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348号 2016/6/26
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
6月も終わり。そろそろヒグラシでも鳴くかもしれない。このところ日本のメディアは英国のEU離脱の話題で持ちきりという感じです。英国がこれほど日本で話題になるのも珍しいけれど、この号も事実上、それだけになってしまいました。英国の国民投票で離脱派が勝ったのは「雨」が味方したからなのだそうですね。それしても蒸し暑い!

目次

1)MJスライドショー:雲
2)ジョー・コックスはなぜ殺されたのか?
3)議員殺害:「寛容な社会」は幻想だったのか?
4)イングリッシュ・ナショナリズムの行く末
5)もう一度国民投票!?
6)BREXITが勝利した日:ドイツからの声
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)MJスライドショー:雲


自慢ではありませんが、むささびはこのジャーナルをお受け取り頂いている皆さまよりも、はるかに暇人であります。つまり忙しくない。だからつい色々と遊びをやりたくなる。というわけで、ミセス・むささびに笑われながら、最近遊んでいるのはネットで見つけたスチル写真を使った、音楽つきのスライドショーを作ることなのでありますよ。むささびの場合、自分だけで楽しんでいればいいのに、つい他人をも巻き込んでしまう。というわけで、「MJスライドーショー」第一弾のテーマは "clouds"・・・そうです、「雲」でございます。上の写真をクリックしてください。申し訳ないけど、全部で3分以上もあります。よろしくお付き合いを。
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2)ジョー・コックスはなぜ殺されたのか?
6月16日にジョー・コックス(Jo Cox)という41才になる労働党の下院議員が殺害されるという事件が起こりました。事件の翌日、The Economistのサイトの政治ブログに「ケアの代価」(The price of caring)という記事が載っています。この殺害事件を語りながら英国の国会議員と「地元」の緊密な関係について書いています。ある意味、今回の悲劇は英国の政治家が常に直面しているリスクを露呈することになってしまった・・・。

この事件が起こったのはイングランド北部のリーズという大きな町から車で約20分のところにあるバーストール(Birstall)という村です。ジョー・コックスはこの村も含めたこのエリアのBatley & Spenという選挙区から選ばれた国会議員なのですが、彼女自身もこのあたりの生まれだそうです。


殺人が起こったのはバーストール村にあるヨークシャー図書館の付近だった。時間は午後1時ごろ。彼女がこの図書館を出てきたところを襲われたということです。彼女はその図書館で何をやっていたのか?The Economistの記事はそれを話題にしているのですが、彼女はそこで地元民を集めたサ-ジェリー(surgery)と呼ばれる相談会に出席していたのだそうです。サ-ジェリーは英国の政治家は誰でもやっている活動で、地元民と顔を突き合わせてさまざまな問題を語り合う集会です。むささび自身はこの集会を見たことはないけれど、一人の政治家が多数の地元民に話しかけるという意味の集会ではなく、住民一人一人と向き合ってさまざまな相談にのるという性格の集まりのようです。

相談の内容は、ほとんどなんでもありという感じで、政府の外交政策について一言意見を述べたいという人もいるし、「近所で若者が夜中に騒いで眠れない」とか「失業しているけれど職が見つからない」というような国会議員の仕事とはあまり関係がないようなものもある。The Economistによると、サ-ジェリーにやって来る人の多くが、ここが最後の拠り所という感じなのだそうです。つまり警察にも保健当局にも地元の議会にも行ったけれど、誰にも聞いてもらえなかったという人びとです。心理的に追い詰められた状態で来るケースもあり、中には異常な行動に出る人間がいないとも限らない。

ジョー・コックスを殺した犯人とされるトマス・メア(52才)。彼女を刺しながら "Britain First" という極右団体の名前を叫んでいたとされるけれど確かな証拠はない。ただ彼がアメリカの右翼団体と関係があったことは確かなのだそうです。

英国の下院議員のホームページを見ると必ず "SURGERIES" というコーナーがある。クリックするとその議員が行うサージェリーについての情報が出ている。ジョー・コックスのホームページを見ると "No appointment is necessary, please just come along"(アポは不要。適当においでください)とあって、予定されている日時と場所が書いてある。いずれも1時間で、殺された日は午後1時から2時までで、場所はバーストール村の図書館などと書いてある。

