musasabi journal

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 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
505号 2022/7/3

上の写真とは何の関係もありませんが、埼玉県・鳩山町って聞いたことあります?最近の酷暑情報で有名になりつつある。先日など39.9度なんてのもありました。むささび夫婦とワンちゃんたちが、この町の近くを頻繁に通ります。暑さといえば以前は「熊谷」が有名だったのですが…。関東地方は梅雨明けとのことですが、まだセミの鳴き声を聴いていません。

目次
1)スライドショー:みんな鳥です、文句ある?
2)再燃?スコットランド独立
3)家族・親戚の呼び方
4)誰がRFKを殺したのか?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
7)俳句


1)スライドショー:みんな鳥です、文句ある?

地球上には、人間も含めて実にさまざまな生き物が暮らしています。中でもすごいと思うのは鳥たちだと思いません?トンビのように高い高い空から獲物を見つけて急降下してくるかと思うと、ホトトギスのように「トッキョキョカキョク」というけったいな言葉を発しながら飛んでいるのもいる。というわけで、今回はインターネットの世界を賑わしている鳥たちに集まってもらいました。

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2)再燃?スコットランド独立


6月28日、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相がスコットランド議会(エジンバラ)で、スコットランド独立についての住民投票を来年(2023年)10月19日に行うことを提案したというニュース、英国内ではそこそこの大きさで報道されているけれど、スコットランドの新聞以外はそれほどの扱いではないようです。前回この住民投票が行われたのが2014年9月18日、「賛成:44.7%」「反対:55.3%」で、独立は否決されたのですよね(むささびジャーナル302号)。スタージョンにとっては「二度目の正直」ということになるけれど、The Economistなどはこの住民投票のことを "referendum" ではなく "neverendum" と呼んでいる。つまりスコットランド独立は「勝てっこない」ものである、と。

  • "referendum"という単語を英和辞書でひくと「国民投票」という日本語が当てられており、むささびジャーナルもさして考えもせずにそれを使ってきたけれど、今回は「住民投票」という言葉を使うことにしました。スコットランドを英国内の一地域(region)と考えるとそうなる。ただスコットランドを一つの「国」(nation)と考えると「国民投票」ということにもなる…。
スタージョン首相が議会で行ったのはあくまでも「提案」にすぎない。スコットランド議会の承認はもちろんのこと、スコットランド独立の住民投票を実施するについては、ロンドンにある英国議会の承諾も必要です。独立を望むスコットランド人にとって足かせとなるのが「スコットランド法」(Scotland Act)という」法律で、そこには「1707年に実現したイングランドとスコットランドの統合状態を解消できるのは、ロンドンにある英国議会(Westminster Parliament)だけ」と明記されている。つまりスコットランドの独立を目指す住民投票もエジンバラにあるスコットランド議会だけの議決では不十分ということ。

ロンドンの議会が絡むとなると、英国全体の「政治」にも関係せざるを得ません。政治の最たるものと言えば「選挙」ですよね。実は前回の英国下院選挙が2019年に行われており、このままでいくと、前回から5年後の2024年12月24日に解散することが要求されています。つまりスコットランド独立に関する決着がついた後から英国下院の選挙ということになる。それはスコットランド独立を望む勢力にとって有利なのか不利なのか?The Economistなどは、ボリス・ジョンソンの保守党は、スコットランドの独立を否決させる運動と下院選で保守党が勝つための運動に同じように力を入れられる、つまり「得するのはボリス・ジョンソンだけ(The real winner is Boris Johnson)」だろうと言うわけです。


2014年の住民投票以来、スタージョン首相は、再度の投票の実施を求めるスコットランド国内の圧力と独立そのものに反対するイングランドの声の間に挟まれており、スコットランド議会が自分の意思だけでこれを行う権限はないと言う声は強い。またスタージョン首相が提案している住民投票は、その結果が必ずしも法的拘束力を伴わなわずあくまでも「参考」(consultative)にするものというのが専門家の意見なのだそうです。

