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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年5月23日
英国の田舎道を歩いていると、道端に大きな木が立っている風景にお目にかかります。上の写真はイングリッシュ・オークという木で、英国を代表する樹木のひとつとされています。日本でいうとナラにあたる。人間が手入れすることもなく枝も伸び放題で、勝手に大きくなってしまったようなものが多く、大体においてこのように「オレがオークだ、文句あっか!」という様子で立っております。不思議と曇り空や夕暮れ時の空を背景にするとサマになる。
目次

1)ロンドンにあのRoutemasterが復活
2)次なる選挙は2015年の第一木曜日で決まり!?
3)2010年5月、労働党の混乱
4)キャメロンの研究⑬:英国政治の輪郭が変わる?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声

1)ロンドンにあのRoutemasterが復活

ロンドンの2階建てバス(double-decker)に再来年(2012年)から新デザインの車種が登場するそうです。ボリス・ジョンソン市長によってこのほどお披露目されたもので、昔は使われた、乗客が勝手に飛び乗ったり、飛び降りたりするRoutemasterというスタイルが再登場するらしい。もちろん昔のRoutemasterがそのまま復活するのではないけれど、2012年のオリンピックが開かれるロンドンの新しい目玉になるのかもしれませんね。

リビングストン市長時代の2005年にお役御免になった、昔のRoutemasterは収容客数が64人であったけれど、新デザインのものは87人が乗れて、内部には階段が二つついているのだそうです。2008年の市長選挙でリビングストンを破ったジョンソン市長の公約の一つが「ロンドンの新しい目玉(new icon)を作ること」で、それがRoutemasterの復活ということで注目されていた。

かつてのRoutemasterの最大の特徴であった、乗客の飛び乗り・飛び降り(hop-on, hop-off)は車掌がいないとできないのですが、新デザインのバスの場合、夜間とラッシュ時以外にはhop-on, hop-off用のデッキは閉じて走るのだそうです。

ジョンソン市長によると、新しいバスは単に外見が素晴らしいだけではなく、排ガス機能にも優れており「ロンドン市民が誇りに思えるようなバス」(a bus they can be proud of)なのだそうでありますが、問題はお値段で、開発費用に要したお金が1100万ポンド、バスそのものの値段が最初の5台で780万ポンドとされている。リビングストン前市長が採用した蛇腹式バスの場合で1台あたり値段が25万ポンドであったことを考えるとかなり高いものではある。

ところでこのほど「復活」するRoutemasterですが、このバスがロンドンに登場したのは1956年。54年も前のことですが、それまでのロンドンの地上を走る交通網の主役はトロリーバスだったのですね。1970年にロンドン交通局がRoutemasterに代わる新しいダブルデッカー(2階建てバス)の採用を発表する。Routemasterの決定的な違いは、乗客の飛び乗り・飛び降りができなくなったことですが、それは交通局にとっては「車掌が必要でなくなった」という意味でもあった。ワンマン運転のバスが走ることになったということです。

実はその後もRoutemasterは活躍しており、2005年12月に正式に引退するまでは、あちらこちらで走っていたのだそうです。Routemasterが登場した1956年といえば、スエズ運河の国営化をめぐってエジプトと戦う英国が撤退することで、英国人たちが大英帝国時代の終焉を身をもって感じた年でもあった。

▼Routemasterには私も数回乗った記憶がありますが、何やらのんびりした雰囲気で良かった。都市交通にまつわるノスタルジアはおそらくどこにでもあるのかもしれないですね。私は縦横に都電が走っていた時代の東京で青少年時代を過ごしたわけですが、妙に埃っぽい街だったですね。

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2)次なる選挙は2015年5月の第一木曜日で決まり!?


保守党(Conservatives)と自民党(Liberal-Democrats: Lib-Dem)の連立政権ができてから約1週間後の5月20日、両党の間で正式に交わされた政策合意文書が発表されました。A4で47ページのCoalition : Our Programme for Government(我が連立政権の政策計画)というタイトルのペーパーで、ここをクリックすると読むことができます。銀行(Banking)、地方自治とコミュニティ(Communities and Local Government)、犯罪対策(Crime and Policing)、防衛(Defence)、財政赤字対策(Deficit Reduction)など31項目にわたる合意事項とその内容が解説されています。

