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316号 2015/4/5
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
桜の季節です。百人一首はやりますか?私が好きな桜のうたは「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」です。私も妻の美耶子も百人一首は好きなのですが、最近は記憶力がかなり情けない状態になっております。下の句が「しづごころなく花の散るらむ」という作品の「上の句」が思い出せなくて往生しました。ここをクリックすると答えが出ています。

目次
1)マニフェストの意味
2)2期目もやってないのに「3期目はやらない」!?
3)故意の墜落は絶対に防げない
4)日本の「停滞」が教えるもの
5)戦争の記憶:ロシアとポーランド
6)T・ピケティ:ユーロ圏はモンスターだ
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)マニフェストの意味

何度も言うけれど、5月7日は英国下院の総選挙です。3月30日付の英国メディアのサイトは「正式な選挙戦がきょう始まった」という見出しの記事を掲載していた。つまり国会がこの日に解散したという意味なのですが、正式な選挙戦って何?と思ったら3月30日付のLondon Review of Books (LRB)という書評誌に面白い説明が出ていました。書いたのはジャーナリスト兼作家のジョン・ランカスター(John Lancaster)。

英国の選挙委員会(Electoral Commission)の規定によると、選挙運動には「長期運動」(long campaign)というのと「短期運動」(short campaign)というのがある。実は「長期」のほうは昨年(2014年)12月19日に、「短期」が今年の3月30日にそれぞれ始まっているのですね。何が違うのかというと、選挙運動のために使っていいお金の額です。「長期」運動の場合は一つの選挙区につき3万700ポンド、「短期」は8700ポンドを使うことが許される。厳密にいうと、これら以外に使っていいお金として各選挙区の有権者一人あたり9ペンス(郡部)もしくは6ペンス(都市部)というのもある。使い道としては広告、集会、交通費、宿泊費等々、かなり細かく指定されている。

ランカスターはまた各党のマニフェストについても語っているのですが、マニフェストで謳っている事柄と選挙後に実際に作られる政策とは全く違うのだそうですね。

例えば2010年の選挙における保守党のマニフェストは「欧州で最も家庭的な国にする」(to make Britain the most family-friendly country in Europe)とか「どの患者も一日午前8時から午後8時まで、一週間7日、医者にかかれるようにする」(patient can access a GP in their area between 8 a.m. and 8 p.m., seven days a week)などが謳われており、実際に政策で中心になった「緊縮財政」(austerity)などという言葉は全く書かれていなかったのだそうです。「緊縮財政」を進めていくと、「家庭的な国」も「いつでもかかれる医療サービス」なんてできっこないのですが・・・。

その意味でサッチャー政権が誕生した1979年の選挙の保守党のマニフェストには、サッチャーさんの政策の中心となった「民営化」(privatisation)という言葉は全く入っていなかったし、ブレア政権が誕生した1997年の選挙における労働党のマニフェストはイングランド銀行の政府からの独立などということは全く書いていなかった。「民営化」「イングランド銀行の独立」「緊縮財政」の三つはいずれもその時代を形作った重要政策となったのだから、マニフェストに関しては、何を謳っているかではなくて、何が謳われていないかについて想いを馳せる必要があるということですね。
  • マニフェストは所詮は(見せかけが大事な)舞台芸術のようなものになってしまっており、そのことが情けない政治風景を余計に情けないものにしている。
    We have arrived at a point where the manifesti are largely works of performance art. It makes a dispiriting political landscape even more so.
とランカスターは言っています。

ちなみに来る5月7日の選挙用のマニフェストですが、労働党はChanging Britain Together(一緒に英国を変えましょう)というスローガンになっており、ミリバンド党首による
  • 私の仕事は、英国という国をひと握りの恵まれた者ではなく、誰のためにも働く国にすることです
    My mission is to make Britain work for everyone, not just for a privileged few.
という書き出しで始まっています。なぜか保守党のマニフェストが(4月3日の時点では)発表されていない。ジョン・ランカスターによると、実際には出来ていたのにキャメロン党首が「書き直し」を命じたのだそうです。

▼長期運動だの短期運動に使うことが許されるお金なんて知りませんでしたね。現在は当然「短期運動」の期間です。一つの選挙区につき8700ポンドを使える。選挙区は全部で650だから合計すると565万5000ポンドということになる。日本の金銭感覚でいうとざっと5億7000万円。これにそれぞれの選挙区における有権者一人につき6ペンス(都市部)もしくは9ペンス(郡部)使うことが許される。なぜ都市部と郡部で差があるのか?これがどこにも出ていないので分からない。ランカスターは「いずれにしても票が買えるような金額ではない」と言っています。確かに・・・。

▼保守党のマニフェストですが、1979年、政権を取ったときのマニフェストの序文はマーガレット・サッチャー党首の名前で次のような書き出しになっています。
  • 私にとって政治の中核に来るべきなのは政治理論ではない。それは人びとであり、彼らがどのような人生を送りたいと願っているのかということである。過去5年間、この国で暮らした人なら絶対にお気づきのことと思うが、英国社会は明らかに個人の自由を犠牲にして国家主導に傾きつつある。
    FOR ME, THE HEART OF POLITICS is not political theory, it is people and how they want to live their lives. No one who has lived in this country during the last five years can fail to be aware of how the balance of our society has been increasingly tilted in favour of the State at the expense of individual freedom.
▼確かに言葉としては産業の民営化を謳ってはいないかもしれないのですが、「国家」に対して「個人の自由」を掲げているところは「民営化」の匂いはしますよね。
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2)2期目もやってないのに「3期目はやらない」!?

