避けたい。
    I would not speculate.
とのことだった。

ご存知の方も多いと思うけれど、フィンランドはかつてスウェーデンの一部であった時代(1155年~1809年)があり、続いてロシアの一部であった時代があった。1809年~1917年がそれですが、ロシア革命と同時に独立国となった。

ニーニスト大統領は、ウクライナ情勢についてロシアのプーチン大統領と今年の8月、個人的に話し合ったことがあり、それ以後も連絡を取り合っているとのことで、その彼によると、欧米とロシアの間で高まっている緊張の責任の一端はEUとアメリカによるロシアの理解不足にある。プーチンはこれまでに西側諸国が快楽主義に走り、宗教も含めてロシアの価値観に対する敵対的な態度をとり続けていると不満を述べているけれど、欧米はこのようなプーチンの態度に対して然るべき注意を払っていない、とニーニスト大統領は述べている。

プーチンはロシア国内の保守派、極右民族主義者からの圧力にさらされており、昨年、アメリカがシリア爆撃をやらないと決めたことで大いに勇気づけられている。つまりロシアによる外交のおかげでシリア爆撃が回避された・・・とロシアは信じている。シリアへの爆撃をしなかったことが西側の弱さの象徴だと考えている。

ただヘルシンキの政府関係者によると、シリアの件はあくまでも「弱腰欧米」の一例にすぎないとロシアは考えている。この政府筋はまた
  • より大きな要因は、ロシアの行動ということになると途端にソフト路線になるEUとアメリカの態度にある。第一次チェチェン戦争(1994年12月~1996年8月)と2008年のグルジアへの軍事介入ではロシアは殺人行為をしたにもかかわらず、結局逃げ延びたのだ。
    A bigger factor is the consistent softness shown by the EU and the US when it comes to Russian actions. They [the Russians] have got away with murder since the first Chechen war and especially since [the Russian military intervention in] Georgia [in 2008].
という解説も加えている。それも欧米の対ロシア「ソフト路線」のお陰だというわけです。


ところで欧米対ロシアといえばNATO(北大西洋条約機構)対ロシア軍の対立ということになるけれど、フィンランドはNATOに加盟していないし、国内の世論もロシアからの反応を怖れてNATO加盟には反対の意見が強い。ロシア政府はこれまでにもフィンランドのNATO加盟には反対するという態度を鮮明にしており、フィンランドはガス資源の100%をロシアからの供給に依存しているのだそうです。

ただ微妙なのはフィンランドは必ずしも「反NATO」ではないということです。加盟はしていないけれど、アフガニスタンにおけるNATO軍の行動には貢献している。ロシアとEUの対立に関連して、フィンランドはNATOに加盟していないのにその庇護の下にあるというわけで、「NATOただ乗り」を指摘されることもある。ただニーニスト大統領によると、フィンランドとロシアとの間は1300キロという長い国境線で隣接している。これは他のEU加盟国がロシアに接している距離よりも長いのだそうです。つまり、いまフィンランドがNATOに加盟すると、NATOとロシアとの国境線は現在の2倍にもなり、NATOの対ロシア守備範囲が非常に広くなるということです。それでもいいんですか?ということ。

ただフィンランドでは来年の4月に総選挙がある。その際の論点がフィンランドの対ロシア、対NATO関係ということになる可能性がある。そうなると、NATO加盟論が上昇する可能性は大いにある(とGuardianの記者は見ている)。このインタビュー記事は、ニーニスト大統領の次の言葉で終わっています。
  • 私が心配するのは、(フィンランドのNATO加盟云々より)欧米とロシアの関係がますます冷戦に近い状態になりつつあるのではないかということだ。そうなると状況は非常に不安定なものになる。それが我々にとっての心配の種なのだ。しかし我々が直接的にも間接的にもロシアを怖がっているのかと聞かれれば、私の答えはノーなのだ。
    My main worry is the larger picture of getting close to a cold war. That would be a very uncertain situation and that worries us. But if you are asking are we afraid, directly or indirectly, of Russia, I would say no.”

▼SocMagという国際ニュースのサイトによると、フィンランドで暮らす外国人の数は約12万で全人口(530万)のざっと2%強なのですが、そのうちロシア人は2万5000人と最も多い部類に入る。さらにロシア語を第一言語とする人の数は4万人を遥かに超える。対岸のエストニアなどからの移民がこれに入る。

▼フィンランドとロシアの国境線の長さが1300キロとなっています。それってどんな長さなのかと思って地図を調べたら、ざっとですが青森市と広島市の間の距離でありました。日本人は他国と陸続きになったことがないのでピンと来ないけれど、1300キロの国境線というのは長いですよね。
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フィンランドが気にするロシアの「歴史認識」

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3)英国とEU:「出て行きたければ、どうぞ」(!?)
 

