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358号 2016/11/13
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
ことしは秋が異常に短かったのだそうですね。夏からいきなり冬になってしまった。BREXITでおたおたしていたと思ったらトランプが勝ったりして、どうしようもない年だった2016年もあと1か月とちょっとでお終いです。秋が短かったのだから、できれば冬も短くあって欲しいのでありますが・・・。

目次

1)MJスライドショー:上から目線
2)BREXITとトランプ勝利
3)「EU離脱には国会の承認が必要」
4)大衆紙の逆襲
5)大統領選とメディアの地盤沈下:前澤猛さんの視点
6)英国はナルシズム国家!?
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声


1)MJスライドショー:上から目線


今回のスライドショーは「上から目線」でございます。もちろんむささびが皆さまを見下そうというのではありません(でもそんなテーマのスライドショーが作れたら面白いでしょうね)。空から撮った写真のいろいろというわけです。最近では自動操縦のドローンに取りつけたカメラで撮影することが流行っているのだそうで、ここで使われている写真の中にもそれが含まれています。鳥になって空を飛んでいる気分になってもらえれば嬉しいのですが・・・。

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2)BREXITとトランプ勝利

アメリカの選挙でドナルド・トランプが勝利したことについて、その意外性という点で英国のEU離脱と似ているというわけで、この2つを比較する記事がいろいろなサイトに出ています。大体において、「トランプもBREXITも低所得の白人労働者層の支持を受けた」という感じのものが多いと思う。

例えば11月9日付のNew York Timesは 「BREXITがアメリカで起こることの前兆だったのだ」(Brexit Proved to Be Sign of Things to Come in U.S.)という見出しの記事を掲載しており、英国の識者のコメントがいくつか載っている。


国際問題研究所(Chatham House)のロビン・ニブレット氏は、フロリダの有権者の言葉として「我々は自分たちの国を取り戻したいのだ」(wanted our country back again)というのを聞いたときに「全く同じ言葉がEU離脱を進める英国人の間でも聞かれた」と言っている。確かにそうでした。またストラスクライド大学(グラズゴー)のジョン・カーティス教授はBREXITとトランプ勝利の共通項として「階級差」を挙げている。即ち、一方に「リベラルで教育があり若い」(the liberal, the educated and the young)有権者がおり、もう一方に「高齢で学歴が低い」(the older and undereducated )人たちがいるという構図です。前者が「EU残留・クリントン支持」であり、後者は「BREXIT・トランプ支持」というわけです。これについてはむささびジャーナル340でも触れています。

ただ、むささびが最も惹かれたのは、ロンドンの書評誌LRB(London Review of Books)の11月9日付のサイトに出ていた"Insubstantial Champions" というタイトルの短いエッセイだった。書いたのはジェームズ・ミーク(James Meek)という英国の著述家です。


ミークが語っているのは、BREXIT後の4か月間に英国で起こっていることなのですが、同じことがアメリカでも起こるかもしれないというハナシです。6月の国民投票で「残留」に投票した人たちが、いまでも口を極めて叫んでいるのは、如何に離脱派が間違っているかということばかりで、EUという機構を育てていくことの大切さについては余り語られないということです。ミークの観察によると、これが大統領選直後のクリントン支持者に当てはまる。すなわち
  • クリントンに投票した人たちは、ヒラリーを愛する理由よりもトランプを憎む理由を見つける方が簡単であると思っているようなのだ。
    Clinton voters seem to find it much easier to find reasons to hate Trump than to love Clinton.
というわけです。トランプを嫌うことは簡単にできるのに、ヒラリーに「いいね!」のボタンを押すことがなぜそんなに難しいのか?というわけです。英国について言うならば、EU残留支持者は離脱派を非難してばかりいないで、もっと情熱的に(passionately)ヨーロッパについて語ってもいいはずだということです。ヒラリーの支持者たちは、トランプの保護主義に反対するのなら自由貿易支持のデモ行進でもやるべきであり、EU離脱という結果が覆るかどうかはともかく、残留を主張した英国人は町へ出て声をあげるべきだと言っている。ちなみに筆者のジェームズ・ミーク自身はEU離脱に反対しています。

