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 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
534号 2023/8/13

「樹木抱擁選手権」(TreeHugging World Championships)なんて聞いたことあります?むささびはありません。でもあるんです、そういう「選手権」が。上の写真は昨年のそれです。場所はフィンランドのラップランドにある「ハリプー:HaliPuu」という森で、4回目の今年は8月19日に開催される。森を舞台にして皆で遊ぼうというわけで、主催者によると「自然と交わり、平和を楽しむ」ことが目的なのだそうです。要するに樹木に抱きつくだけのことなのですが、第一回が開かれたのが2020年、世界中がコロナに打ちひしがれていた頃の話です。わざわざフィンランドまで来なくてもあなたの地元の森を舞台に「抱擁」して、その写真を主催者に送るというのもありだそうです。ここをクリックすると、昨年の選手権の模様を動画でみることができます。全部見ると1時間以上かかります、念のために。

目次
1)スライドショー: 世界中、それぞれの名月
2)英米人の "Sorry!" 感覚
3)再掲載:サッチャーが恐怖した核戦争
4)再掲載:年を寄せる幸せ?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
7)俳句

1)スライドショー: 世界中、それぞれの名月

San Francisco
8月初めのBBCのサイトに
という見出しの企画記事が出ていました。世界中のBBCの視聴者やサイトの読者による月をテーマとする写真特集です。"Sturgeon" は「チョウザメ」という魚のことですが、ネット情報によると "Sturgeon Moon" という月の呼び方はアメリカ先住民の風習に由来するもので、ネイティブアメリカンが“魚の王様”として北米五大湖でよく獲っていたチョウザメが8月に成熟期を迎え、漁が最盛期を迎えたことに由来するとされている。

要するに豊漁という、嬉しい出来事を「満月」という形でお祝いしてくれるというわけで、それが世界中に広まっているというわけです。2023年8月は満月が2回ある。1回目の8月2日は「みずがめ座」で起こり、8月31日に起こる2回目の満月は“ブルームーン”と呼ばれているのだそうです。

BBCのサイトに写真を応募した人びとの多くが、自分の町の歴史的な建物や景色と満月を結び付けて撮影していることから見ても、月という存在の意味が分かるような気がします。

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2)英米人の "Sorry!" 感覚

BBCのサイトを見ていたら、英国人が頻繁に使う言葉である “sorry” についてのエッセイが掲載されていた。書き出しは次のようになっている。
  • 英国人は “sorry” という言葉を頻繁に使うことで知られている。自分が間違っているわけでもないのに “sorry” と口走る。英国人は、本当にそれほど頻繁に “sorry” という言葉を口にするのか?そんなデータがあるのか?そもそも「謝る」(sorryという言葉を発する)ことはそれほど悪いことなのか?The British are famous for how frequently they say ‘sorry’ – even when they’re not at fault. But does the data hold up this stereotype? And is apologising so often really that bad?

約1000人の英国人を対象にした調査によると、普通の英国人は一日に8回は “sorry” という言葉を口にしており、8人に一人は一日に20回も謝っている(that one in eight people apologise up to 20 times a day)のだとか。“Sorry!: The English and their Manners” という本の著者であるヘンリー・ヒッチングス(英国生まれ)の言葉が面白い。
  • やってもいないことを謝罪するのは英国人だが、やってしまったことには謝ろうとしない。それも英国人だ。The readiness of the English to apologise for something they haven’t done is remarkable, and it is matched by an unwillingness to apologise for what they have done
ただ英国人が他の国の人間に比べてやってもいないことに謝ることが多いというのは本当なのか?もし本当だとすると、何故そうなのか?