キャメロン首相は、この連立政権が「自由・公正・責任の3原則」(three principles of freedom, fairness and responsibility)に基づくものであることは言うまでもなく、「強力・安定・決定力(strong, stable, decisive)に富む政権を実現するために団結するものであることを強調しています。

その文書の中にPolitical Reform(政治改革)という見出しが書かれた部分があります。ここに連立を組むにあたって自民党が強く求めた選挙制度の改革についての国民投票の実施が盛り込まれているのは当たり前なのですが、それ以外の「改革」として「5年間の期間固定議会を設立する」(We will establish five-year fixed-term Parliaments)と謳われている部分があって問題になっています。ポイントは二つです。

1)次なる選挙は2015年5月の第一木曜日に行われるものとするという内容の決議(拘束力あり)を議会に提出する。We will put a binding motion before the House of Commons stating that the next general election will be held on the first Thursday of May 2015.

2)その決議に続いて5年間の期間固定議会とすることを法案化し、国会議員の55%以上が賛成すれば議会を解散するものとする。Following this motion, we will legislate to make provision for fixed-term Parliaments of five years. This legislation will also provide for dissolution if 55% or more of the House votes in favour.

1)の部分にあるように、次なる選挙の投票日を5年後の5月の第一木曜日にするという決議を採択し、それに基づいて期間固定議会(Fixed-term Parliaments)を確立しようということですね。選挙日をいま決めてしまうということは、議会が解散する日も予め決めてしまうということです。言いかえるとその日までは解散はしないということでもある。こういうのをFixed-term Parliamentsというのだそうです。

▼このFixed-term Parliamentsというアイデアは自民党の選挙マニフェストに含まれていたものなのだそうです。議会・国会の解散は首相が決めることというシステムに慣れている私などには、固定制というのは異常に思えるけれど、考えてみるとアメリカの大統領選挙、日本の首長選挙などは大統領や知事さんが日を決めるわけではない。つまりすでに行われている制度でもあるわけだ。

次に2)の中の「国会議員の55%以上が賛成すれば議会を解散」という部分。議会の解散が2015年5月までないと決めてしまうと、その間に首相がとんでもないことをやらかしても選挙ができないってことになるのか?という問題が出てくる。というわけで、国会議員の55%の賛成があれば、いつでも解散ができるということにしたってことです。BBCのサイトによると、ウェールズとスコットランドの議会では、66%の議員の賛成があれば解散ができるのだそうです。

現在の決まりによると、議員の51%(半数+1)の票があれば首相の不信任案は可決される。しかし即ち解散ではない。議会を解散できるのは首相だけです。党首の顔を入れ替えて別の人を首相に据えることもできるし、そのまま居座ることも理論的には可能です。

実にややこしいのは、議員の51%で不信任ができるという法律はそのまま残したうえで、55%以上が賛成すれば国会を解散できるというシステムを導入しようとしていることです。要するにどうしても解散したければ55%以上の票を集めなさい、そうすれば首相の意思とは無関係に選挙ができますってことです。

1)も2)も正式に決まったわけではありません。これから議会で審議をするということです。でも議会の審議で正式に決まったら、法律を変えない限り、次なる選挙だけではなく、その次の選挙も日にちが決まってしまうということになる。5年に1度、5月の第一木曜日が選挙日ということに・・・。

これに対して労働党の幹部などは「全くもって非民主的で絶対にうまくいきっこない」(completely undemocratic and totally unworkable)と言っているし、保守党議員の中にも「無政府状態への引き金になる」(recipe for anarchy)という人もいます。

これに対してキャメロン首相は

私は女王に対して議会を解散することをお願いする権利をたった一人で有しているという状態を止める、英国史上でも初めての首相になる。これは我が国の制度に大きな変革をもたらすものだ。大きな変革であると同時に良い改革でもあるのだ。I'm the first prime minister in British history to give up the right unilaterally to ask the Queen for a dissolution of Parliament. This is a huge change in our system. It's a big change and it is a good change.