▼BREXITショックのときに感じたことなのですが、離脱に反対するグループはBREXITに「ノー」と叫ぶわりにはEUに対する「イエス」の声が低かったということです。他のヨーロッパの国々と共にEUという組織を守ることが、英国や世界にとって如何に大切なことかという主張がいまいち足りなかったということ。同じようなことがクリントン支持者にも言えるのではないか?大統領選挙から間もなく1週間、トランプの主張(孤立主義etc)に対して「ノー」とは言うけれど、ヒラリーが言ったことに対する「イエス」の声がどの程度強いのか?ジェームズ・ミークが言っているのは、国民投票や大統領選挙が終わっても、その際に行なわれた議論そのものは終わったわけではないということです。

▼前から思っていることなのですが、人間の問題を考えたり、語り合ったりするときに大切なのは、何に対して「ノー」と言うかではなくて、何に対して「イエス」と言うかなのではないか?「トランプはいやだ・BREXITは間違っている」と言うとき、では何が正しいと思うのかをきっちり考えることなのではないかということです。これ以上書き始めると長くなる割にはまとまりもなくなると思うので止めておきます。


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3)「EU離脱には国会の承認が必要」
 

むささびジャーナル356で、メイ政権が英国のEU離脱を来年(2017年)3月末までにEUに対して正式に通告すると発表したと紹介しました(EU離脱への道)。EUにはリスボン条約というのがあって、その50条によると加盟国が離脱する場合、まずは離脱の意思をEUに正式に伝え、それから最長で2年かけて離脱の条件や離脱後のEUとの関係などについて交渉する。そして正式通知から遅くとも2年後に離脱することになっている。つまり2019年3月末までには英国は完全にEU加盟国でなくなる・・・というのがメイ首相が考えている日程であるわけです。ただ、同じむささびジャーナル356で、政府が離脱通告してその手続きを始めるには議会の審議と承認jが必要であるとする訴えがなされていることも紹介しましたよね(「離脱交渉の発動は法律違反だ」)。


で、11月3日、ロンドンの高等裁判所が、EU離脱の手続きを正式に開始するためには議会の承認が必要であるという判決を下しました。メイ政府としては、6月23日の国民投票で「離脱」という国民の意思が示されたのだから、それを進めるためにあえて議会の審議や承認は要らないという立場だったわけで、この判決は政府に対して待ったをかけたことになる。

なぜ裁判所は、政府が離脱手続きを始めるには議会の承認が必要であるとしたのか?それは議会が国権の最高機関(parliamentary soverignty)という理念に依っている。英国がEEC(当時)に加盟したのは1973年のことですが、それを実現するにあたっては1972年に欧州共同体法(European Communities Act)という法律を議会が作っている。離脱にあたっては、この法律を破棄するという手続きが必要であり、それが出来るのは議会だけであるというわけです。法律論ですね。



メイ政府は今回の判決に不満で、最高裁判所に上訴すると発表しており、最高裁での審理は12月初旬(5~8日)に予定されているのですが、最高裁が高裁と同じ判断を下した場合、国会(下院と貴族院)の審議と採決が必要になるのでその分だけEUに対する離脱通告そのものが遅れる可能性もある。メイ政権としては、この国会審議の部分を支障なく済ませたいのですが、The Economistなどは「場合によっては国会解散⇒総選挙という可能性も否定できない」(she might call an early election)と言っています。

BBCのサイトによると、高等裁判所の判決は国民投票と国会審議の関係について次のように述べている。
  • いかなる話題であれ、国民投票(の結果)は、国会における議員による審議の参考にすぎないということもあり得る。但し投票に関する法律が別の規定を含んでいる場合はその限りではない。(今回の国民投票の根拠となった)2015年国民投票法にはそのような規定は含まれていない。
    A referendum on any topic can only be advisory for the lawmakers in Parliament unless very clear language to the contrary is used in the referendum legislation in question. No such language is used in the 2015 Referendum Act.
要するにEU離脱の善し悪しに関する国会の審議と採決は、議員が独自に行うのであって、国民投票の結果に縛られるものではない、と言っている(とむささびは解釈したわけ)。

▼こうなったから言うわけではないけれど、あの国民投票で離脱派が勝ち、キャメロン首相が辞任、メイが首相に就任して以来、むささびは、首相が何かと言うと「離脱は離脱だ」(Brexit means Brexit)という発言を繰り返すのが気になって仕方なかったのですよ。素朴な疑問として、英国人だけでなく他の加盟国の人たちの生活にも影響を与えるようなことを、一国の単純な多数決だけで決めていいのか?ということがある。しかも今回の場合、1700万人が離脱に賛成したかもしれないけれど、1600万の反対票もあったのですよね。