国会議員が行うサージェリーについて、政治家の人気稼ぎという声もあるけれど、政治家が自分のために使う時間の使い方としては実りが多い。この活動を通して無党派の選挙民と接触できるし、地元の記者との付き合いができることもある。中にはサージェリーというと必ず出てくる「常連」もいるのだそうです。

英国は完全小選挙区制(First Past the Post:FPTP)の国です。比例代表制と違って、政策よりも政治家の人格とか地元への貢献度が重要視されるので、議員と地元の距離が近くなる。選挙のときでも比例代表制の国が多いヨーロッパ大陸の場合、議員と地元の接触は政治集会(ラリー)や議員の立て看板のようなものが中心になるけれど、英国の場合は候補者による戸別訪問が中心になる。つまり英国の選挙制度では地元民の議員個人へのアクセスが他国よりもはるかに容易に行われるようになっている。中には地元議員のことは知っているけれど、所属政党は知らないというケースもあるのだそうです。

ただガーディアンの調査によると、239人の議員のうち192人が「攻撃的かつ侵略的な態度」(aggressive and intrusive)に接したことがあり、43人が実際に攻撃を受けたか未遂の攻撃に遭遇したことがあると答えてり、脅迫されたと訴えた議員は100人以上にのぼっている。

▼この事件が起こったとき、英国のメディアはちょっと不自然なほど「国民投票への影響」についての記事はありませんでしたね。反対に日本のメディアは殆どそのことしか話題にしていなかったと記憶しています。
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3)議員殺害:「寛容な社会」は幻想だったのか?


労働党のジョー・コックス(Jo Cox)下院議員が殺害されたのは6月16日午後1時ごろだった。同じ日の午後8時47分にGuardianのコラムニスト、ポリー・トインビーが6月16日付のサイトに寄稿して
  • コックス殺害を孤立した事件として考えるのは間違いだ。政治家に対するヘイト(hate)が最近特に掻き立てらている風潮がある。
    It’s wrong to view the killing of Jo Cox in isolation. Hate has been whipped up against the political class
と言っている。この事件は、普通の人ではなく、政治家という公的な立場の人間に対する攻撃であり、現在の英国社会に充満する3つの特徴的な風潮とあわせて考えないと本質が見えないというわけです。トインビーのいわゆる「3つの特徴的な風潮」を簡単に言うと
  • 政治家を軽蔑する:to despise the political class
  • 社会に奉仕する人を信用しない:to distrust those who serve
  • 自分と違う人間を非人間扱いする:to dehumanise those with whom we do not readily identify
ということになるのですが、トインビーによると、皆がこのような風潮に従うように「そそのかされている」(we have been told)ということになる。誰がそそのかしているのか?いわゆるBREXIT(英国のEU離脱)を推進するグループの中のある部分の人たちおよび彼らを支持するメディア(their media backers)であるとトインビーは主張します。彼女によると、BREXITグループにもまともな人たちはたくさんいるけれど、激越なる言葉で相手を攻撃しまくるような人間がおり、彼らこそが現代のこのような風潮を拡散させている、と。

ポリー・トインビーが悪質な反政治・反議員の雰囲気を煽っている存在の一つとして挙げているのが英国独立党のナイジェル・ファラージュ(Nigel Farage)党首です。彼はコックス議員殺害事件が起こる1時間ほど前に、報道陣を前にEU離脱を訴える巨大なポスターのお披露目を行った。巨大な文字でBREAKING POINTと書かれている。「今こそEUとは別れるときだ」というわけですが、その文字の背後にはスロベニア国境に並ぶシリア難民の大きな写真が掲げられている。国民投票で問題になっているのは、EU加盟国から英国への移民のことであり、シリア難民とは全く関係がないし、英国にシリア難民が押し掛けているわけでもない。