上の写真、左はドイツのメルケル首相、右は英国のキャメロン首相です。メルケルがキャメロンに「出口はあっちよ」と言っているようにも見えません?何度か紹介したことですが、来年の選挙で保守党が勝った場合、2017年に英国がEU加盟し続けるかどうかを問う国民投票が行われます。前号のむささびジャーナルで、EUからの離脱を主張する英国独立党(UKIP)が大躍進しているという話をしましたよね。11月8日付のThe Economistは
  • ヨーロッパの件について、アンジェラ・メルケルがキャメロンに圧力をかけている。
    Angela Merkel puts pressure on David Cameron over Europe
という内容の記事を掲載しています。

EUとの関係でキャメロン首相が最近声を荒らげている問題が二つあります。一つはEU域内からの移民の問題、もう一つはEUの予算について英国が追加の支払いを求められた件です。後者の方から先に説明すると、今年度(2014年)の予算に関連してEUが英国に対して21億ユーロ(約2900億円)の追加支払いを求めており、それに怒ったキャメロン首相が記者会見(10月24日)で「受け入れることができない」(unacceptable)という怒りのコメント発している。

EU加盟国からの拠出金の額は、それぞれの国の経済状況などを考慮に入れて毎年再計算が行われており、今回の場合はたまたま英国の景気が比較的良かったために追加の支払いを求められたというわけ。オランダやイタリアにも同じような請求が行っている一方でフランスのように払い戻しを受ける国もあるのだそうです。このことは英国も承認したEUの決まりに従って行われているだけでキャメロンが怒る方がおかしいというわけで、The Economistは、キャメロンができるのは分割払いにしてもらうように交渉する程度のことだろうと言っている。

メルケル首相がキャメロンに圧力をかけているのはもう一つの問題、すなわち移民、それもEU域内からの移民制限の問題です。キャメロンが主張していることが2点ある。一つはEU域内からの移民の数そのものを制限することであり、もう一つはEU域内から英国へ入国した移民については、英国政府の福祉制度(失業手当、家族手当、住宅手当等など)の適用を制限するというものです。

メルケルさんとしては後者(移民に対する福祉手当の適用制限)についてはドイツ国内でも同じような問題を抱えており、キャメロンの言うことに同情的なのですが、前者(移民の数そのものを制限する)については「移動の自由はEUの基本原則」(basic principle of freedom of movement)であり、絶対に妥協ができないポイントだと考えている。The Economistはドイツの週刊誌、Der Spiegelが
  • メルケル首相が、EUの移民制限に関するキャメロンの主張について「後戻りできない線を超えてしまった」と考えている。
    Angela Merkel, the German chancellor, considered that a recent vow by Mr Cameron to curb EU immigration had taken Britain to the “point of no return”.
と伝えていることに触れて、「多少の誇張はあるにせよ、それまでのメルケルの発言からすると、Der Spiegelの報道は間違っているとは言えない」と書いている。つまりメルケルとしては、キャメロンがそこまで言うのであれば「EUを抜けたいのなら勝手にどうぞ」と突き放さざるを得ない状態になっているということです。

こうしたメルケルの態度について、保守党右派の中には脅し(bluffing)にすぎないという見方が多いけれど、キャメロンの方でびびってしまっており、首相官邸筋からは「移民の数制限についてはとりあえず棚上げに・・・」という声も聞こえてくる、とThe Economistは言っている。要するにキャメロンは、英国のEU加盟は続けながら、しかも英国内の「外人嫌い」(xenophobic Britons)をなだめるのに苦慮しているというのが本当のところなのだそうであります。

と、そんなことでキャメロンがうろうろしている一方で、EU域内からの移民は英国にとって利益を生んでいるとする報告書(Positive economic impact of UK immigration from the European Union: new evidence)がロンドンのユニバシティ・カレッジによって発表され、それが英国内のメディアでも取り上げられたりしている。それによると、EU域内から英国へやってくる移民たちは大体において英国人よりも学歴が高くて生産力も高く、2001年から2011年までの10年間で200億ポンド相当の収入を英国政府にもたらしているのだそうです。

一方、The Economistによると、ごく最近ドイツの国会議員がロンドンを訪問、英国の議員と意見交換を行ったらしいのですが、ドイツ議員は最近の英国政治における独立党(UKIP)の勢いに驚いたというコメントを残しています。
  • もしキャメロンが欧州からの抵抗にもめげず現在のような反EU的な路線を進むならば、彼は自分ではその気がないのにUKIPが最も望んでいる期待を満たすことになるだろう。すなわち英国のEUからの脱退である・・・というのがベルリンの関係筋の見るところである。
    Should Cameron continue on his current path despite the resistance, sources in Berlin believe, he will unwittingly fulfill UKIP's greatest desire: Britain's exit from the European Union.
とThe Economistは報じています。

▼2017年の国民投票ですが、これは来年(2015年)の選挙で保守党が勝つことを前提としてキャメロン首相が昨年1月に約束したものです。負けたらどうなるのか?労働党や自民党に関してはもともとがEU寄りであり、来年の選挙で労働党の単独政権、労働・自民の連立政権が誕生した場合は国民投票は行われない公算が強い。
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4)胎児は「人間」か?
11月5日付のGuardianに
という見出しの記事が出ています。「アルコール」、「胎児」、「殺人未遂」・・・何のことだろう?と思って読んでみました。

