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323号 2015/7/12
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
ギリシャ政府が7月9日、EU側に提出した「改革案」というのが、7月5日の国民投票で否定された緊縮策を受け入れるようなものであっただけに、裏切られたと感じるギリシャ人たちが「EU離脱」などを叫んでデモをやっている。世界中が固唾を飲んで見守っているわけですが、国が財政破綻しようが、戦争で負けようが、人間は生きていくのですよね。日本だって、とてつもない財政赤字なのにオリンピックまでやろうとしています。はっきり憶えておきましょう。この状態でオリンピックをやろうという政権を文句なしに支持したのは日本人ですからね。上の写真は満月を背にしたギリシャの「ポセイドン神殿」。アテネの南東約70kmのところにある。ポセイドンはギリシア神話の「海の神」なのだそうですね。

目次

1)ギリシャ:「分からないもの」を信じて
2)ギリシャの苦痛:悲観論はもう要らない
3)ギリシャの困窮:何のためのEUか?
4)イスラム国封じ込め:「失敗を認めよう」
5)「安倍さんのメディア管理にほころび 」
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声

1)ギリシャ:「分からないもの」を信じて

先週の日曜日(7月5日)に行われたギリシャの国民投票は、結局EUなどが求める財政緊縮策を拒否する「ノー」が、受け入れようと言う「イエス」を上回って勝利しましたね。このむささびが出る頃にギリシャがどうなっているのかよく分からないけれど、英国のメディアに関しては「ギリシャはユーロ圏から離脱せざるを得ないだろう」という意見が圧倒的に多い。ギリシャ(Greece)と「出る」(exit)を組み合わせたGrexitという文字が踊っています。むささびの目に付いた二つ記事の見出しだけお知らせしておくと:
となる。Telegraphの記事は、もともとEUにも統一通貨(ユーロ)に対しても懐疑的な姿勢をとっているので、「だから言わんこっちゃないだろ」という保守派のエッセイです。Financial Timesのエッセイは、「ギリシャがユーロ圏を離脱してもEUにはとどまれるようにするべきだ」というものです。なるべくギリシャ国民に対する打撃が少なくなるように配慮しようということです。ユーロ圏の国がこれを離脱するとEUにも残れないというのが現在の法律的な規制なのだそうですね。

ただ英国メディアに出ている記事は、どれもどこか「他人事」「評論家風」なのが(むささびには)気に入らない。書いている人たちがギリシャ人ではないのだから「他人事」も仕方ないか・・・というわけで、現在の苦境の真っ只中にいるギリシャ人が書いたものを探してみました。

そして目に付いたのがアテネで発行されているEkathimeriniという新聞の英文サイトです。ウィキペディアによると、この新聞は1919年の創刊となっている。かなりの歴史ですよね。この新聞の英文サイト(7月6日)に出ていた "Faith in the unknown"(分からないものを信ずること)というエッセイを紹介します。書いたのはニコス・コンスタンダラス(Nikos Konstandaras)というジャーナリストです。

筆者によると、今回の国民投票によってツィプラス首相の国内での政治的な立場は強まったかもしれないが、EUやIMFなど外部との交渉という現実の世界でどこまで通用するのかは全く分からない。
  • もしEU、欧州中央銀行、IMFなどが何らかの妥協をするとすれば、それは我が国の経済破綻を避けるためにそうするのである。彼らはギリシャに対する哀れみの気持ちからそうするのであって、決して我々の要求に屈するというものではない。
    So if they make any concessions to us it will be to prevent our economy's collapse. They will be acting out of pity rather than surrendering to our demands.
そもそも今回の国民投票は、EUなどとの交渉に行き詰ったツィプラス首相が最後の手段として実行したものですよね。ニコス・コンスタンダラスによると、それは責任を国民にパスしたのと同じ事であったわけですが、今回、「ノー」が勝利したということは、ギリシャ国民が自分たちにパスされた責任を首相側に再びパスして返したということでもある。コンスタンダラスはギリシャが置かれた現状を次のように書いています。
  • この一週間、ギリシャ国民はののしり合い、分裂し、お互いを侮辱して過ごしてきた。一体、それによってギリシャは何を得たのだろう?どうすれば現在の苦境から抜け出せるというのだろう。そのことがいまだに分からないのである。
    After all the shouting, the division and the humiliation suffered by citizens in the past week, what did the Greeks gain? How do we get out of the impasse? That's still unknown.