トインビーのエッセイの中でむささびが最も紹介したかったのは次の部分です。
  • 現在の英国を覆ってしまっているかのように見える政治に対する嫌悪の情は危険であると同時に伝染する性質も持っている。いつの間にか「(政治家なんて)バカにされるのが当たり前」と考えるのが流行のようになってしまった。
    Contempt for politics is dangerous and contagious, yet it has become a widespread default sneer.
議員としての立派な活動をしていたジョー・コックスの死もそのような雰囲気の中で起こったことと考えるべきであるとトインビーは言っている。そして彼女は自問します。
  • 英国が寛容な国であるなどと考えることで、私たちは自己欺瞞に陥っていたのだろうか?それとも今でもまともな部分を取り戻す可能性は残っているのだろうか?
    Did we delude ourselves we were a tolerant country - or can we still save our better selves?
トインビーはまた「現在の英国では、いわゆるエリートとか専門家と目される人びとがむちゃくちゃなやり方で攻撃されており、彼らの言うことなど信用するな!ということが声高に語られている」として
  • いまの英国では、背筋が寒くなるような文化戦争ともいうべき現象が起こりつつある。
    Something close to a chilling culture war is breaking out in Britain
と嘆いています。

▼トインビーはもっぱらEU離脱派による罵詈雑言を問題にしているけれど、国民投票に関する限りどっちもどっちだった(と思います)。これまで英国人は、自分たちの社会が人種・国籍のみならず意見の違いをも抱き込む寛容な社会であることを誇りにしてきただけに「私たちは自己欺瞞に陥っていたのだろうか?」というトインビーの言葉は痛々しい。

▼むささびがポリー・トインビーのこのエッセイを紹介したいと思ったのは、現在の英国に対してトインビーが感じる戸惑い、違和感をむささびも日本において共有しているように思えるからです。英国ではBREXITグループがそのような風潮を助長し、一部のメディアがこれをさらに煽り立てている(とトインビーは感じている)わけですが、日本におけるヘイト・デモだのヘイト・スピーチの横行に同じ現象をみるように思える。

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4)イングリッシュ・ナショナリズムの行く末

EU離脱に関する国民投票が行われる4日前、6月19日付のObserverに掲載されたフィンタン・オツール(Fintan O'Toole)という人のエッセイによると、EU離脱(Brexit)運動を突き動かしているのは"English nationalism" (イングランド人のナショナリズム)であり、場合によってはUKでもBritainでもない "England" という新しい国家(a new nation state)の誕生にもつながる可能性があるとのことであります。筆者はアイルランドの新聞、Irish Timesのコラムニストなのですが、このエッセイを読むと、我々が「英国」と呼んでいる国の持つ特殊性が浮き上がります。

EU離脱派のボリス・ジョンソン(前ロンドン市長)が振り回しているのはイングランドの旗です。

まずはっきりさせておきたいのは「英国」という国を成り立たせているイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの「地域」(regions)は、日本における「地域」(北海道・本州・四国・九州)と違って、それぞれが「国家」(nation)という意味合いを持っているということ。このあたりを語り始めると非常に長くなるので止めておきますが、むささびジャーナルの268号に掲載した「イングランド人のイングランド意識」という記事を読むとある程度は分かります。要するに我々が「英国人」と呼んでいる人たちは意識の上では自分は"British"である前にイングランド人であり、スコットランド人であり・・・と考えるケースが多いということです。サッカーのワールドカップではEnglandというチームはあるけれどBritainとかUKというチームはない。なのに国連への加盟国としてはEnglandというのはない。


で、アイルランド人であるフィンタン・オツールによると、EU離脱を叫ぶBrexit運動は実際にはイングランド人によるナショナリズム運動なのであり、彼らの意識の中にはイングランド以外の3地域のことは全く存在していない。EU離脱派が勝利したとしてもそれはイングランドにおいてのことでありスコットランド、北アイルランド、ウェールズでは事情が異なる可能性が極めて高い。そしてイングランドのナショナリストたちが勝利の祝杯をあげている一方でスコットランドではUKからの独立が真面目に検討され、北アイルランドではEU加盟国である「南」(アイルランド共和国)との国境をめぐって不必要なトラブルが起こり、ウェールズでもナショナリズムが盛んになり・・・EUからの離脱は果たしたけれど、その代償としてスコットランドなどがUKから「離脱」するという事態は将来においてあり得る。