北イングランド(町の名前は明らかにされていない)に知的+容姿的な障害をもった7才になる女の子がいるのですが、現在この子の障害をめぐってある裁判が行われている。それはこの子がまだ母親の胎内にいたときに母親がアルコール漬けの毎日を送っていたとされることに関係しています。母親のアルコール摂取がどのような程度なのだったのかというと、ウォッカをボトルに半分、強めのビールを8缶、これをお腹に赤ちゃんを宿しながら毎日飲んだらしい。そのことが理由で女の子は胎児性アルコール症候群(Foetal Alcohol Syndrome:FAS)という先天的な脳障害をかかえた状態で生まれてきた。英国保健省が定める妊婦が摂取してもいいアルコールは一日ワイングラス(小)一杯となっているのですが、そのような基準の有無にかかわらずこの母親の飲みっぷりはまともではないですよね。

現在、7才の女の子と母親は別居しており、子供は彼女が暮らす町当局からの財政支援のもとで生活している。裁判は女の子を養育している地方自治体が、刑事傷害補償局(Criminal Injuries Compensation Authority:CICA)というお役所を相手に起こしたものです。CICAは、自らには全く落ち度がないのに傷害を負わされた犯罪の犠牲者に、政府が然るべき補償金(compensation)を支払うことを目的に設置されたお役所です。つまり社会福祉の一環としてこの子を「養育」している地方自治体が、女の子になり代わって政府機関に補償金の支払いを求めている・・・それがこの裁判です。裁判の争点は、この女の子が「刑事傷害事件の被害者であると言えるのか」という点にある。そのように言えるとするとCICAに対して補償金の支払いを求めるのは当然ということになる。

この母親は13才のころから酒を飲み始め、17才で本格的、18才で最初の子供を産んだころには麻薬までやっていた。ソシアルワーカーなどからも、過度なアルコール摂取が胎児の健康に影響をあたえるかもしれないと警告されていたにもかかわらず飲み続けたものであり、そうなると殺意はないにしても結果として人の命を奪ってしまう「故殺」(manslaughter)の罪にあたり、この場合は胎児の命が奪われたわけではないのだから「故殺未遂」(attempted manslaughter)にあたる・・・というのが地方自治体側の主張です。


控訴院という裁判所で現在争われており、第一審では自治体側の言い分が認められたのですが、第二審ではそれが退けられて、CICAに補償金支払いの義務はないということになった。その理由は
  • まだ生まれていない子供は法律的には「人間」ではなく、従って刑法的な犯罪行為の対象にはなり得ない。
    an unborn child is not a person in law and therefore no criminal offence could have been committed.
というものだった。まだ「人間」にはなっていない「胎児」をいくら傷つけても法律的には犯罪が成立しないということですね。Guardianによると胎児性アルコール症候群については、現在英国全土で80件もの裁判が係争中であり、今回の裁判がどのような結論に達するかが大いに注目されている。

今回の裁判について、地方自治体側の弁護士は、「女性を犯罪者扱いしようというものではない」(not about the criminalisation of women)としており、争点はあくまでも「胎児として傷害を受けていたにもかかわらず生まれてきた子供が、CICAの定める犯罪被害者として補償の対象になるのかどうか」にあるとしています。CICAによる補償金の請求や支払いの過程には母親は全くかかわらない、と言っています。

Guardianによると、アメリカにおける似たようなケースでは母親が刑務所に入れられたこともあるそうなのですが、英国でもいろいろな意見があるようで、Birthrightsという妊婦の人権保護団体などは
  • このようなケースを刑事犯罪扱いすることは女性と乳児の健康には何の役にも立たない。
    Viewing these cases as potential criminal offences will do nothing for the health of women and their babies.
として、あくまでも妊婦の中毒症対策のような公衆衛生(public health)の問題として考えられなければならないと言っている。

またGuardianには控訴院の裁判官の一人によるコメントも出ているのですが、それによると、現在の英国の法制度では、母親による明らかな「義務違反」(negligence)の場合でも子供が母親を訴えることはできないことになっており、「法的な不備がある」(a bit incoherent)と言っている。つまり家庭崩壊(family breakdown)のような場合なのに子供が親を訴えることを許していないのはおかしいというわけです。

また補償金の支払いを求められているCICA側の弁護士は、個人が暴力犯罪によって傷つけられたというのであれば補償金の支払いは可能であるが、胎児は民法的にも刑法的にも「人」(person)としては扱われていないことを理由に、この母親が犯罪者扱いされるということは
  • 胎児に対して悪影響があるというリスクを知りながら低温殺菌されていないチーズや半熟卵を食した妊婦は犯罪者として非難されるのか。
    “a pregnant mother who eats unpasteurised cheese or a soft boiled egg knowing there is a risk that it could give rise to a risk of harm to the foetus” might also find herself accused of a crime.
という問題にもなってくるとして、自治体側の補償金請求に疑問を呈しています。

▼要するに胎児が「人間」なのだとすると、母親の行為は人間を傷つけるものなのだから「傷害」もしくは「殺人未遂」ということになる。この場合は母親が極端なアルコール摂取を行ったのだから、心情的に犯罪者とされても仕方ないと考えがちです。しかしこれがワインをグラスに2杯飲んでしまい、たまたま生まれてきた子供に障害があったというような場合はどうなのか?それでも犯罪者扱いされるのは理不尽ですよね。ということは、胎児を人間扱いすることに無理があるってことになる?

