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390号 2018/2/4
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
一昨日、埼玉県に今年2度目の雪が降りました。前回(1月22日)より少なかったのですが、前回よりも水を含んでいて重い気がしました。これが最後だといいのですが・・・というのは甘いのですよね。雪国の人から見ると、こんなの雪のうちに入らないような量なのですが、年寄のむささびには苦手なのであります。上の写真ですが、スペインのアンダルシア地方の風景で、むささびの友人でスペイン暮らしをしている英国人が撮ったものです。陰鬱な空なのですが妙に惹かれる写真だった。地平線上に点々と連なっているのは並木だそうです。

目次

1)中国人が楽観・日本人が悲観する2018年
2)がんばれ、ガーディアン
3)駐英ドイツ大使が感じる「英国人のヒロイズム」
4)いま、何故「孤独担当大臣」なのか?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)中国人が楽観・日本人が悲観する2018年

世論調査機関のIpsos MORIが、世界中の人びとが2018年がどのような年になると見ているのかというアンケート調査を行い、1月8日付のサイトで発表しています。28か国の2万1500人が参加した調査なのですが、際立つのが中国人の楽観論と日本人の悲観的姿勢です。例えば「2018年は2017年よりも個人的にはいい年になる」というステートメントに対する態度は次のようになっている。

 2018年は2017年よりも個人的にはいい年になる

中国人のほぼ9割(88%)が「大いに賛成」もしくは「どちらかというと賛成」と答えているのに対して、日本人の場合は4割をちょっと超えた程度です。「大いに賛成」とする日本人は100人中6人であり、中国人の場合は32人が楽観的な答えをしている。日本人の楽観的な態度は28か国中の最低なのですが、楽観論が5割を下回ったのは日本だけ。ここには入っていないけれど、フランス人も「大いに賛成」が14%と日本に次いで悲観的なのですが、それでも「どちらかというと賛成」(41%)を入れれば楽観的な態度が5割を上回っている。中国人の9割が楽観的ですが、それでも「大いに賛成」という人は3割ちょっとで、コロンビア(65%)、ペルー(66%)、チリ(56%)の南米3国にはかなわない。南米の人たちはなぜかくも楽観的なのでありましょうか?

次に話題を社会的・政治的なものに変えて、日・中・韓・米・英・独の人びとの感覚を見てみます。

 米朝戦争の可能性
 

北朝鮮とアメリカの間で戦争が起こる可能性について言うと、アメリカ人と韓国人が極端に違う反応を示している。アメリカ人は「可能性が高い」という人が「低い」という人よりかなりたくさんいるけれど、韓国では「高い」が10人中2人しかいないのに、「低い」は10人中ほぼ7人にまで達している。また可能性が低いという中国人もかなり多い。日本人は「高い」と「低い」がほぼ同じなのですが、目立つのは「分からない」がどの国よりも多いということ。

韓国人と中国人が米朝戦争の可能性が低いと考える理由は何なのでしょうか?負けるに決まっている戦争を北朝鮮がやるはずがないという一種の「見くびり」であるという理解は間違っています?28か国平均の数字はかなりアメリカ人に近い。つまりアメリカを含めた世界が北朝鮮の行動を「脅威」として受け取っているということになる。それだけでも北朝鮮にとっては存在感を示すことができたということ?

トランプ弾劾の可能性
 

アメリカ人よりも英国人の方が弾劾の可能性が高いと見ている。英国人やドイツ人の「希望的観測」というやつなのでしょうか?それと「可能性が低い」という韓国人がやたらと多いのですね。日本では「分からない」がやたらと多いのも目立つ。

自国でテロが起こる可能性

英国人とドイツ人の危機感は深刻です。特に28か国の平均と比べると、米英独の人たちの危機意識が強いのが分かる。ここには載っていないけれど、トルコとフランスが英国に次いで高いし、スウェーデンがアメリカのあとに来ているというのも意外な気がする。日中韓が低いのは、これまでにあまり経験したことがないということですよね。でも日本の場合、オウム真理教のようなテロが起こらないとは言えない・・・それが「分からない」の数字が高い理由なのかもしれない。