スタージョン首相もそのあたりは分かっているようで、スコットランド議会における演説では、独立そのものより住民投票の実施に重点を置いている感じだった。
  • a judgment against holding the referendum would prove that the idea of Britain as a “voluntary union of nations is a fiction”. 住民投票に反対するということは、英国(Britain)そのものが国家の自主的な集合体であるという考え方を否定することに繋がる。
というわけです。要するにスコットランド独立に反対するのは自由だが、住民投票の実施そのものを否定することはできませんよね?と言っている。彼女が提案している2023年の住民投票と2024年に実施される英国(UK)下院の選挙は別物ではあるけれど、住民投票では独立派が勝ち、下院の選挙でもスタージョンが党首をつとめるスコットランド党(SNP)が勝利を収めたら、英国政府としては独立を求めるスコットランドの声を無視し続けることはできなくなり、スコットランド政府と英国政府の交渉が始められなければならない…では、交渉に参加すること自体に英国政府が反対したら?その問題についてはスタージョンは触れていない。


スコットランドの独立は保守党支持者・議員・関連スポンサーらの望むところではない。従ってSNPが選挙での勝利をもくろんで保守党と手を組むということはあり得ない。ジョンソン首相は当然のようにスコットランド独立反対を主張するだろう。というより国民投票そのものに英国首相として反対を主張することもできる。法的にも問題はない。ジョンソンはさらに、8年前に「独立」が勝てなかった国民投票を語りながら、わずか8年間でスコットランドの世論が独立について変わってしまうことはあり得ないという主張をすることも可能だ。ボリス・ジョンソンは英国の首相の中でもナショナリズムの色彩が濃い存在であり、英国解体に繋がりかねないスコットランドの独立に手を貸そうする筈がない。

実はスコットランド独立の「脅威」はボリスにとっては「財産」にもなり得る。彼にとって、次なる選挙で売りものにできるようなことは何もない。インフレは高いし、公共サービスの劣化は明らか…というわけ。ただ2014年の国民投票以後、保守党はスコットランドでもイングランドでも「英国の結束を守ろう」(defend the union)と主張して好評を得てきている。ボリスが嫌だからと言って、労働党に寝返ろうとすると、英国政府がSNPと連立を模索するようなことになってしまう。つまり「英国の終わり」に投票するようなことになってしまう。労働党はこれまでにもスコットランド独立には反対であることを鮮明にしてきている。その意味で彼らがSNPと組むことはない。ただスタージョン率いるSNPとなら…という気なる労働党支持者もいるかもしれない。そうなると、巡り巡って、スタージョンの勢いがつけば、ボリスにも助けになる、かもしれない。と」The Economistは言っている。

▼2014年に前回の住民投票があり、独立派は敗れたわけですが、偶然とはいえ同じ年の3月にロシアがクリミア半島を併合する戦争を行っている。スコットランドの独立を問う住民投票が行われたのが9月だった。何を言いたいのかというと、スコットランド独立を志向するSNPはジョンソンらが推進したBREXITには反対で、英国から独立したらEUに加盟することを考えていた。それを否定する姿勢がボリス・ジョンソンで、彼はイングランド中心の「ナショナリスト」です。個人的な感覚としては、ボリスの方がプーチンとは息が合うのでは?来年、住民投票が行われるようになった場合、SNPはウクライナ問題についてはどのような姿勢をとるのでしょうか?

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3)家族・親戚の呼び方


ビジネス誌のThe Economistは、時として言葉にまつわるエッセイが載ることがあります。6月2日付のサイトにでていた「家族にまつわる言葉」もそんなエッセイの一つです。
  • Some languages pay closer attention to family ties than others 言語によって家族の繋がりへの想いが強いものとそうでもないものがある
というわけです。例えば「兄弟姉妹」の場合、英語では男なら "brother"、女なら "sister" で決まっており年の差は関係ない。でも日本語の場合は、対象が一人で男の場合は「兄」または「弟」という具合に必ず年齢による区別をはっきりさせる。もちろん英語にも "older/younger brother/sister" という表現はあるのですが、通常の会話では使われないから、はっきりさせたい場合は、"Is he your older borther or younger brother?" という風に確かめる必要がある。