と言っている。

もっとも現在の各党の議席数からすると、連立を組んでいる自民・保守の両党をあわせて初めて55%になる。保守単独でも足りないし、保守党以外の議員全員が束になっても53%にしかならないのだから、とりあえずキャメロン(とクレッグ)政権は(多分)2015年の5月の第一木曜日まではもつという理屈にはなる。いずれにしてもこの法案の審議はもめること間違いなしですね。

なお「政治改革」のもう一つポイントである選挙制度の改革についてはAlternative Voteシステムを採用することについて国民投票を行う(We will bring forward a Referendum Bill on electoral reform, which includes provision for the introduction of the Alternative Vote)が約束されています。

選挙制度改革こそ自民党の中核的主張です。Alternative Voteについてはむささびジャーナル第179号で紹介してありますが、もともと自民党が主張していた比例代表(Proportional Representaation)制とはかなり異なる。むしろ現在の制度に近いように思えます。

▼保守・自民の連立政権ですが、選挙直後は「安定しないからダメ」という意見がメディアに登場する政治ジャーナリストや大学教授のような人々の間では圧倒的だったと思います。またメディアでは両党の中の「純粋派」の声の方が強く聞こえたりしたということもある。学生やインテリを中心とする自民党の支持者は「あろうことか保守などと組みやがって」という怒りの声が大きかった。純粋派の意見は、左右を問わず「はっきりしている」という強みがある。

▼ただ、私が話をした普通の有権者の間ではhung parliamentやその結果としての「連立」に肯定的な意見の方が多かったのですね。「政党エゴイズムの弊害がなくなる」という人もいるし「首相が二人いるようなものだから、極端に走らなくて安全だ」という人も・・・。日本では「政権交代が可能な二大政党制」といえば、ほとんど「泣く子も黙る」ような意見であったように思うのですが、長い間それを実施してきた英国では事情が違うようであります。


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3)2010年5月、労働党の混乱


英国に保守党・自民党(Lib/Tory)連立政権が誕生してから約2週間が経ちます。この政権がどうなっていくのかもさることながら、英国という社会やそこで暮らす英国人たちにとって、極めて新しい経験となったのが、5月6日の選挙から連立政権が誕生するまでの1週間弱の政治的大混乱の日々であったと思います。

投票日の翌日(5月7日)、どの政党も議会の過半数を占めることができないhung parliamentという事態であることがはっきりしてから5月11日の夜、キャメロンが首相官邸入りするまでの5日間、次なる首相が誰になるのかが分からないという状態であったわけです。考えてみると、前回hung parliamentという状況になった1974年の選挙のとき、デイビッド・キャメロンは8才、自民党のニック・クレッグ党首は7才、ゴードン・ブラウンでさえも23才でまだ博士号を取得するために勉強する学生だったのですよね。おたおたするのも当たり前かもしれない。

この際、むささびジャーナルとしては、何らかの形で「2010年5月7日~11日」の混乱を書き残しておきたい欲求にかられてしまった。というわけで、私がこだわることにしたのは、かつてブレア政権で報道官を務めたAlastair Campbellのブログに掲載された、たった一つの記事のみです。この記事が掲載されたのは5月11日の午前8時半。前日(5月10日)の午後5時ごろにブラウンが労働党の党首を退くことを表明する「衝撃の」ステートメントを発表してから15時間ほど後のことです。党首を退くとは言ったけれど、首相を辞めると言ったわけではない。いうまでもなくCampbellは労働党支持者であり、選挙戦にも大いにかかわった人でもあります。

ブラウンが党首の座を去ることを明らかにしたということは、今年(2010年)の秋の党大会では新しい党首になっているということであり、もしいま労働党と自民党の連立政権ができるとなると、とりあえずはブラウンが首相を続けるけれど、秋には新しい党首が首相ということになる。ということで、いろいろ混乱しているけれど、英国にとっての選択肢は次の3つのうちの一つであるとして、Campbellは次のようにまとめています。

選択肢1: キャメロンを首相とする保守党の少数派政権(a minority Tory government)
選択肢2: 保守・自民の連立(Lib/Tory coalition)
選択肢3: 労働・自民の連立(Lib/Lab coalition)

そしてCampbellは「このうちのどれが最も可能性が高いのか、いまの時点では見当がつかない」(I have no idea which of those three is currently likeliest to emerge)」と言っている。

▼英国にとっての選択肢が上の3つであることは、Campbelに言われなくても分かります。ブログという場でなされる発言がどのていど正直なものなのかは分からないけれど、「見当がつかない」というのを言葉通りに受け取ると、「あのCampbellでさえも分からないのか」ということで、いかに混乱していたかが分かりますよね。