中国が世界一の経済大国になる可能性

このグラフでは韓国と日本が最も低い数字になっているけれど、これは韓国人や日本人の中国に対する感情的な屈折心理を表しているということ?このグラフだけを見ると、中国人が一番高い数字になるけれど、28か国全体で見ると10番目なのですね。トップは東欧・セルビアの77%、以下マレーシア、南ア、トルコなどが続いている。

▼それぞれの国でどのような階層の人びとがアンケートの対象になったのか?「64才以下」ということと、オンラインによるアンケート調査であることだけは分かっているのですが、おそらく「平均的」とされる人びとなのでしょうね。一番最初に出ている「個人的にいい年になると思うか」は「自分とっていい年になるか」(better for me)という質問です。調査対象の28か国中、日本人が最も悲観的という結果はどう解釈するべきなのでしょうか?28か国の人たちが一堂に会してパーティーでもやったとすると、日本人だけが暗い顔して部屋の隅に立ちすくんでいるという感じになる!?

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2)がんばれ、ガーディアン

むささびが度々お世話になる、英国のガーディアン(Guardian)という新聞が、1月15日付のものからサイズがタブロイド版(285×400mm)に変わりました。それまではベルリナー版(315mm×470mm)というやや大きなサイズだったのが、ちょっと小さくなったということです。1月20日付のThe Economistによると、サイズ変更もさることながら、この新聞がドラマチックとしか言いようがない変化(dramatic makeover)の時期を迎えているのだそうです。何がドラマチックなのか?次なる会計年度(2018年)で経営が黒字になる可能性が出てきたということであります。黒字になることが「ドラマチック」なんですか!?

ガーディアンがマンチェスターで創刊されたのは1821年だから、今年でほぼ200才ということになる。この新聞を発行しているのはGuardian Media Group (GMG)という新聞社で、ガーディアンは日曜版のオブザーバー(Observer)と併せて、いわゆる「リベラル」系の新聞の代表格です。が、2年前には廃刊もささやかれるほど経営困難に陥っていたのだそうです。これまでの10年間のガーディアンの発行部数をグラフにすると次のようになる。

ガーディアン発行部数の推移

2006年には36万部だった発行部数が2016年には半分以下の約16万部にまで減っている。

以前にも紹介したと思うけれど、ガーディアンも含めた英国の全国紙を簡単に紹介しておくと次のようになる。

主なる全国紙の発行部数(2017年末)
大衆紙(日曜紙を除く)  高級紙(日曜紙を除く) 
Sun 148万 The Times 45万
Metro(フリー) 147万 Daily Telegraph 39万
Daily Mail 140万 i 26万
London Evening
Standard(フリー)
87万 Financial Times 19万
Daily Mirror 58万 Guardian 15万
   Press Gazette

2年前の2016年1月、新しくGMG社の社長に就任したデイビッド・ペムセルとガーディアンの新編集長になったばかりのキャサリン・バイナーの二人がスタッフを集めて告げたのは、同社がタイヘンな経営赤字に陥っているという現状だった。半年間で1億ポンド(150億円)の赤字が発生、赤字の全額が7億4000万ポンド(1100億円)にまで達したとのことだった。コスト削減が求められており、この2年間で20%(5000万ポンド)のコストを削減することに成功。社員数も約2000人から1500人にまで減らした。

実はキャサリン・バイナーの前、編集長がアラン・ラスブリジャーという人物であったときにガーディアンは世界的に読者数(オンライン)を増やすことに成功、正にグローバルな新聞となった。が、それに要したコストもまたタイヘンなもので、巨額赤字の理由がそれであるとも言われた。


The Economistによると、赤字削減に取り組む新社長と新編集長が手を付けなかった「業界の常識」がある。それは自社のサイトにペイウォールを設けて有料化するということで、英国のみならず世界中のどの新聞もこの方法で読者から購読料をとっていた。が、二人が取り組んだのは、ペイウォールではなくて「会員制」にして、会員にはそれぞれに「払える金額を払ってもらう」(contribute whatever they like)というやり方だった。現在の会員数は60万で、GMG社によると会員からの収入は年間数千万(tens of millions)ポンドにのぼっており、紙の新聞の販売収入も併せると、ついに広告収入を上回るまでになっている。
  • タブロイドになったことで、ガーディアンは見てくれは他紙と似ているかもしれないが、経営面での好転はいかにもガーディアンらしい画期的な現象であると言える。
    The Guardian may now physically resemble more of its peers, but its turnaround story remains idiosyncratic.
とThe Economistは結んでいます。