▼日本における憲法改正も国民投票が必要になり、(むささびの理解するところによると)どちらかが1票でも上回ればそれで決まりとなる。しかし日本の場合、国民投票の対象になる憲法改正案そのものが国会の両院で3分の2以上の支持を得なければならないという足かせがありますよね。

▼実は6月の国民投票前の時点では議員の過半数がEU離脱に反対という態度だった。それがそのまま続いて採決となると国民投票の結果が覆されてしまう。ただ、あれ以後の社会的な雰囲気は「国民投票の結果は国民の意思であり、これを受け容れないのは潔くない」という感じなので、ここで「離脱反対」などと言ったりすると、その議員に対する「世論」の風当たりが強くなることも大いにあり得る。その雰囲気はメディアによって醸成されたものだと思うのですが、そのあたりについては次の記事で紹介します。

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4)大衆紙の逆襲


11月4日付のNew Statesmanのサイトに "A new low for UK newspapers" という見出しの記事が出ています。「英国の新聞、最低記録を更新」という意味になりますが、何の「最低記録」なのか?それは新聞としての「質」です。この記事が「最低記録」と批判しているのは、EU離脱の手続きについて「国会の承認が必要」とする高等裁判所の判決についての新聞各紙(特に大衆紙)の報道です。"the most hysterical frontpages"(最もヒステリカルな第一面)だったというわけです。

 

具体例を挙げると:
  • The Sun
    Who do EU think you are?
    EUは何さまだと思っているのか?
  • Daily Mail
    Enemies of the People
    国民の敵
  • Daily Express
    We must get out of the EU
    EUは離脱しなければならない
という具合です。

いずれも右派系大衆紙とされる新聞ですが、特に批判されているのがDaily Mailの第一面です。判決を下した3人の裁判官の写真をデカデカと並べた挙句、「国民の敵」という見出しをつけている。まるで指名手配のポスターのような感じです。イントロは次のように書かれている。
  • 1740万人にのぼる離脱賛成者をバカにしたうえに憲法上の問題も引き起こしかねない「世間知らずの裁判官」に対する怒りが渦巻いている
    Fury over 'out of touch' judges who have 'declared war on democracy' by defying 17.4m Brexit voters and who could trigger constitutional crisis


Daily Mailのこの第一面を受けて、ソシアルメディアでは早速そのパロディ版のようなものが出回っている。見出しは同じなのですが、使われている写真が右派系大衆紙のオーナーや編集長の顔写真で、彼らこそが「国民の敵」というわけです。

大衆紙と言えばマードックのThe Sunですよね。"Who do EU think you are?"という文章の中のEUはYouと似たような発音になる、一種の語呂合わせで、この新聞がよくやることらしい。この主見出しの下に "Loaded foreign elite defy will of Brit voters" というサブ見出しがついています。「胡散臭い外人エリートが英国の有権者の意思を踏みにじった」という意味ですが、この訴えを起こした女性の投資ファンド・アドバイザーが外人であり、金融街でしこたま儲けているエリートというわけです。「EU・外人・エリート」とくれば今の英国社会のある部分における「悪三役そろい踏み」ですからね。

New Statesmanの記事とは別に10月27日付のGuardianのサイトに "Revenge of the tabloids"(大衆紙の逆襲)という見出しの記事が出ています。一時は電話盗聴事件などもあって世の中の顰蹙を買っていた右派系の大衆紙がBREXITを機に息を吹き返している。紙媒体としての新聞の発行部数の減少傾向そのものは変わらないのですが、世論形成に与える影響力は侮れないというわけです。

 

この記事によると、英国は他の欧米諸国に比べると地方紙よりも全国紙中心の社会であり、それぞれの政治傾向がはっきりしている。選挙における人々の投票行動を研究しているストラスクライド大学のジョン・カーチス教授によると、新聞をネットではなく紙媒体として読む人は、そうでない人よりも明らかに政治的関心が高いのだそうです。選挙で棄権することがない。つまり発行部数そのものは減っていても、新聞の政治的影響力はかなり高いというわけです。