この筆者が指摘していることの一つに、今回の国民投票の用紙に書かれた文言が実に分かりにくいものであったことがある。投票者の頭が混乱するようなものだった。英国のDaily Mailのサイトにそのことが出ている。投票用紙は上の写真のようなものだったのですね。小さくて見にくいけれど、右側の上にOXI(ノー)、下にNAI(イエス)と書いてあり、どちらかに印を付ける。問題は左側に印刷された文章です。ギリシャ語で74語あるらしいのですが、英語に訳すと下記のようになる。
  • Should the deal draft that was put forward by the European Commission, the European Central Bank and the International Monetary Fund in the Eurogroup of June 25, 2015, and consists of two parts, that together form a unified proposal, be accepted? The first document is titled 'Reforms for the Completion of the Current Programme and Beyond' and the second 'Preliminary Debt Sustainability Analysis.
    欧州委員会、欧州中央銀行、国際通貨基金が2015年6月25日のユーロ圏財務大臣会議において提案した政策の草案は受容するべきか?この草案は二つの部分から成り立っているものを統一して一つの提案となっているものである。第一の部分は「現在およびそれ以後の計画を完遂するための諸改革」と題するものであり、第二の部分は「債務の持続可能性に関する予備的分析」と題されている。
▼なるほど投票用紙に印刷された文章は普通の人には読めないですよね。これを読んでイエスかノーかを決めろと言われても・・・。

▼このエッセイのタイトル "Faith in the unknown" という言葉は痛切です。the unknownというのは「未知のこと」とか「分からないこと」という意味であり、Faithは「信ずる」という意味です。この場合の「信ずる」は「信仰」に近いニュアンスですね。非常に痛切な響きをもつ見出しです。
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2)ギリシャの苦痛:悲観論はもう要らない

7月5日の国民投票についてギリシャ人が書いたエッセイをもう一つ紹介します。7月5日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)のサイトに出ていたもので
  • ギリシャ人はいま、さらなる予算削減や増税ということより、もっと希望が持てるような話題を必要としている。
    People need something more hopeful than talk of further cuts and tax rises.
というイントロになっています。筆者はニック・マルコティス(Nick Malkoutzis)というギリシャ人の経済ジャーナリストでMacropolisというサイトを主宰しています。

ギリシャの国民投票を前にして欧州委員会のユンケル委員長がギリシャ国民に対して「自殺だけはしないで」と呼びかける発言をしたことがある。もちろんEUが提案する緊縮策の受け入れに賛成するようにとのメッセージであったわけですが、マルコティスに言わせると、ギリシャ人が自ら命を絶つことはないけれど「これから生活が良くなるという希望は捨ててしまった人は多い」(there are many who have given up hope of improving them)。

マルコティス自身も、国民投票で「ノー」の投票をした人を何人か知っている。中には愛国心に燃えた者もいるし、ヨーロッパの「金貸したち」に小突き回されることに怒り狂っている人たちもいるけれど、マルコティスがいちばん同情を覚えるのは、ユーロ圏にいることに疲れきり、EUの指導者のみならず自分たちの国の指導者にもうんざりしている人びとです。昨年だけでも職場を3回も変わったのに給料さえ払ってもらえない友人もいるけれど、そんな労働者が100万人を超えていると推定されている。マルコティスの近所で暮らす建設労働者は、自宅付近のコミュニティガーデンに畑を作って野菜を作って食事の材料にするようになった。とにかく建設業界は2008年に比べると8割も仕事が減ってしまっているのだそうです。

国民投票を前に、野党はいずれもEUからの緊縮策を受け入れなければ事態はさらに悪くなるという意見を発表していたけれど、マルコティスに言わせるとギリシャ人たちは過去6年間にわたって「言うとおりにしないとタイヘンなことになるぞ」という脅し文句ばかり聞かされてきた。ギリシャ国民の多くは言われるとおりにしてきたけれど、結果として事態が良くなるということはなかった。

最初のギリシャ救済策が講じられたのが2010年、あれからの5年間で政権交代が6回、首相は5人も代わっている。2010年5月から現在までの政権の平均寿命は14ヶ月という有様なのだというわけです。