キャサリン・バイナー編集長
▼そういえばガーディアンの場合、記事の最後の部分に「寄付のお願い」がついている。「他紙と違ってガーディアンはペイウォールという形で購読料を徴収していない。それがガーディアンというジャーナリズムをオープンな形で展開するための方法だからだ」としたうえで、「ただ・・・それでもこれだけの質の記事を作るためにはお金がかかるのであります・・・」として読者に対して「たった1ポンドでガーディアンを支えることができます」(For as little as £1, you can support the Guardian)と訴えている。

▼ガーディアンには不定期の編集企画として "Long Read" というのがあります。一つの課題について長い・長い記事で語るというもので、読むのはタイヘンですが、中身は非常に充実していて読むに値するものが多い。そんな記事の一つとして2017年11月16日付のサイトに載った "Mission for journalism in a time of crisis"(危機の時代のジャーナリズムの使命とは)という記事は編集長のキャサリン・バイナーが書いたエッセイです。長さは何と7500語、普通のコラム記事のほぼ10倍もある。いずれは何らかの形でむささびでも紹介したいけれど、本日は一か所だけ。
  • 我々は公共空間の価値というものを信じている。そして「公共の利益」とか「共通の善」というものが(この世に)存在するということも信じている。さらに我々は誰もが平等に存在価値を有しているものであり、世界は自由でフェアなものであるべきであるということも信じているのである。
    We believe in the value of the public sphere; that there is such a thing as the public interest, and the common good; that we are all of equal worth; that the world should be free and fair.
▼この言葉を皆さんはどのように受け取りますか?このようなことがガーディアンの存在価値であり、そのためにお金を払って支えてくれませんか?と訴えている・・・そのような新聞の存在をどのように評価しますか?ガーディアン以外の新聞もおそらく似たような「社是」を持っているとは思うのですが、ガーディアンが変わっているのは、だからと言って「金を払わない人は読めません」とペイウォールを作って閉め出しているわけではないという点です。発行部数という点では小さなガーディアンですが、サイトへのアクセス数も入れると、高級3紙の中ではトップになる。約60万人が会費を納めているサポーターとして登録されています。

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3)駐英ドイツ大使が感じる「英国人のヒロイズム」

1月29日付のGuardianに、駐英ドイツ大使をつとめていたペーター・アモン(Peter Ammon)氏がロンドンを離れるにあたってのインタビューが載っています。話題の中心は英国のEU離脱(BREXIT)なのですが、ドイツ人から見た英国人の「国民性」のようなものが伺えます。一言で言うと・・・
「独り立つ」とはどういうことか?第二次世界大戦で、孤立をいとわず断固としてドイツの欧州支配に対抗した、あの英国のことです。EU離脱派の感覚の依って来るところがそれである・・・と。


そういえば(むささびは見ていないけれど)"Dunkirk"(日本語名『ダンケルク』)や "Darkest Hour"(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)という映画は、いずれも第二次世界大戦における英国を描いて(英国では)大いに受けているのですよね。しかしアモン大使に言わせると、そのようなイメージに依って立つ反欧州論(Euroscepticism)は、英国が抱えている問題の解決には「殆ど役に立たない」(does little)のだそうであります。
  • 歴史というものは、常に曖昧さもあるし、いい時と悪い時があります。英国が如何に孤立の中でドイツ支配と戦ったのかということだけで第二次大戦を語ろうとすることは、話としては面白いかもしれないが、現在の問題の解決にはつながらないのですよ。
    History is always full of ambiguities and ups and downs, but if you focus only on how Britain stood alone in the [second world] war, how it stood against dominating Germany, well, it is a nice story, but does not solve any problem of today.