昔、イタリアの政治理論家にアントニオ・グラムシという人がいたのですが、彼は新聞による世論形成のことを「常識の製造」(manufacturing of common sense)と呼び、大体において世論を右寄りに傾斜させるものなのだそうです。英国の新聞(特に大衆紙)はそれぞれの政治傾向に応じた固定読者のようなものがいるので、それに甘えている節もある。つまり誤報もしくはそれに近いような「誇張報道」をやっても見逃されるか大目に見られてしまうということです。


なのに世論に与える影響力だけはある。例えばBREXITとも関係するのですが、英国における移民の数について世論調査をした結果、英国人の大半が移民の数を実際よりもかなり多いと受け取っていたということがある。これについては例えばDaily Expressの第一面に載せられた "New Immigrant Rush to Britain"(新たな移民が英国に押しかける)という ような見出しが大きく影響しているのではないかということです。

ところで、英国では1975年にもEU残留に関する国民投票が行われているのですが、このときは67%対33%の大差で残留が勝った。その際にはDaily Mailも賛成の論陣を張ったのですが、それについては次のように書いていたのだそうです。
  • これこそ正に英国の政治史上、画期的ともいえる勝利である。このYES票の雷鳴はこれからもしばらくはエコーし続けるであろう。
    This is the most crushing victory in British political history. The effects of this thunderous YES will echo down the years.

▼確かに今回の判決に関する保守系新聞の報道はひどい。大衆紙ではないDaily Telegraphでさえも第一面で「裁判官と国民」(Judges and People)というような見出しをつけて裁判官の写真を大きく掲載しています。こんなことが許されるのなら、うかうか裁判官もやってられない。

▼何度か紹介したことがあるけれど、英国における職業別信用度という調査によると、15職業中、裁判官は医者、教師、科学者に次いで第4位なのですね。記者はビリから2番目、ビリは政治家というのが定番のようです。Daily Mailの「国民の敵」見出しはひど過ぎると言ったら知り合いの英国人が、「そんな記事をマジに読む人はいない」と言っていました。でもそれは彼が付き合うような人びとの中では誰も読まないというだけで、一応100万部を超えている新聞なのですよね。こんな見出しつけて何のお咎めもなしというのは、「報道の自由」というハナシではないのでは?


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5)大統領選とメディアの地盤沈下:前澤猛さんの視点
 
NPJというサイト(11月8日)にジャーナリストの前澤猛さんが『歪んだ情報社会』というタイトルのエッセイを寄稿しています。「米大統領選に見るマス・メディアの地盤沈下」というサブタイトルがついており、トランプ大統領の誕生を見た今回の選挙におけるアメリカのメディアの役割について語っています。ひと言でいうと、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、シカゴ・トリビューンのような既存のマスメディアの影響力が低下、それに代わってソーシャル・メディアやインターネット・メディアが「煽情的で偏った情報」を流すようになっている、そのような状況下で行われたのが今回の選挙であった、というわけです。


トランプ支持集会で「反メディア」のプラカードを掲げる支持者

例えば選挙期間中に行われた討論会。主要メディアのほとんどが「ヒラリーの勝ち」としたにもかかわらず、トランプ支持者はこれらを全く無視、「特定のテレビやブログで勝利を叫ぶトランプに酔い、トランプが演説会で黒人を追い出す画像にさえ、喝さいした」とのことであります。
  • 正確なニュースが知性を高め、その知性が人々の感性と意志(投票行動)を形作るという期待は大きく後退し、いい加減な情報が人々の知性を麻痺させ、衝動的な感情を刺激し、そうした感情から生まれた無責任な意志が社会の方向を左右する決定権を握った。
というわけで、前澤さんの見るところによると「現代の情報社会は、井戸端会議(housewives’ gossip)のレベルまで逆戻りした」ということです。前澤さんによると、いまのアメリカではメディアが「商業主義にむしばまれ」ており、「報道の自由度」も大して高くはないし、何よりもメディアに対する人びとの信頼度が急速に低下している。つまりニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストの言うことより、自分が読みたい・見たいと思っている情報を提供してくれ、しかも自分も言いたいことを発信することができるネットの世界に入り浸るようになってしまった。