上の写真、3月24日付の英国の新聞各紙に大きく掲載されたものです。右はキャメロン首相ですが、左は?BBCのジェームズ・ランデール(James Landale)という政治記者です。場所は?イングランドのコツウォルド地方にあるキャメロン首相の自宅の台所。二人は何をやっているのか?BBCの政治番組向けのインタビューです。首相がインタビューをするにしては変わった場所ですが、何故キッチンだったのかの説明はない。ただ、キャメロンがインタビューの中で行った次の発言が大きく報道されている。
  • いずれはフレッシュな目とフレッシュなリーダーシップが望まれる時期が来る。保守党にはテレサ・メイ、ジョージ・オズボーン(財務相)、ボリス・ジョンソン(ロンドン市長)のようなすごい人たちもいる。
    There definitely comes a time where a fresh pair of eyes and fresh leadership would be good, and the Conservative Party has got some great people coming up - the Theresa Mays, and the George Osbornes, and the Boris Johnsons.
これはキャメロンが「首相として3期目はやらない」と言明する中での発言です。彼は2010年の選挙で自民党と連立政権を組んで初めて首相に就任したのだから、この5月に行われる選挙で保守党が単独過半数を勝ち取れば首相として2期目に入ることになる。台所でのインタビューで2010年以来の首相としての業績について質問され、経済はそこそこ良くなったし、あとは5月の選挙で勝って2期目の首相として「教育と福祉改革を成し遂げたい」などと発言したあとで出てきたのが上のコメントであるわけです。

5月7日の投票日まで1か月ちょっとという時期に、「3期目はやらない」などと宣言することが保守党に有利に働くとは思えないというわけで、首相の側近は「全く3期目を否定したわけではない」(not “definitively” ruled out)と火消しに大慌てという感じなのですが、当のキャメロンは、ランデール記者に確認を求められたときにも
  • 首相の任期なんてシュレデッドウィートみたいなもの。二つはいいけど、三つはうんざりということだ。
    Terms are like Shredded Wheat: two are wonderful but three might just be too many.
と述べている。シュレデッドウィートは英国人が朝食に食べる麦を細くしてつなぎ合わせたようなもので、牛乳をかけたりして食するものです。「二つはいいけど、三つはうんざり」ということは、「2期目はフルにやるが、そのあとは新しいリーダーに委ねる」(I’ll stand for a full second term, but I think after that it will be time for new leadership)のが正しいのだということです。

それにしてもキャメロンは何故この時期に、自宅の台所にテレビカメラまであげたうえでこんな発言をしたのでしょうか?The Timesの政治記者は
  • キャメロンの意図としては、有権者に対して英国の首相(自分のこと)が良き父親であり、良き夫であって、何が何でも権力にしがみつこうとする「政治家」ではないということを印象づけたかったということだ。
    David Cameron’s intention had been to allow voters to see their prime minister as a father and a husband, not simply a politician determined to cling to power at all costs.
と分析している。つまりキッチンで「3期目はやらない」と発言する部分をテレビで放映させて、自分が権力欲の塊という人間ではないことを訴えて、来る5月の選挙では確実に勝つ。しかも後任候補の中に現在のところ政治家としては人気ナンバーワンと言われるジョンソン市長の名前まで出すことで保守党に対する支持も盛り上がるだろう・・・なるほどね、やはり元広告マンだけあっていろいろ読んでますね!

ただ・・・本当にキャメロンの考えているように行くのか?首相としては先輩のトニー・ブレアは労働党を率いて1997年の選挙に勝ち、2001年にも勝って2005年の選挙で3期目を迎えたわけですが、その選挙の前に「自分は3期目を最後まで首相でいるつもりはない」という発言をした。ブレアとしては「いつまでも首相の座にしがみつくつもりはない」と言うつもりだったのかもしれない。結果的には2005年の選挙は労働党が勝ったのですが、議席数は47も下落したということがある。The Timesによると、選挙の前から「途中で交代する」と発言したことで、ブレア本人にとってはマイナスになったのだそうです。

キャメロンの発言直後に行われた世論調査によると「3期目はやらない」発言によって彼への印象を悪くしたという人はたったの9%、21%が「良くなった」としているのですが、最も多かったのは「どうでもいい」(indifferent)という意見の59%だった。

The Economistの見方によると、キャメロンが後継候補の名前まで口にしてしまったことで、事実上の次期党首争いの火蓋を切ってしまったことになる。というわけで、選挙の結果、再び保守党中心の連立政権となった場合、党内で権力争いをやっている党なのだから政権そのものが不安定化する可能性がある。ということは、この5月の選挙で保守党の勝ち方が「辛うじて勝った」というようなものだとキャメロン党首への不満が党内で高まるだろうというわけで、キャメロンが言うように2期目はフルに努め上げて・・・というわけにはいかなくなるかもしれないというわけです。

The Economistによると、キャメロンは2017年のEU残留の是非を問う国民投票が終わったら退陣するだろうという見方が保守党内で一般的なのだそうです。キャメロンは、どちらかというとEU残留を支持する立場です。

▼キャメロンとBBCの政治記者との台所インタビューはここをクリックすると見ることができます。口惜しいけどキャメロンの演出には脱帽するっきゃない。日本の総理大臣官邸でもこの部分を見た人は絶対にいる。そして自分たちもやってみよう・・・と思った人もいるはず。でも言っておきますが、問題はインタビューの中身ですからね。英国ではトニー・ブレアあたりから「演出屋」が非常に大きな顔をするようになり、中身よりもイメージが先行するようになった。いいこっちゃない!
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3) 故意の墜落は絶対に防げない

ドイツの格安航空会社、Germanwingsのジェット機が墜落したのが3月24日。英国のメディアも副操縦士がうつ病であったことなどを中心に、あの事故のハナシでもちきりという感じです。3月30日付のThe Economistのブログ・コーナーに
  • A human response to a human tragedy
    人間的な悲劇に人間的な反応
というタイトルの記事が出ています。あの事故以来、いろいろな人びとがいろいろな行動をとったり、発言をしていることについて書いているのですが、その中であるドイツ人の女性がFacebookに投稿した記事がそのまま紹介されています。この女性は、あの事故の翌日、ハンブルグからコロンへ向かうGermanwingsに乗ったのですが、そのときの経験を次のように書いています。原文はドイツ語なのですが、The Economistのブログの筆者が英語に直したもので、ちょっと長いけれどそのまま紹介します。
  • 昨日の朝8時40分にハンブルグ発コロン行きのGermanwingsに乗りました。複雑な心境だった。ただ(印象的だったのは)機長が乗客ひとりひとり、別々に歓迎の言葉をかけていたことと、離陸前に乗客を前にちょっとしたスピーチを行ったことだった。それも操縦室からではなく、客室の通路に立って話をしたのです。
    “Yesterday morning at 8:40am, I got onto a Germanwings flight from Hamburg to Cologne with mixed feelings. But then the captain not only welcomed each passenger separately, he also made a short speech before take-off. Not from the cockpit, he was standing in the cabin.