EU離脱については、現在、離脱後のEU=英国関係について交渉が行われており、離脱後もEUの単一市場へのアクセスは保ち、貿易も無関税とするという方向(ソフトBREXIT)なのか、EUとの付き合いは他の非EU諸国と同じ(ハードBREXIT)とする方向なのか、英国の保守党自体が割れている。アモン大使は、離脱交渉が自分たちの思うようにならないと、英国のEU離脱派は必ずそれをEUのせいにするだろうと予言している。

EU離脱に伴って英国内で高まっている「ポピュリズム」についてアモン大使は「ポピュリズムは複雑な問題を単純化して描いて見せるので受けがいい」として
  • 「単一市場」とか「関税同盟」というと、おそらく99%の人が理解できないだろう。しかし「国の周りに壁を作って移民を入れないようにしよう」と言えば、「なるほど、それならうまく行くだろう」となってしまう。
    If you say the words ‘single market’ or ‘customs union’ probably 99% of the population would not understand, but if you say: ‘Let us build a wall to stop these immigrants,’ people say: ‘OK, that will probably help.’
と語り、国の周りに壁など作るとロクなことがないことが、ドイツには歴史的な経験として理解できている・・・と言っている。


ドイツ人の英国観と言えばもう一つ、1月24日付のSpiegelが「BREXITの自虐癖」(Brexit Masochism)という記事を載せています。ロンドンにいる同誌の特派員がEU離脱をめぐる保守党・メイ政権の内輪もめを報告しているのですが、実は英国・保守党は過去約30年間もヨーロッパをめぐって内部対立と自己矛盾を繰り返してきたのだと言います。


そのあたりのことは、むささびジャーナル340号に書いてあるけれど、再確認しておくと、1961年にEEC(当時)への加盟を申請して拒否されたのも、1973年、ついに加盟を実現したのも保守党政権だった。2年後の1975年に労働党政権がEEC加盟を継続するかどうかの国民投票を行なったのですが、労働党は離脱を主張、サッチャー党首率いる保守党は加盟継続を主張、結局67%が加盟継続に投票したわけです。そのときのサッチャーは
  • EEC離脱は英国にとっても良くないし、我々と世界の関係にとっても悪い。さらに将来我々が必要とする貿易協定にとっても悪い影響を与えるものだ。
    It would be bad for Britain, bad for our relations with the rest of the world and bad for any future treaty on trade we may need to make.
と主張したけれど、マーガレット・サッチャーの伝記作家であるチャールズ・ムーアによると「英国がEECに参加したのは経済的に得だと思ったからであり、英国の存続に関わるほど重要な理由があったからではない」とのことであります。つまりドイツやフランスのように戦後の平和状態を切実に必要としたわけではないし、民主主義を取り入れることに必死だったスペインでもない・・・というわけです。

▼「はっきり言うとBREXITなんて、全くの時代錯誤、やりたきゃ勝手にやったら?」とドイツ大使は言いたいのですよね。時代錯誤かどうかはともかく、四方を海に囲まれた「島国人間」と国境が陸続きの「大陸人間」の間の移民に対する感覚の差のようなものはあるのかもしれない。

▼むささびの知り合いの英国人の中にはヨーロッパ大陸で暮らしている人たちが何人もいるけれど、総じて中流クラスの人が多い。お金持ちというわけではないけれど、それなりの財産があり教育もあるという人たちです。むささびの見るところでは、サッチャー以後に出てきた社会的階層の人たちです。自由主義的経済体制のおかげでそこそこ潤った人たちです。日本でも60年前には「老後はフィリピンで暮らそう」なんて人は、むささびの周辺にはいなかった。サッチャリズムの自由主義・個人主義が生んだ現象ですが、その一方で自由主義的経済システムの恩恵に浴さなかった人たちもいる。彼らがBREXITを支持したというわけです。

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4)いま何故「孤独担当大臣」なのか

英国政府に「孤独(寂しさ)担当大臣」(minister for loneliness)というポストができたことは、日本ではどの程度伝えられました?英米ではいろいろなメディアがかなり大きく伝えていましたが・・・。日本ほどではないにしても、かなり高齢化が進んでいる英国社会が抱えている問題の一つが「孤独」(loneliness)です。そこでメイ政府が発表したのが大臣レベルでこの問題に取り組む人間を置くということ。そこで誕生したのが "minister for loneliness" というわけ。