言うまでもなく、ナショナリズムという感情や思想そのものは責められるようなものではない。イングランド人がナショナリズムを発揮して新しい独立国を作ろうとすること自体を責めるわけにはいかない。しかしオツールに言わせると、Brexitという名のイングランド・ナショナリズムは実に奇妙な現象なのです。情熱的に自国の独立を叫んでいる割には独立後のイングランドがどのような国になるのかという青写真のようものを全く語ろうとしない。EUから独立した後も国内的には現在のUKもしくはBritainのままであることを全く疑っていない。


もちろん独立国というものは最初から「自立」(standalone)・「自治」(self-governing)という存在ではない。アイルランドにしてからが、英国から独立した当初は大きな苦労に直面している。おそらく「独立国イングランド」と他の独立国との違いは、他の国の場合、独立に至るまで長い苦難の道を歩んでおり、その過程において国としての孤立感にさいなまれながらも、政治的にも経済的にも(さらには文化的にも)独立後の青写真のようなものを描くというプロセスを経ている。「イングランド独立」の場合、そのプロセスがない。それはそうです、まさかスコットランドや北アイルランドが自分たちから独立しようなどとは思いもよらない。イングランドがEUから獲得する「独立」は、いわば「たまたまそうなってしまった独立」(accidental independence)であるということです。

フィンタン・オツールのエッセイは次のような言葉で結ばれています。
  • ナショナリズムとは、突き詰めるならば、「彼ら」と「我々」の間に線を引こうとする意識である。そしてBrexitの活動家たちは「彼ら」が誰であるのかについては明確に分かっている。EUの官僚たちであり、英国に流入する移民である。彼ら自身が未だにはっきり分かっていないのは、「我々」の方なのだ。自己統治を実現するためには、この「我々」が誰のことであるのかがはっきりしている必要があるのだ。
    When it comes down to it, nationalism is about the line between Them and Us. The Brexiters seem pretty clear about Them - Brussels bureaucrats and immigrants. It’s just the Us bit that they haven’t quite worked out yet. Being ready for self-government demands a much better sense of the self you want to govern.
▼EUを離脱した英国から、スコットランドや北アイルランドが離脱する・・・実際にそんなことになるのかどうかは分からない。なるとしてもかなり先の話ですよね。自分たちは残留を希望したのに、全国集計で離脱を余儀なくされたという不満を抱えたスコットランド人やアイルランド人と共存しなければならないのだから、イングランド人にしてみれば、気持ちのいいものではないでしょうね。

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5)二度目の国民投票!?
 

The Economistの研究部門であるEconomist Intelligence Unit (EIU)が、EU離脱に関する国民投票の前に『離脱の影響を分析する』 (Mapping the impact of Brexit)という報告書を発表しているのですが、その中で「離脱」が決まってからのことについて書いてある部分を紹介します。その中では、なんと二度目の国民投票(!)を実施することが提案されています。The Economistは以前から離脱反対の姿勢を明確に打ち出しています。

EIUによると、この敗北でキャメロン首相の権威が失墜し、離脱派のリーダーだったボリス・ジョンソンに保守党の党首の座を譲らざるを得なくなるわけですが、保守党そのものもほとんどメルトダウン状態になっているのが現状です。そのような党の結束を再び固め、安定させることが求められるのですが、キャメロンにもジョンソンにもその力はない。ただ、そうは言っても空白状態を続けるわけには行かないのだからいずれはボリス・ジョンソンがキャメロンの後継者として党首・首相に就任するのでしょう。


次に離脱に当たっては、EU側と条件などを交渉する必要が出てくるのですが、自分たちから出て行こうという英国に対してフレンドリーな姿勢は望めないだろう(とEIUは言っている)。ただ英国内の政治的・経済的な混乱を回避するために早急な交渉が求められていることは間違いなく、そのことが交渉に臨む英国側の立場を弱くせざるを得ない。また離脱派にしても、EUとの交渉で何を勝ち取れば有権者を納得させるのかがよく分かっていないということもある。