“Watching the English” という本の著者である社会人類学者のケイト・フォックス(彼女も英国人)は、英国人の "sorry癖”を 実証するためにある実験を行った。自分で道を歩いていてわざと他人とぶつかるような行為を行った。英国人の場合は、その衝突が明らかにケイトの過ちであったとしても、ぶつかられた側の80%が sorry という言葉を口にした。外国人とぶつかった場合は特に顕著で、
  • 英国人のような反応を示したのは日本人だけだった。Only the Japanese seemed to have anything even approaching the English sorry-reflex.
“Sorry About That: The Language of Public Apology”という本の著者であり南オレゴン大学で言語学を研究するエドウィン・バティスティラ(アメリカ人)という学者によると、英国人はアメリカ人に比べると “sorry” という言葉を気楽に使う傾向にある。つまり英国人の口から “sorry” という言葉が頻繁に出ることはあったとしても、だからと言って他者と比較して英国人の方が「反省心が強い(more remorseful)」というわけではない。“sorry” という言葉を「謝罪」ではなく「相手に対する同情」というつもりで使うこともある。特に英国人やカナダ人の場合はそれが強い。‘sorry about the rain’ は「雨で残念ですね」という意味ですよね。また社会的な階層の違い(特権)を示すために使われることも。


言語学の世界には “negative-politeness”(否定的丁寧さ) という言葉がある。相手の世界に踏み込んでしまうときに、これを予告することで相手を傷つけることを少なくするという発想です。例えば「忙しいときに申し訳ないですが」などと言うことで、相手の気分を少しでも和らげようとする「思いやり」を示そうとする。これが英国人。反対にアメリカは "positive-politeness"(肯定的丁寧さ) が支配する社会で、相手の世界に「踏み込む」というより、相手と積極的に付き合うことを良しとする。

英米比較:こんな時はSorry!"と言う
会議や集会に5分遅れた場合 84% 73%
建物の入口で他人よりも先に入る 80% 72%
他人の話に割って入る 73% 71%
善意とはいえ他人に誤ったことをする 68% 58%
冗談のつもりで相手を怒らせた 58% 50%
他人が自分にぶつかってきた 36% 24%
くしゃみをした(本人) 32% 22%
他人の間違いを指摘する 27% 19%
他人が自分の話の邪魔をする 10% 7%
YouGov調べ

ところでBBCのエッセイとは別に世論調査機関のYouGovが英国人1600人、アメリカ人1000人を対象にして行った "Sorry" についてのアンケート調査の結果を紹介しています。これを見ると、英国人とアメリカ人の間には人付き合いの点で微妙な違いがあることが見える。例えば他人とぶつかったり、くしゃみをしたり、他人の誤りを正したりする場合、”Sorry" という言葉を口にするのは、アメリカ人10人に対して英国人は15人なのだそうです。要するに英国人の方が「謝る」ことが多いということになる。

この調査によると、他人に干渉するような行為をする際には、英国でもアメリカでも4分の3の人間は "sorry" を言うのだとか。会議に遅れたときは英国人の84%が「謝る」けれど、アメリカ人の場合は74%である、と。他人の間違いでも36%の英国人が「謝り」、アメリカ人の場合は24%へと下がる…という具合です。

Cambridgeの辞書を引くと、"sorry" という言葉を "feeling sadness, sympathy, or disappointment"と説明されています。「悲しみ」「同情」「失望」というわけですが、日本人が最も普通に使う(と思われる)"guilty:申し訳ない" という感覚が含まれていない点が興味深いですよね。

▼"I'm just sorry about all the trouble I've caused her."(私のせいでいろいろ迷惑をかけてしまって申し訳ない)という文章の "sorry" は「申し訳ない」という意味ですが、それは "all the trouble I've caused her" という文章があるからです。"I'm just sorry about all the trouble caused by the rain"となると、「雨のお陰でタイヘンだったねぇ」ということになる。この種の "sorry" が使いにくいのですよね。 

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3)再掲載:サッチャーが恐怖した核戦争

ウクライナ戦争に絡んで、核兵器を使用する戦争の可能性が現実味を帯びて語られています。今から10年前の2013年11月2日付のThe Observerによると、実はそれを遡ること30年も前の1983年にも核戦争の危機が語られていたのですね。当時はまだソ連が健在で、英国の首相はマーガレット・サッチャーという時代だった。この「危機」の存在は、英国の核兵器廃棄運動、Nuclear Information Service(NIS)の存在抜きにはあり得ないものであった、と。
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再掲載:サッチャーが恐怖した核戦争