ここをクリックすると、このポストの新設についてのメイ首相のコメントを読むことができるのですが、一か所だけピックアップすると
  • 寂しさ(孤独)は現代社会が持っている悲しい現実(sad reality)です。高齢者、介護者、愛する人を失った人、話し相手がいない人、自分の考えや経験したことをシェアできる相手がいない人・・・その人たちが抱え込んでいる孤独を直視してこれに立ち向かいたいと考えます。
    For far too many people, loneliness is the sad reality of modern life. I want to confront this challenge for our society and for all of us to take action to address the loneliness endured by the elderly, by carers, by those who have lost loved ones – people who have no one to talk to or share their thoughts and experiences with.
と言っている。

「孤独担当大臣」と言っても「孤独省」というお役所があるわけではないのですが、文化・メディア・スポーツ省で「スポーツ・観光・遺産担当政務次官」をやっているトレーシー・クラウチ(Tracey Crouch)という42才の女性の政治家が関係省庁や地方自治体などと連絡をとりながらこの問題に取り組むことになっています。


2年前の2016年6月、北イングランドのある町でジョー・コックスという女性の労働党議員が極右男に殺されるという事件が起こったことを憶えていますか(むささびジャーナル348号)?生前のコックス議員が政治家として追求していた問題の一つが「孤独」だった。彼女が亡くなった後、その遺志を引き継いだ人びとがジョー・コックス委員会(Jo Cox Commission)という組織を作り、超党派でこの問題に取り組んできた。で、その委員会が最近、英国における「孤独」の実態報告書というのを発表する中で、政府に対して大臣レベルの担当者を置いて取り組むように求めた・・・と、それに応えたのが新しいポストの誕生というわけです。


トレーシー・クラウチ孤独担当大臣

「揺り篭から墓場まで」という「福祉国家・英国」の生みの親であるウィリアム・ベバレッジ(William Beveridge)は窮乏(want)、疾病(disease)、無知(ignorance)、不潔(squalor)、怠惰(idleness)を国家が社会福祉制度によって追放するべき「5つの悪」としたけれど、ジョー・コックス委員会の報告書の作成に中心的な役割を果たしてきたレイチェル・リーブス(Rachael Reeves)労働党議員は、いまや「孤独」(loneliness)を「6番目の悪」として政府を挙げて取り組むべき問題だと主張しています。

リーブス議員は、英国社会では、労働組合、教会、パブ、仕事場での付き合いのようにこれまで人間を結びつけてきた組織や習慣が次々と崩れる一方で、インターネットの発達で便利にはなったものの人間の孤立化が進んでいる、として
  • 我々は今や新しいタイプの福祉システムを必要としている。即ち自分たちを助けるために人びとが寄り集まることを推進するようなシステムである。
    We need a new kind of welfare system that acts as a convenor, bringing people together to help them help themselves.
と言っている。


ジョー・コックス委員会が発表した報告書に出ている数字をいくつか挙げると:
  • 900万人を超える英国人が常にもしくは頻繁に寂しさを感じている。
  • 子供の福祉向上のためのNPOのサービスを利用する子供の43%が過去において寂しさが故の問題を起こしたことがある。
  • 身障者の50%が常に(any day)寂しさを感じている。
  • 認知症と診断された人の38%が、それが理由で友人を失ったことがある。
  • ロンドンで暮らす難民や移民の58%が孤独を最大の問題と訴えている。
  • 75才以上の3人に1人が「寂しさが制御不能(out of control)になる」としている。
  • 男性の10人に1人が「寂しいけれど他人にはそれを言わない(would not admit)」としている。
という感じです。


生前のジョー・コックスの口癖の一つに "Young or old, loneliness doesn't discriminate"(孤独は若者であれ年寄であれ差別なく襲ってくる) というのがあった。この報告書の発表を機に英国人が語る「寂しさ」の具体例をいくつか紹介してみます。