▼補償金を請求されているCICAのサイトを見ると、最初に次のように書いてある。
  • あなたもしくはあなたの知り合いが過去2年間に暴力犯罪によって傷害を負わされた場合、補償金を申請することができます。
    You can apply for compensation if you or someone you know has been hurt in a violent crime in the past 2 years.
▼つまり「犯罪によって」傷を負わされた場合に補償するということですね。このサイトには、事故(accident)による傷害についても書いてはあるけれど、暴力犯罪によるものに比べるとかなり面倒な手続きが必要な感じではある。この裁判については、Guardianのサイモン・ジェンキンズというコラムニストがエッセイを書いています。それはこの次に紹介しておきます。

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5)胎児損傷:犯罪者がいない犯罪
 

11月5日付のGuardianに掲載された、アル中の母親が胎児に与えたとされる損傷は刑事的な暴力行為に当たるのかという裁判をめぐる記事について、同じGuardianのコラムニストであるサイモン・ジェンキンズ(Simon Jenkins)が11月6日付のサイトで
という意見を寄稿しています。「胎児損傷は殺人未遂」と主張して政府機関からの補償金を求めている地方自治体側の発想を批判しているもので、書き出しは次のようになっています。
  • 胎児をアルコールで毒することが犯罪ならば、胎児を堕ろすことはなぜ犯罪ではないのか?もし妊娠中の母親のアルコール依存症が「殺人未遂」であるというのなら堕胎は間違いなく殺人ということになる。(補償金を請求している側の)弁護士が言うように、誕生前のアルコール中毒が乳児の生命を犯罪的に傷つけるというのなら、誕生後のアル中やそれ以外の似たような残酷な症状はどうなのか?
    If poisoning your foetus with alcohol is a crime, why is it not a crime to abort it? If alcoholism in pregnancy is “attempted manslaughter”, as a QC told the court of appeal this week, surely abortion is murder. Indeed if alcoholism before birth criminally harms a baby’s life, what about alcoholism and a dozen other cruelties after birth?
このコメントにある "manslaughter" は殺す気はないけれど、結果として人の命を奪ってしまうという意味での「殺人」であるのに対して、"murder" はずばり殺すつもりの殺人ということです。ジェンキンズは堕胎が"murder"だと言っているのではない。むしろ堕胎が犯罪にならないのだとしたら、アル中による胎児損傷を"manslaughter"と考えるのもおかしいではないかと言っている。英国では堕胎は基本的に合法です。


妊婦の過度なアルコール摂取によって胎児が傷つくというのはアメリカではよくあることなのだそうですが、アメリカの場合、数多くの母親(ほとんどが黒人)がこのようなケースで刑務所に入っている。つまり法律的にも実際にも犯罪者扱いされているということです。それに対して、英国のこの裁判の場合、アル中だったこの母親は犯罪者扱いされることがない一方で、犯罪そのものはあったというややこしいことになっている。犯罪はあったのに犯罪者が不在・・・確かにおかしい。

ジェンキンズ自身、アルコール中毒や妊娠中絶に関係した委員会に委員として関わったことがあるけれど、最も役に立たない委員といえば宗教関係者と法律家だったのだそうです。彼らは個人レベルでは度量が広い人たちかもしれないが、職業柄どうしてもドグマチック(教条主義的)であると同時に「誤った確信」(false certainty)にとらわれがちであったとのことであります。人間の生命とか遺伝、誕生などの問題にはどうしても道徳上の複雑な問題がからんでくる。
  • そもそも生命はどの時点で始まると考えるべきなのか?
    When really does “life” begin?
  • 受胎後2ヶ月以内の胎芽を人間はどの程度自由に扱っていいものなのか?
    How far should we manipulate an embryo?
  • 堕胎には遅すぎるという時期とは何なのか?
    What is a “too late” abortion?
ジェンキンズによると、法律家はこのような問題を議論するのが非常に弱い。いま英国が必要なのは哲学者である(We need a philosopher)というわけです。今回の裁判で中心になっているのは法律家であるわけですが、彼らは女の子の母親が、それと分かっていながら酒を飲むことで自分の子供を障害者にしてしまったと見なしている。胎児を堕ろす母親と産もうと思っている我が子(胎児)を傷つけてしまう母親・・・この二者の間の違いを弁護士や裁判官が理解しているのか?堕胎のケースは母親が自分を傷つけるものであり、アル中の母親の場合は将来の生きた人間を傷つける行為をしたことになる。法律家はこのあたりのことは分かっていない、とジェンキンズは考えている。