    機長は前日の事故が、彼のみならず乗員全員にとって如何にショックであったかを語りました。さらに乗員全員が不安な気持ちでいるけれど、その日は自発的に乗務していることを告げたのです。そして彼は自分の家族のことや乗員全員の家族のことにも触れて、その夜はなんとしてでも家族と食事をするつもりなのだと語っていました。その間、客室は静寂に包まれていましたが、機長のスピーチが終わると、全員が拍手をしました。私、この機長に感謝したいと思いますね。彼は、そのときの皆の気持ちをしっかり理解していたのです。そして少なくともそのフライトに関しては、私をいい気分にさせてくれたのですから。
    He spoke about how the accident touched him and the whole crew. About how queasy the crew feels, but that everybody from the crew is voluntarily here. And about his family, and that the crew have a family, and that he is going to do everything to be with his family again tonight. It was completely silent. And then everybody applauded. I want to thank this pilot. He understood what everybody was thinking. And he managed to give me, at least, a good feeling for this flight.”
The Economistのブログは今回の「事故」について最も過酷な現実は、再発防止が不可能(impossibility of preventing recurrences)という点にあると言っています。これが機械的な不備というのなら二度と起こらないようにすることもできる。あるいは操縦ミスならば完全とはいかないまでもそれに近い対策を打つことはできる。しかし信頼されている立場にある人間が、あえてその信頼を破ってしまおうと決意することを止めることは絶対にできない。またこの事故のあとで欧州航空安全機関(EASA)が、いかなる時でも操縦室には少なくとも二人が在室することを義務付けたけれど、1999年10月に起こったエジプト航空の「事故」は、二人が在室していたのに副操縦士が故意に墜落させようとしたのを止めることができなかった。

さらにパイロットの精神状態のチェックをさらに厳しくするべしという声もある。しかしあまりにもこれを厳しくしすぎると、操縦士と航空会社の間の不信感のようなものが増大、パイロットが何とかして自分の病を隠そうすることに拍車をかけることに繋がる可能性の方が高い。

2001年の9・11テロ事件のあと航空各社が徹底したのは警察による警備の強化で、各航空機の入口には大勢の警官が武器を構えて立っているという風景が目に付いた。ただ今回のGermanwingsの場合、事故後に必要だったのは乗客に対する機長個人からのメッセージであったというわけで、The Economistのブログは、最初に紹介した機長は「よくやった」と称賛しています。

▼この事故後、多くのGermanwingsの乗務員が乗務を拒否したのですが、会社幹部は「無理もない」と言ってそれを許したのだそうです。ただここで紹介されている機長は、墜落事故の翌日、問題のバルセロナ=デュッセルドルフ便の操縦を申し出た。その際、飛行機に乗る乗客一人一人をハグして歓迎の意を表現したとのことです。大勢の客を巻き込んで死にたいという人間の狂気に対して人間は全く無力。しかしいまさら飛行機そのものをこの世からなくすことはできない。となると、このパイロットのように「私を信頼してくれ」と言うしか発する言葉はないということですよね。

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4) 日本の「停滞」が教えるもの

3月26日付のNew Statesmanのサイトに、この雑誌にしては珍しく日本についての記事が出ています。タイトルは
筆者はローランド・ケルツ(Roland Kelts)というアメリカの作家・ジャーナリストなのですが、日米間をしょっちゅう往来している人で、知らぬはむささびばかりなりという「日本通」のようであります。この記事のメッセージは、経済では落ち目の見本のような国のように言われている日本ですが、いまの日本は本当に欧米のメディアが書き立てるほどに経済不振(stagnation)によってダメになっているのか?を問い直してみようということにある。

1970年代の初めから1980年代の終わり頃までのざっと20年間、日本は破竹の勢いでクルマ・家電製品などを欧米に輸出、奇跡的な経済成長を遂げた。1990年代に入ってバブルがはじけて経済不振の時代に入る。それから20年以上が過ぎた。その間の日本に関する報道は、ローランド・ケルツの見るところによると、日本は「アジアの病人」(the sick man of Asia)であり、中国にも追い抜かれて経済力回復の能力もなく、日没とともによたよたとこの世から消えていく存在・・・というようなイメージで語られているだけだというわけです。

経済のみならず社会的にも「行き詰まり」(stagnation)の現象がいろいろとある。少子高齢化のおかげで2050年には現在よりも人口が3000万人も減っているであろうとされているし、最近の日本の社会現象として、若い男女がセックスに興味を失っている「独身症候群」(celibacy syndrome)や引きこもり(shut-ins)が蔓延し、男は競争を嫌って「草食男子」(grass-feeding men)となり、女性にさえも敬遠されたりしている・・・というような話を聞くと、日本は完全に消滅に向かっているとしか思えなくなる。

なのに・・・ローランド・ケルツが個人的に接触する日本はそのイメージとはかけ離れている。彼は月に数回、東京とニューヨークの間を往復する生活をしているのですが、東京からニューヨークへ帰ると空港から自宅まで心配の連続だそうです。自分の荷物はちゃんと飛行機から出てくるのか?予約しておいたタクシーは本当に来ているのか?交通渋滞で自宅まで延々かかるのではないか?自宅へ着いたら内部が荒らされているのではないか?要するにロクなことを考えない。反対にニューヨークから東京へ飛んでくる場合は空港に到着してから何も心配がない。空港のエスカレータは音も立てずに動いているし、電車は時間通り来るに決まっている・・・すべてがスムーズかつ安全に動いている。

もし日本が欧米のメディアが言うような「アジアの病人」だとしたら、道路は穴ボコだらけ、町ではスリやかっぱらいが横行、店もレストランも薄暗く、電車は遅れっぱなしで乗客の服装がお粗末で駅には物乞いがたむろしている・・・そんな風景があってもよさそうなものではないか。しかしEconomist Intelligence Unit(EIU)という機関の調査によると、2015年の世界で最も安全な都市は東京であり3位にも大阪が入っている。こんな国のどこが「アジアの病人」だというのか!?