The Economistによると、英語社会では性別がはっきりすればそれでオーケーなのに対して、日本語(や中国語)社会では年齢の上下が重要視される…とのことであります。英国では自分より年上の人間を(血縁があってもなくても)"uncle" とか "aunt" と呼んだりすることもある。

自分の配偶者と血縁関係にある者には(日本では)「義」という文字を付けますよね。義母・義父・義兄・義姉・義弟・義妹etc。英語でこれに当たるのが "in-law" で "mother-in-law", "brother-in-law" 等などがある。知らなかったけれど、フランス語には "in-law" にあたる接頭語に"beau-", "belle-" などがあるのですね。"belle-mère"は"mother-in-law"を意味し、"beau-frère"は"brother-in-law" のことである、と。"beau-"も"belle-"も“beautiful”を意味するのだから「英語の "in-law" に比べれば「お役所的でないだけまし」とThe Economistは申しております。確かに「-in-law:法律上の」というのは何だか味気ないかもな。


お役所的と言われようと、何でもかんでも然るべき名詞のあとに "-in-law" さえつけておけば事足りる英語の世界は樂でいいという気がしないでもない。「父」が "father" なんだから、奥さんのお父さんは "father-in-law" に決まっとるがね。これがスペイン語ともなるとちょっと事情が違うようなのです。「父」はスペイン語で "padre" というのだそうですが、「義理の父」がこれにスペイン語の"-in-law" にあたる言葉を突ければオーケーなのかというとこれが違う。正解は "suegro" というのだそうです。

スペイン語の場合はさらに「似て非なる」言葉として "cuñado" と "concuñado" というのがあるのだそうです。Google翻訳によると、両方とも英訳すると "brother in law" となるけれど、The Economistの解説によると
  • cuñado=brother-in-law by blood relation to your spouse(あなたの配偶者と血縁関係にある兄・弟)
  • concuñado=your spouse’s sibling’s husband(あなたの配偶者姉妹の夫)
となっている。後者については “co-brother-in-law” と英訳することもできるとしているのですが、日本語で言うと「義兄弟」が少し薄まった関係」とでもなるのでしょうかね。


こんなことでひるんでいてはいけません。日本語でいう「叔父」(uncle)は貴方の父親もしくは母親の兄弟であり、「叔母」(aunt)は父親もしくは母親の姉妹ですよね。でもアラビア語の場合は、その人物が父方のファミリー出身なのか、母方のそれなのかによって違うのだそうです。父方の場合は「叔父」は "amm" で「叔母」は "amma" であり、母方の場合は「叔父」は "khal" で「叔母」は "khala" となる。しかし(驚いてはいけない)あなたの叔父さんの奥さんは "amma" ではなくて "zawjat al-amm"(叔父の妻という意味)と呼ばれる。

他にもいろいろな例はあるけれど、訳しているだけでも頭痛に襲われるのでやめておきます(原文をお読みになりたい向きはご一報を)。英語圏以外の国々で「家族」を表現する言葉がわんさか存在するからといって、英語圏の人びとが自分のファミリーについて無頓着であるということではない。英米人の間では、実際には親戚でもないのに親しい間柄の人を "uncle" とか "cousin" 呼ばわりすることは当たり前に行われている。すべての言語が家族関係をそれなりに表現する方法を有しており、スペイン語やアラブ語のように細かく分類する言葉を有している人びとは、否応なしにそのことを意識せざるを得ないであろう(とThe Economistは言っています)。


1994年にRobert Earl Keen というアメリカの歌手が歌ってヒットした曲に“Merry christmas from the Family”というのがある。クリスマスの時期に家族が集まって大騒ぎをする楽しさを歌ったカントリーソングなのですが、歌詞の中に
  • Fred and Rita drove from Harlingen,
    Can’t remember how I’m kin to them.
という部分がある。「クリスマス・パーティーのためにハーリンゲンという町からフレッドとリタという夫婦がやって来た、自分とどのような関係にあるのか分からないけれど…」と言いながら彼らと握手をしてパーティーを楽しむ光景を歌っている。「この感覚はアラブの人たちには分からないかもしれない」とThe Economistの記事は言っています。

▼むささびには兄が1人、弟が1人、姉が1人、妹が2人います。むささびの妻は5人のsiblingがいるということ。siblingという英語は使ったことがない。ましてやそれぞれのsiblingの結婚相手のことは何と呼ぶのか?