むささびジャーナル280号(2013年11月17日)
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合同軍事演習 サッチャーの危機感 レーガンも参加
 
核兵器廃棄運動を続けている英国のNPO、Nuclear Information Service(NIS)によると、1983年11月、米ソの冷戦がもう少しで本当の核戦争を誘発するところだったのだそうです。2013年11月2日付のThe Observerが伝えています。これは英国の情報公開法(Freedom of Information Act)に基づいてNISが得た政府の資料によって明らかになったものです。

合同軍事演習

1983年11月7日から11日まで、4万人が参加して西ヨーロッパ全域を舞台にAble Archerと呼ばれる、核戦争を想定した米軍とNATO軍の合同軍事演習が行われたのですが、当時のソ連政府がこれを本物の核戦争と勘違いして西側に核の先制攻撃を行うところであったというわけです。もう少しで核戦争という危機的状況を回避したのが、当時の英国首相、マーガレット・サッチャーの危機感であったということです。

この軍事演習ですが、当時は共産圏だったユーゴスラビアで政情不安が起きたことをきっかけにして、ソ連側のワルシャワ条約機構の軍隊(Orange Forces:オレンジ軍)がユーゴスラビアに進駐したという想定で、それに対抗するNATO軍(Blue Forces:ブルー軍)が同盟国を防衛するというシナリオだった。それによると、オレンジ軍はフィンランドとノルウェー、それにギリシャに侵攻、事態はさらに核戦争にまでエスカレート・・・という筋書きで行われたのだそうです。 
 

これは単なる演習に過ぎなかったのですが、オレグ・ゴルドエフスキー(Oleg Gordievsky)というソ連からの亡命者の情報によると、ソ連政府はこれを「本物の脅威」(real threat)としてとらえており、東独とポーランドの戦闘機に対して核兵器を搭載するように指示があり、核ミサイルを搭載したソ連の潜水艦が(敵に察知されることを防ぐために)北極の氷の下に待機するという体制をとっていた。こうしたソ連の行動はNATO側によって監視されていたのですが、NATOはこれを「ソ連側の軍事演習」と考えていた。

サッチャーの危機感

ただ、ゴルドエフスキーからの情報を得ていたサッチャー政権の内閣官房長官であるロバート・アームストロング(Robert Armstrong)はサッチャーに対して、Able Archerに対するソ連の反応が軍事演習とは思えないというブリーフィングを行った。その根拠として、ソ連の行動が国内の大きな祝日にとられていること、「演習」にしては動きが実際の軍事行動に酷似しており、それがAble Archerの主なる舞台である中欧地域に集中していることなどを挙げたのだそうです。

 

アームストロングによる説明を聞いたサッチャーが自分の部下たちに下した命令は二つあった。一つはAble Archerに対してソ連が過剰反応する危険を如何にして取り除くかを考えること、もう一つは、危機的状況をアメリカ政府に緊急に知らせる方法を考えることだった。

英国では外務省と国防省の共同作業でアメリカ政府とのディスカッション・ペーパーが作られ、NATO軍がソ連に対してAble Archerが通常の演習に過ぎないことを通報すべきであると提案した。その後、レーガン大統領も英国政府への通報者であるゴルドエフスキーと面談、サッチャーと危機感を共有するに至りソ連とのデタントへと方針を切り替えることになった。

レーガンも参加

思えば1983年という年は、3月8日にフロリダでレーガン大統領が、ソ連を「悪の帝国」(the evil empire)と名指しで非難、Star Warsと呼ばれる戦略防衛構想を発表した年であり、しかも9月には、誤ってソ連上空に入ってしまった大韓航空機が、アメリカのスパイ機と誤認されてソ連の戦闘機に撃墜されるという事件も起こるなどして、米ソ間の不信感が一触即発のレベルに達していた年でもあった。