世界の安全都市ランキング(2015年)
Economist Intelligence Unit
1 Tokyo
2 Singapore
3 Osaka
4 Stockholm
5 Amsterdam
6 Sydney
7 Zurich
8 Toronto
9 Melbourne
10 New York
11 Hong Kong
12 San Francisco
13 Taipei
14 Montreal
15 Barcelona
16 Chicago
17 Los Angeles
18 London
19
Washington DC
20 Frankfurt

ローランド・ケルツは、かつてファイナンシャル・タイムズの東京特派員であったデイビッド・ピリングが昨年書いたBending Adversity(邦題:日本-喪失と再起の物語)という本からいろいろと引用している。例えば少子高齢化に関連して日本の出生率(昨年1.4)の低さを挙げる人が多いけれど、出生率で言えば韓国の方が低いし、台湾、シンガポール、ドイツ、イタリアなどでは似たような状況なのだそうで、ピリングによると
  • 世界の多くの国が日本と似たような方向に動いている。もし日本が滅亡に向かっているというのであれば、ほかの多くの国だって同じことなのだ。
    Much of the world is going Japan’s way. If Japan is doomed, so are many others.
ということになる。また人口減少を憂いすぎると「人口さえ増えればいいのか」という議論になってくる。それだとパキスタンやアフリカ諸国などはとっくに経済的な成功物語を語っていなければならないはずではないか、というわけです。むささび自身はピリングのBending Adversityという本は読んでいないのですが、ケルツによると、この本は日本を「アジアの病人」というより、持続性(sustainability)や粘り強さ(resilience)の点で世界の模範となる国であると考えているようなのです。

環境問題やエネルギー問題に関連して持続性(sustainability)という言葉が国際的な舞台で使われ始めて20年ほど経ちます。このまま化石燃料を使い続けると地球が持たないなどというときの「もつ」とか「もたない」というのがsustainableですよね。ピリングは日本の「持続性」に関連して次のように語っている。
  • 富める社会は本当にこれからも永遠にリッチになり続ける必要があるのか?生活水準の向上と呼ばれるものがなされるのは、我々が普通に考える経済成長が理由ではなくて技術的な進歩によるところが大きいのだ。
    Do rich societies really need to get richer and richer indefinitely? A lot of improvements in standard of living come not through what we normally consider as growth but through technological improvements.
ピリングは日本における「経済不振の時代」を国内における成長の時代だったと考えている。ただしそれはGDPという言葉に代表される経済指標によって計られるような成長ではない。東京のような大都会の生活水準は明らかに向上したし、レストランも良くなった。確かに経済不振からくる困難な時期はあったかもしれないけれど、社会としての一体性のような点では(日本は)よくやってきている・・・というのがピリンの見るところなのだそうであります。

ピリングが日本について語る「社会的な一体性」については、これがうまく行く国とそうでない国がある。何が違うのか?とローランド・ケルツは自問自答しながら、彼の考える「いかにも日本的」な言葉をいくつか紹介しています。
  • 頑張る:困難な時にも懸命な努力でこれを乗り切ろうとする
    ganbaru:to slog on tenaciously through tough times
  • 我慢:忍耐・威厳・自尊心をもって耐える
    gaman:enduring with patience, dignity and respect
  • 自粛:他人の必要に応じて自分を抑制すること
    jishuku: restraining yourself according to others’ needs
ケルツはこれらの言葉の中に現実感覚(pragmatism)と忍耐力(perseverance)に根ざした文化があると考えており、それらが発揮されたのが東日本大震災と原発事故における被災者・被害者のほとんど「超人的」(superhuman)とも言えるような立ち振る舞いであったとしています。

ケルツによると、日本では住民の98%が日本国籍の所有者であり、お互いに考えていることがわかってしまう(being on the same page)。民族的な多様性に富む社会にはそれなりの強みがあるけれど、日本のような社会では、生まれたときから共通の価値観のようなものが刷り込まれる。そのことが危機に直面した際に「粘り強さ」(resilience)という形で出てくるのかもしれない。

また日本には資源もほとんどないので、日本人には持てるものを最大限に活用しようとする性癖のようなものがある・・・とある日本人がケルツに語ったのだそうです。日本人の性格は貧困とか極端に限られた資源の中で質素に生きていくのに適しており、日本人は質素な生き方からそれなりの創造性(creativity)を生み出したとのことであります。

ケルツの見るところによると、ハイテクの最先端を走っていた時代は、日本の長い歴史の中のほんの一瞬(a blip in the nation’s history)のことに過ぎず、日本の本質は別のところにあるのではないかというわけで、次のように結んでいます。
  • 今日の日本はモノの量ではなく、生活の質に特徴があると言える。抑制・質素・丁寧という特質が組み合わされて、日本は将来のための持続性についての最善の社会モデルを提供する国の一つとなる可能性がある。
    Today, the country is more about quality of life than quantities of stuff. In its combination of restraint, frugality and civility, Japan may serve as one of our best societal models of sustenance for the future.
▼日本は「アジアの病人」(Sick man of Asia)と呼ばれているとのことですが、この言葉は懐かしい。1970年代に英国が「ヨーロッパの病人」(Sick man of Europe)というレッテルを貼られていたことを思い出すからです。「ヨーロッパの病人」だったころの英国は見るからに「病人」だった。ロンドンには物乞いとホームレスがかなりの数いましたからね。

▼ローランド・ケルツのエッセイのテーマは「日本」というよりも、人類の「持続性(sustainability)ということですよね。日本人の「節約」とか「我慢」という生き方の中に人類が学ぶべきものがたくさんあると言っている。ただケルツが言っているように、日本は、そこで暮らしている人の98%が日本国籍の所有者で占められている国です。だから社会的な一体性とか団結心のようなものが生まれやすい。ちなみに英国(イングランドとウェールズ)では、外国生まれの人口は13%、外国のパスポート保持者は全人口の7.4%です。
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5)戦争の記憶:ロシアとポーランド

今年(2015年)は第二次世界大戦が終わってから70年。日本では8月15日が「終戦記念日」ということになっているけれど、英国を含むヨーロッパではナチス・ドイツが降伏した5月7日の翌日(5月8日)がVE Day(Victory in Europe Day)ということで事実上の終戦記念日となっています。ただ、The Economistのブログ記事によると、ロシアでは終戦記念日というと昔から5月9日に決まっており、この日にモスクワの赤の広場で大規模な軍事パレードが行われることになっている。でも今年はウクライナ情勢のおかげでヨーロッパの方からいろいろと牽制球が投げられており、ちょっと雰囲気が異なっているのだそうです。

まず1月にポーランドのシェトヤナ(Grzegorz Schetyna)外相が、ラジオとのインタビューの中で、アウシュビッツ収容所解放70周年行事に触れながら、最初に収容所の門をくぐったのはロシアではなくウクライナ赤軍の部隊であったことを紹介してロシア政府の怒りを買った。

