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346号 2016/5/29
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
BBCのサイトで世界の天気予報というのを見ていたら、5月29日の東京は最高気温が27度、最低が19度でした。ロンドンは21度と12度だからだいぶ違う。でもアイスランドの首都、レイキャビクは最高が11度で最低が6度(!)であります。埼玉県の山奥ではついに今年もホトトギスが鳴き始めました。「トウキョウトッキョキョカキョク!」というあれです。夏が来たのですね。

目次

1)オバマと広島:謝罪より大切なこと
2)マイクロソフトの「いんちきトリック」?
3)世界を知るために「人の流れ」を知っておこう
4)国民投票の良しあし
5)中国:一人っ子が語る「一人っ子政策」
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)オバマと広島:謝罪より大切なこと


オバマ大統領の広島訪問は英国メディアでも大きく伝えられましたが、BBC、Guardian、Independentのサイトが訪問が行われた2時間後にはトップで伝えていたのとは対照的に保守派のTelegraphやDaily Mailのサイトにはちょっと見た目には全く何も出ていませんでした。それはともかく5月27日付のGuardianのサイトに同紙のコラムニストであるサイモン・ジェンキンズがエッセイを寄稿して
  • アメリカの大統領が広島の記憶に対して敬意を払うための最善の方法は、非戦闘員がなぜ爆撃されることになるのかをしっかり考察することだ。
    The best way the US president can respect the memory of Hiroshima is by examining how non-combatants ever come to be bombed
と述べています。

ジェンキンズのエッセイの書き出しは次のようになっています。
  • バラク・オバマは本日(5月27日)広島への原爆投下について「謝罪」するべきだろうか?ノーである。(謝罪しても)意味がないのだ。謝罪はまた安っぽくもある。彼が行うべきなのは、(原爆投下についての)説明であり、正当化であり、必要であれば学ぶということである。そちらの方が高くつくのだ。
    Should Barack Obama “apologise” today for America’s bombing of Hiroshima? No. There is no point. Apologies are cheap. Instead, he should explain, justify and, if need be, learn. That is more expensive.


ジェンキンンズによると、普通のアメリカ人は、原爆投下によって日本が降伏したのだからそれで充分正しかったと考えるが、原爆投下に実際にかかわったアメリカ人たちはこれまで罪悪感に悩まされ続けている。すなわち
  • あれほどの破壊力を有する爆弾である。なぜまず(日本に対する)警告として無人島にでも落とそうとしなかったのか?
    Why was such a bomb not first dropped on an uninhabited island as a warning?
  • 最初に広島に落とした後に(終戦に向けての)外交的な結果を待つことなく、第二弾を長崎に落としたのはなぜなのか?
    Why was a second bomb dropped later on Nagasaki, before the diplomatic outcome of the first could be assessed?
  • あのような殺害行為は戦争において正当化され得るものなのか?
    Could such killing ever be justified even in war?
という自問自答であるということです。


ヒロシマとナガサキの「成果」らしきものとして唯一挙げられるのはあれ以後の戦争で核兵器というものが使われたことがないということだ、とジェンキンズは言います。核兵器の使用を抑止されているのが、実は原爆のユーザー(アメリカ)であるというのが皮肉な話だというわけで、北朝鮮の核ミサイルに対する抑止行為は、実際には通常兵器によってこれを押収することしかない。核兵器は現実には使えない装備である(without real-world utility)ということです。

西側とソ連の間に存在した「恐怖のバランス」(balance of terror)が核兵器による抑止効果の例として挙げられる。あの頃、確かに「偶発」(accident)による核戦争の恐れは存在したけれど、いわゆる「冷戦」が「熱い核戦争」に発展する可能性は実際には小さかった。

大統領に就任した際にオバマは世界から核兵器を追放すると誓ったけれど、それは果たされていない。どころかアメリカ自身の核武装を常に新しいものにしつづけている。確かにいまの世界にはテロリストがスーツケースに核爆弾を入れて持ち運ぶというリスクがある。が、その危険性は実際には極めて小さく(minimal)、テロリストが採用すべき作戦としても全く意味をなさない(strategically irrelevant)。そもそも核のテロリストたちに核兵器で対抗しようなどというのはアホらしい(stupid)。