この裁判では、補償金を請求する地方自治体の弁護士が「女性を犯罪者扱いしているのではない」とはっきり言っている。しかし犯罪者の存在しない犯罪なんてあり得るのか?例えばサリドマイド事件によって奇形児が生まれたような場合は母親と胎児は切り離して考えられて補償金が支払われる。しかし過度な飲酒は意図的な行為(deliberate act)であり、それが「犯罪」であるというのなら母親は「犯罪者」でなければならない。そうなると母親を刑務所送りにする、アメリカのような方向に進まざるを得なくなる。ただ英国では、
  • 思慮深い人びと(専門家)のほとんどの意見では胎児は人間ではない。それが何であるかはともかく、人間でないことは確かであるとされている。となるとアルコール中毒の母親にとって必要なのは(飲酒に関する)警告であり、(中毒症状に対する)ケアと治療であって犯罪者扱いでないことは明らかだ。
    The response from most sensible people is that foetuses are not persons, whatever they turn out to be. Alcoholic mothers therefore need warning, care and treatment, not criminalisation.
非常に極端なケースとして、アルコール中毒のような母親がそれでも子供を宿す決意をした場合、裁判所は母親に対して「不妊」手術を命令することもできるだろう、とジェンキンズは言います。しかしそのような母親を非難と刑罰の嵐にさらしたとしても事は余計に悪くなるだけである、とも。

大体、最近の英国はどうでもいいような行為まで犯罪扱いして刑務所に入れたがる、とジェンキンズは言っている。1990年代の初め(サッチャーが政権の座から去ったころ)刑務所に入っていた英国人の数は4万5000人であったけれど、20年後の今、それが2倍にまで増えている。理由は簡単で、刑務所になど入れる必要があると思えない「犯罪者」までぶち込んでしまっているということ。この傾向は1997年のブレア政権以来特に顕著なのだそうです。万引き、ツイッター暴言、選挙違反・・・。中には戦争慰霊碑に小便をかけたというだけで刑務所に入れられたケースもある。どれもいいことではないけれど、刑務所に送るほどの犯罪か?というわけです。

少しくらい「バランス感覚」(some sense of proportion)というものがあってもいいだろう、というのがジェンキンズの言い分であり、何でもかんでも法律で規定するのではなく、個人の責任感に頼るという部分だってあるではないかということです。体内に生命を宿しているにもかかわらず酒を飲み続けることの善し悪しは個人のモラルの問題であって法律で規制するような問題ではないということです。

アル中の母親が胎児に損傷を与えたとされるという事件について、もし裁判所が「犯罪者のいない犯罪」(crime without a criminal)という理屈を採用して、CICAに補償金の支払いを命じるようなことになったら、胎児損傷の可能性があるようなことはどれも「犯罪」につながる可能性が出てくる。妊婦の中にはワイン好きもいるだろうし、タバコが好きな人だっている。それらを全て潜在的な犯罪行為にしてしまうことで、妊婦にかかる心理的な負担は実にひどい(appalling)ものではないか、とジェンキンズは言っています。

▼CICAに対して補償金を求めてる側の弁護士は「胎児として傷害を受けて生まれてきた子供が、CICAの定める犯罪被害者として補償の対象になるのかどうかを争っているのであって、母親を罰することを目的にしているのではない」と主張しているのですが、この時点ですでに矛盾していますよね。CICAの補償対象は犯罪の被害者に限るのだから、補償金が支払われたとしたら母親は「犯罪者」ということにならざるを得ない。母親を犯罪者扱いしたくないのであればCICAの補償金など求めてはいけないのですよね。

▼ジェンキンズの言うとおり、トニー・ブレアの労働党政権ができてから、やたらと「犯罪」が増えた。正確にいうと、、従来は犯罪ではなかったものが犯罪として裁かれるようになったということです。信じられないことですが、学期中の子供を海外旅行に連れ出した親に罰金を科すという法律まで準備されたことがあるんですからね。
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6)『命令違反し9割撤退』の伝わり方
 
11月12日付の朝日新聞のサイトに『吉田調書報道「公正で正確な姿勢欠けた」 報道と人権委』という見出しの記事が出ています。ことしの5月に朝日新聞が「原発 命令違反し9割撤退」という記事を掲載したところ、「福島の原発作業員が命令に違反して・・・」という報道は間違っているという指摘がなされ、結局、朝日新聞もそれを認めて謝罪したという、あの件です。憶えていますか?朝日新聞社の第三者機関である「報道と人権委員会」というところが、あの報道は良くなかったという趣旨の見解をまとめたというわけです。その気と関心のある方はここをクリックすると「報道と人権委員会」の見解を読むことができます。 