この外相は歴史学者なのだそうですが、同じく歴史学者であるコモロフスキ大統領もモスクワでの式典参加を断わっただけでなく、終戦の式典をモスクワの1日前の5月8日にポーランドのダンスクという町で行うことを提案している。大統領によるとダンスクこそは1939年にドイツ軍によって侵略され戦争が始まった町なのだそうです。ポーランド政府はまたナチス・ドイツと不可侵条約を結んで東欧諸国を分断・支配したのはロシアの前身であるソ連であり、さらには戦後のハンガリーやチェコへの武力介入を行ったのもソ連であるということを声高に語ったりしてロシアの神経を逆撫でしている。

The Economistのブログは、ポーランドがロシアの終戦記念行事に神経質になるにはそれなりの理由があるとして、その一例として1940年の「カティンの森の大虐殺」(Katyn massacres)を挙げている。ヒットラーと組んだソ連がポーランド征服後に約2万人のポーランド人の将校、知識人らを処刑したもので、当時のポーランド指導層の無力化と対ナチ抵抗運動を共産主義の支配下に置くことを意図したものとされています。さらに50万人のポーランドの民間人がソ連に強制移住させられたり、共産主義政権樹立に抵抗するポーランド人15万人が処刑されたりということもあった、とブログの記事は言っています。つまりポーランドにしてみれば、当時の赤軍を称えるようなモスクワの式典は実に「むかつく」(repellent)イベントであるわけです。

またポーランドに近接するエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国でも似たような雰囲気になっている。3国はいずれも終戦から1991年までソ連の一部であったわけですが、いまではNATO加盟国であると同時にユーロ圏にも入るEU加盟国でもある。これら3国ではソ連時代に作られた銅像の類が次々と撤去されており、5月9日のモスクワの式典にはどの国の大統領も不参加を決めているそうです。これにはロシアも怒り心頭に発しており、駐ラトビアのロシア大使が記者会見を開いて「これらの挑発を許すわけには行かない」と怒りを顕にしたと伝えられている。

現在のウクライナ情勢は、親ロシア勢力が有利という感じであり、ポーランドとしては、このような「いやがらせ」もさることながら、欧米からウクライナへの軍事援助を実現させることの方が重要事項であるわけですが、ウクライナ政府としては、どのようなものでも「藁をも掴む」思いであろう(Kiev will make do with whatever it can get)とThe Economistのブログは言っている。

▼何年か前にフィンランドのヘルシンキから英国のロンドンまで陸路(バス)で行かなければならないことになったことがある。その際にバルト3国とポーランドの田舎道を通ったのですが、バスの運転手がエストニア人でフィンランド語も英語もダメ、ロシア語しか通じないということがあった。それからポーランドの田舎道はのんびりと春の風情であったのですが、道端にお墓が頻繁に出てきたことも印象的だった。小さなものから相当な規模のものまでいろいろだったのですが、墓地全体が塀で囲まれているものではなく、いかにも道端に散在しているという雰囲気だった。

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6) T・ピケティ:ユーロ圏はモンスターだ
ひと月ほど前のドイツの週刊誌、Spiegelのサイトにフランスの経済学者、トマ・ピケティ(Thomas Piketty)とのインタビュー記事が出ています。過去1年間、ヨーロッパの論壇はこの人のCapital in the Twenty-First Century(21世紀の資本)という本の話題でもちきりという感じです。21世紀の資本主義社会における貧富の差の拡大について沢山の資料を使って研究している書物というわけですが、経済理論に関するハナシなど出来っこないので、むささびは敬遠してきました。が、Spiegelのインタビューのタイトルが"Thomas Piketty on the Euro Zone"(トマ・ピケティ、ユーロ圏を語る)となっており、
というピケティの考えらしきものが主題になっているようなのが気になってしまったわけ。経済理論ではなく、ユーロという現実の問題について語っているらしいこと、さらにユーロという通貨について「モンスター」と、否定的に表現していることに興味を持ってしまったということです。インタビューはかなり長いものである上に、むささびの知識では省略のしようがないので、ほぼノーカットで掲載するしかない。原則として英文は省きますが、英文を載せてある部分は、むささびが自分の解釈に自信が持てない部分という意味です。間違っているかもしれないので、原文も載せておこう、ということであります。悪しからず・・・。いずれにしてもここをクリックすると全文を英語で読むことができます。
ギリシャ危機について
SPIEGEL: 今年1月のギリシャの選挙で、アレクシス・ツィプラスが勝利を収めたとき、あなたはおおっぴらに喜びを表明したが、EUとツィプラス政権のギリシャが危機を解決する方法について合意を見る可能性はどのくらいあると思うか?
Piketty:(ギリシャ危機に際して)ヨーロッパがとった行動は「悲惨」としか言い様がない。5年前、米国とヨーロッパの失業率と公的負債は似たようなレベルだったのに、5年後の今は事情が全く違う。ヨーロッパでは失業率が爆発的に上がったのにアメリカでは下がっているのだ。ヨーロッパの経済生産高(economic output)はいまでも2007年の水準よりも低いままだ。スペインとイタリアの生産高は10%も低いし、ギリシャは25%も低いのだ。

緊縮政策の行き過ぎ
SPIEGEL:ギリシャの新政権は必ずしも素晴らしい出だしとは言えない状態だ。あなたはツィプラス首相がギリシャの経済は蘇らせることができると真面目に信じているのか?
Piketty: ギリシャだけでは何もできない。フランス、ドイツそしてブラッセル(EU)からの助けが必要だ。国際通貨基金(IMF)は3年も前に緊縮政策の行き過ぎを指摘している。それによって影響を受けた国々は自分たちの赤字を極めて短期間で減らすことを強制され、それが経済成長にひどい影響を与えてしまったのだ。我々ヨーロッパ人は自分たちの得体の知れない政治的手段(impenetrable political instruments)を使って、アメリカで始まった金融危機(financial crisis)を「借金危機」(debt crisis)に変えてしまったのだ。それがヨーロッパ全体における信用危機に発展してしまったのだ。
Piketty: Greece alone won't be able to do anything. It has to come from France, Germany and Brussels. The International Monetary Fund (IMF) already admitted three years ago that the austerity policies had been taken too far. The fact that the affected countries were forced to reduce their deficit in much too short a time had a terrible impact on growth. We Europeans, poorly organized as we are, have used our impenetrable political instruments to turn the financial crisis, which began in the United States, into a debt crisis. This has tragically turned into a crisis of confidence across Europe.
SPIEGEL: 「得体の知れない政治的手段」とは何のことか?ヨーロッパ各国の政府はさまざまな改革を推進することで危機を回避する努力をしてきたではないか。
Piketty: 現在、我々は19カ国で共通通貨を持っている。それは事実かもしれないが、(例えば)税金制度は国よって違うし、ヨーロッパの財政政策(fiscal policy)の調和がとれたことなど一度もない。要するにうまく行くはずがないということだ。「ユーロ圏」などというものを作り出すことで我々はモンスターを作り出してしまったということなのだ。共通通貨などが存在する以前のヨーロッパでは、各国がそれぞれの経済競争力を高めるためにそれぞれの通貨の価値を下げるということをやっていたのだ。ユーロ圏などという制度の一員になったことでギリシャはそのようなやり方をすることが許されなくなってしまった。通貨の価値を下げるというやり方は、効果的な方法として十分に確立していたのだ。