広島や長崎に対してオバマが敬意を払う最善の方法は、民間人に対して原爆を落とすという決定が如何にしてなされるものなのかをしっかりと考察する(to examine relentlessly)ことにあるのだ。そのような決定がなされる際にどのような戦略上・道義上の意味付がなされたのかをもしっかり考察されなければならない。

ジェンキンズはまた、オバマの言う「核兵器の廃絶」と化学兵器の禁止の間にはどのような違いがあるのか?を問いかけると同時にオバマがアフガニスタンやパキスタン、中東で使い続けるドローンの破壊性は核弾頭以上のものがあると批判します。もちろんドローン攻撃に抑止力はない・・・というわけで、
  • 中東において欧米が爆撃を続けることによる戦略上のダメージは、それがもたらす利益に比べれば余りにも大きすぎるのだ。オバマは広島に謝罪するのではなく、(広島への原爆投下)によって彼がどのような教訓を学んだのかを問うべきなのだ。
    The strategic damage done by continued western bombing of the Middle East is out of all proportion to its benefits. Obama should not apologise for Hiroshima. He should ask what lessons it has taught him.
というのがジェンキンズの結論です。

▼このエッセイはオバマさんが広島でのスピーチをする前に書いたものなので、特にそれには触れていない。大慌てで日本語に直したのでちょっと意味不明という部分があるかもしれないのが申し訳ないというか、歯がゆいというか・・・。でもジェンキンズの言葉の中でむささびが共感を覚えたのは "Apologies are cheap" という言葉でした。「謝罪なんて安っぽい」ということですよね。「戦闘員ではない市民の頭上に原爆を落としたことを正しいとする根拠を説明しろ」と言っている。その方が「高くつく」(expensive)と言うのですが、「謝罪よりもはるかに難しいはずだ」という意味とむささびは解釈しました。

▼オバマの広島訪問をテーマに英国で世論調査が行われたことがある。「アメリカが広島と長崎に原爆を落とす決定をしたことは正しかったか?」という質問に対しては「正しかった28%:間違っていた41%」という結果になっています。アメリカ人の場合は「正しかった45%:間違っていた25%」なのだそうです。原爆の発明がいいこと(good thing)だったか、悪いこと(bad thing)だったかという問いに対する答えは、英国人が「いいこと17%:悪いこと64%」、アメリカ人は「いいこと20%:悪いこと62%」だった。

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2)マイクロソフトの「いんちきトリック」?
5月25日付のBBCのサイトに "Microsoft U-turn on 'nasty trick' pop-up" という見出しの記事が出ています。日本語に直すと「マイクロソフト社がインチキ・ポップアップの件についてUターンした」となる。現在Windows 7やWindows 8というOS(Operating System)のパソコンを使っている人(むささびはWindows 7です)のOSを最新版であるWindows 10に無料で格上げ(アップグレード)するというサービスを説明するポップアップ(説明文)が「インチキだ」と言われていることに関連して、提供元であるマイクロソフト社が少しだけ態度を改めたというわけです。


問題のポップアップは上のようなものです。小さくて分かりにくいかもしれないけれど、最初に大きなフォントで
  • Windows 10 is a Recommended Upgrade for this PC
と書いてある。意味としては「あなたのPCのためにWindows 10へのアップグレードを推奨します」ということですが、問題は "Recommended Upgrade" という表現なのですね。「推奨」(recommendation)というのは、この場合に限って言うと「あなたがイヤと言わない限り、こちらの言うとおりにやりますから、そのおつもりで・・・」という意味のようなのです。つまりほとんど「強制的アップグレード」であるわけです。

そしてその下に大きな文字で、アップグレードする日時が大きなフォントで表示されており、さらにその下には小さなフォントで「アップグレードの日時を変えたい場合や表示されている日時をキャンセルしたい場合はここをクリックしてください」という趣旨のメッセージが出ている。さらにその下には細かい文字でいろいろ書いてあり、その中には「アップグレードは無料であり、31日以内に言ってくれれば、もとのOSに戻すこともできます」という趣旨のメッセージが入っている。それらの下に "Upgrade now"(今すぐアップグレード)というのと "OK"(上に書いてあるとおりのスケジュールでアップグレードしてください)のどちらかをクリックするようになっている。