ブラウンによる党首辞任発表については批判もしくは疑問視する声があった。彼が党首を辞任するということは、間もなく(遅くとも秋には)新しい党首=首相が生まれという意味でもある。もしいま労働・自民の連立政権ができてしまうならば、その新首相が5年間、議会を解散しないとなると、ブラウンがブレアを引き継いで以来、ほぼ8年間も選挙を経ない人が首相の座にいることになるのではないかという批判です。この批判についてCampbellは、選挙を経ないで首相が生まれることは議院内閣制のもとでは頻繁にあることだとして、サッチャーを引き継いだメージャー、ウィルソンを引き継いだキャラハンらの例を挙げている。

▼これは日本のお家芸ですよね。直近では小泉さんを引き継いだ安倍→福田→麻生の3首相はいずれも選挙を経ていない。ようやく選挙をやった麻生さんで自民党が凋落したわけですが、あのときの自民党大敗の理由の一つが、選挙も経ないで首相を変え続けることへの反発があったと記憶しています。

そしてCampbellは、このブログ記事でイチバン伝えたかった(と私が推測する)メッセージとして、今回の選挙の結果を総括して次のように述べています。

I go back to the central point - nobody won. That was the public verdict. 現在の中核となるポイントに戻ろうではないか。それは今回の選挙では誰も勝たなかったということなのだ。それが国民による判決であったのだ。

選挙では「誰も勝たなかった」のだから「保守党・自民党との連立によってキャメロンが首相になったとしても、それは選挙の結果としてなったということではない」とも述べています。Campbellはさらに、今回の選挙で自民党に投票した有権者の多くが「キャメロンの保守党政権誕生を阻止する」ために自民党を支持したのだ指摘しています。「だから自民党が、保守党ではなく労働党との連立を模索するのは当然だ」というわけです。そしてCampbellは

I accept that many people voted against Labour. But many voted for progressive parties not conservative ones and it is worth a shot to see if they can build that progressive majority. 労働党に反対する投票をした人がたくさんいたことは認めよう。しかし多くの有権者は、保守的ではなく進歩的な政党に投票したのだ。であるから、(労働党と自民党が手を組んで)進歩的多数勢力を形成する可能性について考えることは価値のあることなのだ。

と主張しています。

▼今回の選挙における得票数だけを見ると、保守党が約1000万票、労働党が860万、自民党が680票ということで、労働党+自民党=1540万票で保守党を540万票も上回る。さらに得票数を投票総数で割った得票率を計算すると、労働(29.0%)+自民(23.0%)=52%というわけで、保守党の36.1%を大幅に上回ります。でも、だからと言って有権者の多くが「労働・自民の連立を望んでいる」というのは乱暴です。最初から「労働・自民の連立」を掲げて選挙をしたわけではないのですからね。

▼労働党・自民党で進歩的多数派(progressive majority)を結成しようなどということをマジメに考えて言っているとはとても思えない。同じことをブラウンさんも言っていたけれど、1995年にブレアさんが党首に選ばれて「選挙に勝てる党」を目指したときに労働党はprogressiveであることを止めたのだと思います。いまさら往生際が悪い。

▼Campbellの主張にさらにムリがあるのは、労働党(258議席)+自民党(57議席)の連立を組んだとしても議席数では過半数(326議席)には届かないということですね。そうなると、主要3党以外の党を巻き込まなければならない。スコットランド党、ウェールズ党、緑の党等々ですが、そのような寄合い所帯にstable and strong governmentなど期待できない。労働・自民の連立を称して「敗者の連立」(losers' coalition)と表現した人がいました。

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4)キャメロンの研究⑬:英国政治の輪郭が変わる?


5月13日付のFinancial TimesのサイトにPhilip Stephensという記者のエッセイが出ています。題して「現実主義が生んだキャメロンの連立」(Cameron’s coalition opts for pragmatism)。今回の連立劇を説明した記事としては非常に分かりやすいと思います。

Stephensは記事のイントロの部分で次のように書いています。

キャメロンは支配するために生まれてきた保守党の政治家なのである。保守党は政権の座にあることが歴史的な使命なのであり、思想(イデオロギー)でさえもその使命遂行の妨げになってはならない。というわけでキャメロンはこれまでのルールを破って、一群の進歩主義者たちとチームを組んだというわけである。Mr Cameron is a born-to-rule Conservative. Ideology could not be allowed to obstruct his party’s historic duty to hold office. So he tore up the rules and teamed up with a bunch of progressives.