ドイツもフランスも借金返済を免れた
SPIEGEL: あなたはまるでティプラス首相のようなことを言っている。彼は他人が間違っていたのだからギリシャは借金を返す必要などないと言っているのですよ。
Piketty: 私はスィリザ党(Syriza:ギリシャ政権党)の党員ではないし、同党を支持してもいない。私は単に現在我々が置かれた状況を分析しようとしているだけだ。まずはっきりしていることは、どの国であれ、経済が成長しない限り赤字は減らないということだ。さらに忘れてはならないことがある。第二次世界大戦が終わった1945年、フランスもドイツも大赤字の借金国だったけれど、両方ともその借金を完全に返済したことなどないということだ。なのにこの二カ国はギリシャを含む南ヨーロッパの国々に対して借金をゼロにしろと言っている。こういうのを「歴史健忘症」(historic amnesia)というのであり、実に悲惨な結果をもたらしているのだ。

 

ナショナリズムはエゴイズム
SPIEGEL: つまりギリシャ政府が何十年もの間やってきた経済政策の失敗のつけを他国が払えということか?
Piketty: 私が言いたいのは、いまやヨーロッパの若い世代のことを考えるべき時が来ているということだ。多くの若者が職を見つけられずにいるのだ。その彼らに対して「申し訳ないが、アンタらの両親や祖父母のおかげでアンタらが失業しているのだ」と言えるか?世代を超えたヨーロッパ・スタイルの集団的懲罰・・・そんなものを我々は本当に望んでいるのか?いまや私が一番情けなく思うのは、ナショナリズムに支えられた、その種のエゴイズムなのだ。
SPIEGEL: あなたはユーロ圏の国々の財政を強制的に健全化させるために導入された「安定成長協定」(Stability & Growth Pact)そのものが気に入らないと言っているのか?
Piketty: あの協定は災害としか言いようがない。将来のための財政赤字に関する規則を固定化するなどということがうまくいくはずがない。それぞれの国の経済状況の違いを考慮に入れず、どこでも自動的かつ同じようにルールを当てはめることでは借金問題を解決することはできない。

誰だって不満なのだ
SPIEGEL: ドイツ人はあの協定を守らない国に対して批判的だ。例えばフランスはお互いに合意した規則に従うということが希な国だ。
Piketty: みんな不満なのだ。いろいろな国の政府とEUの官僚機構との交渉という現在のシステムそのものが機能していないのだ。ドイツはフランスが規則を守らないと不満を言うが、フランスはEUによって強制されるさまざまな要求を快く思っていない。ヨーロッパ全体が「悪い状態」(bad situation)にあるのだから小さな構造改革程度では、多少の経済成長をもたらすかもしれないが「悪い状態」を変革するまでには至らないだろう。

若者を鍛えよう
SPIEGEL: では何をすればいいと言うのか?
Piketty: 若者たちの訓練のためにもっとお金を使うことであり、技術革新や科学研究にももっと投資することだ。それがヨーロッパの成長を促すためには最重要事項だ。世界のトップの大学の90%がアメリカに集中しており、ヨーロッパの優秀な頭脳が外国へ流出してしまうなどというのはとても正常なこととは言えない。アメリカではGDPの3%が大学に投資されている。ヨーロッパでは1%にすぎない。アメリカがヨーロッパよりも成長の速度が大きいのはそれが主な原因だ。
SPIEGEL: アメリカには一つの決まった財政政策というものがある。そこからどのような結論が導き出されるのか?
Piketty: 我々にも統一財政政策(fiscal union)とか予算の調和(harmonization of budgets)は必要だ。さらにユーロ圏の負債返却共通基金(common debt repayment fund)のようなものも必要だ。そのことはドイツ経済専門家議会も提唱している。それぞれの国は全負債額の自分たちの割合分の返済に責任を持つことは今と同じだ。つまりイタリアが作った借金をドイツが返済する必要はないし、その反対も同じこと。しかしユーロ債についての共通の利率を持つことで負債の資金繰りのために使うことはできる。

「ユーロ圏」議会を作る
SPIEGEL: しかしそれだと負債国同士の連合のようなものができてしまう危険はないのか?どの程度の負債が許されるのかを誰が決めるのか?
Piketty: 我々には負債の共同体化(communitization)が必要だが、それには民主的な合法化が欠かせない。そのために提案したいのは、ユーロ圏だけの欧州議会のようなもので、各国の国会議員から構成されるようにする。人口に応じて議員の数を決める。人口8000万のドイツが最も多い。これらの政治家たちがユーロ圏内における負債額の上限を投票で決める。
SPIEGEL: そうなると、財政赤字を嫌うドイツの議員たちが常に浪費癖のある国の議員に負けてしまうことにはならないのか?
Piketty: 私の想像によると、この種の「ユーロ圏議会」のようなものが存在していたら、節約よりも経済成長と失業対策のためにお金を使ったのではないか。そうなるとみんなのために良かったはずだ。ドイツ人は民主主義を怖れる必要はない。共通の通貨を有しているということは、お金の使い方についてもいずれは「みんなでやる」(we also spend money together)ようになるものだ。そのことは受け入れなければ。
SPIEGEL: ギリシャのような国がかつてのように不相応な生活をするようにならないという保障はあるのか?
Piketty: ギリシャはこれまで以上に厳しい財政規律を求められるだろう。負債の額はヨーロッパ議会(ユーロ圏議会)によって固定され、その議会においてギリシャの果たす役割は副次的なものになる。長い目で見ると、ヨーロッパには民主的に合法化された財政ユニオンは必要なのだ。

