musasabi journal

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490号 2021/12/5
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

とうとう2021年も最後の月になってしまいました。上の写真は、むささび夫婦が殆ど毎日のようにワンちゃんたちと出かけている埼玉県の山奥に立っているユリノキ(百合の木)という背の高い樹木です。今からざっと一か月前に「ミセスむささび」が撮影したもので、あの頃はまだ葉があったけれど、最近では殆ど散ってしまっています。この木は別名を「半纏木(はんてんぼく」というのだそうです。理由は葉の形が半纏に似ているから。なるほど似てますね

目次

1)スライドショー:霜が降りた日
2)鳩山さんは甘いか?
3)アオヤマ・エイジロウって誰?
4)台湾人の送還先は中国が決める
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)スライドショー:霜が降りた日

ハンガリー生まれでノルウェー在住の写真家、Ragnar B Varga(ラグナー・B・ヴァルガと読むのかな?)については、むささびジャーナルで476号478号481号と3回も登場してもらいました。それほど素晴らしい写真だと、むささびはほれ込んでいるわけですが、今回のスライドショーは、彼の作品の中から "Frosty Seclusion" という名前の作品群に出ているものをお見せしようと思いました。日本語のタイトルを「霜が降りた日」としてあるのですが、秋も深まると、ノルウェーでは霜で白くなった落ち葉の季節が到来するのだそうです。

ラグナーは霜を被った落ち葉の一枚々々を丁寧に写しているのですが、彼の言葉を借りると、それぞれの落ち葉がそれぞれに個性を主張しているのだそうです。Seclusionは「隔絶」とか「孤立」という雰囲気の言葉だと思うけれど、ラグナーは "individuality"(個性)を発揮している状態ととらえているようであります。

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2)鳩山さんは甘いか?

前号(489号)の「むささびの鳴き声」で、鳩山由紀夫元首相が、あるシンポジウムで米中対立や日中関係について語る中で、尖閣問題について「中国も日本も棚に上げ、接続水域も含め領海内に日本も中国も入らないことで、一触即発的なことを起こさないのが大事だ」と述べたことについて、ある政治哲学者が「とんでもない発言」と批判したことを紹介しました。ただむささび自身は鳩山さんの「尖閣棚上げ論」はまともな発想だと思っているのですが。


鳩山さんがあのシンポジウムで「尖閣棚上げ論」を主張する以前に、むささびは(単なる偶然で)鳩山さんが、アメリカの Washington Quarterly という外交専門誌に寄稿した "US-China Rivalry and Japan’s Strategic Role"(米中対立と日本の戦略的役割)という論文を読む機会がありました。鳩山友紀夫さんについては殆ど何も知らないけれど、はるか昔にむささびジャーナルで紹介した「東アジア共同体」という発想を推進する活動をしているということだけは承知していました。Washington Quarterlyの論文自体は米中関係を語るものではあったのですが、論文の最後のところで日中関係に触れる中で尖閣諸島の問題を語っていたわけです。


尖閣についての鳩山さんの主張は
  • 日中は尖閣周辺を相互立ち入り禁止区域とせよ Place the Senkaku Islands Off-Limits to Both Japan and China
という言葉に尽きます。日本の外務省のサイトを見ると
  • 尖閣諸島は歴史的にも国際法上も明らかに日本固有の領土であり、かつ、実効支配していることから、領土問題は存在せず、解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない。
という趣旨の文章が書かれている。ただ、鳩山さんはWashington Quarterlyの論文で、
  • しかしそう思っているのは世界中で日本政府だけである。 Yet globally, the Japanese government is alone in this opinion.
と言っている。

日本の言い分が正しいのか中国や台湾の主張が正しいのかを論じ始めると、結局のところ「日本人は日本の言い分を支持すべきだ」という愛国主義のような話になってしまう。そこで鳩山さんが提案しているのは、
  • (私は)尖閣諸島について日中間に領土問題が存在することを日本政府が公式に認め、日中双方が領土問題を棚上げしたうえで、両国が尖閣諸島周辺の領海及び接続水域に相互に入らないことを取り決めるべきだと提案する。 the Japanese government officially recognize the existence of a territorial dispute with China over the Senkaku Islands and both countries shelve the territorial dispute and agree not to enter the territorial seas and contiguous zones around the Senkakus.
ということ。もちろんこの姿勢は現在の日本政府の主張とは全く異なる。