しかもギリシャは社会的弱者には厳しい国とされ、2008年から2012年までの4年間で低所得者層の税金は4倍にも増えている。それなのに高所得者の増税はわずか9%というわけです。現在、全世帯の半数以上が年金を主な収入源としている。マルコティスの友人が職を求めてギリシャ東北部からアテネに出てきたのが50年ほど前で11歳のときだった。それ以来、働き続けたにもかかわらずもらえる年金は月700ユーロを下回る。これはギリシャにおける貧困限度よりわずか35ユーロ多いだけという額なのだそうです。それさえもさらに削られるかもしれない。

要するにこの5年間、普通のギリシャ人たちは悲観的な話ばかり聞かされてきたのだから・・・
  • ギリシャ人たちは、どうにもならなくなった現在の苦境を抜け出す道を示される必要がある。苦しい状況がもっと悪くなるぞというような脅し文句によって小突き回されることはもう無理なのだ。
    The Greeks need to be shown a way out of a predicament that has become desperate. They can no longer be cajoled with the threat of that predicament becoming worse.
とニック・マルコティスは言っている。

▼筆者であるニック・マルコティスのツイッターを見ると、ギリシャが置かれた状況に対するギリシャ人(おそらくインテリ層)の戸惑いがうかがえます。例えば上の写真はアテネ市内で見た落書きを投稿したものです。生まれたばかりの赤ん坊に対するメッセージが "Welcome...You owe to TROIKA €368730!!!" となっている。「この世へようこそ」としたうえで、「キミにはトロイカに36万8736ユーロの借金があります」というわけです。この「トロイカ」というのは、ギリシャに金を貸している機関である欧州中央銀行、国際通貨基金、欧州委員会の三者を指している。この落書きの写真を投稿した人は「何かが狂っている」(Something is defintely wrong)と言っている。
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3) ギリシャの困窮:何のためのEUか?

ギリシャ関連でもう一つ、7月6日付のThe Independentのサイトに出ていたロバート・フィスク(Robert Fisk)記者の
という見出しの記事を紹介します。フィスクは英国人で、本来は中東を取材することを仕事にしていますが、今回は国民投票が行われるギリシャを訪問して、いろいろなギリシャ人と話をした内容を報告しているのですが、その中から、あるお医者さんとの会話を紹介します。

医者がフィスクに
  • 我々(ギリシャ)はEUに加盟することでヨーロッパという家族の一員になったのだ。家族のひとりが過ちを犯したら、あんたならどうする?その一員と一緒に仕事をしなければならないのだよ。我々はヨーロッパの団結を必要としているのだ。
と語ります。医者は「ヨーロッパの団結」と言っているのですが、"your solidarity" という英語です。つまりギリシャが必要としているのは、「EU側からの団結の姿勢」だと言っている。それに対してフィスクは
  • あんたの息子が莫大な借金を抱えたとしたら親のあんたが責任をとらなければならんだろう。あんたの息子が、自分の家族の金を使い込んでしまったらどうする?あんたの息子が私に借金をしていたとすると、私は親であるあんたに対して金を返すように要求する権利ってものがあるだろう。そうしたとしてもそれほど情け容赦がないというものでもないはずだ。
と答えながらも自問します。
  • ギリシャとEUの関係は「家族」のようなものなのか?あの医者の考えでは、EUは単なる銀行の集まりではなくて家族のようなものであり、家族は子供たちをすべて平等に扱わなければならず、道を外れてしまった子供は罰だけでは更生しない(erring children could not be reformed by punishment)というものだった。
そしてフィスクはさらに自問する。
  • ギリシャが物乞い国家になりさがってしまったら、それも自業自得だ・・・と自分たち(ギリシャ以外のヨーロッパ人)は自分たちに言い聞かせようとするだろう。そしてスペインの左派政党であるポデモスにとってはいい教訓になるはずだなどと考えるのだ。一線を超えてはいかんよ。「緊縮政策」を受け入れそれに耐えるのだ、と・・・。「緊縮財政」(austerity)というのは、「貧困」(poverty)をちょっと丁寧に言っただけのことなのに・・・。
そしてフィスクのエッセイの締めくくりは
  • 金持ちの懐を肥やし、貧乏人をさらに困窮させる銀行家の集団としてのEU・・・我々はそんなことのためにEUを作ったのだろうか?二度とヨーロッパで戦争は起こさない・・・そのためにEUを作ったのではないのか?で、これから我々はギリシャに対してどんなことを押し付けようとしているのであろうか?
    But is that why the EU was created? As a bankers’ union to enrich the wealthy and impoverish the poor? It was supposed to ensure that there will never again be war in Europe? So what are we going to inflict upon the Greeks?
となっている。