フランスのエリートは無能だ!
SPIEGEL: そのためのリーダーシップをフランスがとることがあると思うか?フランスは最近では国内問題で手一杯という感じだが。
Piketty: 全くそのとおりだ。大体において、我々が前へ進むことができる前向きの発想はドイツから出てくる。私は国家レベルにおけるフランスのやり方に不信感を持っているのだ。我が国のエリートたちはヨーロッパという考え方をする能力がない。政治的な姿勢の如何にかかわらず誰も同じだ。その点でドイツは違う。
SPIEGEL: それはメルケル首相への賛辞のように聞こえるが・・・。
Piketty: 実際、現在の危機が始まって以来フランスは何の役割も果たしていないではないか。我々は市場を怖れ、民主主義を怖れているわけだが、怖れは何も生まないのだ。フランスは(ヨーロッパにおける)ドイツの支配的な役割を国内でも完全に受け入れてしまっており、何もできる能力がないと感じてしまっているくらいなのだ。
 

がんばれ、オランド!
SPIEGEL: オランド大統領が脆弱に見えるのはなぜなのか?
Piketty: フランスのトップにいる人間は似たような人が多い。フランスのためにろくなことをやっていない。物事が新しくなる(リニューアル)ということがどこにもない。オランドは相変わらず2005年の欧州憲法条約に関する国民投票の後遺症から抜けきれないでいる。あの条約を締結するのためにホランドは懸命だったがフランス国民はこれを拒否した。オランドがゆっくりとでも立ち直ってくれることはフランスにとってもヨーロッパにとっても望ましいことだ。
SPIEGEL: あの条約(草案)が成立していればEU加盟国の責任のいくつかはブラッセル(EU)に移譲されたはずだったが、それはフランスとオランダの国民によって拒否された。オランドはいま何をすればいいのか?
Piketty: フランスでは、政府が考えているよりもはるかに大胆な改革が必要とされている。複雑極まりない社会保障制度を簡素化することは絶対に必要だ。なのに、政府はそれをさらに複雑化しようとしている。そのために新しい法律を作ったりしているのだ。

経営者のことも考えろ
SPIEGEL: もう少し具体的に言ってくれないか。
Piketty: いまの政権ができた直後に、non-wage labor costs(企業が従業員のために支払う社会保障や健康保険のような給料以外のコスト)を削減するために前政権が採用した方法が反故にされた。なのにそれから1年半後に同じ方法が違う名前で提案されたりしているのだ。クレイジーとかいいようがない。フランスの経営者への負担はドイツの2倍なのだ。それなのにオランドは真に重要な問題に対処するのではなく、金持ちに75%の税金を課そうとして廃案に追い込まれたりしている。そんなことをやってもなんの効果もないからだ。何もかもがシンボル的な政策なのだが、どれも間違った政策なのだ。

ユーロ圏共通の法人税を
SPIEGEL: オランドとメルケルはどのようにすれば国民がEUを支持するようなインスピレーションを与えられるのか?
Piketty: 例えば、フランスもドイツも多国籍企業に対してしっかり課税することができない理由が、企業が国と国を弄ぶようなことをやっているからであるということを国民に説明することだ。これまでアメリカ企業であれヨーロッパ企業であれ、大企業は常に小企業よりも税金が少なかったのだ。ユーロ圏の共通法人税のようなものを新しいユーロ圏議会が決めること。そうすれば大いに役に立つし、国民的な支持をも受けるはずだ。

極右は無責任集団だ
SPIEGEL: ただ、どの国の有権者もこれまで以上に権限をブラッセルに移譲することにいい顔をしないと思う。それどころかいまや反EUの政党があちこちで支持を広げているではないか。
Piketty: ギリシャにおいてスィリザ党が勝利したことをどのように評価するかはともかくとして、あれが現在権力を持っている人達にとってはある種のショック療法の役割を果たすことになるだろう。自分たちのやってきたことが全くうまくいっておらず、やり方を変える必要があるということに突如として気づかされたということだ。ギリシャのスィリザ党やスペインのポデモス党のような左翼政党は極右政党に比べれば危険性は小さいのだ。フランスの極右であるナショナル・フロントはかつてないほどの人気を得ていることは事実だ。既成の主要政党がこれらの極右勢力に火を注ぐようなやり方をつづけることは非常に危険だ。ギリシャ人やポルトガル人を怠け者扱いして馬鹿にするのは無責任というものだ。

▼ピケティの思想もユーロのこともそれほど分かっているわけではないので、恐る恐る感想を言わせてもらうと、まずピケティが「モンスター」(手に負えない存在)と呼んでいるのは、通貨としてのユーロのことではなくて、これを支えているはずの「ユーロ圏」のことであるということです。要するに経済政策も税金制度もそれぞれ違う国が集まって共通通貨を支えようとしているところに無理がある・・・と、そんなことは誰でも言っているわけですが、そこから先のハナシとなると右翼勢力は「だから共通通貨なんかヤメにしよう」となる。でもピケティはそれを「無責任」だと言っている。

▼つまりユーロ圏の枠組みを整備しようというわけで、例えば「ユーロ圏議会」を作ることを挙げている。この発想の面白いところだと思うのは、この議会の議員がそれぞれの国の国会議員であるという点ですよね。欧州議会のように、それぞれの国の議会とかけ離れたところに存在しているわけではないということ。欧州議会の議員は、国会議員選挙とは別に行われるけれど、英国などでは投票率は35%もいかない。ユーロ圏の国でも、ドイツやフランスは40%台に過ぎない。

▼それに借金の共同体化(communitization)というのもユニークですよね。つまりギリシャの借金はユーロ圏全体で負担しようってことですね。お金は「みんなで借りて、みんなで使おう」と、こういうことですね。つまりはユーロ圏をもっと人びとに近づけた存在にしようってことなのでは?この人、まだ43才なのですね。その割には言うことが良識的です。


▼ところでピケティは、今年の1月31日に日本記者クラブで会見を行っています。そのときの発言が文字になっています(ここをクリック)。日本の経済状況などについても語っています。むささびは、ざっと読んだだけですが、例えばグローバル化には反対しないなど、いわゆる「ラディカル」ではない。Spiegelによると、彼は「個人的かつ知的な理由」(personal and intellectual reasons)によりアメリカの大学で教えるつもりはないのだそうで、自分は「伝統的なフランス社会学者の一部」(part of the tradition of French social scientists)であると考えているのだとか。どういう意味なのでありましょうか?
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英国とEU:「出て行きたければ、どうぞ」(!?)
ギリシャ人の怒り

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7) どうでも英和辞書
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iced tea:アイスティー