キャロル・ジェンキンズ(元看護婦・64才)の場合
若い人も苦しい

南西イングランドのバークシャーで暮らしていたけれど、息子が外国へ行ってしまったので、もっと小さな家に住みたいと思って隣町へ引っ越した。ただ引越し先で「新しい友だちを見つけようなんて、あたしの柄じゃない(I didn’t really have it in me to start making new friends)」と思ったけれど、何か月も誰とも話さずに過ごすと、本当に憂鬱で「独り(alone)だなあと思うのよね」というわけで、Facebookを通じて知り合った、同じような悩みを抱えている人びとと会うために家を出ることが多くなった。

彼女によると、インターネットを通じて新しい友だちを作るというのはそれほど大したことではない(not so much)。簡単に友人は出来るけれど、親友というわけではない。ただ、独りで生きていくための問題解決のためのネットワークの存在は有難いのだそうです。このグループに参加して彼女が驚いたのは、若い参加者が多いということ。大学生で、自分の部屋にこもりっきりで何日も過ごしたりする。何だか世の中から拒絶(reject)されたような気分でいるらしい。元看護婦であるキャロルは、そのような大学生について「孤独がうつ病に発展するのは時間の問題よね。そうなると危ないのよ」と語っている。(1月17日付 New York Times)。


スーザン・ダニエルズ(聾唖児童協会)理事長の場合
諦めないで

生まれつきの聾唖者であった私にとって、子供時代に、周りがジョークを言い合って笑っているときに自分だけ分からないというのは破滅そのものだった。誰も変わり者になどなりたくないし仲間はずれにもなりたくない。もちろん特別扱いを必要とする存在などになりたくないのだ。自分が孤独人間だとは思ったことはないけれど、これまでの人生において聾唖者であるが故に除け者にされ、孤立状態になったことは何度もある。聾唖者を仲間に入れるために(健常者が)やれることはいくらでもあるのだ。例えば話しかける時は必ず私たちの方に向いて話すこと、複数で話をするときは一度に話しかけないこと、遠慮せずにジェスチャーを使うことなどなど・・・が、ちょっと「会話」がうまくいかないからといって「あとから話すよ」(I’ll tell you later)と言うのだけはやめて欲しい、絶対に諦めないで欲しい(never, ever, give up)。


マーク・ベルトン(英国赤十字のボランティア)の場合
間違い電話が幸い

マーク・ベルトンは完全な盲目というわけではないけれど網膜色素変性症(retinitis pigmentosa)という病気で視力はかなり悪い。遺伝性の病なのだそうで、彼の母親も妹も同じ病にかかっていた。それでも一応仕事はしていたけれど35才のときに離婚を経験、家に閉じこもるようになった。「そうやって孤独になり、社会的にも孤立していった。仕方ないだろ、何にも出来ない人間なのだから(What can you do? I can’t really do a lot)」というわけ。でも仕事を探そうといろいろな会社に電話をしているうちに、番号を間違えて赤十字にかかってしまった。が、電話に出たスタッフと話をしているうちに赤十字にもボランティアの仕事があるから、やってみてはどうかという話になった。それ以来、マッサージの腕を生かして赤十字のボランティアをやっている。

つまり電話のかけ間違いが新しい生活につながった(wrong number, new direction)というわけ。そして最近になって「雲間から抜け出した」(come out from under my cloud)ような気分になり、今では水泳やジムに通ったりしているとのことです。「自分でも何があったのかよく分からない」(I don’t know what happened)らしい。



ダレンの場合:難病の子供を介護して
介護者の孤独

ダレンと妻のレズリーの間には19才を筆頭に4人の娘さんがいるのですが、一番年少のアメリエがチャージ症候群と呼ばれる難病の持ち主。以前は夫婦共働きであったのですが、アメリエの世話をダレンが見ることになり、現在は奥さんだけが働いている。地方自治体から介護人としての手当て(1時間=£7.20)を16時間分支給されている。昔は地元のラグビー・チームでプレーしたりして、それなりの社交生活があったけれど、現在ではそれも我慢するっきゃない。「アメリアは自分にとっての生きがいだ(an absolute joy)けれど、彼女の世話をすることのストレスもかなりのものだ(through the roof)」とのこと。