このようなポップアップがスクリーンに出た場合、あなたならどうします?むささびの場合は、右上にある[X]を押します。つまりWindows 10へのアップグレードなどには興味がないのでポップアップそのものを消そうとするわけです。ところがこのポップアップに関する限り[X]を押すと、そのままアップグレードが進められてしまうというシステムになっている。つまり「アップグレードはしたくありません」というメッセージを伝えるためのボタンがどこにもないということです。PC Worldという専門誌の編集長によると、「このやり方は "nasty trick"(インチキ)以外の何ものでもない」と言っている。

で、マイクロソフトがどのようにUターンしようとしているのか?そのあたりになると、5月25日の時点では極めて曖昧で「アップグレードをキャンセルするための追加的な機会を提供できるようにしたい」(an additional opportunity for cancelling the upgrade)とコメントしているのだそうです。

▼BBCのこの記事を紹介する気になったのは、最近、むささびの近くで、頼みもしないのに勝手にアップグレードするマイクロソフトのやり方によって損害を受けたケースがあったからです。ネットを調べてみると日本のみならず英国でもかなりのユーザーがこれを問題視していたのですね。3月半ばのGuardianのサイトなどにも「論文を書いていたら急にアップグレードが始まってボツにせざるを得なかった」とか「大事なメールを打っている最中に台所へ行ってお茶を飲んで帰ってきたらアップグレードが始まっていて、止めることができなかった」というような苦情が寄せられていました。同紙によると、ツイッターを始めとするソシアルメディアの世界では問題になっていたのだそうですね。

▼むささびの友人の専門家によると、Windows 10への無料アップグレード・サービスは7月29日で終わるのだそうで、それが過ぎると有料(ユーザーの選択)になるので「強制的」ではなくなる、それまでの辛抱だ」とのことであります。さらにWindows 7は2020年1月、Windows 8は2023年1月にサポート終了の予定だとのこと。つまり今年の7月29日さえ乗り切れば3年以上Windows 7を使い続けることができるということです。ガンバロウ!

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3)世界を知るために「人の流れ」を知っておこう


アメリカの社会問題関する調査・研究を行う機関であるピュー・リサーチ(Pew Research)の5月17日付のサイトに世界の人の流れについての非常に興味深い数字が出ています。人が自分が生まれ育った国を離れて外国へ住みに行くことをemigrate(名詞はemigration)といい、反対に外国生まれの人が入ってくることをimmigrate (名詞はimmigration)と言います。それから外国から入ってくる「移民」はimmigrantで、外国へ出ていく人はemigrantなのですが、最近の新聞記事などを見ていると、"migrants" という言葉が「移住者」という意味で一般的に使われているようです。

ピュー・リサーチが紹介しているのは、国連の人口調査部門が集めたデータを図式化しているものです。国連の定義によると「移民」(migrant)とは
  • 自分が生まれた国以外の国に1年以上住んでいる人
    someone who has been living for one year or longer in a country other than the one in which he or she was born.
となっているので、留学生や企業の海外勤務なども「移民」に入るケースもある。ピュー・リサーチの情報では世界中の国がカバーされているのですが、とりあえず日・英・米・中・韓の5か国を比較してみます(数字は2015年)。まずは自分が生まれた国とは違う国で暮らしている人の数から。


日本以外の国で暮らす日本生まれの人たちの数が極端に少ないと思いません?たったの80万人ですよ!そこへいくと中国人はすごい!ほとんど1000万人です。海外で暮らす英国人が多いのは、EU加盟国であるということもあるけれど、カナダ、オーストラリアなどの英連邦の国に暮らしている人が多いということです。アメリカ人は案外少ないのですよね。