キャメロンは過去200年間の英国では最も若い首相、平和時の連立政権は1930年代以来のこと、今回は13年ぶりの政権返り咲きだが、保守党がそれほど長期間にわたって野党の座に甘んじたのは1840年代以来のこと等々、キャメロン政権が歴史的にもユニークな背景で登場したことは間違いない。

ただもっと興味深いのは、あの保守党が革新勢力と目されてきた自民党(Liberal Democrats: Lib-Dem)との連立を組んだということであり、そのことで英国政治の「輪郭」(contours)そのものが描きかえられてしまったのではないかということである、とStephensは言います。つまりこれまでの保守党対労働党の二大政党政治そのものが終わってしまったのか?ということです。

一方、連立の相手である自民党は「中道左派」(centre-left)から「中道右派」(centre-right)に鞍替えしたようなものなのだから、彼らもまた歴史的な決定をしたわけですね。ただStephensによると、保守・自民(Lib/Con)連立政権が理念・理想よりも現実によって動かされる性格を持っていると言える。キャメロンもクレッグ(自民党党首)も「自由・公正・責任」(freedom, fairness and responsibility)という理念を掲げているけれど、それは理念にすぎない。

キャメロンが思想よりも権力を上に置いたということは、(現実に起こる)状況とか出来事によって政権が動かされるということでもある。Mr Cameron’s elevation of power above ideology means circumstance and events are likely to take the driving seat.

▼いまの英国にとって最大の課題は、巨額に膨れ上がった財政赤字の解消です。経済危機下における新政権といえば、1979年の選挙で登場したサッチャーの保守党政権があるけれど、あの選挙では保守党が339議席を獲得、労働党の269議席を大幅に上回る地滑り的な勝利を飾ったうえで政権を樹立することができた。しかも労働党が左右分裂でどうにもならない状態だった。さらにサッチャーの場合、初期のころは政権としての評判は非常に悪かったのに、フォークランド戦争なるものが勃発したおかげでもってしまったという部分もある。

▼そこへいくと、キャメロンには、「地滑り的な勝利」もないし、「フォークランド」もない。あるのは過半数に達しない第一党とアフガニスタンの負け戦だけ。政治ジャーナリストのSimon Jenkinsによると、自民党はおよそ物事を決めたがらない議員た(decision-averse backbenchers)の集団であり、連立の相手としては不安定このうえない政党なのだそうです。それでもキャメロンが少数政権ではなく「連立」を選択したのは、財政赤字の建て直しは少数政権ではできるはずがないと判断したからです。

Philip Stephensによると、キャメロン政権はヨーロッパへの係わりからさらに一歩後退するだろうとのことです。キャメロン自身が対欧懐疑主義者(Eurosceptic)であるし、外相のWilliam Hagueはもっとそうです。しかし、ここでもヨーロッパ主義者であるクレッグがブレーキとしての役割を果たすことになるだろう、とStephensは言っている。

キャメロンは大西洋主義者(Atlanticist)として、対米関係を大事するけれど、サッチャーやブレアほどには対米特別関係にこだわってはいない。アフガニスタン戦争についても、いまのところは係わりを継続するけれど、外国への軍隊派遣についてはほとんど熱意を示していない(he shows little enthusiasm for foreign military adventures)とのことです。このあたりは、サッチャーとはもちろんのこと、「正義のためなら戦争も」と言うブレアとも異なります。

クレッグ副首相との共同記者会見の席上、キャメロン首相は「新しい政治の幕開けなのだ」と宣言しており、それを聴いていると、あたかも選挙前から自民党との連立が構想されていたかのように思えてしまうけれど、実際には二人とも生々しい政治的打算(raw political calculation)によって近寄ったにすぎない、とStephensは言います。

キャメロンの打算によると、少数政権を樹立したら、常に労働・自民の野党連合に攻め立てられる立場になる。自民党勢力を閣内に取り込むことで5年間の安定を手に入れることができたというわけです。

Stephensによると、キャメロンという人は、保守党の政治家としてはサッチャーのような急進的保守主義ではなく、中道的な伝統を受け継ぐ人なのだそうです。1957年から63年まで首相をつとめたHarold Macmillanのような存在であり、キャメロンについて保守党の同僚たちも、彼のことを「ほとんどの場合に穏健」(moderate in most things)と言っている。

かつてサッチャーが言った有名な言葉にThere is no such thing as societyというのがあります。社会福祉政策に関連して「社会などというものをあてにしてはいけない。一人一人の努力が大事」という、彼女なりの「個人主義」哲学の言葉であったわけです。キャメロンはそれに反論するかのように