EIUの見るところによると、交渉のポイントは次の2点に集約される。一つはEU加盟国から英国への移民の制限、もう一つは英国のサービス産業(特に金融サービス)によるEU市場へのアクセスの確保です。EU離脱派が支持されたのは移民制限を強く訴えたからです。でも英国産業にとっての命綱ともいえるロンドンの金融業界が、離脱が故にこれまでのようにEU市場と自由にビジネスができなくなる(かもしれない)のは痛い。金融業界の利益を確保しても、移民制限が十分でないのであれば、離脱派を支持した有権者にしてみれば「何のための国民投票だったのか?」となる。


いずれにしてもEUとの間で「譲り合い」(trade-off)をせざるを得ないわけですが、EIUによると、それがどのようなものになったとしても、離脱支持者と残留支持者(特にサービス業界)の双方にとって不満が残るようなものになり、それが将来にわたって尾を引くことになり、それがさらなる政治的な不安定要因になりかねない。そのようなリスクを回避するための一つのアイデアとしてEIUが提案するのが二度目の国民投票(second referendum)です。テーマ何か?「EU離脱についての最終条件またはそのアウトライン」(on the final Brexit deal or its broad outlines)というわけですが、要するにEU側と交渉して何らかの条件設定が出来た時点で、それを国民投票にかけるということのようなのであります。EIUによると、このアイデアはジョンソンが離脱派に参加すると表明したときにちらっと示唆したものなのだそうです。ジョンソンはただその後はこのアイデアからは距離を置いているらしい・・・。

EIUは二度目の国民投票を薦める理由として次の点を挙げています。
  • 一回目の投票のように「EUが英国の主権を侵している」というような抽象的な原則(abstract principle)ではなく、有権者がEU離脱の具体的な内容にかかわることができる。
    A second referendum would provide the electorate with an opportunity to vote on the concrete implications of leaving the EU rather than on the abstract principle.
このような文字通り国論分断的な雰囲気の中で行われた国民投票については、勝った離脱派に投票した有権者の間にも「やらなきゃよかったかも」という "buyer’s remorse" 的な気持ちがあるのではないか、というのが「二度目」を提案するEIUの理由です。EIUがさらに言っているのは、ジョンソンの立場と胸中です。彼が離脱派に回ったのは、党内の指導権争いに勝ちたいということがあったからで、実は英国がEUに残留したからと言って彼自身がそれほど気にするわけではない(とEIUは考えている)。しかも二度目の投票でも離脱派が勝てばジョンソンの立場がさらに強化される。

EIUが提案する二度目の国民投票というアイデアについて「まさか」と思っていたら、私の友人(残留派でがっくりきている)が国会のサイトに出ているオンライン署名のことを教えてくれました。英国の場合、議会に有権者からのオンライン署名を受け付ける制度があります(むささびジャーナル338号)。国会内にオンライン署名委員会というのがあって、有権者から持ち込まれた「署名」を国会のサイトに掲載、10万人以上が賛同した場合は、その署名活動が求めている内容について議会はこれを審議することを考慮しなければならないとなっている。「考慮する」(consider)のであって、審議することを法的に義務付けているわけではないのですが・・・。

というわけで本日(6月26日)、その署名サイトを開けてみたら
  • We the undersigned call upon HM Government to implement a rule that if the remain or leave vote is less than 60% based on a turnout less than 75% there should be another referendum.
    投票率が75%以下で、「残留」も「離脱」も獲得票数が全投票数の60%以下であった場合、再度国民投票を実施することを義務付ける規則を作ることを、政府に対して要求する。
という文章の「署名」が出ていました。これに賛成の人はボタンを押せと書いてある。日本時間の6月26日午前7時半現在、これに署名した人の数は2,448,864となっている。規則によって議会はこの署名の内容について審議することを「考慮」することを約束、政府はこの署名活動に対して「応答」(respond)することを約束している。