鳩山さんが最後に触れているのが、リヒャルト・クーデンホフ=カレルギーというオーストリアの政治活動家の次の言葉です。
  • Every great historical happening began as a utopia and ended as a reality. すべての偉大な歴史的出来事は、ユートピアとして始まり、現実として終わった。
要するに政治活動の世界では、「何を目指しているのか」という「理念」を持っていることが肝心だ、と言っているわけですよね。この人が国際政治の世界で活躍したのは1920年代です。その約100年後に鳩山さんが次のような文章で締めくくられるエッセイをWashington Quarterly誌に書いているわけです。
  • 米中対立の激化は、誰にも止められない巨大な潮流のように見える。しかし誰かが諦めることなく理想を語り、行動を起こせば、歴史を動かすことは不可能ではない。 the intensifying rift between the United States and China has the air of a great, unstoppable current. Yet, if someone somewhere speaks of an ideal and translates it into action, without giving up, it is not impossible to change the course of history.

▼この記事の最初に載せた写真で、鳩山さんが「たとえ揶揄されても、私には何としても成し遂げたい信念がある」と言っている。政治の世界では「理想」を持っていることが大切だと言われる。シンゾーだって彼なりの「理想」は持っている。問題は鳩山さんの「理想」とシンゾーのそれはどう違うのか?むささびの見るところでは、鳩山さんのそれは「東アジア共同体」に見るように、相手が中国でも「共存」することを目指すものであり、シンゾーの「理想」は中国とも対決できるだけの力を有する日本である、と。

▼むささびが思うのは、鳩山さんのような主張をする政治家が日本に存在するということを、アメリカ(と中国)の識者に英語によるエッセイという形で明確に知らせることは大いに意味のあることだということです。シンゾーを典型とする日本の政治家の場合、国際問題を語るときでも日本人を対象とする話しかできない。

▼カレルギーについては、次の記事で、より詳しく紹介するつもりです。

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3)アオヤマ・エイジロウって誰?

鳩山由紀夫元首相が、尖閣問題をめぐる日本と中国の関係に触れる中で、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーというオーストリアの政治家・哲学者の教えを紹介していました。鳩山さんがこの人物を紹介したのは、政治の世界において「理想を語り行動する」ことの重要さを訴えたかったからです。カレルギーは約100年前の1920年代に、現在のEUの原型と思われる汎ヨーロッパの政治システムを目指す運動を始めていた人物です。


まず、やたらと長いこの人の名前について、ウィキペディアを頼りに確認しておきます。この人のフルネームは
  • Richard Nikolaus Eijiro, Count of Coudenhove-Kalergi
というのだそうです。"Richard Nikolaus Eijiro" が名(ファーストネーム)で、"Coudenhove-Kalergi"(クーデンホフ=カレルギー)が姓(ファミリーネーム)にあたる。この姓はオランダ系のクーデンホフ家とギリシャ系のカレルギー家が合体してできた名前で、姓の前の "Count of" は「~伯爵」という意味だから、実際には名前というより「肩書」と言った方が適切かもしれない。

ファーストネームのうち実際に使われていたのは「リヒャルト:Richard」なのですが、次に来る「ニコラス:Nikolaus」についてはウィキペディアには出ていない(と思う)。そして最後の「エイジロウ:Eijiro」は純然たる日本名で「栄次郎」というのが本当の名前です。なぜ日本名がついているのかというと、彼の母親が日本人だからです。


青山みつと二人の息子:長男・光太郎(ハンス・左)と次男・栄次郎(リヒャルト・右)

リヒャルトは1894年生まれ、1972年に死去しているのですが、むささびが知らなかったのは、彼が当時のオーストリア=ハンガリー帝国駐日大使(ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー)と青山みつという女性の間に生まれた人物であるということだった。ウィキペディアによると、青山みつは大使公邸の使用人をしていた女性だったのだそうです。ハインリヒ・みつ夫妻には7人の子どもが生まれたのですが、リヒャルトは次男、日本名は青山栄次郎だった。

リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーという名前がヨーロッパで知られるようになったのは、1923年、彼が29才の時に出版した「汎ヨーロッパ」(Pan-Europa)という本です。「ウィーンの秘密」(Secret Vienna)というサイトによると、リヒャルトは自著の中に自分が推進している「汎ヨーロッパ」運動への参加申し込み用紙を挿入、これが見事の当たってしまったのだそうです。


出版3年後に最初の「汎ヨーロッパ議会」(Pan-Europa congress)がウィーンで開催されるにいたっている。この集まりにはアルバート・アインシュタインやシグモンド・フロイドのような著名人も参加した。そして1950年には彼の掲げる汎ヨーロッパの思想が、欧州統合を推進すべく設定されたCharlemagne Prizeという社会貢献大賞を受けた。リヒャルトはまたベートーベンの『歓喜の歌』(Ode to Joy)を統合欧州の国歌とすることを提唱した人物でもあった。