前澤さんのエッセイの中で(むささびが)特に面白いと思うは、メディアへの信頼度の日米比較です。アメリカの場合、メディアを「全面的」もしくは「かなり」信頼する人の割合は32%なのですが、17年前(1999年)には55%もあったのだそうです。日本はどうか?新聞通信調査会という組織による信頼度調査では、「新聞=68.6点、NHKテレビ=69.8点、民放テレビ=59.1 点、ラジオ=57.6 点」なのだそうです。日本の場合は、「全面的信頼=100点、普通=50点、信頼しない=0点」という採点の仕方のようなのですが、いずれにしてもアメリカの調査のいわゆる「かなり信頼する」という人が相当に多いようなので、その意味では、アメリカのメディア人より日本のメディア関係者は恵まれているように見えるのですが、前澤さんは
  • 国民の「知る権利」に十分に答えていないメディア状況に対して、日本のメディアやジャーナリストの認識や自覚は甘く頼りない。
と厳しいことを言っている。「特定秘密保護法の制定」、「人事権によるNHKへの政府の介入」などの危機に対する「メディア自体の反対・反発」が余りにも弱いというのがその理由です。

▼アメリカの新聞は世論形成にどのような影響力を持っているのでしょうか?日本の場合、全国紙も地方紙も基本的に宅配されるので、毎日の生活に溶け込んでいると思います。英国の場合、日本でいうと「夕刊紙」のような大衆紙が、全国紙としてそれなりの発行部数を持っており、政治的な影響力もかなりのものがあると思います。それと英国の場合、いわゆる高級紙と大衆紙の読者層が明確に分かれている。常日頃は高級紙を読む人が、何かの理由で大衆紙を買って読む場合はないわけではない。が、普段大衆紙を読む人が高級紙を読むことは絶対にない。

▼分からないのはアメリカですね。例えばNew York TimesやWashington Postは日本の朝日新聞とか読売新聞のように「誰にでも読まれる」ものなのか?日本のメディアがアメリカの世論を伝えるときに「アメリカの主要メディアは・・・」と言ったりしますよね。その場合、新聞のことを言っているのか、テレビのことを言っているのか、両方なのか?むささびの印象ではテレビなのではないかと思っているのですが。いずれにしても、今回の選挙はアメリカの主要メディアにとっては屈辱そのものだったのでは?トランプにあれほど露骨に公の場でメディア批判をやられたのに、アメリカ人はそれを受け容れたのですからね。

▼以前にも言ったけれど、選挙中にトランプの「女は何でもやる」発言をすっぱ抜いて騒ぎ立てたのはワシントン・ポストだったのでは?それに対してトランプは「ヒラリーの旦那だって相当なもんだったよね」という記者会見までやってしまった。つまりワシントン・ポスト自身が大統領選挙をスキャンダル合戦の泥仕合にすることに手を貸してしまった。トランプの土俵に無理やり引き上げられたようなものです(というのがむささびの感想です)。

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6)英国はナルシズム国家!?
 

殆ど病的!?
英国の総合誌 Prospect の11月号に "Britain: narcissist nation"(ナルシストの国:英国)というエッセイが出ています。イントロは次のように書かれている。
  • この国の(人びと)の過大な自己評価は病的にさえ見えてくる
    The country's inflated sense of self-worth is beginning to look clinical
これを書いたのはジョリス・レンディク(Joris Luyendijk)というロンドン在住のオランダ人ジャーナリストです。いわゆるBREXIT(EU離脱)の話をしているのですが、「英国」(Britain)という言葉を使っているけれど、実際にはイングランド人の話をしている。筆者によると、BREXITの結果として多くのヨーロッパ人が感じているのは、イングランド人が自分たちの国が世界でどのような位置を占めているのかをまともに理解していないということであります。自分たちはすごい国の人間なのだと思い込んでいる、つまりナルシズムに陥っている風に思えるということです。


ナルシズムとは
まずは「ナルシズム(narcissism)」という言葉の定義から。心理セラピストの世界では「ナルシスト」は「自分が何者であるかということについて不安定な感覚しか持てない人物」(people with an unstable sense of identity)と定義されるのだそうですね。彼らは往々にして、自分自身の脆弱さ(vulnerability)、他者への依存性(dependency)、無力感(helplessness)のような感覚に打ちのめされ、その反動として誇大妄想(notions of grandiosity)に取りつかれてしまうものなのだそうであります。個人レベルの話としては分かりますよね。