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4) 誰がRFKを殺したのか?



ごく最近のBBCのサイトに "Who really shot Bobby Kennedy?" という見出しの記事が出ているのを見て驚きました。Bobby Kennedy(正式にはRobert F Kennedy: RFK)と言えば、半世紀も前に米大統領選の運動中に暗殺された人ですよね。それにしても何故今ごろこの人の殺害事件が話題になるのか?気になってネットを当たってみたら、今から4年前、2018年6月5日付のワシントン・ポスト紙のサイトに
  • Who killed Bobby Kennedy? His son RFK Jr. doesn’t believe it was Sirhan Sirhan. 誰がボビー・ケネディを殺したのか?息子のRFK Jr. はサーハン・サーハンだとは信じてない
という見出しの記事が出ていました。むささびと同年配の人であれば「ボビー・ケネディ」を憶えていますよね。そうか、2018年はあの事件からちょうど50年というタイミングだったのですね。米大統領のジョン・F・ケネディ(JFK)が、テキサス州ダラスで射殺されたのが1963年だったのですが、その5年後の1968年、その弟のロバート・F・ケネディ(RFK)が大統領候補として遊説中のロサンゼルスのホテルで、やはり銃で殺されるという事件が起こった。パレスチナ系アメリカ人のサーハン・サーハンという青年(24才)が犯人として逮捕された。


個人的な話ですが、この年、むささびは生まれて初めての「外国生活」としてサンフランシスコで暮らしていてこのニュースに接しました。27才だった。実はRFK暗殺事件の5カ月前(1968年4月4日)には黒人解放運動の指導者だったマーティン・ルーサー・キング(MLK)がテネシー州 メンフィスで、やはり銃で殺されるという事件が起こっていました。その年のアメリカはベトナム反戦運動が盛り上がる中での大統領選というわけで、それに加えて二つもの暗殺事件が起こったから国中が全く落ち着かない雰囲気だったのを記憶しています。

それにしても、RFKが殺されてから50年も経った2018年になってからワシントン・ポストが「真犯人はサーハン・サーハンではなかったかも」とは、どういうこと?そうか、事件からちょうど50年目だから、か。RFKには11人の子どもがいるのですが、サーハン・サーハンとは別の犯人がいるのでは、と言い始めたのは3番目の息子であるロバート・F・ケネディJr(64才)で、弁護士をしている人物です。 父親が暗殺されたとき彼は14才だった。


ワシントン・ポストによると、事件翌年の1969年に行われた裁判でサーハン・サーハン本人はRFK殺害を認める一方で「やった記憶がない」(no memory of doing so)とも言っていたのですが、その裁判で検察側が提出した検死報告書に書かれてあった内容が、サーハン・サーハンの関わりについて疑問を呈するものとなった。
  • ケネディ(RFK)は、彼の耳の後ろの致命傷も含めて、背後の至近距離から撃たれている。しかしサーハンは銃撃が起こった時はRFKの前(in front of him)に立っていた。Kennedy was shot at point-blank range from behind, including a fatal shot behind his ear. But Sirhan, a 24-year-old Palestinian immigrant, was standing in front of him.
と書いてあるのだそうです。

