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むささびの鳴き声
100 Small is Beautifulを再読する

今から40年ほど前、英国でSmall is Beautifulという本がベストセラーになったことを、私は漠然と記憶しています。 かなり斜め読みですが、私も読みました。著者はEF Schumacher。サブタイトルがA study of economics as if people matteredとなっています。「普通の人々を中心に経済学を考える」という意味ですが、大量生産・大量消費のライフスタイルが生み出す問題点について検討しながら「小さいことはいいこと」を主張しています。多分次のくだりがSchumacherのメッセージなのでしょう。

Ever bigger machines, entailing ever bigger concentrations of economic power and exerting ever greater violence against the environment, do not represent progress: they are a denial of wisdom. Wisdom demands a new orientation of science and technology towards the organic, the gentle, the non-violent, the elegant and beautiful.
限りなく大型化する機械、限りなく大きな規模で集中する経済のパワー、限りなく大きな力で環境を破壊する暴力・・・これらはいずれも進歩とは言えない。知恵の否定でしかないのだ。知恵が要求するのは、科学・技術に、有機的で優しく、非暴力的、優雅、美しいものに向かう新しい方向づけなのだ。

「大きいことはいいこと」という経済政策が大勢の時代にあってSchumacherが提案したのは人間の背丈に見合った経済開発(発展)だった。経済学の本なのにthe gentle, the non-violent, the elegant and beautifulなどという言葉が頻繁に出てくる。これも「人間の顔をした経済」という彼のこだわりと関係しているのでしょうね。

I have no doubt that it is possible to give a new direction to technological development, a direction that shall lead it back to the real needs of man, and that also means: to the actual size of man. Man is small, and, therefore, small is beautiful.
技術開発に新しい方向性を持たせることは全く可能である。その方向性によって、科学技術は人間が真に必要としているものの開発に向かうであろう。すなわち人間の身の丈にあった技術開発ということである。人間は小さいのだ。従って小さいことは美しいことなのだ。

Schumacherが特に力を入れたのが、いわゆる開発途上国の経済開発に欧米のやり方を押しつけるのではなく、小規模ながらその国に見合ったやり方で進めるということだった。彼が設立した中間技術開発グループ(Intermediate Technology Development Group:ITDG)という組織はスーダン、ネパール、ペルーなどでそれぞれの昔ながらのやり方による農業を奨励する活動を行っています。

この本が英国で出版されたのが1973年、前の年に第一回の国連の持続的開発に関する会議(UN conference on sustainable development)が開かれており、Greenpeace、Friends of the Earth、英国緑の党のような環境保護団体が結成されたのもこのころです。

福島原発の事故があって、40年ほど前に購入したこの本が原子力発電について何か書いてあったのかどうかが気になってもう一度開けてみたら、"Nuclear Energy - Salvation or Damnation?"(核エネルギー:救いなのか呪いなのか?)という章があって10ページにわたって原発の危険性について書かれていました。Schumacherは科学者ではなく経済学者です。その経済学者の立場から

What is the point of economic progress, a so-called higher standard of living, when the earth, the only earth we have, is being contaminated by substances which may cause malformations in our children or grand-children?
この地球、人類が有している唯一の地球が、将来の子供や孫の中で奇形を生むかもしれない物質によって汚染されているのに、経済成長が何だというのか?いわゆる高い生活水準が何だというのか?

と言っており「安全な扱い方さえ分かっていない(放射能という)毒物を大量に貯め込むことによって成り立つ経済的繁栄なるものは、どのようなものであっても正しいものとは言えない」と主張しています。

Small is Beautifulという本は当時はベストセラーになったけれど、最近はあまり語られなくなっています。出版30年にあたる2003年にThe Guardianがこの本について書いています。それによると、Small is Beautifulという考え方は決して主流の経済学者に受け容れられることはなかった(never accepted by mainstream economist)のだそうです。Julian Morrisという経済学者の次の言葉が最も一般的なSchumacher批判でしょう。

Most of the people in the world who currently don't have electricity would benefit from having it. The important thing is to get them electricity in the most efficient and costeffective matter, and avoid pollution. For that, we're not talking about local solutions, but solutions that come from the economies of scale.
現在、電気を持っていない国の人々はほとんど誰でも電気を持つことで利益を得るだろう。大切なのは、最も効率的かつコストも低く、汚染も起こさないようなやり方で、彼らに電気を与えるということなのだ。そのために必要なのは、(Schumacherの言うような)地元に合った解決方法ではなく、大規模な経済がもたらす解決方法なのだ。