ではその国で暮らす外国生まれの割合はどうか?割合(%)で表されてもピンとこないかもしれないけれど、日本の「1.6%」というのは100人に二人弱が外国生まれという意味です。実際の数は人口が1億2700万で、外国生まれは204万人です。ここでも極端なのが中国ですね。総人口13億8000万のうち「外国生まれ」は(信じられないでしょうが)0.07%の98万人です。1万人中のたった7人!特筆ものは英国でしょう。人口6500万の国に854万の外国生まれが暮らしているのです。英国人の場合、外国へ移住する人も多いけれど、英国へやってくる外国人も多いということです。正に国際的な国なのであります。アメリカの数字(人口3億2000万人:外国生まれ4663万人)もさすがではある。


信じられないほど少ない中国の「外国生まれ」ですが、トップ3はというと、香港生まれ(27万人)、韓国生まれ(19万人)、ブラジル人(7万人)です。北朝鮮生まれというのは「1000人以下」(<1000)の部類に入っている。日本生まれや英国生まれの「1万人以下」(<10,000)よりはるかに少ないのですね。あと・・・ブラジル人が多いというのは何なんですかね?また日本における「外国生まれ」(約200万人)のトップは中国人で65万、2位が韓国で52万、3位はフィリピン(21万人)です。アメリカ生まれは5万、英国生まれは1万などとなっております。


英国で暮らす外国人で多いのはやはりインド系やパキスタン系なのですが、ポーランド生まれやドイツ生まれというのは、英国がECに加盟(1973年)してからのことだから植民地とは関係がない。また英国で暮らす中国系は18万人、日系人は4万人。案外日本生まれが多いのですね。

▼日本で生まれて外国で暮らす日本人が80万人で、中国人が955万、韓国人が235万人というのでは、いわゆる「国際社会」における影響力というか存在感では、石原慎太郎が何を言ったって日本は勝てっこないよね!ちなみにドイツは405万人、フランスは215万人というわけで、日本は極端に少ないんですな。その割にはトヨタとかパナソニックとかの企業の存在感はあるんですね。ついでに「スシ」と「ツナミ」も。それから中国における「外国生まれ」が極端に少ないけれど、この国の場合は(例えば)チベット民族とかウイグル族のような人たちは、地理的には中国生まれの自分たちのことを、どの程度「中国人」であると感じているのか?

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4)国民投票の良しあし

英国がEUから離脱するのか残るのかを決める国民投票(6月23日)がだんだん迫ってきます。YouGovという世論調査機関の5月16日~17日に行った世論調査では「残留」がわずかにリードしています。この調査の結果でむささびが面白いと思ったのは、わずかな数とはいえ「投票しない」(Would not vote)という声もあるということです。つまり国民投票そのものに参加しないということです。


この調査に影響されたわけではもちろんないけれど、5月21日付のThe Economistが「国民投票狂い」(The referendum craze)という見出しの社説を掲載しています。主張を一言でいうと
  • 大きな政治的な問題を直接有権者の判断にゆだねることが「より民主的」とは言えないし、大体において結果は芳しくないものだ。
    Putting big political issues directly to the voters is not more democratic, and usually gets worse result.
となる。つまり何でもかんでも国民投票をやればいいってもんじゃない、ということですよね。

The Economistの社説によると、最近のヨーロッパはまさに「国民投票狂い」と言っていいくらい国民投票が多い。40年前の1970年代の3倍だそうです。英国がEU離脱をめぐって国民投票をする一方で、オランダの有権者はEUとウクライナの間で締結されようとしている「友好協力条約」(Association Agreement)についての国民投票を行なって、これに反対する意思を表明している。同じオランダで、アメリカとEUの間で結ばれようとしているヨーロッパ版のTTPの是非を問う国民投票が計画されているし、イタリアでは憲法改正をめぐって、ハンガリーではEUが進めようとしている難民シェア計画についての投票が行われると言った具合です。