ダレンの話は病人の介護にあたる家族のための支援団体であるCarers UKのサイトに出ているのですが、そのサイトによると、自分の家族を介護する人の8割が「孤独感もしくは社会的な孤立感」(lonely or socially isolated)を抱えながら生活しているのだそうです。
▼この記事のトップにジョー・コックス委員会のロゴマークを載せています。"JO COX LONELINESS" という文字の下に小文字で"start a conversation"と書いてある。報告書の発表記者会見で亡くなったジョー・コックスの妹という人が「自分も含めて、みんな余りにも携帯を使い過ぎる」と言っていた。「顔を突き合わせて相手の眼を見ながら言葉を交わす」という意味での「会話」が欠如していることを訴えている。これ、案外大切なポイントかもしれない。

▼この記事を準備しながら調べてみて驚いたのは、ジョー・コックス委員会の孤独解消キャンペーンに対して賛同 するNPOがわんさかあることです。「孤独」が社会問題となっている現状を表していはいるのですが、何とかしようと するボランティア活動もまたかなり盛んだということですよね。ほんの一部だけ紹介すると次のようになる。
▼むささびによるならば、英国をEU離脱に走らせた一つの理由に人びとの孤立感があることは間違いない。ジョ ー・コックスの遺志を継いで活動する労働党議員が「昔ながらのコミュニティの崩壊」を孤独の原因の一つとして挙げており、その中に労働組合やパブを挙げているのがとても興味深い。確かにパブは減っているし、労働組合も昔の面影はない。労働組合の衰退現象は日本も似ている。

▼「孤独」の問題は一昨年(2016年)1月のむささびジャーナル337号で詳しく取り上げているのですが、その際に言わせてもらったのは "loneliness" という言葉を「孤独」とすることへの違和感です。何やら哲学的で、しかめっ面の議論という感じなのですよね。ただ "minister for loneliness" となると「寂しさ担当大臣」とするのもどうかと思って・・・。でも「孤独」という言葉を使ってはいるけれど、"loneliness" という言葉の持つ響きはやはり「寂しさ」であり「人恋しさ」なのですよね。百人一首の『山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば』という、あれなのよね。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

hangry:空腹怒

「空腹怒」なんて聞いたことがない日本語ですよね。当然です、英語の"hangry"を日本語にしようとしてむささびが苦し紛れに考えついた言葉なのですから。Oxford English Dictionary (OED) によると
  • bad-tempered or irritable as a result of hunger
という説明がついている。「空腹の結果、気短になったり、イライラすること」という意味ですよね。"hungry"と"angry"を繋ぎ合わせた造語なのですが、昨年(2017年)OEDに新たに追加された言葉なのだそうです。OEDの場合、新語の追加は1年に4回行なわれ、1回につき約1000語が追加されるのだそうですね。他に追加された言葉をいくつか挙げると:

Tomgirl 男みたいな女。子供にも大人にも使える。
geg 「一緒にいて楽しい人間」という意味でリバプールで使われるスラングだそうです。発音は「ギャグ」に近い。
mansplaining "man"(男)と"explain"(説明する)を組み合わせた言葉で、何かを説明するのにバカ丁寧で偉そうな態度をとることなのだそうで、特に女性に物事を説明するときにこのような態度をとる男が多いのだとか。
snowflake 本来は、ひらひらと落ちてくる「雪片」という意味ですよね。1983年度版のOEDに加えられた際は「ユニークな人柄・才能を持っている人物」(a person having a unique personality and potential)という褒め言葉であったけれど、2017年度版の場合は「異常に繊細(overly sensitive)」で「自分は特別扱いされて当然(entitled to special treatment)」と思い込んでいるような人物のことなのであります。
masstige "mass"(大衆)と"presige"(高級・名門・名声)を組み合わせたもので、手頃な値段ながらも、高級感のあるブランド品(cheap products marketed as luxurious)のこと。ハーバード・ビジネス・レビューによるとスターバックス・コーヒーなどはその典型なのだそうです。