Secret Viennaのサイトによると、リヒャルト・クーデンホフ=カレルギーの人生は、ある意味では「歓喜に満ちた」ものであったかもしれないが、彼の死はミステリーに包まれている。公式には彼は心臓発作で亡くなったことになっているのですが、実際には自殺だったという人たちもいる。ただそのような説を立てる人も自殺の理由となるとはっきりしないし、はっきりすることは将来もないだろうとSecret Viennaは言っている。


リヒャルトが設立した汎ヨーロッパ連合の旗

ウィキペディアによると、リヒャルトは1950年代以降も汎ヨーロッパ運動に取り組むのですが、懐古的保守と見なされるようになり保守層からの一定の支持はあったものの、かつてのような欧州統合の主役ではなくなった。1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体、1957年の欧州経済共同体(EEC)の設立などの動きの中で台頭してきたのがロベール・シューマン、ジャン・モネのような人びとだった。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの思想は「貴族的」「理想主義的」として敬遠されるようになったとのことです。

ただ、リヒャルトが設立した「汎ヨーロッパ連合」は、1933年にナチス・ドイツから禁止されたが、第二次世界大戦後に再建され、自由主義、キリスト教、社会的責任、親欧州主義の四大原則を基盤として欧州各国で活動を続けている。

▼むささびが知らなかっただけで、リヒャルトの母である青山みつという女性については、『クーデンホーフ光子の手記』、『ミツコと七人の子供たち』、『クーデンホーフ光子伝』という本がかなり前に出版されているのですね。

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4)台湾人の送還先は中国が決める?

12月1日付のBBCのサイトに
という見出しの記事が出ています。スペインに本拠を置く、Safeguard Defenders(安全の守護者)という名前の人権団体が最近発表した報告書についての記事なのですが、それによると海外にいる台湾国籍の人間が犯罪に関わって強制送還や国外追放されたりする際に、台湾ではなくて中国に送還されるケースが数多くあるというわけです。



中国政府の働きかけで、そのようなことが起こっているのですが、中国側は「台湾人が犯した犯罪でも、犠牲者の多くが本土の中国人だから」ということを理由に挙げているのですが、台湾側はこの件について「外国で逮捕された台湾人は台湾に送還されるべきだ」(Taiwanese arrested abroad should be sent back to the island.)と主張している。また報告書を発表したSafeguard Defendersは、この行為について「台湾の国としての主権を弱めようとする行為だ」(the practice was being "used as a tool to undermine Taiwan's sovereignty)と中国を批判している。

この人権団体の報告書は、2016年から2019年にかけて集められたメディア記事から成っているのですが、中国が海外で犯罪に関わっていると思われる台湾人を追跡調査することで、外国における中国の影響力の強化を狙っている(being used to bolster Beijing's influence abroad)としている。報告書によると、このような形で中国に送還される台湾人はいずれも、中国には家族もルーツもない人たちであり、中国への送還後に処刑されたり拷問を受けたりするケースもあるのではないかとしている。

 

台湾人を中国に送還した国々はいずれも中国との間で犯罪人引渡し条約を結んでおり、台湾人を中国に引き渡すのもそれに従っているだけというわけですが、Safeguard Defendersは、そのような条約には従うことで人権保護に関する国際的な法律には違反している(breaching international human rights laws)と指摘しています。2016年から2019年の4年間で、合計610人の台湾人が電話による詐欺罪に問われて強制送還もしくは国外追放にあっているのですが、中国への送還例が特に多いのはスペインとケニアなのだそうです。この報告書では、中国に引き渡された台湾人がどのような扱いを受けているのかについては触れられていない。

さらに報告書が紹介している「中国送還」の例として2016年にケニアで起こったことがある。その年にケニア政府は中国人と台湾人76人をまとめて中国に送還したのですが、そのうち45人は台湾人だった。ケニア政府の説明では、ケニアは台湾との間に国交がなく、やむを得ずに中国に引き渡したとしている。さらに2017年には台湾政府がカンボジア政府との間で台湾人の中国への引き渡しを中止するように求めたけれど、交渉がまとまらず結局中国に引き渡されてしまった。 