There is such a thing as society but it is not the same as the state. (この世に社会というものはある。が、それは国家と同じではない)

と語っている。Philip Stephensによると、これはサッチャーの冷たい個人主義への反論であると同時に労働党的な大きな政府への反論でもある、とのことであります。キャメロンが保守党右派とは肌が合わないとすると、クレッグもまた自民党内の左派とは違う。つまり二人とも自分の党内の「純粋派」「伝統派」とは肌が合わないということで共通しているという人もいる。

連立を組むにあたって両方とも苦しい妥協をしています。キャメロンは選挙制度改革についての国民投票という自民党の主張を受け入れたし、クレッグは保守党が推進する、核弾頭搭載型ミサイルの更新計画に乗らざるを得なかった。保守党内にはいまでもサッチャー的保守路線を信奉するグループがいるし、保守党との連立について自民党のある幹部は「悪魔とベッドをともにするというほどではないが、それに近いものがある」(It’s not quite getting into bed with the devil, but it comes very close)とまで発言したりしている。

Philip Stephensによると、キャメロンは、ベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli)という19世紀の保守党の政治家(1868年2月~12月と1874年2月~1880年4月に首相を務めた)が訴えたOne Nation Toryism(保守的一国主義)という考え方に敬意を払ったのだそうです。One Nation Toryismは「英国は一つのコミュニティであり、その市民は誰も排除されてはならない」(national community from which no citizen is excluded)というのを保守党の理念とすべきだという主張です。キャメロンのいう「優しい保守主義」(compassionate conservatism)ですね。

もっともStephensによると、ディズレーリという人は「イングランドに連立は合わない(England does not love coalitions)」とも発言しているのだそうであります。ただディズレーリが一番強調したのは「個人の責任:individual responsibility」「地方重視:localism」「現実主義:pragmatism」なので、考え方は共通しているようではあります。

▼前回のむささびジャーナルで、ここ数年の世界の政治では「考えられないことが起こる」として、黒人の大統領が誕生したアメリカ、ようやく自民党が凋落した日本を挙げました。そして「考えれらないこと第3弾」は英国における二大政党制の終焉ではないかと書きましたよね。その予想は、これまでの二大政党がともに議席の過半数がとれず、選挙後にオタオタしているという意味では当たっていたけれど、第三勢力になると思われた自民党(Lib-Dem)が思ったほど伸びず「三大政党」ではなく「二・五大政党」のようになってしまった。

▼というわけで「考えれらないこと第3弾」についての私の予想は半分だけ当たっていた・・・と、多少なりとも気を良くしていたのでありますが、そんな私をあざ笑うかのように実現したのが、保守・自民連立政権だった。こればっかりは全く考えてもみなかった。英国における「考えられないこと」はこれだった!?

▼今回の選挙当日、私のコテッジから歩いて3分のところにある村の公民館(Village Hall)に投票所ができたので行ってみました。この村はキャメロンの地元の一つです。入口のところに保守党のバッジをつけたおばあさんがいたので「キャメロンの勝ちは間違いないのですよね?」と水を向けると「分からないわよ」と指をクロスした。そこで「キャメロンについては、イートンとオックスフォードの上流階級だなどと批判する人もいるけど・・・」と言うと「あれは絶対におかしいわよ。どこの出身だって関係ないものね。Lib-Demのニック・クレッグだっていいとこのお坊ちゃんですからね」と、選挙権のない私まで説得してくれた。結果はキャメロンが33,973票でトップ、2位はLib-Dem候補で11,233だった。投票率は73%。キャメロンの獲得票数は前回(2005年)の25,612よりもかなり上回ったのだから、Finstock村のおばあさんの心配は杞憂であったわけ。でも応援している当人からすると「気が気でない」という気分だったのでしょうね。

▼というわけで、キャメロンの研究は今回で終わりにします。ご参考までに、これまでの「研究」のリストは次のとおりです。

1)超名門、鳩山さんと似ている!?
2)「思いやる保守主義」って何?
3)壊れた社会を「家族」が立て直す
4)保守党がキャメロンを担ぎ出した理由
5)地方分権の行方
6)アメリカとの付き合い方
7)prep-schoolが養ったnoblesse oblige
8)障害児の親として
9)理念をもった現実主義者
10)サッチャーさんに学べ
11)公共サービス運営は生協方式で
12)新しい保守主義は外交で孤立する?