それが事実だとすると、RFKを殺したのは別の人間ということになる。しかし(ワシントン・ポストによると)陪審員はその点に注意を払うことなく、1969年に第一級殺人で死刑の判決を下してしまった。が、ポスト紙によると死刑の量刑は1972年になって終身刑ということに下げられたのだそうです。それ以後もサーハン・サーハンは何度も裁判のやり直しを求めるのですが、いつも却下されて現在に至っているのだそうです。一番最近行われた裁判所による聴聞によると、事件当日は13発の銃弾が発射されたことが明らかになっているのですが、サーハン・サーハンが持っていた銃は8発しか入らないものであったともされている。


<左から:サーハン・サーハン(当時)、RFK、サーハン・サーハン(現在)>

サーハン・サーハンは現在サンディエゴ郊外にあるカリフォルニア州立刑務所に収容されているのですが、弁護士であるRobert F. Kennedy Jrはその場にサーハン・サーハンを訪問していろいろと聞き出している。彼はほぼ50年も前の裁判で使われた証拠などを徹底的に調査し直しており、ワシントン・ポストには次のようにコメントしています。
  • 私の父を殺したという罪で誤った人が有罪を宣告された可能性があることに驚いいている。父はアメリカにおける法執行の責任者という立場にあった。犯してもいない犯罪を理由に刑務所に入れられた人間がいたと知ったら父自身も驚きを隠せないだろう。 I was disturbed that the wrong person might have been convicted of killing my father. My father was the chief law enforcement officer in this country. I think it would have disturbed him if somebody was put in jail for a crime they didn’t commit.”

▼上の写真は1968年6月5日、ロサンゼルスのAmbassador Hotelで撃たれた直後のロバート・F・ケネディなのですが、この写真はあの事件以後、何度も何度も新聞や雑誌で使われたものです。RFKの右側にかがみこんで助け起こそうとしているのは、このホテルで皿洗い(busboy)の仕事をしていたホアン・ロメオ(Juan Romero)という17才になるメキシコ出身の青年だった。ホアン・ロメオはこの写真を見るたびにRFKを助けられなかったのは自分のせいだという、妙な罪の意識に囚われるようになった。

▼事件後間もなくカリフォルニアから引っ越してワイオミング州で道路工事の仕事などをして生活、最後には再びカリフォルニア州に戻りサンノゼに定着、事件から50年後の2018年に68才で死去した。さすがに50年も経つと事件のショックからは立ち直っていたけれど、ずいぶん長い間、6月になるとやってくる自分の誕生日を祝うことはなかったのだそうです。彼にとって「6月」は、あのRFKの身体を抱き起そうとして必死になっていた、あの6月を思い出してしまうからだった。
 
 
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5)どうでも英和辞書
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grope: さわる

英国議会の議員の役職に "Whip" というのがあります。日本語では「院内幹事」と呼ぶようなのですが、ネット情報によると「重要な法案の採決時に、自党の国会議員を登院させるのが最も重要な役割」となっており、政党別に各党一人以上が任命される。ただ与党の院内幹事は、下院及び上院議員の中から首相の推薦に 基づき国王が任命する政府構成員で、上下両院で約30人いる。

重要法案の議決のために議員を動員するのだから、役割は重要である…はずなのですが、最近、保守党の「院内副幹事」という立場にある人物が職を辞する羽目に陥ったことで話題になっている。クリス・ピンチャーという名前の下院議員(52才)がその人なのですが、その理由が、ロンドンにある会員制クラブで同僚議員と飲みながら相手の「身体にさわる」という行為を繰り返してしまったこと。「さわる」とくれば "touch"なのでは?と思って "grope" という単語を調べたら
  • to touch someone's body in order to get sexual pleasure
と説明されておりました。ピンチャー議員はジョンソン首相宛てに「昨夜、つい飲みすぎてしまい…」(Last night I drank far too much)という意味の辞表を提出して受理されたとのことであります。ただクビになるのは「院内副幹事」という職だけで、議員そのものの辞職にはならないのだそうです。

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6)むささびの鳴き声
▼最近、人に勧められて、ウクライナ戦争に関連する新聞記事を2本読む機会がありました。両方とも毎日新聞に出ていたもので、一つは編集委員兼論説委員の伊藤智永氏が書いた『ゼレンスキー氏は英雄か』(6月4日付)で、もう一つは現カイロ特派員の真野森作記者にによる『長期化する露のウクライナ侵攻 現場の声に国際情勢学ぶ』(6月29日)という見出しの記事です。