Safeguard Defendersの報告書について台湾政府は「中国は台湾に対する主権を主張したいだけ」として次のようにコメントしている。
  • 我々が中国に対して再度主張したいのは、犯罪との闘いに政治を絡ませてはならないということであり、双方の警察当局が協力して犯罪と戦い、公共の福祉を保護することだ。 We again urge the Chinese side that crime-fighting should not involve politics and we hope law enforcement units on both sides can continue to cooperate on existing basis to effectively fight crimes and protest public welfare.
中国と台湾の間には "Cross-Strait Agreement on Joint Crime-Fighting and Judicial Mutual Assistance Agreement" (犯罪防止と司法に関する海峡両岸相互援助協定)と呼ばれる協定があり、これに従えば中国が介入して台湾人を本国に送還などということはあり得ないというわけで、
  • China must adhere to its agreement 中国はその協定による合意事項を遵守しなければならない
とSafeguard Defendersは主張しています。

むささびジャーナル485号で、台湾との関係をめぐって、リトアニアが中国に抵抗している記事を載せましたよね。強制送還をめぐるこの記事を見ても、これまでは殆ど話題にもならなかったアングルから台湾がヨーロッパで自分を主張し、ヨーロッパがそれに反応しているのが分かります。
 
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5)どうでも英和辞書
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centenarian:百寿者(センテナリアン)

100才以上の人のことで、普通は「センテナリアン」で通じるようです。Pew Researchの情報によると、2015年の時点で世界のセンテナリアンの数は約45万1000人、2050年にはこれが370万人に達するものと推定されている。2050年の時点で国別に見ると、絶対数では中国が62万人でトップではあるけれど、人口1万人あたりの数では日本(41.1人)がトップ、2位はイタリア(38.3人)となっている。

世界のセンテナリアン人口

英国ブライトン大学のファラガー教授がセンテナリアンについての調査をいろいろ行っているのですが、センテナリアンが平均以上に健康であることは分かっているのだそうです。普通の人間に比べると、医学的に「健康な状態:good health」が30年も長い。しかもセンテナリアンは病気になっても治るのが極めて早い。不健康状態の短期集中現象は、本人たちはもちろんのこと、社会にとっても極めて望ましい。アメリカの場合、センテナリアンの人生最後の2年間のための医療コストは70代で死亡する人のそれの3分の1に過ぎないのだそうです。

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6)むささびの鳴き声
▼2021年、何だかわけの分からない年でしたが、唯一はっきりしていることは2021年7月5日をもってむささびが80才を超えたということ。意地でも続けるというつもりでお送りしてきた「むささび」もこれが本年最後から二つ目の号です。「表紙」で使った写真の中に英国の俳優(Sir Norman Wisdom)の言葉を載せました。
  • As you get older, three things happen. The first is your memory goes, and I can't remember the other two.  年をとると三つのことが起こる。まず記憶力がなくなる。あとの二つは…思い出せない。 
▼言えてますね。最近、急に記憶が働かなくなるような気分になることが多い。タレントの名前が思い出せないということはしょっちゅう起こる。「むささび」を作るための作業をしていて、1秒前にやろうと思ってことがアタマから消えてしまって往生することも。

▼12月4日付のYahoo! Newsに『鳩山由紀夫氏、台湾独立派抑えるのが「日本の生きる道」ネットは「内政干渉」』という見出しの記事が出ていました。鳩山さんが、自分のツイッターで「台湾の独立派を抑えて台湾有事にさせないことが日本の生きる道である」と発信したことについて、ネットの世界では「台湾への内政干渉だ」という声があがっている、という趣旨の記事です。詳しくは記事を読んでもらいたいのですが、むささびが言っておきたいのは、この記事の発信元がデイリースポーツという新聞であるということです。

▼実はむささびは何十年も前にデイリースポーツに勤めていたことがあったのですが、その当時の掲載記事はスポーツとギャンブル(競輪・競馬)、それに芸能ネタと決まっており、政治家の発言など全くの無関係だった。最近、その当時に同じ新聞社にいた旧友と電話で話をする機会があった。彼は最後までデイリースポーツの親会社に勤務して退職、今は引退の身なのですが、Yahoo! のようなデジタル・ニュースサイトのお陰でデイリースポーツのような「スポーツ紙が大いに潤っているようだ」と言っていました。

▼それを聞いて、むささびは複雑な気持ちになりました。Yahoo! のようなニュースサイトは、新聞社や放送局・雑誌社などから提供されるニュースを掲載して読んでもらうことで商売が成り立っている。そのニュースサイトに記事を提供する新聞社の記者たちは、「有名人」たちのSNSにおける発言を適当に料理、売りものにしておまんまを食っている。持ちつ持たれつ、誰にとっても悪いこっちゃない、かな?

▼今年もあと一回だけ。お元気で!

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