この種の人たちが他者を見る視点は次の二つしかない。すなわち他人は自分より格下であり、思いどおりに操れる存在だと見るのか、それとも喧嘩腰でかからなければならない「敵」(enemies to be fought)と見なすのか、そのどちらかしかない。その種の人間はアタマの中が「強がり(bravado)」と「弱い者を見下そうとする感覚」(contempt for the weaker)だけいっぱいになっており、自分に対する批判を受け容れることが出来ないし、他者が何を考えているかについても興味がない。もちろん他者に対する思いやり(empathy)など皆無であるというわけです。


おれ達は特別
ナルシズムについての定義をBREXITをめぐる議論に当てはめてみる。まず離脱派について。彼らは英国こそが偉大な国だと信じ込んでおり、物事が思うように行かなくなると何でもEUのせいにする。離脱に関する交渉においても、英国は特別な存在なのだから他国が英国との妥協を求めてすり寄ってくるに違いないと考える。
  • 英国は特別な国であり、英国がEUを必要とする以上にEUが英国を必要とするはず。だからヨーロッパは英国に譲歩せざるを得ない。
    The UK, being a very special country, needs the EU far less than vice versa so Europeans will give Britain a great deal, too.
というわけですね。

残留派のナルシズム
以上は「離脱派」のナルシズムですが、同じ病が実は「残留派」にもある、とレンディクは指摘します。あの国民投票を前にして当時のキャメロン首相がEUの首脳に対して「英国に有利な条件を与えられないのであれば、私は離脱を支持することになる」と言い放ったと伝えられる。普通ならこれは「脅し」(blackmail)として批判的に報道されてもいいはずなのに、英国では「EUからの譲歩を要求」(demand for “concessions”)と伝えられた。英国が加盟国であることについてEUは有難いと思うべきだ・・・キャメロンや英国メディア人たちのナルシズムの見本です。


我々がリードするのだ
残留派のナルシズムの例はほかにもある。すなわち「英国はEUに残留して、EUをリードする存在であるべきだ」(UK should stay so it can run the EU)という発想です。例えばThe Economistなどは
  • 国としての大きさ、経験、友好国の数などからして英国がヨーロッパのリーダーになることは、ごく自然のことである。
    Britain’s size, experience and friends make us the continent’s natural leader.
などと主張している。この種の誇大妄想的発想を前にすると、加盟国がEUという機構に主権をあずける "pooling" の議論などはとても言い出せなくなる。「主権委託」などと言おうものなら、離脱派はもとより残留派でさえも「とんでもない!」となってしまう。が、ヨーロッパの未来を考えたときに、"pooling" という発想をアホらしいと切って捨てることはできない。今年(2016年)初めにジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長が行なった年次教書演説の中に次のような文面がある。
  • 現在の欧州の人口は世界の総人口の8%を占めている。しかし2050年にはこれが5%にまで下落する。そうなると現在のEU加盟国はどれも世界の主要経済国のリストには残らないのだ。
    Today Europeans make up 8 per cent of the world population - we will only represent 5 per cent in 2050. By then you will not see a single EU country among the top world economies.
つまりヨーロッパは束にならない限り、いまの経済力は維持できないと言っている。欧州統合(European integration)という考え方の根底には「一国だけでは存在できなくなる」という認識がある。なのに今の英国ではこの種の発想自体がタブー扱いされているというわけです。英国の人口は世界の0.87%、ベルギーは0.15%、そんな国同士の意見の違いなんて、中国、インド、ブラジルから見れば殆ど何の意味もないはずなのに、です。



「コミュニティ」の意味
ジョリス・レンディクによると、イングランド人(特にメディア)が分かっていないのは、EUという機構が加盟国同士が異なった利害関係を有し摩擦を繰り返しながらも共存している「コミュニティ」であるということです。彼ら(イングランド人)はEUを「塊」(ブロック)のようなものとして考えてしまう。EUの人びとが英国に「リード」されることを望むなどと、イングランド人はマジメに考えているのか?英国以外のEU加盟国の中にだってEU嫌いはいくらでもいる。英国に特別待遇を与えた場合、それらの人間が黙っているなどと(イングランド人は)考えているのか?イングランド人に必要なのは、他者への思いやりであり、他人にも考えなければならない利害というものがあるという単純な現実である・・・にもかかわらずメディアは相変わらず「EUは間違っており、英国は正しくて素晴らしい」という見方を読者のアタマに刷り込み続けている。