この「見解」の中で委員会が指摘している諸々の中に『命令違反し9割撤退』という見出しの「撤退」という言葉が適切でないというのがあります。吉田所長が所員に伝えていたのは、第一原発内の安全な場所への「退避」であったのに、彼らは10キロも離れた第二原発へ行ってしまった。委員会は
  • 「退避」と「撤退」では、読者の受け止め方はかなり違う。「退避」は退いて危険を避けるという意味で、戻る可能性もあることを含むが、「撤退」はそこを撤去して、退くという意味と受け止めるであろう。
と言っています。つまり「撤退」という朝日の見出しを見れば、所員たちは帰ってくるつもりなどなかったのだと言っていると解釈するのが普通であり、それに加えて「命令違反」という言葉が並べば
  • 通常の言語感覚からみて、否定的印象をことさら強めており、読者に所員の行動への非難を感じさせるものとなっている。
としています。単なる「撤退」だけでも悪いのに、「命令違反」だったなんて、許せねえ!と思わせるだろう、と委員会は言っているのですね。

ところで、このニュースが話題になったときに、朝日新聞の記事が外国メディアによってそのまま伝えられており、そのことによって日本と日本人の名誉が傷つけられたというような批判が数多く言われましたよね。この委員会の「見解」もそのことに触れて、外国メディアの報道によって
  • 東電の所員が命令を無視して逃げたとの情報が広まった。
と書いている。日本語の朝日新聞が「原発 命令違反し9割撤退」という見出しの記事を掲載した日に、同じ朝日新聞の英文サイト(AWJ)が英文情報を発信、次のような見出しをつけている。
AWJの見出しで使われている"defied"("defy" という動詞の過去形)には、"Openly resist or refuse to obey"(大っぴらに抵抗もしくは服従を拒否する)という意味があり、むささびがつけた日本訳「公然と反抗して」というのはそういう意味で使ったものです。

そして現地時間の翌日(5月21日)付けのNew York Times(NYT)とBBCのサイトが次のような見出しの記事を掲載しています。
NYTとBBCの記事が日本語の朝日新聞の紙面を参考にしたのか、AWJの情報をあてにしたのか100%ははっきりしないけれど、書いた記者がAWJの情報を参考にしたことは間違いないですよね。お気づきのことと思いますが、日本語の朝日新聞の「命令違反」という言葉を、AWJは「公然と反抗」(defied orders)、NYTは「命令にもかかわらず」(Despite Orders)と言い、BBCはそもそも「命令」ということを見出しでは使っていない。

そして3つの見出しに共通している言葉は "flee" の過去形である "fled" ですね。日本語の見出しでは「撤退」となっている。"flee"という言葉の定義は
  • Run away from a place or situation of danger
となっている。危険な場所や状態から逃れるという意味ですよね。"flee" という言葉に「尻尾を巻いてすたこら逃げ出す」というような、どちらかというと否定的な響き(ニュアンス)があるのかどうか、むささびには分からない。

ついでに上の3つ見出しに続いてそれぞれどのような書き出しで記事を掲載しているのか?
  • AWJ: Almost all workers, including managers required to deal with accidents, defied orders and fled the Fukushima No. 1 nuclear plant...
    事故に対処することが求められている管理職も含めて、ほとんどの作業員たちが命令に反し、福島第一原発を逃げ出した・・
  • NYT: At the most dire moment of the Fukushima nuclear crisis three years ago, hundreds of panicked employees abandoned the damaged plant despite being ordered to remain...
    3年前の福島の原子力事故において最も緊急の事態にあったときに、数百人の従業員が、その場に残るようにという命令にもかかわらず、パニック状態で傷ついた発電所を放棄した。
  • BBC: About 90% of workers at Japan's Fukushima nuclear plant fled at the height of the meltdown crisis in 2011, a Japanese newspaper has reported.
    日本の福島原発における作業員の約90%がメルトダウンの危機が高まる中で逃げ出した、と日本の新聞が伝えた。
「報道と人権委員会」の報告によると、日本語の朝日新聞の記事をAWJ用に訳したのは「長年翻訳作業にあたってきた社員で、AWJの次長もこれを了解した」となっています。

▼この委員会によると、朝日新聞(AWJ)の記事が故に「東電の所員が命令を無視して逃げたとの情報が広まった」とのことですが、NYTとBBCの記事を読んだむささびが感じたのは、あの事故が吉田さんや彼の部下たちを想像を絶するような不安・混乱に陥れたような大事故であったのだということであり、defy ordersだのfledだのはそうした大混乱の結果として起こったことだということです。つまり命令を無視して撤退した人びとを否定的に語る記事であるとはとても思えないということ。

▼ましてや「外国メディアの記事が故に日本や日本人のイメージに傷がついた」という考え方にはとてもついて行けない。むささびの想像によると、このような発想をする人たちは、外国メディアが絶賛した、あのFukushima Fiftyのストーリーに勝手に酔いしれていただけ。「見ろ、ガイジンも絶賛している、日本人て、なんてすごいんだ、誇りをもとうよ、な?な?な?」という、あれです。この手の人たちは、過酷な環境で作業をしているFukushima Fiftyの本人たちやその家族の気持ちを想ったことがあるのか?と考えると余計に腹が立ってしまった。