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5)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら

pain in the neck:頭痛のタネ

奥さんや彼女のことを「うるさくて参っちゃうんだよな」とか言いたいときにShe is a pain in the neckと言うわけですね。日本語では「頭痛」でも英語になると「首が痛い」ということになるのかと、どうでもいいことに感心しながらネットを当たっていたら「あなたの英文法の力を試してください」というサイトがあって、次のような問題が出ておりました。二つあげる例文のどちらが正しいか答えよという問題です。


問:「彼女は彼の鼻にパンチを見舞った」を英語に直すと次のどちらが正しいか?
①:She punched him on his nose.
②:She punched him on the nose. ..

違いはhis noseかthe noseかですね。正解は②(the nose)なのだそうで、その説明として次のように書かれていました。

体の一部を取り上げて言う場合、前置詞句の中では your などを使わず the を使います。大事なルールです。ただし、体の一部に対して外から力が加えられる様子を形容する場合や怪我や痛みを形容する場合に限っての話で、基本的にはmy, your を使います。ですから、肩に入れ墨がある場合、She's got a tattoo on her shoulder. と言うのが普通で、She's got a tattoo on the shoulder. とは言いません。

つまり「頭痛のタネ」は「痛みを形容」するからpain in the neckであって、pain in my neckではない、と。この説明、分かります?私にはさっぱり分からないですね。「前置詞句の中では」なんて言われても何のことなのか・・・。アタマが痛くなってしまった。私、賭けてもいいのですが、his noseでもthe noseでも意味は通じます。それでいいのではありませんか?この種の文法談義こそpain in the neckです。ちなみにそのサイトには同じような問題が5つ出ており、私は2つしか正解ではなくて、「かなり成績の悪い部類に入る」と言われました。


progressive:進歩的な

5月10日に労働党の党首の座を退くことを発表したブラウン首相(当時)のステートメントの中に次のようなくだりがありました。

There is also a progressive majority in Britain, and I believe it could be in the interests of the whole country to form a progressive coalition government.
英国には、進歩的多数派というものがあるのだから、進歩的な連立政権を樹立することが国全体の利益にもなると信じている。

この部分の前にブラウンは、いま英国が抱えている最大の問題が財政赤字にあり、これに取り組むことが新政権の課題ではあるが、公共サービスの削減につながってはいけないというようなことを述べている。そうしたうえで「進歩的な連立政権」(progressive coalition government)が必要だと言っているのですが、そのころ労働党と組むのか保守党と組むのか、未だ態度を決めていなかった自民党(Lib-Dem)に対する呼びかけメッセージであったわけです。

ブラウンがこのステートメントを読み上げるのをテレビで見ながら、私、とても懐かしい言葉に出会った思いがしたのであります。いつの間にか日本の新聞から消えてしまった政治用語としての「革新」という言葉です。「革新知事の誕生」「保守と革新の対決」等々、私よりも上の同世代か少し若い世代の人なら憶えてますよね。「革新」というのは社会党であり共産党のことであったわけです。

ブラウンの言うprogressiveは、まさにこれのことです。progressive coalition governmentは「革新派連立政権」と訳すべきなのでありますよね。要するに、どちらかというと社会民主主義的な政治姿勢のことを称して、英国メディアはprogressiveと呼び、日本のメディアは「革新」と呼んでいたわけです。反対語はconservativeであり「保守」ですよね。

でも、私、これが非常に気になるのです。「革新」という言葉を政治用語ではなく「生きる姿勢」を表現する言葉として考えると、否定的にとらえる人は少ないのではありませんか?反対に「保守」については、どうしても「古くさい」というイメージになってしまって、胸を張って「おれは保守じゃ」という人はへそ曲がりは例外にして、あまりいないと思うわけです。

同じことがprogressiveにも言える。英英辞書によると、progressiveは"in favour of new ideas, modern methods and change"と定義されています。「新しい考え方、現代的なやり方や変化に対する好意的な態度」のことですね。これを否定する人はいませんよね。問題はprogressの中身なのですからね。