ロンドンで筆者が付き合うイングランド人たちは例外なく「英国が離脱することになってあんたも残念だろう」(you must be sorry to see the UK leave)と「同情」してくれるのだそうです。しかしドイツの世論調査では3分の2が、フランスのそれでは4分の3が、英国の離脱をEUにとって「損失」(loss)であるとは考えていないのだそうです。さらに英国では筆者自身の国であるオランダが次なる離脱国であると考えられているけれど、オランダの政党の中で離脱((NEXIT)を主張している党の支持率は20%を下回っている。

というわけで、ジョリス・レンディクは次のように結んでいます。
  • 英国以外のヨーロッパの国々はいずれも、自分たちが隣人を頼りに存在していることが分かっており、そのことを受け容れている。イングランド人だけが自らに埋没して孤立を選択したのである。その孤立は「栄光ある孤立」というようなものではないだろう。
    Rather than accepting itself as a country dependent on its neighbours like the rest of us, the English got lost in themselves, and then chose isolation. It will not be splendid.
ここでいう「栄光ある孤立」(splendid isolation)は19世紀末から20世紀初頭にかけて、大英帝国が採用した非同盟政策のことを言っています。

▼自分の言っていることが正しいと思い込んでしまうという意味でのナルシズムは、個人レベルではある程度誰にでもありますよね。もちろんむささびにも・・・。問題は「あいつはオレのことをアホだと思っているに違いない、チキチョー!」という感覚(劣等感)の反動としてのナルシズム(優越意識)ですよね。小池さんの前の前の前の東京都知事(尖閣を購入した、あの人)などはその典型であると(むささびは)思っているわけです。中国人のことを支那人と呼んで喜んでいるわけですよね。なぜそうするのか?もちろん自分に不安だから。可哀そうな存在なのだけど、それが公職に就くとなると「可哀そう」で済まされるものではない。

▼英国がナルシストの国という説、当たっているとしか思えませんね。BREXITのキャンペーンの先頭に立っていたマイケル・ガブ(当時は法務大臣)は「英国はあらゆる点ですごい国であり、EUの役人たちに支配されるのはごめんだ」という趣旨の宣言をしていました。常に世界の中心であると思っていないと気が済まない。EUに加盟しているにしても「指導的な国」として加盟してあげているという態度をとってしまう。だから嫌われる(けれど自分では嫌われていることは認めない)。

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7) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

Essex girl:エセックスの女

コリンズの英語辞書で "Essex girl" というフレーズを入れると、次のような説明が出てきます。
  • A young working class woman from the Essex area, typically considered as being unintelligent, materialistic, devoid of taste, and sexually promiscuous.
    エセックス出身の若い労働者階級の女性。愚鈍で物質主義的、趣味が悪く、性的には乱れがちなタイプ
何やらさんざんですね。現在コリンズに対して、この記述を削除するように求める署名活動が行われており、約3000人が署名しているのだそうです。エセックスはロンドンの東側に隣接する郡なのですが、なぜか昔から「スマート」とか「都会的」と反対のイメージで語られる。むささびが暮らす埼玉県も「ダサイタマ」とか言われているけれど、「埼玉女」というのは聞いたことがない(よね?)。

実はエセックスの場合、"Essex girl"の前に "Essex man" というのがあったと思う。これをコリンズの英語辞書で引くと
  • A working man, typically a Londoner who has moved out to Essex, who flaunts his new-found success and status.
と出てくる。「ロンドンからエセックスへ引っ越した労働者階級の男性で、新しく手に入れた成功や社会的な地位を見せびらかす傾向がある」というわけです。むささびの理解では、"Essex man"は、サッチャリズムの産物の「成金野郎」という感じなのですよね。ロンドンでは低所得層が暮らすエリアに住んでいたのが、所得の関係で隣接する郡へ引っ越し、サッチャーさんが推進した公営住宅の売り出し政策に便乗して自分の家を持つことができた。さらに諸々の規制緩和で金儲けもできるようになった・・・。金持ちなんだけど名家ではない。かと言って組織労働者でもなく、大体において保守党支持者である、と。6月のEU離脱に関する国民投票ではBREXIT支持が多かった。