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6) むささびの鳴き声
▼2つ目の「がんばれ、ガーディアン」のむささびのコメント欄で編集長の言葉を紹介しています。その中で彼女はガーディアンという新聞が「公共の空間」(public sphere)であると表現しており、そのようなものが世の中には必要なのだと呼びかけているわけです。「公共の空間」とは「みんなの場所」という意味ですよね。それを維持するために「会費」を払ってくれないかと訴えている。現在のところ「会費」を払っているサポーターは約60万人ですが、オンライン版のガーディアンにアクセスする読者の数は900万人を超えている。つまり840万人の潜在的な「会員」がいるということになる。ガーディアンは今でさえ読者からの購読収入が広告収入を上回っているのですが、潜在的にはその傾向がますます強くなる可能性はある。別の言い方をすると編集者たちが広告主の意向を心配することなく、読者だけを考えた新聞を作れるということです。読者にとっても編集者にとっても望ましい状態ですよね。

▼それと関連するのですが、むささびの記憶に間違いがなければ、読売新聞の渡邊恒雄氏が「日本の新聞は広告収入より購読収入の方が大きいから健全だ」という趣旨の発言をしたことがありますよね。日本新聞協会のサイトには「新聞社の総売上高の推移」という情報がでているのですが、それによると、日本の新聞社の場合、総収入の57.8%が「販売収入」で、「広告収入」は21.5%となっている。日本の新聞社は、ガーディアンの編集長が考える理想的な状態をとっくに実現しているのでは?

▼で、かつてむささびジャーナルで『新聞社:破綻したビジネスモデル』(河内孝著)という本を紹介したことがあります。著者は毎日新聞の経営に携わっていた人なのですが、ビジネスとしての新聞発行が日本では破綻していると言っている。「破綻」の一つの例として河内氏は「日本では消費者が必要とする以上の新聞が作られ、売られている(売れていることになっている)」ことを挙げている。つまり「供給過多」ということです。どのくらいの「過多」なのか?

▼この本が出たのは10年前の2007年。2005年の数字(世界新聞協会)によると、日本には日刊紙と呼ばれるものが約100紙あって発行総部数が約7000万、つまり一紙あたりの平均が70万部だった。英国はどうか?新聞の数自体は日本と殆ど同じ。でも発行総部数が約1750万部だったから一紙平均が17万部。人口を比べると日本は英国の2倍なのに、新聞の発行部数は4倍もある。要するにどう考えても多すぎるということ。著者の河内さんは「日本の消費者は池に連れて来られるだけでなく、無理矢理ポンプで水を飲まされています」と言っている。

▼これらの数字は今から10年以上も前のものです。現在はどうなのか?日本新聞協会のサイトによると、2016年の日本には約100の新聞があり、総発行部数は約4300万部となっている。11年前には7000万部だったものが2700万部も減ったことになる。英国は?2005年に1750万部だったものが2016年には約800万部へと減っている。日英ともに紙媒体としての新聞発行は正に「破綻したビジネス」なのかもしれない。

 新聞の発行部数

▼ただむささびの見るところによると、英国の新聞はインターネット時代のメディアとしての役割を果たすことで生き延びようという姿勢がはっきりしている。いつも言うことですが、日本の新聞の場合、サイトを見ても読者からの投稿欄があるのかないのか・・・よく分からない。相変わらず記者が読者に対して一方的に情報を「提供してあげる」というシステムになっている。この点についてガーディアンのバイナー編集長は次のように書いている。
  • 新しい(インターネット)時代のジャーナリストは読者からの挑戦や議論に対してオープンでなければならない。
    Journalists, in this new world, must be open to challenge and debate from their audience.
▼この点が日本の新聞ジャーナリズムの最大の弱点であります。ジャーナリストはニュースの「送り手」であり、読者は常に「受け手」・・・この関係をジャーナリストの側から変えない限り新聞発行は「破綻したビジネスモデル」ということになる。むささびは、Facebookなどとは異なるしっかりした「公共空間」としての新聞、記者と読者が双方向で語り合える場としての新聞は絶対にあるべきだと思います。が、単なる押し付けペーパーなら、ない方がマシ。

▼お元気で!

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むささびへの伝言