▼まず「時の在りか」というコラムに掲載された伊藤さんの記事を紹介します。見出しからも明らかなように、彼はウクライナのゼレンスキー大統領を英雄視するかのような「世論」には批判的です。
  • 侵略が起きてしまった今となっては、徹底抗戦を指揮する戦時指導者としては理想的なのかもしれない。しかし、「これは世界を独裁陣営と自由陣営に二分するあなたの国自身の戦いだ」「もっと武器を。弾、弾、弾が足りない」とあおる演説には、共感より違和感を禁じ得ない。
  • というわけです。
▼伊藤さんの感覚からすると、自国民の間にこれほどの被害者を生んだということについての政治家・ゼレンスキーの責任が問われないということは、国際世論の底辺に何らかの「飽き足りなさ」がくすぶっていることを意味している。「だからゼレンスキー氏に英雄の幻像を見たがるのだ」と。
  • 戦時指導者の人気はナショナリズムによるアドレナリンの作用であり、戦争が終われば消える。
▼一方、カイロ特派員としてウクライナの現地で取材を続ける真野さんは、自宅前でロシア軍兵士に自分の息子を殺されたウクライナ人の母親と言葉を交わすなどの行動をしている。この母親は真野さんに対して「(プーチンは)ウクライナだけでなく世界中で何人殺しているのでしょう」と語ったのですが、それは「声を絞り出すような」訴えだった…と書いています。真野記者は9年前にモスクワ特派員となって以後、ウクライナを始めとするロシア周辺国とロシアの付き合い方を取材し続けているとのことで、
  • プーチン政権には、自らに従わない人々が暮らす地域を力ずくで作りかえてきた暗い過去がある。代表例はロシア連邦下のチェチェン共和国であり、もう一つは14年に占領したウクライナ南部クリミア半島である。両地域では治安当局が厳しく目を光らせており、親プーチン派の住民以外は息を潜めて暮らすか故郷を離れるしかない。私はこうした現地を取材してきた。
▼「私はこうした現地を取材してきた」という言葉に「現地でこの眼で見た」ジャーナリストのプライドが垣間見えるのですが、その彼からすると、伊藤記者の「米露代理戦争に命と国土を提供している」というゼレンスキー批判には次のような致命的な弱点がある。
  • 国際政治を大国同士のゲームのように読み解き、中小国やその国民の主体的判断や行動を軽んじる見方ではないか。ぎりぎりの防衛戦を続けるウクライナ人からすれば現実からかけ離れた論難だ。
▼新聞社や記者によってそれぞれに異なる体験や人生観に基づいて記事を書くのだろうと思うし、異なる視点が出てくることに不思議はないけれど、同じ新聞社の記者が名指しで同僚批判という例は余りない(と思う)。結論から言っておくと、批判の中身はともかく相手と自分の名前を出したうえで批判するというやり方は、むささびも含めた読者にとっては大いに歓迎です。ありがとう、毎日新聞!

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サンダカン
サンダカン(Sandakan)はマレーシア・サバ州にある都市で、州都コタキナバルに次ぐ第二の商業都市。サンダカンには当時娼館の女将が造った日本人墓地があり、明治から大正にかけて生活のために身を売られてきた海外売春婦(からゆきさん)が葬られている。第二次世界大戦中は、マラヤとして日本軍の占領下にあったが、連合国軍の激しい空襲を受け、歴史的建造物などはほとんど破壊されてしまった。また、空港建設に使役させていたオーストラリア・イギリス兵捕虜を収容したサンダカン捕虜収容所があり、サンダカン死の行進が起きた。<ウィキペディア>
  • 猛注:写真の日本人墓地は、明治、大正期の居住日本人の墓地で、「からゆきさん」のための碑が立てられています。しかし、個々の「からゆきさん」の墓は小さな丸石で、樹林に散在していました。

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