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門田隆将さんの朝日新聞批判:「命令違反」の真相
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どうでも英和辞書:altruism(利他主義)

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7)どうでも英和辞書
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white elephant:無用の長物


11月1日付のBBCのサイトに「スポーツの殿堂か無用の長物か?」(Sports cathedral or white elephant?)という記事が出ています。2020年の東京五輪のメインスタジアム(新国立競技場)のことであります。ザハ・ハディド(Zaha Hadid)というイラク出身の英国人建築デザイナーの作品が使われるのだそうですね。

BBCの記事は、アテネ五輪(2004年)の会場はいまや雑草が生い茂っており(overgrown)、北京五輪(2008年)のそれは観光施設ではあるけれど、スポーツ目的には全く使われていない。さらに2012年のロンドン五輪の会場(経済的と褒められた)もサッカー会場に生まれ変わるのに結構費用がかかっている・・・というわけで、五輪のたびにとてつもない費用をかけて作るメイン会場も結局は「無用の長物」(white elephant)になってしまう可能性が高いと言っている。

"white elephant" という表現についてOxford Dictionariesというサイトは「役に立たない持ち物で、持っているだけでお金がかかり、処分するのも難しいもの」と定義しています。その昔、シャム王国(いまのタイ)の王様が自分の気に入らない廷臣たちに、見た目に良くない(と思われる)白象を贈ったことが由来の言葉であるそうです。貰った廷臣たちは、王様からの贈り物だけに粗末に扱うこともできず持っているうちに維持費がかさんで破綻してしまう・・・それが王様の狙いだったということです。でも白い象の何がそんなにダメなんですかね。綺麗でよろしいんじゃありません?

それはともかく、新国立競技場がなぜ「白い象」になる可能性があるのか?BBCとのインタビューで建築家の槇文彦氏は「屋根付き」であることを挙げており、スポーツ会場には全くそぐわないとのことであります。槇氏がさらに怒っているのは、このデザインを採用することに決めた人びとの感覚が2008年の北京五輪の感覚と全く同じであるということです。すなわち・・・
  • 金ピカのテクノロジーを見せびらかしたいということですよ。そのことでみんなをあっと言わせたい。それと全く同じ心理が日本の政府にもあるということです。
    They want to show off shining technology so that people will marvel at it. It is exactly the same mentality in our government.

2020年にむささびが生きているかどうか自信はないけれど、このスタジアムが "white elephant" であるかどうかよりも、オリンピックを開催しようという考え方そのものが「見せびらかし」の欲求なのですよね。つまり五輪開催に狂喜乱舞している人たちのアタマからすると「世界をあっと言わせる」ことが重要であり、それが開催国である東京にとって "white elephant" であっても知ったこっちゃないということですね。
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8)むささびの鳴き声
▼6番目の「報道と人権委員会」の記事ですが、かつて週刊朝日と橋下・大阪市長がもめたときに発表された「見解」と悲しいくらい同じなのですね。朝日新聞はこの「見解」を誰に読んでもらいたくて発表したのでしょうか?どのような人たちが朝日新聞を読んでいるのか知らないけれど、この「見解」が、ごく普通の読者向きでないことだけは確かです。要するに社長が謝って、辞任して、何とか委員会が「見解」を出して、これで「いつもの状態」に戻る手続きは済んだってことですね。悲しいくらい、読者のことは考えない「いつもの状態」です。こんなもの、誰が読みます?

▼本文中で触れたAWJという英文サイトの記事の中で「命令違反」の「違反」という日本語にdefyという英語を当てたことについて、この委員会が次のように言っている部分がある。
  • 「所長命令に違反 原発撤退」の見出しと記事から、この英単語を選択した。訳したのは長年翻訳作業にあたってきた社員で・・・
▼むささびが期待したのは、例えば次のような文章です。
  • 翻訳担当の武田(小林でもいい)は、この仕事に携わるようになって10年、自分ではかなりの英語力であると思っている。「違反」を英語に直すにあたって、いろいろな単語が頭に浮かんだ。violateかな?これだと「規則違反」という意味になるよなぁ。ignore?「命令を無視」か・・・悪くない。protestだと「命令に抗議する」という感じで、組合運動みたいだな。「オレたちをこんな目にあわせやがって東電なんて絶対許せねぇ!」となるとdefyかな・・・・ああ、もう締切だ!
▼「報道と人権委員会」は記事を書くのが仕事ではないし、むささびのような意見は新聞というものが分かっていない人間の言うことなのだろうと思います(実際そのとおりですから)。しかし新聞社が語りかけなければならないのは「読者」であって、ライバル社でもないし、いわゆる業界関係者でもない・・・これは当たっていますよね。そしてむささびの想像によると、読者が求めているのは、社長が「誤報」と決めつけた紙面を、記者や翻訳者が何を考えながら作っていたのかということを、作った人たちの内面も含めてちゃんと報告することであり、読者はそこに記者たちとの接点を見るはずだとむささびは考えているわけ。はるか昔、ワシントン・ポストはそれをやっている。