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8) むささびの鳴き声
▼BREXITとトランプ勝利には共通点もあるけれど違いもある。まず単純なことから。大統領選挙は嫌でも行われるものだったのに対して、EUをめぐる国民投票はキャメロンが発案しなければ行われることはなかった。キャメロンがこれを発案したのは、党内の反EUグループを黙らせるためだった。党内の争いを国民投票にしてしまった。キャメロンは負けっこないと思っていたし、反EUグループは勝つはずがないと思っていた。だからBREXITが勝ったのに、その中心人物たちはいずれもその結果に責任をとることなく消えてしまった。なんだこりゃ?殆どお笑いです。

▼大統領選挙におけるヒラリーの得票は5968万9819票(47.7%)、トランプは5948万9637票(47.5%)だった。単純な国民投票であったらヒラリーの辛勝だったけれど、「選挙人団(Electoral College)」という制度が採用されているのでそうはならなかった。BREXITの国民投票の場合は「離脱」が17,410,742票(51.9%)、「残留」は16,141,241票(48.1%)だった。両方ともどっちへ転んでも不思議ではなかった。トランプの場合、アメリカ人は4年後にクビにする可能性もあるのに対して、EU離脱の場合は、後戻りがきかない。そんなことを国民投票による単純な多数決で決めていいのか?

▼ギャラップの調べによると、84%のアメリカ人がトランプを「正当な大統領」(legitimate president)として認めている。つまり圧倒的多数が、好き嫌いはともかく、トランプが正当な手続きを経て選挙された大統領であると認めているということですよね。ちなみに84%というのは、2000年のブッシュ大統領のときと同じ数字なのだそうですね。「84」という数字自体は圧倒的に見えるけれど、16%がトランプを「正当でない」(illegitimate)大統領だと考えているってこと?これもすごい数字ですよね。

▼BREXITは?これも国民投票そのものは合法かつ正当なのですが、「結果=離脱=手続き開始」というのは違法だというのが高等裁判所の判断です。最高裁も同じ判断を下し、議会での審議・投票が行われた結果、EU離脱が否決された場合、メイ政権は選挙に訴えるしかないということになる。そうなると、メイの保守党は「離脱」を公約に掲げる⇒保守党が分裂する・・・ということにはならないであろうから、最終的には離脱ということにならざるを得ない。けど大混乱であることは間違いない。

▼共同通信のサイトは日本全国の地方紙にリンクが張られています。11月10日号を見たらリンクされている31紙のうち社説でトランプの勝利を取り上げなかったのは北海道新聞、千葉日報、紀伊民放、佐賀新聞の4紙だけでした。河北新報の社説は『トランプ氏当選/排外・保護主義を憂慮する』となっており、トランプの勝因は「グローバル化で職を奪われた低所得の白人男性を中心に支持を集めた」ことであり、ヒラリーの敗因は「不満・不信の対象である既存政治の象徴と見られた」ことであると言っており、他紙も似たような内容であったと思います。

▼日本の新聞の社説でいつも気になるのは、海外の話題になると各紙とも言っていることがほとんど同じであることです。これらの社説の中で、トランプ勝利という「思わぬ事態」に戸惑う側のアメリカ人の不安や怒りを語ったものがどの程度あったのか?そして何よりも、日本にはこのような「思わぬ事態」の芽はないのか?ということを語った社説はどの程度あったのか?日本の中に自分たちが置かれた苦境に人知れず怒りを募らせている人たちはいないのか?もちろんいる。沖縄があるし、メチャクチャな長時間労働を強いられる労働者もいる。ヘイト・デモ隊を見ながら心細い思いをしている「外国人」も。BREXITや大統領選挙をそのようなアングルで考えてもいいのでは?

▼最後に。報道によるとシンゾーがドナルドに会いに行きますよね。TBSの『報道特集』によると、「オバマさんより、トランプの方が気が合うかもしれない」などと(シンゾーが)考えているのだそうですね。そりゃそうでしょうね、うまくいけば日本の核武装だって可能になるんだから。でも(無駄と知りつつ)メディアの皆さまにお願いしたいのは、「トランプさんって案外いい人で、日本が好きなんですって!」という取り上げ方だけは止めて欲しいということ。

▼お元気で!あと3か月我慢すれば春ですよ!
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