ギリシャの債務に対する態度

ところで、英国の世論調査機関(YouGov)が7月5日の国民投票後にEU6カ国の人びとを対象にアンケート調査を実施しています。うち英国、スウェーデン、デンマークはユーロ圏ではない。質問は「ギリシャの債務について削減またはギリシャと再交渉すべしか、その必要なしか」というものだった。その結果、英国人とフランス人の意見がほぼ五分五分だったのに対してドイツと北欧3国の人びとはかなりの割合で「再交渉の必要なし」というものだった。特にフィンランド人は「74対14」と最も強硬だった。フィンランドはギリシャに対して37億ユーロの債権がある(ドイツは682億、フランスは438億)のですが、これはフィンランドの1年間の国家予算の10%に相当する金額なのだそうです。

▼フィスクのエッセイを紹介する気になったのは、ジャーナリスト(伝達役)としてのフィスクの姿勢を示したかったからであります。彼の仕事は戦火の中東からの報告というのが多いのですが、常に爆弾が落ちてくる中で人びとが逃げ惑う現場に身を置いてレポートするので、いわゆる「客観的」とか「冷静」とかいうのとはちょっと違う。フィスクに第三者的なレポートを期待すると失望するかもしれません。
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4)イスラム国封じ込め:「失敗を認めよう」

6月26日にチュニジアとクエートで起きたテロ事件は当然のことながら英国では大いなるショックをもって受け取られています。特にチュニジアのホテルが襲われたテロ事件は、死亡した38人のうち30人が英国人の可能性があるとも言われている。この事件について6月29日付のThe Independentのサイトに載っているエッセイは
と言っている。書いたのは中東専門記者のパトリック・コクバーン(Patrick Cockburn)です。

コクバーンのいうイスラム国(ISIS)の「封じ込め作戦」というのは、昨年、アメリカを中心に英国やその他の同盟国が行ったISISに対する空爆のことを指している。この作戦は失敗であったことを「認める」(recognise)ことから始めなければならないと言っているのですが、チュニジアのような惨劇の直後にそれを認めるのはキャメロン首相にとっても難しい。
  • ISISは我々の生活、我々の理想に対する攻撃を仕掛けているのだ。我々は価値観を共有する者同士で団結して戦わなければならない。
    ISIS is attacking our way of life and what we stand for, so we have to stand united with those that share our values.
これはキャメロンがBBCとのインタビューで語った言葉なのですが、コクバーンに言わせると現実感覚に欠ける「戯れ言」(waffle)ということになる。

キャメロンは、2003年の9・11、2005年7月7日のロンドン・テロ以来、テロ事情が全く違ってしまったことが分かっていない、とコクバーンは言います。あの頃のテロはアルカイダというテロ組織がやっていたことだったけれど、現在のISISのテロは、イラク北部とシリア東部にまたがる地域を支配する「国家」(state)が行っているものであり、彼らは普通の国連加盟国よりも強力な軍隊を持ってしまっているのだというわけです。

英国はISIS撲滅のために、昨年、300回の空爆を行ったのだそうで、これはアメリカ(6000回)に次ぐ世界でも第2位の回数なのだ、とキャメロンは言うかも知れない。しかし・・・
  • キャメロンが言わないのは、それだけの回数の空爆を行っているのに、ISISは一向に衰えない、どころか先月(5月)にはイラク領内のラマディではイラク軍を、シリア国内のパルミラではシリア政府軍をそれぞれ破っている、なぜなのか?ということである。
    What he did not address was the fact that despite these airstrikes Isis last month defeated the Iraqi army at Ramadi and the Syrian army at Palmyra.