▼(ぜんぜん話は変わるけれど)11月3日付の東京新聞の第一面に「渋谷に落語ホール」という大きな見出しの記事が出ていました。堀越謙三さんという人が作るのだそうで、この人は渋谷にたくさんあるミニシアターと呼ばれるものの草分け的存在なのですね。これまで渋谷には常設で落語が聞ける寄席がなかったのですが、堀越さんは「本当の落語が分かる高感度な若者を育てたい」と語っている。


▼むささびも落語が好きだったので学生の頃には寄席にも行きました。「新宿・末広」、「上野・鈴本」、有楽町の「東宝名人会」など。堀越さんには頑張ってもらいたいのですが、私が通っていた頃の寄席には問題もありましたね。特に落語がダメだった。噺家さんがいろいろな寄席を掛け持ちしているので、そそくさと話だけして逃げるようにして下がってしまうという感じが結構あった。だから私が落語を楽しんだのは、イイノホールとか国立演芸場のようなところでやる、いわゆる「ホール落語」かラジオの寄席番組の公開録音だった。堀越さんは69才だから私と大して変わらない。だから私の言う「ダメだった寄席」というのも分かってもらえるのではないかと思う。

▼東京新聞によると、新しくできる寄席での落語会の入場料は2500円だそうで、むささびの懐にはちょっと高い。コントや漫才もあるらしいのですが、いずれにしてもやっつけ芸だけは止めにしてほしい。それにしても最近は便利になりましたよね。落語だってYoutubeでいくらでも聴けてしまう。この際、「むささび名人会」を下記のとおりお楽しみください。特に最初の桂文治と最後の桂枝雀は最高だと思います。
▼上記の落語のうち志ん生の『火焔太鼓』というハナシは、お人好しの古道具屋が、お侍に古い太鼓を買ってもらうというものなのですが、どのような値段をつければいいのかよく分からない。そこでお侍が「300両ではどうだ?」と切り出す。すると古道具屋がドギマギしながら「300両てえのは・・・それは・・・何なんです?」と聞き返す。そういう会話で笑わせるわけですが、数字もあまりにも大きくなるとなんだかよく分からないということがありますよね。

▼例えば「100万秒って、どのくらいの長さ?」と聞かれて答えられます?あるいは「10億秒って何?」なんて言われても困ってしまいます。答えは100万秒というのはざっと11日、10億秒は31年だそうであります。クチで「イチ・ニ・サン・・・」とやると、10秒はたぶん10秒ですよね。でも10億秒だとそうはいきませんね。10億の一つ手前の「9億9999万9999」なんて、それだけでも3秒か4秒はかかりますよね。つまりクチで1から10億まで一つずつ数えると、60年はかかるかもしれないな。


▼と、何を書いているのか自分でも分からなくなってきた。このへんで止めにしないと・・・おあとがよろしいようで。
 
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むささびへの伝言
バックナンバーから
2003
ラーメン+ライスの主張
「選挙に勝てる党」のジレンマ
オークの細道
ええことしたいんですわ

人生は宝くじみたいなもの

2004
イラクの人質事件と「自己責任」

英語教育、アサクサゴー世代の言い分
国際社会の定義が気になる
フィリップ・メイリンズのこと
クリントンを殴ったのは誰か?

新聞の存在価値
幸せの値段
新聞のタブロイド化

2005
やらなかったことの責任

中国の反日デモとThe Economistの社説
英国人の外国感覚
拍手を贈りたい宮崎学さんのエッセイ

2006
The Economistのホリエモン騒動観
捕鯨は放っておいてもなくなる?
『昭和天皇が不快感』報道の英国特派員の見方

2007
中学生が納得する授業
長崎原爆と久間発言
井戸端会議の全国中継
小田実さんと英国

2008
よせばいいのに・・・「成人の日」の社説
犯罪者の肩書き

British EnglishとAmerican English

新聞特例法の異常さ
「悪質」の順序
小田実さんと受験英語
2009
「日本型経営」のまやかし
「異端」の意味

2010
英国人も政治にしらけている?
英国人と家
BBCが伝える日本サッカー
地方大学出で高級官僚は無理?

東京裁判の「向こう側」にあったもの


2011
悲観主義時代の「怖がらせ合戦」
「日本の良さ」を押し付けないで
原発事故は「第二の敗戦」

精神鑑定は日本人で・・・

Small is Beautifulを再読する
内閣不信任案:菅さんがやるべきだったこと
東日本大震災:Times特派員のレポート

世界ランクは5位、自己評価は最下位の日本
Kazuo Ishiguroの「長崎」


2012

民間事故調の報告書:安全神話のルーツ

パール・バックが伝えた「津波と日本人」
被災者よりも「菅おろし」を大事にした?メディア
ブラック・スワン:謙虚さの勧め

2013

天皇に手紙? 結構じゃありませんか

いまさら「勝利至上主義」批判なんて・・・
  
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