「誰だって電気は必要だ。それを安価で地球温暖化をもたらさないようなやり方ができれば、それにこしたことはないではないか」というMorrisの主張はまさに原発推奨そのものですね。このコメントが紹介されたのは福島原発事故の前ではあるけれど、スリーマイル島やチェルノブイリの事故はすでに起こったあとのことです。「福島」のあとThe Economistが原発の是非を議題に誌上討論会をやっていましたが、かなりの大差で原発賛成が多かった。

ご存じかもしれませんが、英国で原子力発電所を使った電気が流れたのは1956年が最初でこれは世界初でもあった(日本は1963年)。

ところで、Small is Beautifulの中に気になることが書いてありました。1959年11月にモナコで開かれた国際原子力機関(International Atomic Energy Agency: IAEA) の会議で原子力発電所から出る廃棄物の処理をめぐって英米と他の諸国が対立、結局合意には至らなかったのですが、糾弾されたのはアメリカと英国が行っている「海に廃棄物を捨てる」(the American and British practice of disposal into the ocean)という行為についてだったとのことであります。Schumacherによると、海に捨てられていたのは"High level"な汚染物であり、"intermediate"(中間程度)や"low-level"のものは河川もしくは直接地中に捨てられているとのことです。

Small is Beautifulは決して経済学の主流派から受け容れられることはなかったとされており、その理由は現代の科学技術の発達を何から何までダメと決めつけていて、あたかも「人間は原始時代に戻るべきだ」と主張しているかのように受け取られてしまったということです。経済学といえば物質的な意味での生産性向上だけを考える学問という常識からすると、Schumacherのようにそれぞれの生き方まで考慮の範囲に入れようとするのは「非常識」であったかもしれないですね。中にはSmall is Stupidという本まで書いた学者もいたくらいです。

この本が出た頃の英国は、「英国病」の真っ最中で、英国全体に自信喪失の雰囲気が漂っていたのですが、それから約6年後サッチャー政権が誕生したわけです。What's wrong with greed?(欲張って何が悪いのですか?)は有名なサッチャー語録の一つですが、彼女の考え方からすると、Schumacherのような考え方こそが英国をダメにしたエリート的発想ということになるのでしょう。彼女は原発大賛成だった。ところでSchumacherはもともとドイツ人で、英国へは留学生としてやってきてそのまま帰化してしまった人です。

福島原発事故のお陰で、日本では「脱原発」が流行語のようになっており、これまでの大量生産・大量消費型のライフスタイルや価値観を変える必要があるということも言われています。Schumacherのいわゆる「身の丈に見合った」生活をしようということですよね。私が思うのは「脱原発」が、65年以上も前に日本人が獲得した「平和主義」と同じような運命だけは辿っててもらいたくないということです。観念・思想だけが先走って生活感が伴わず、空中分解してしまうということです。

永田町(政治)+霞が関(官僚)+大手町(経営者)の連合軍が、手を変え品を変えて「脱原発」を攻撃してくる思います。「経済が持たない」、「世界から見放される」、「原発が悪いのではない、菅直人が悪いのだ」等々、新聞やテレビがいろいろなことを叫びたてます。これにワシントンが加わって、メディアは「脱原発は日米関係に悪影響」なんてことも言いだしかねない。どれも尤もなように響きます。むささびが思うのは、脱原発は、ゆっくりと着実に思考・実行すべきです。何をやっても完璧ということはないのですから。観念的にならず、「純粋」という名の「極端」に陥らないこと。

価値観の変革といえば、石原慎太郎・東京都知事が、東京に再びオリンピックを持ってきたいと言っています。石原さんの夢の実現の 可能性はともかく、彼の言葉の中に「東京の元気が日本を引っ張る」という、相も変わらぬ東京中心主義を感じますね。東日本大震災は、東京中心主義の終焉を告げるものであったはずです。ついでに言うと、派手派手しく国際イベントを開催して世界の注目を浴びて「さすが日本はすごい!」と言われることを「復興・復活」のきっかけ・目標にしたいという考え方とは違うものを目指した方がいいと思いません?[2011/7/3]


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