チュニジア・テロの犠牲者の追悼集会に参加したエリザベス女王

いまから4年前の2011年にリビアのカダフィ政権が崩壊するに伴ってリビアは無政府状態に陥ってしまった。このことに手を貸したのはキャメロンの英国政府だった。が、その無政府状態の中でISISがリビア国内で勢力を拡大したわけです。コクバーンによると、そのことに言及する欧米の指導者はどこにもいない。今年4月、サウジアラビアがイエメンを空爆するということがあった。イエメン国内のイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」を撲滅するという名目だったけれど、結果として起こったのは、イエメンという国を統括する唯一の組織であった政府軍の弱体化であり、イエメンにおけるISISとアラビア半島のアルカイダ(Al-Qaeda in the Arabian Peninsula:AQAP)の台頭だった。ここでもサウジアラビアのイエメン爆撃は英米に支持された。

コクバーンによると、「テロとは断固戦う!」というキャメロンの反ISIS発言は、ISIS対策としては、真面目さに欠ける(lack of seriousness)のだそうです。キャメロンがやらなければならないのは、中東における反ISISの戦いに効果的な現地のパートナーを見つける(find effective local partners in the Middle East)なのだそうです。具体的に言うならば、イランとその同盟国(シリアも含む)との関係改善を進めるということです。彼らもまたISISと戦っているからです。そのような動きをするならば、サウジアラビアを中心とするスンニ派の湾岸諸国やトルコを怒らせることになるというリスクは覚悟の上でやるべきだということです。

▼コックバーンは「イスラム国」のことをISIS(Islamic State of Iraq and Syriaの略)と呼んでいるけれど、チュニジアのテロ事件以来この組織を何と呼ぶのかについて議論が行われています。きっかけとなったのは、チュニジアの事件直後にBBCとのインタビューに応じたキャメロン首相が「BBCは“Islamic State”という呼び方を止めるべきだ」と発言したことにある。理由はこの組織はテロ集団であって「イスラム教」(Islamic)でもないし「国家」(State)でもないからで、キャメロン個人としては、軍事情報機関のMI5が採用している"Isil"(アイスル)が望ましいと言っている。これは"Islamic State in Iraq and the Levant"の略で、「イラクおよびレバントのイスラム国」という意味ですね。「レバント」はトルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトをカバーするエリアの昔の言い方です。確か安倍さんも「アイスル」と言っており、「あんたなんかにアイスル(愛する)なんて言われたくない」などと言われていた。

▼また国会議員が連名でBBCに“Daesh”という表現を使うように要求したけれど、BBCはこれを拒否したのだそうです。“Daesh”(ダーシュ)はアラビア語の "al-Dawla al-Islamiya fil Iraq wa’al Sham" の略語で意味としてはISILと同じなのだそうです。フランス政府はこの言い方を使っているらしい。BBCが“Daesh”という言い方を拒否した理由は、この言葉がアラビア語で軽蔑的な意味で使われることもあり、これをBBCが使うとISISのライバル組織に肩入れしているという印象を与えるということだった。BBCはいまでも "Islamic State" を使っているようです。

▼テロ集団といわれる「イスラム国」といえどもBBCなりの中立性堅持の対象になるのだから、すごいと思いませんか?確かNHKは「イスラム国」と言っていたのを「イスラミック・ステート」に変更したのですよね。その理由は「この組織が国家であると受け止められないようにするとともに、イスラム教についての誤解が生まれないようにすること」だった。変な話ですよね。それが理由なら「アイスル」の方がいいに決まってます。「イスラミック・ステート」なんて「イスラム国」(Islamic State)のカタカナ・イングリッシュにすぎないのだから。
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5)”安倍さんの「メディア管理」にほころび
前回のむささびジャーナルで、沖縄慰霊の日の式典に出席した安倍さんに対して「戦争屋!」という野次が飛ばされ、そのことが英国メディアに取り上げられていたことを紹介しました。