今回開示された情報について、NISのピーター・バート(Peter Burt)理事は次のようにコメントしています。 
  • 冷戦というものを、東西の力のバランスがとれた安定状態などと表現する向きがあるが、実は世界が一度ならず核の大悲劇の淵に立っていたということであり、このAble Archerが示しているのは、その時代が衝撃的ともいえるくらい危険な時期でもあったということだ。The Cold War is sometimes described as a stable 'balance of power' between east and west, but the Able Archer story shows that it was in fact a shockingly dangerous period when the world came to the brink of a nucl ear catastrophe on more than one occasion.
 
▼冷戦が核兵器保有によってバランスがとれた状態ということはあの頃によく言われたものです。いまでも「尖閣」をめぐる日中の対立について「武器を構えて対峙した方が却って安全」というような「現実主義」を説く評論家がいます。この記事を読むと、実は安全でもなんでもないことが分かります。少なくともサッチャーとレーガンは肝を冷やす思いだったということです。

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4)再掲載:年を寄せる幸せ?

かつてのむささびジャーナルがどのような記事を載せたのか、さっぱり憶えていないけれど、中には如何にも面白げな記事もありますね。2010年12月に掲載したのは、The Economist誌がクリスマス特集として載せたもので、人間(特に年寄りたち)による「幸福感」なるものの追求に関する記事だった。記事を掲載したThe Economistの表紙には "The joy of growing old" という文字が躍っています。
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再掲載:高齢者がハッピーになるU字曲線

むささびジャーナル204(2010年12月19日)
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最近のThe Economist誌が「幸福感」なるものについてかなり長いエッセイを掲載しています。いろいろな国における調査によると、人間の一生における幸福感はU字曲線で説明できるのだそうであります。U-bend of lifeというわけですが、Uの左側を若い年代、右側を老年、底の平な部分を中年という具合に分けると、子供からだんだん年を取るに従って幸福でなくなり、中年過ぎにはしばらく不幸時代が続くけれど、それを過ぎて老年に入ると再び幸福になっていくということです。正確にいうと「幸福を感じるようになる」ということです。


なぜ高齢になればなるほど幸福を感じるのかについていろいろな説を紹介しているのですが、余りにも長くなるので一つだけ、スタンフォード大学のLaura Carstensenという先生の説を紹介させてもらいます。彼女によると、自分の生命に限りがあるということを認識するという人間だけが持っている能力に関係がある。
  • 高齢者は自分が死に近づいているということを知っている。であるから現在に生きることが上手になる。高齢者は、遠い先のゴールよりもいま大切なこと(感覚的なものも含めて)に焦点を当てて生きようとする。 Because the old know they are closer to death they grow better at living for the present. They come to focus on things that matter now -- such as feelings -- and less on long-term goals.
将来ではなく、現在に生きることができるのは、将来がある若者ではなくて、死が近づいている老人の方だというわけですね。

さらに言えるのは、高齢になると「大志が死に、受容が誕生する」(death of ambition, birth of acceptance)という現象が起こります。別の(日本的な)言い方をすると「高望みをせず、無理のない線で生きる」ということです。The Economistの表現を借りると「社長になる希望をあきらめて副支店長で満足することを学ぶ」ということです。アメリカの哲学者であるWilliam Jamesの言葉に
  • 絶対に若くてスマートになってやるという希望を捨てる日の楽しさは素晴らしい。How pleasant is the day when we give up striving to be young -- or slender.
というのがあるそうです。言えてる・・・。


ちなみにThe Economistの読者の平均年齢は47才だそうなのですが、この記事の結論は
  • 先進国における高齢化は経済にとっては重荷、あるいは解決されなければならない問題とみなされるのが普通であるが、U字曲線はこの問題をもっと前向きに語ろうとしている。世の中、白髪人間が増えるとともに明るくなる・・・という考え方はThe Economistの読者諸氏にとっては特に勇気づけられるものではないか。 The ageing of the rich world is normally seen as a burden on the economy and a problem to be solved. The U-bend argues for a more positive view of the matter. The greyer the world gets, the brighter it becomes -- a prospect which should be especially encouraging to Economist readers .
となっている。