30年ほど前、東京のある場所でアイスティーを飲んでいたら、一緒にいた英国人(男)に「何飲んでるの?」と聞かれたことがあります。「アイスティー」と答えると「冷たいお茶!?ひでえ!」(Cold tea!? Terrible!!)と、いかにも未開の人間でも見るかのような目つきをされてしまったことを記憶しています。そう言えば英国では冷やした紅茶というのは一般的ではないかもな・・・と思いつつウィキペディアで調べたら、iced teaというのはヨーロッパ大陸では普通に飲まれてきたけれど、英国については21世紀に入ってからのものである、と。最近ではLiptonのアイスティーというのもあるらしいですね。

確かアメリカの南部を舞台にした小説に「アイスティー」が出てきたよな、と思いながら新聞記事を読んでいたらアーカンソー州に住む男性(56才)が腎臓病にかかって困っているという記事が出ており、その理由がアイスティーの飲みすぎだと書いてあった。どのくらい飲んだのかというと毎日1ガロン(約4リットル)だそうです。あの牛乳パック4杯ということですよね。医学の専門誌によると、紅茶にはoxalate(シュウ酸)とかいう化学物質が入っており、これが腎臓に石を作る作用をするのだそうです。アメリカ人男性の水分摂取量は一日平均で小さめのペーパーカップで10杯なのですが、これには普通の水、コーヒー、アルコール以外にジュースやスープなども含まれる。いろいろ飲むってことですね。アイスティーだけで毎日1ガロンといっても、きっとそれ以外に普通の水やスープなども飲むだろうから・・・ちょっと飲みすぎだよね。身体に良くないとかいう以前に、冷たい紅茶を1ガロンなんて、よく飲めたものですよね。

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8) むささびの鳴き声
▼3月27日付毎日新聞夕刊のサイトに
というかなり長い記事が出ています。

▼自民党の三原じゅん子議員が「日本は、現在の弱肉強食の国際秩序(グローバル資本主義)に代わって、強い国が弱い国を助ける『八紘一宇』の精神を広める努力をしなければならない」という趣旨の発言をしたことについて、「八紘一宇」は太平洋戦争中に戦争遂行のスローガンとして使ったものであり、三原議員の発言はもっと問題視されるべきだというのがこの記事の趣旨です。

▼「八紘一宇」についてはもう一つ、田中良紹さんというジャーナリストが書いた
▼田中さんによると、「八紘一宇」は戦意高揚のために使われたけれど、本来の意味はみんなが仲良く暮らす「共生」の精神を表す言葉だった。その意味で、三原議員がこの精神を広めようと言っていることは、安倍首相に対して、日本が先頭に立って「共生」の精神を広める努力をしろと言っているのと同じ。しかるに安倍首相のやっていることは、「共生」の精神とは真っ向から対立する「競争」の精神を推進するアメリカに擦り寄ることだけ。従って真面目に「八紘一宇」の精神を広めたいのなら
  • 三原議員がやるべき事はアメリカの要求に屈しない手練手管を持ち、「競争社会」ではなく「共生社会」を目指す政治家を自民党の総裁選挙に擁立し、安倍総理を交代させる事ではないか。
  • と言っている。
▼ジャーナリストの田中良紹さんは(ウィキペディアによると)1945年生まれだからむささびより4才年下です。毎日新聞の記事を書いた浦松丈二という記者の年齢は知りません。ついでに三原議員に対して「あなたような年齢の人が八紘一宇などという言葉を知っていること自体が驚きだ」と言った麻生太郎さんは1940年生まれ、むささびより一つ年上です。

▼むささびにとって「八紘一宇」という言葉は、大学一年生であったときに社会党の浅沼稲次郎委員長を殺害した右翼テロリスト・山口二矢との関連でしかアタマに浮かばない。当時、この事件を報道する新聞記事に山口二矢が信奉していた思想として八紘一宇という文字が書かれていたのを鮮明に記憶しており、直感的な拒否反応しか持たないのです。三原議員は1964年生まれだから、このテロ事件そのものを知らない。でも田中さんも、麻生さんも55年前の事件について何も触れていないのは何故なのか?ひょっとするとむささびの記憶違いなのでしょうか?

▼毎日新聞の記事によると、1983年1月の参議院本会議で、当時の中曽根康弘首相が次のように述べたことがある。
  • 戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った。それが失敗のもとであった。
▼この部分、むささびには気になるのですよ。中曽根さんのアタマには「八紘一宇→独善→失敗」という図式がある。自分の「想い」のためには他人を殺すことを厭わないことが「純粋」であるとする右翼テロリストの発想を「利口じゃない」と見下しはするけれど、殺される側に立っているという感覚がない。三原議員についてはアホ扱いはするけれど、日本がその「伝統」で他国をリードすべしという優越思想そのものを否定はしていない。その意味で、田中良紹さんも中曽根さんと感覚が似ている(とむささびは思う)。弱肉強食主義のアメリカに擦り寄る安倍さんに「八紘一宇」など説いてみても無駄であるというわけで、三原議員の「愚」を嘲笑している。むささびによると、右翼テロよりは、アメリカ風グローバリズムの方がはるかにましであります。

▼4番目に掲載した日本に関する記事についてもう少し。日本が「奇跡の経済成長」を遂げ、英国が「英国病」に喘いでいた1970年~80年代、欧米のメディアによる日本に関する報道は「アリのように働いて、うさぎ小屋のようなお粗末な家に住み、集中豪雨のように外国へモノを輸出して失業を生み出し、そのくせ外国からの輸入には不公平としか思えない障害を設けてこれを排除する・・・」というものが多かった。そして日本のメディアも、そのような外国メディアの報道をリピートして日本の読者や視聴者に伝え、それに接する日本人はその度に首をすくめるような気分にさせられながらも、『ノーと言える日本』という本に拍手喝采だったり・・・要するに右往左往という感じで生きていた。

▼あれからほぼ40年、日本人の住居は相変わらず欧米の水準からすると素晴らしいというものではないのであろうと思います。ただ・・・「欧米のようになること」がそれほど素晴らしいことなのか?という問いかけがされるようになっている(と思う)。その問いかけは、記事の中でデイビッド・ピリングが発している「富める社会は本当にこれからも永遠にリッチになり続ける必要があるのか?」という疑問とともに考える価値はある、と思います。さらにはユーロ圏のこれからについてのトマ・ピケティの言葉も注目するべきですよね。

▼というわけで、本日(4月5日)の埼玉県西部は小雨です。
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むささびへの伝言