この際、日本語は「社民的」、英語はsocial-democraticとでも言ってくれた方が誤解がなくていいと思う。もっともカナダにはProgressive Conservative Party(進歩的保守党)というのがありますね。「どっちなんだ、このお!」と言いたい。


walkabout:ウォークアバウト

的確な日本語が思いつかなかったのでカタカナにしてしまったのですが、walkaboutは要人や有名人が普通の人々と交流することです。「交流」にもいろいろあるけれど、この場合は有名人の方が歩きながら市民と握手したりする。日本の選挙で候補者がやっている、あれと似ていなくもないのですが、あの場合は候補者が無理やり握手してしまっているという雰囲気がありますね。英国でよくあるのが、王室関係者のwalkaboutで、クルマから降りた女王や皇太子が、出迎える地元の人たちのところへスタスタ歩いて行って握手したり、言葉を交わしたりする。

最近のThe Timesによると、デイビッド・キャメロン首相が、首相官邸から国会議事堂までの約800メートルを歩いて行くことが多く、これが警備当局の頭痛のタネになっているのだそうです。警察車の先導をキャメロンが拒否してこうなっているらしい。庶民にアピールするという意図であることは明らかなので、The Timesはwalkabout Cameronという表現を使っています。

英国の首相ともなるとテロの対象になる危険性は大ありなわけで、ある警備関係者はキャメロンのwalkaboutについて「身の危険にさらされているのは首相だけではない。同行している警察官もいるし、周囲の一般人だって危険にさらされている」と文句を言っています。


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6)むささびの鳴き声

▼イントロの部分で触れたイングリッシュ・オークですが、私、いまから8年前の2002年に行われた「日英グリーン同盟」というプロジェクトにかかわったことがあります。日本中の約200ヵ所の町や村に英国生まれのオークの苗木を植えようという企画であったのですが、その過程において、いろいろな町がいろいろな形で日英関係の長い歴史にかかわってきたことを知ることができた。

▼北海道・札幌の近くにある砂川という町にも一本のオークが植わっているのですが、この町の人によると、「いまから100年以上も前、この町にはナラの木がたくさん植わっていたけれど、英国に輸出するために伐採されてしまった。オークはナラと同じ。この際、一本くらい返してくれてもいいんでないかい?」ということだった。なぜ北海道のナラが英国に輸出されたのかというと、「棺桶を作る材料として使われたんだよ、信じないかもしれないけどさ」というわけです。

▼この話を英国の家具メーカーの人にする機会があったのですが、その人によると「それはあり得る話だ」とのことでありました。その人は仕事柄いろいろな木製家具を扱っているのですが、Japanese oakはイングリッシュ・オークよりも水分をたくさん含んでいるので、薄く切って折り曲げても割れにくいという性質があるのだそうですね。つまり棺桶のフタのたわみを出すにはJapanese oakの方がいいのだということです。

▼イングランドの田舎道にそそり立つオークの巨木を見ながら、8年前の砂川の人の言葉を思い出して、ネットを検索したら北海道大学農学部林産学科の宮島寛という人が書いた論文にお目にかかった。宮島さんによると、「第一次世界大戦が始まるまで,ナラのインチ材として小樽港からナラ材が大量に欧州に輸出された」となっている。なるほど、砂川の人の言ったことは本当だったのか・・・といまごろ感心した次第なのでありますが、この北大の先生はまた

「明治時代にはヤチダモやセンに比べ,ミズナラの評価は低かった。平地には広葉樹が多かったので,開拓においてはナラは邪魔ものとされた。火を付けても針葉樹のように燃えず,伐採しても跡に萌芽するし,薪としてもアサダ,イタヤなどより斧で割りにくく,炭にすれば火をはじく,というようにナラの評価は低かった」

と書いている。

▼つまり当時のナラの木は、砂川にとっても「おにもつ」だったということなのかもしれない。砂川のあの人、ギャグとはいえ「一本くらい返してくれてもいいんでないかい?」などと言っていたけれど、それほど恩着せがましく言うことではなかったのかもしれないな。尤もナラの対英輸出で儲かったのは砂川だけではない。伐採したナラを製材して輸出できるようにするために英国製の製材機が使われたのだから、英国の機械メーカーにとってもいいビジネスであったはず。さらにこれらの仲立ちになったのが、住友系の商社だったとのことで、日英貿易の草分け的なエピソードなのかもしれない。

▼2002年に行われた「日英グリーン同盟」という企画で植えられたオークは、背丈が約1メートルという赤ちゃんだった。イントロの写真で写っているオークの樹齢は間違いなく100年は超えているので、2002年に日本中に植えられたオークがこうなるころには、たぶん私はこの世にはおりません。

▼今回もお付き合いをいただきありがとうございました。
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