▼年寄りは、人生を諦めている部分があるので、中年族に比較すれば人生のストレスも小さい。ストレスが小さい人間は精神的・肉体的に健康であり・・・というわけですね。その通りには違いないけれど、本当ならストレス生活で幸福感が薄いけれど、肉体的には働き盛りである中年のみなさんがハッピーでなければいけないのですよね。ただ人間というものはそのようにはできていないのかもしれない。

▼昔、ジョン・レノンの歌にImagineというのがあって、その歌詞がImagine all the people living for today...というのがありましたよね。この人は1940年生まれだからこの歌が発表されたとき(1971年)には31才だったわけ。middle age crisisが言われるには少し早いけれど、もうすぐ中年男のジョン・レノンが、living for todayという自分の夢を詞にした歌なのかもしれないですね。

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5)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら

go figure!:不可解・不思議だ

先日、ミセス・むささびから聞くまで "go figure!" という英語は聞いたことがなかったけれど、「英辞郎」というネット辞書を見ると、これには
  • 1. 〔なぜこんなことが起こったのか〕不思議だ、驚きだ
    2. 〔なぜそんなことを言うのか〕信じられない
    3. 〔そんなことは尋ねずに〕自分で考えろ
という意味があるらしい。Cambridgeの辞書には "idiom mainly US"(主としてアメリカで使われるスラング) と書いてあり、例文として
  • It's a terrible movie and it made $200 million. Go figure!
というのが出ていました。「ひどい映画だけど2億ドルも稼いだのか」ときて「やってらんねぇな!:Go figure!」というわけだ。


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6)むささびの鳴き声
 
▼つれづれなるままに…。7月30日付のデイリースポーツ紙に『今季ワースト20被安打の完敗に会見応じず』という見出しの記事が出ていました。プロ野球日ハムの新庄監督がオリックスとの試合直後に口にしたのは「コメントが見つからない」という言葉だった。つまり試合内容があまりにもひどすぎて、自分の口からそれついて述べることはできないから「いつもの会見はなしにしてくれや」ということですよね。

▼試合そのものは9-2でオリックスの勝ちだったのですが、監督のこのコメントは直接メディアに語ったのではなくて、チーム内のマスコミ担当係を通じて流されたものなのでしょうね。つまり新庄監督にとってマスコミとは「自分がくちにしたいと思っていることをそのまま文字や音声にしてくれる装置」ということ。マスコミ関係者もちょっと情けないのでは?
▼4つ目に載せた「高齢者の幸せ感覚」に関する記事に関連して…。上の線グラフはアメリカのブルッキングス研究所が作成したもので、2010~2012年の全世界における年齢別幸せ感覚の分布を示しています。左端が20才、右端が85才の平均値で幸福感が高い。最も幸せ感覚が薄いのは50才の人間です。要するに世の中の中心的な存在になっている人間ほど苦労が多い、と。右端のグループには特に未来はない。その分だけ苦労が少ない、と。
▼上の写真は「故安倍晋三国葬儀参列者名簿 各界代表」なるものの一部です。共同通信のサイトに出ていたものの一部を勝手にコピペしたものです。「共同通信が内閣府に招待者名簿などを情報公開請求したところ、74%の氏名が黒塗りだった」とのことです。文書によると、政府が国葬の案内状を送付した招待者は6175人だった。うち出席者は3436人。共同通信の記事には、「黒塗り」を要請した出席者の割合を示す表が出ている。「元国会議員」は100%、「副大臣・政務官等」が0%というのは何となく分かるのですが、38人が招待された「報道関係」は100%が黒塗りというのは何なのですかね?

▼全くもってとりとめのないことばかり呟いてしまいました。失礼しました!台風が来るのだそうですね。むささびの巣(自宅のこと)に何事もなければいいのですが…。
 

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