▼オンライン署名についてはBBCも記事を掲載しているのですが、この署名が国会で受け付けられてサイトに掲載されたのは5月24日、殆ど注目を浴びることがなく、投票結果が発表された時点では22人しか賛同者がいなかった。なのに数日間で200万人以上の署名が殺到、サイトそのものが一時パンクしてしまったのだそうです。オンライン署名は6か月間続けなければならない。つまり締め切りは今年の11月25日となっている。

▼240万人が署名したとしても国会がこれを審議する義務はないし、ましてや採決などする義務もない。ただ・・・ここまで話題が盛り上がって、240万もの人が署名したものを単なる「審議を考慮」だけで終わりにすることは不可能なのでは?で、審議したとする。採決は?現在のムードからして「審議のみ・採決なし」で国民的な合意・納得を得られるだろうか?つまり採決もせざるを得ないのではないかとむささびなどは考える。そうなると、国民投票やり直しとか、EIUが言うようにEUとの交渉内容についての投票にするなど、いずれにしても何もやらないというのは殆ど不可能なのでは?と、そんなことが起こるとなると、英国ファンがさらに増えることは間違いないよね!

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6)BREXITが勝利した日:ドイツからの声
 
6月24日(英国のEU離脱が決まった日)付のドイツの週刊誌、シュピーゲル(Der Spiegel)の英文版が社説で英国のEU離脱について語っています。見出しは
となっており、書き出しは次のようになっています。
  • 英国人たちはEUを去るという投票をした。それは民主的に決めたことであり、我々は英国を失うという現実を受け入れる以外に選択肢はない。が、今こそ覚悟を決めるときでもある。それはEUというものについて、これまで以上に情熱的にならない限り、我々はそれを失うだろうということだ。
    The Brits have voted to leave the EU. It was a democratic decision and we have no choice but to come to terms with the loss. But it's also time for a reckoning: If we don't become more passionate about the European Union, we will lose it.
シュピーゲルによると、離脱派の勝利は「感情が事実に勝ってしまった」(A Victory of Emotion over the Facts)ものなのだそうです。今回の「離脱か残留か」の騒ぎには最初から感情的・感覚的なアンバランスのようなものがあった。即ち離脱派には「誇り高い国民」(a proud people)の感情に訴えるメッセージがあった。それは「ブラッセルでのさばっている無表情な官僚たちが支える組織など放り出して英国の主権を取り戻そうではないか!」というものだった。

それに対して残留派(Remain)はどのように反論したのか?EUを抜けたら英国経済がダメになるという「面白くもなんともない事実」(prosaic facts)を並べ立てるだけだった。統合されたヨーロッパこそが世界での競争に勝てる・・・言っていることは間違ってはいないけれど、離脱派のスローガンに比べれば、どこかクールで抽象的ではあった。"Remain" という彼らのスローガンからしてどこか「受け身」(passive)だった。


DW

英国の離脱を契機にヨーロッパのあちこちで同じような国民投票を呼びかける動きがある。それに対しては「これ以上英国のような動きを許してはならない」という声が高いのですが、シュピーゲルは、英国の例に習おうとする者に対しては懲罰的な態度で臨むのは建設的とは言えないと主張している。罰を受けるのが怖いから残るというのでは長続きもしない、と。

で、これからのEUはどうあるべきなのか?
  • 英国は去ったのだ。苦々しいけれどそれは認めなければならない。彼らはそれを民主的に決めたのだから尊重されなければならない。要するに本日から英国はEUの未来にとって重要な存在ではなくなったということなのだ。
    The British are gone and that is a bitter realization. But the decision to leave the European Union was also a democratic one and must be respected. As of today, Britain is no longer important to the future of the EU.
シュピーゲルは、これからのEUはこれまで以上に民主的で透明度が高く、官僚的でない機構にならなければならない・・・と、そこまでは明白な話だ(that much is clear)としながらも
  • より重要なことは、国レベルの話以上に強靭なヨーロッパ精神を創り出すことだ。
    More importantly, a European spirit must be created that is stronger than any national narrative.
と主張します。ドイツも含めて最近のヨーロッパではEUというものに対する情熱(pathos)のようなものが失われてしまったように見える。EUの存在理由として、創設者たちが持っていた反戦思想だけでは十分でなくなったという声がある。いわゆる自由貿易というのも十分なものではない。いまさら「経済共同体」の確立をじっと待つという人もいないだろう、というわけです。