6月29日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)のサイトに出ている
という記事は、あの「野次事件」が日本のメディアによって報道されることがなかったという事実を取り上げています。
  • あのような野次が飛ぶということは、礼儀正しい日本では極めて異常なことであるだけに、それを多くのメディアが無視することに決めたことを見ても、安倍氏がいかに日本の報道機関をてなずけ、丸め込むことに成功しているかを示している・・・と安倍氏を批判する人びとは言っている。なにせNHKのような国営放送や最大の発行部数を誇る読売新聞までが、あの事件を無視することに決めたのだ。
    Such heckling is highly unusual in decorous Japan so the decision to ignore it by many news outlets, including national broadcaster NHK and the top circulation Yomiuri newspaper, shows how successfully Mr Abe has cowed, or co-opted, the Japanese press, say critics of the prime minister.
この記事を書いたロビン・ハーディング(Robin Harding)という記者なのですが、自民党の若手議員の会合で「沖縄の新聞は潰した方がいい」とか「メディアの首を絞めあげるには広告掲載を止めることだ」などといった「報道圧力発言」が出て大いに批判されていることついても触れて、安倍さんを始めとする自民党の幹部が火消しに必死になっていることを伝えています。

FTの記事によると、安倍政権が過去2年半にわたって安定を保ってきた一つの理由はメディア管理の点で成功したことなのですが、上智大学のNakano教授は「首相の人気下落に伴って、メディア対策にもひび割れが見え始めている」として、自民党の若手議員の会合における「報道圧力発言」が外部に漏れてしまうこと自体が政府によるメディア管理が緩んできていることの証拠であると言っている。そしてFTの記事はNakano教授の次の言葉を結論にしています。
  • 政府が弱体化してきており、そのことによってメディアが勇気づけられているのだ。
    The government is becoming weak enough for the media to feel emboldened.

ところで、百田尚樹という人に「潰れたほうがいい」と言われてしまった沖縄タイムスと琉球新報の編集局長が7月2日に東京の外国特派員協会と日本記者クラブで記者会見を行っています。そのうち日本記者クラブでの会見はここをクリックすると動画で見ることができます。

いずれも自民党による「報道圧力発言」に対する批判を述べるものであったのですが、むささびが面白いと感じたのは日本記者クラブにおける会見で地方紙と全国紙による報道の違いについて語った部分だった。今から11年も前の2004年8月13日、沖縄国際大学に米軍のヘリコプターが墜落するという事故がありましたよね。沖縄では新聞の号外がでるような大騒ぎとなった。

沖縄タイムスの武富和彦編集局長は、当然、翌日の東京の中央紙でもこれがトップニュースだろうと思った。が、実際には8月14日付の朝日・毎日・読売の第一面の見出しは次のとおりだった。
  • 朝日:巨人・渡辺オーナー辞任 スカウト明大投手に現金
  • 毎日:巨人 スカウトで裏金 渡辺オーナー辞任 明大・市場投手に 200 万円
  • 読売:アテネ五輪開幕
むささびがネットを調べたところ関西大学社会学部の吉岡至教授がこの件ついて『日本のなかの沖縄の新聞』というペーパーを書いていました。それによると、朝日も毎日も沖縄国際大へのヘリ墜落のニュースを第一面に載せてはいるのですが、トップニュース扱いではなく、読売は第一面では報道していない。日本記者クラブで会見した沖縄タイムスの竹富編集局長は、中央紙の感覚としては「沖縄には基地があるんだから、ヘリが落ちたって大したニュースではない」というものだったのではないかとして、「これが早稲田や慶応、あるいは東大に米軍ヘリが墜落したらどんな扱いだったか」と言っていました。

▼6月27日付の読売新聞の社説『看過できない「報道規制」発言』は「報道機関を抑えつけるかのような、独善的な言動は看過できない」という文章で始まっているのですが、百田という人の発言については
  • 地元紙に対する今回の百田氏の批判は、やや行き過ぎと言えるのではないか

    だそうです。新聞を潰せと言われているのに「やや行き過ぎ」程度の発言であると考えている、と!?
▼昨年(2014年)7月に「集団的自衛権」についての閣議決定があったとき、この件について社説を掲載した地方紙29紙のうち27紙がこれに反対。27対2で反対意見が圧倒的だった。ところが中央紙は反対が毎日と朝日、賛成が日経・産経・読売、3対2で賛成意見の方が多かった。中央と地方のこのギャップは何なのですかね?地方紙の社説を書く人たちが、「反政府」的な態度をとることが大好きで、地元の読者の感覚や意見を反映していないのか?東京で出ている「全国紙」が地方の感覚に鈍感なのか?
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6) どうでも英和辞書
 A-Zの総合索引はこちら 
 

sorry:ごめんなさい・・・

"sorry" が必ずしも「謝罪」の言葉として使われるものでないことは何度か言いましたよね。例えば"I'm sorry you had such a difficult journey." は「タイヘンな旅だったんですって?」という「同情」の意味での "sorry" です。また "It's raining again. Sorry about that!" とくると「また雨だ。残念でした!」となる。