DW

そしてシュピーゲルは、これからもEUの存在し続ける唯一の正当な理由(a single justification)があるとするならば、それは「ヨーロッパの統一」(European unification)という発想であると主張します。すなわち多種多様な国々がお互いにより深く連携しあうということ。長続きする平和を保障できるのはそのような発想しかないのだということです。過去70年間、ヨーロッパを舞台にした戦争はなかった。しかしだからと言って、二度と起こらないだろうなどと考えるのは間違いだ、現に各国でナショナリズムの台頭が見られるではないか、そのような思想がヨーロッパを解体させ、再び戦争に繋がっていくのだ、と言っている。


自分たちの国以外のことを考慮に入れることは簡単なことではないけれど、英国による離脱を契機に、残った加盟国は「ともにある」(standing together)ということが何故大切なのかを認識しようではないか、とシュピーゲルは訴えます。そして
  • もし我々がそのような意識の変革に成功した暁には、英国のEU離脱は(EU加盟国にとって)ちょっと気には障るけれど、結局それでよかったという類のショックで済まされることになるだろう。
    If we can succeed in this change of consciousness, then Brexit will turn out to be no more than a bothersome yet benificial shock.
と結んでいます。

▼ここ何か月もの間、英国のEU離脱についていろいろな記事に接したけれど、これは(むささびには)最もまともな意見を述べているものだと思いました。特にEUの存在理由を再確認しようと呼びかけた上で、「ヨーロッパの統一」(European unification)に向かって進もうではないかと訴えている。この "European unification" というのは(むささびの解釈に過ぎないけれど)、いわゆる政治統合(ヨーロッパ合衆国)のことを言っているのですよね?そのような理念を忘れないようにしよう、と。

▼英国人には申し訳ないけれど、この国民投票に向けてのキャンペーンの中で「理念・理想」を語る部分が余りにもなさ過ぎたよね。特に「残留派」にそれが言える。「離脱なんかしたら、経済がダメになるぞ」という脅かしに終始していた。英国がEUと共にあることがヨーロッパや世界にとって如何に重要なことかということを全く語らなかった。哲学を語ることができない・・・英国人の致命的欠陥かも?

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7) どうでも英和辞書
  A-Zの総合索引はこちら 

only:唯一の、たった~、ほんの~


onlyという単語を英和辞書で調べると実にたくさんの意味が出てきます。はるか昔、プラターズというグループが歌って大ヒットしたのは "Only you" という曲だった。この場合は「あなただけ」といういみですよね。ネットを見ていたら "only" を使った言葉遊びがありました。
  • She told him that she loved him.
「彼女は彼に愛していると告げた」という意味ですよね。この文章のどこでもいいから"only"という言葉を挿入しろというわけです。殆どどこにでも入れられるのですが、当然ながら意味が違ってくる。
  • She only told him that she loved him
    彼女は彼に愛していると告げたにすぎなかった。
  • She told only him that she loved him
    彼女は彼にだけ愛していると告げた。
  • She told him only that she loved him
    彼女は彼に愛しているとだけ告げた。
  • She told him that only she loved him
    彼女は彼に対して、彼を愛しているのは自分だけだと告げた。
  • She told him that she only loved him
    彼女は彼に対して、彼を愛しているだけだと告げた。
  • She told him that she loved only him
    彼女は彼に対して、彼だけを愛していると告げた。
  • She told him that she loved him only
最後の二つは同じ意味なのではありません?ちょっと可笑しいのは"only"を一つの文章の中で何度も何度も使うことが文法的には全く可能だということです。つまり・・・
  • Only she only told only him only that only she only loved only him only.
これを和訳せよと言われてもむささびなら拒否します!
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8) むささびの鳴き声
▼6月23日の国民投票の3週間ほど前にむささびは、エディンバラ大学が主催したオンラインによるEU離脱に関するディスカッション・プログラムに参加しました。誰でも参加できるもので、権威も何もない企画だったのですが、むささびの発言に対する他の参加者、特に離脱派と目される英国人からの反応にこのグループの人たちの発想の一端に触れた気がして興味深い体験でありました。私が行った発言は(例えば)次のようなものでした。
  • この問題を英国や英国人にとって損か得かというアングルからだけ語り合っていても何もならない。英国がEUを離脱・残留することが、ヨーロッパや世界にとってどのような意味があるのかを語らなくては・・・。
▼それに対する離脱派と目される人から次のような反応があった。
  • 英国人が英国だけのことを考えて何が悪いと言うのか?英国が離脱することが、EUの崩壊につながるのであれば結構なことではないか。
▼EUが崩壊することが、なぜ結構なことなのか?これ以外にもいくつか否定的な反応があったのですが、いずれも議論が感情的(ヒステリック)なのです。ただ、私の意見に "like"(いいね!)をくれた人が12人もいた。これほどの"like"を貰った意見はほかにありませんでした。残念なのは、これら12人の誰もコメントをくれなかった。このような反応を見て、むささびは現地の雰囲気を推測することができたように思いました。離脱派が声高なのに対して残留派はどこかおとなしい。

▼そのような「議論」が延々何か月も続いたのだから英国人も疲労困憊だったのでは?しかしむささびはどう考えても、これを国民投票にかけるというキャメロンの発想が間違っていたとしか思えないのですよ。離脱か残留か?そんなこと普通の人には分かりっこない。分かりっこないことに"YES or NO"で答えろというわけです。その結果は英国人のみならずEUの加盟国の人びとの生活にも影響する。そんなことを、英国人だけの投票で決めてしまうなんて・・・と思ったわけです。違います?

▼よく言われることですが、ロンドンの地下鉄に乗ると、外国語ばかり聞こえてきて英語が聞こえてこない・・・いろいろな人種・国籍の人びとがごっちゃになって暮らしているということですよね。むささびが感激してしまうのは、スーパーマーケットの駐車場です。いろんな国のクルマが並んでいる。英・米・仏・伊・日・韓等々、これがとても楽しい。日本のスーパーでは90%以上が日本車ですよね。今回の投票にあたって英国の友人に「英国の最大の強みは人間であれ、製品であれ、外国のものを当たり前に受け入れること。そんな強さを捨てないでくれ」と言っておいたのですが・・・。

▼英国で若い女性議員が殺害されたことについて、ポリー・トインビーは世の中に蔓延している「政治家を蔑視する風潮」を背景の一つに挙げています。彼女のこの言葉を読んだとき、むささびは辞任した舛添都知事のことを想いました。連日にわたって、新聞・放送・ネットのメディアというメディアが彼を悪者として読者や視聴者に見せつけましたよね。むささびが思ったのは、あのような状態では舛添さんに対するテロがあっても不思議ではないということ。英国の女性議員を殺したのはちょっとアタマのおかしい50代の男だったけれど、日本であれほど毎日のように「悪者・舛添」の報道がされたら「オレがやっつけたる」と考えるアタマのおかしい人間が出て来ても不思議ではない。

▼そのようなテロが起こったときにメディアはどのような態度をとるのか?そのテロリストを非難するでしょう。でもちょっとアタマのおかしい人間が誤った義侠心に駆られるように仕向けたのがメディアであることについては何も言わずに済ませるでしょうね。そして今度はそのテロリストについて報道することでメディアとしての存在感を示すことになる。自分たちが非難され、追いつめられることは絶対にない。そして世の中に蔓延するのは、正体不明の行き詰まり感であり、それがさらなる暴力を呼ぶ・・・という構図です。

▼いまから半世紀以上も前の1960年7月14日、安倍さんのお祖父さんである岸信介首相が右翼に刺されて重傷を負った。安保反対闘争で日本中が湧きかえり、新聞や放送は衆議院で「強行採決」をやった岸首相を悪の権化のように書き立てた。浅沼稲次郎の暗殺と異なり、岸信介襲撃はメディアがお膳立てをしたようなものだった。もちろんどのメディアもそのようなことは言わなかったけれど・・・。

▼お元気で!
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むささびへの伝言