とはいえ、やはり"sorry"は「謝罪」の意味で使われることがいちばん多いのは事実です。YouGovというサイトが、どちらかというと「ごめんなさい」という意味での"sorry"という言葉の使い方で米国人と英国人の違いを語っています。それによると、英国人は自分の落ち度でもないのに"sorry"というケースが(米国人より)多いのだそうです。

こんなとき "sorry" を使う確率
英国人 米国人
約束の時間に5分遅れてしまった 84% 73%
冗談を言ったつもりが相手を傷つけてしまった 58% 50%
誰かが自分にぶつかってきた 36% 24%
くしゃみをした 32% 22%
他人の間違いを正すとき 27% 19%

最後の「他人の間違いを正すとき」の違いはどこか笑える。同じことを言うのに英国人は「申し訳ないけど、あなたのおっしゃっていることがよく分かりませんが・・・」(Sorry, I don't know what you are talking about)というのに、アメリカ人は「あんた、何言ってるんですか?」(What are you talking about?)てなもんですな。それとこれも何となく可笑しいのは、他人が自分にぶつかってきたのに、つい "Oh, sorry..."と言ってしまう英国人が10人に4人程度はいるってことですね。とにかく謝っておけば間違いはないだろう・・・分かるな、それ。

正直言ってよく分からないのが、くしゃみをしてなぜ "sorry!" なのかですね(尤もそれを言う人は必ずしも多数派ではないようですが)。くしゃみをして “Bless you!” と言われたことはよくある。あれは「お大事に!」と言う意味なのだそうですね。でもくしゃみをした本人が謝る必要はないと思うのよね。おなら(fart)はまずいよ、そりゃ。ガスをまき散らすんだから "sorry" くらいは言った方がいい。おならをした英国人が "oops!" と言うのを聞いたことがあるけれど、それは「お~っと!」という程度のことだよね。ガスを噴射までしておいて "oops!" はねえだろが。
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7) むささびの鳴き声
▼ギリシャの件ですが、7月9日付のGuardianのサイトに出ている "Poorer than Greece"(ギリシャより貧しいのに)という記事によると、今回の件では東欧の国の人びとは結構ギリシャに厳しいのですね。例えばバルト3国のうちのラトビアのある年金生活者は、ギリシャ人の平均年金額がひと月833ユーロと聞いて「それで暮らせないの!?」と驚いている。この人の年金はひと月で293ユーロ なのですが、「ギリシャなんて暖かいから暖房費も要らないし、冬長靴を買う必要もないだろうし・・・」というわけで、「借りたお金はきっちり返さないとダメ」ときっぱり言っている。

▼ギリシャの借金と日本の財政赤字は性格が異なる(だから安心しろ)という経済学者もいるし、日本の方がひどい(だから気をつけろ)という「専門家」もいますよね。ネット検索したらその種の記事がうんざりするほどありました。どっちも目を血走らせて自分の言い分の正当性を主張している・・・それは彼らの商売なのだから仕方ないのかもしれないけれど、むささびの印象としては「他人の不幸で飯を食っている」ということになる。彼らが何を言おうが人間は生き続けるわけで、はっきり言ってあまり真面目に聞く気も読む気もしない。

▼ただギリシャのことを読みながら、日本の新国立競技場の話など聞いていると寒々としてきますよね。何が面白くて3000億円もするものを作ろうというのか?しかも当初の予算と実際の費用があまりにも違いすぎることについての説明もない。NHKの『クローズアップ現代』を見ていたら、この件について東大の先生が「関係者の間にリーダーがいなかった」と言っておりました。「そんなことで話を進めていたのか」と思うと日本の「知」と言われる人びとの幼稚さに呆然としてしまう。東京五輪を推進した猪瀬・東京知事(当時)は自分のツイッターで、この計画に否定的な人びとのことを「引きこもり」と呼んだのですよね(むささび262号)。

▼5番目に載せた「報道圧力」ですが、「沖縄の新聞は潰した方がいい」と言ってしまった百田という人はその後「実は朝日・毎日・東京の3紙こそ最も潰れて欲しい新聞だ」と言ったのだそうですね。つまり産経と読売には潰れて欲しくないってことですね?で、知らなかったのですが、東京の日本外国特派員協会(FCCJ)という団体が東京新聞を表彰したのですね。"Freedom of the Press Award"だから「報道の自由賞」ということですよね。

▼百田という人に「潰れて欲しい新聞」と言われたということは、東京新聞がどちらかというと「左寄り」であると思われているということだと思うけれど、東京新聞の菅沼堅吾・編集局長はFCCJの機関誌とのインタビューの中で「私たちは自分たちを左寄りだの右寄りだのとは考えていない」として次のように語っています。
  • 我々の仕事は権力を監視することだと思っている。権力者を底辺の目線、権力など持っていない人びとの目線で見るということだ。我々は「反安倍」ではない。単に自分たちの仕事をしているだけだ。
    We think of what we do as monitoring power, looking at the powerful from the position of the bottom, or from the perspective of people with no power. We’re not ‘anti-Abe’ – we’re just doing our job.
▼菅沼さんのいう「自分たちの仕事」とは「読者の番犬であること」(watchdogs on behalf of readers)であるわけですが、「権力の番犬」(watchdogs of the power)にしてみれば「潰してしまいたい」ほど不愉快な存在ということになる。

▼(全然関係ないけれど)私の古い友人からのメールによると、彼が暮らしている町では、来年から「全国に先駆けて」小学校の1年から英語の授業をやることになったのだそうであります。週に3~4時間らしいのでありますが、それによって削られる学科が出てくるとしても、音楽・家庭科・図工・体育などを削るのだけは止めて欲しいと思っていたら・・・「衆議院議員河野太郎マンスリーニューズレター」が送られてきて、その中に「高校生の英語」という記事があった。それによると、昨年文科省が国公立の高校生7万人を対象に英語のテストを実施したところ、結果は「惨憺たる」ものであったとのことでした。

▼河野議員は、中学、高校の英語教員の人件費に年間3000億円も使っているのにこの結果では「予算の効果が出ていないと断じられても仕方がありません」と言った上で
  • すでに我が国の外務省では、英語で交渉をできる人材が足りなくなりつつあるという現実もあります

    と言っている。
▼日本の外交官で「英語で」交渉ができる人が減っているとのことですが、中国語、ドイツ語、ロシア語での交渉ならできる人材がいるのかというと、おそらくノーなのでしょうね。河野議員は「英語で交渉をできる人材」が足りなくなっていると嘆いているけれど、むささびの想像によると、足りなくなっているのは、「英語が使える人材」ではなくて、「交渉をできる人材」なのではないか・・・。「交渉能力のある人」とは(むささびの定義によると)「相手の立場に身を置いて考えることができるような想像力のある人」ということになる。外務省で足りなくなっているのはその種の人材なのではありませんか?

▼私の旧友が暮らす町では間もなく小学校の1年から英語の授業が行われるようになる。狙いは河野議員のいわゆる「英語で」交渉をできる人材の候補生を作ること(だと思う)。小学校から英語をやることで、何十年か後には英語が使える人は増えているかもしれないけれど、そのために小学校の「ホームルーム」「音楽」「家庭科」「体育」の時間が削られるのだとしたら、それらによって育つであろう能力は育たなくなる。すなわち「「相手の立場に身を置くだけの想像力」が犠牲になる。

▼日本人は英語がヘタ・・・一体こんなこと何十年言い続けているんです?むささびの記憶によると、安倍さんのお祖父さんの岸信介という人が首相をやっていた1960年ごろにもそのようなことは言われていた。あれから50年、いまだに同じことを言っている。そして河野太郎さんのように「英語教師のために3000億円も遣っているのに・・・」となる。すると「では小学校1年生からやりましょうか」というわけで、またまた予算が追加される。何年か後には「幼稚園から英語を・・・」という話になるかもしれない。むささびの経験則から言うと「日本人は英語がヘタ」という前提を疑った方がいい。少なくとも予算の無駄遣いはしなくて済みます。

▼クソ暑いのにダラダラと、失礼しました。
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むささびへの伝言