国民投票は、ある政策に国民の意思が直接反映されるシステムですよね。政治に対する国民の参加意識の高まりという点では究極の民主主義ともいえる。The Economistによると、最近のヨーロッパでは「直接民主主義」の数が増えているのに、それぞれの国民の政治に対する幻滅や怒りが高まってさえいるようにも見える。例えば2014年に行われたスコットランドの独立を問う国民投票は「現状維持」を望む声が大きかったという結果になったわけですが、その一方で独立の先頭に立つスコットランド民族党(SNP)の党員数は、あれ以来4倍も伸びている。いつまた独立をめぐる対立が息を吹き返すか分かったものではない。
  • 国民投票というのは結果として善し悪しが微妙なものであると言える。争点がローカルなもので、しかも黒白がはっきりしているような場合は無関心層の政治参加をもたらす可能性はある。稀にとはいえ、ある国が大きな連合体のようなものに参加するかしないかのような争点の場合、国民投票がこれを解決するということもある。が、大体の場合、直接投票は政治の劣化や政策の劣化をもたらすケースの方が多いのだ。
    Referendums, it turns out, are a tricky instrument. They can bring the alienated back into politics, especially where the issues being voted on are local and clear. On rare occasions they can settle once-in-a-generation national questions, such as whether a country should be part of a larger union. But, much of the time, plebiscites lead to bad politics and bad policy.
国民投票が特にまずいのは、争点そのものについて投票する国民がよく分かっていないとか、自国の政府の力が及ばないようなものである場合である、としてThe Economistは昨年7月にギリシャで行われた国民投票をその例に挙げている。あのときチプラス政権は、欧州委員会、欧州中央銀行、国際通貨基金から成る国際債権団が提示した「緊縮財政策」を受け入れるべきかどうかを争点に国民投票を行ない、結果は「反対61%:賛成39%」で緊縮財政策拒否ということになった。しかしこの国民投票は、「ギリシャがユーロ圏に残ること」を前提にしていた。その後ユーロ圏の首脳会談が開かれてギリシャが「財政改革の具体策」を法制化することを条件に支援継続が決まった。そのためにギリシャ議会が成立させた財政改革関連法は、事実上の緊縮財政策を盛り込んだものだった。つまり結局は国民投票で拒否されたものが成立してしまった、と。その結果、ギリシャ国民の間で政治に対するシニシズムのようなものがさらに高まってしまった。これなどは、他国の干渉を受けた政策に対する直接投票がうまく行かないことの好例である、とThe Economistは言っている。

似たような例はほかにもある。オランダ国民が拒否したはずの「EU・ウクライナ友好協力条約」ですが、オランダ以外のEU加盟国の国民がオランダ国民と同じ態度をとるという保障などどこにもない。スイス人は国民投票が大好きですが、EUからの移民を制限するための国民投票を計画している。ただ移民制限に賛成する意見が勝ったとしても、それを実施するためにはスイスとEUの間で結ばれている貿易協定を変更する必要が出てくる。それはEUはやりっこない(とThe Economistは言っている)。

国民投票というものは、一つの争点をめぐって行われるわけですが、「結果」を政策として実施することに伴う交渉や妥協は投票の時点では話題にならない。で、いざこれを実施しようとするとなかなか難しく、結果として政府が無能に見え、政治的なシニシズムがさらに高まる・・・。The Economistによると、アメリカのカリフォルニア州は州民投票の多いところらしいのですが、ときとして「公共投資の増大と減税」のような両立不可能な結果がもたらされることもある。さらに国民投票を自分たちの政治目的に利用しようとするグループも出てくる。大した投票率でもないのに成立したりするケースだってある。いわば「少数独裁」(tyranny of the few)の危険性です。これを防ぐためには投票率の最低ラインを決めておくことなども必要になる(イタリアの場合は投票率50%が要求される)。

ただ、The Economistの主張によると、そもそも直接投票(plebiscite)による「民主主義」は、いわゆる代表制民主主義よりも劣っているということを分かっておく必要がある。18世紀のアメリカの政治家であるジェームズ・マディソンは「国民の直接投票で法律を作ろうとすると、それぞれの派閥行動によって民主主義そのものがメチャクチャにされてしまう」と書いている。つまり「民主主義国家の創設者たちが議会というものを作ったのには理由があったのだ」(founders of democratic states created parliaments for a reason)とのことです。そして
  • 最近の直接投票の流行現象は、インターネット時代初期のころに支配的だった楽観主義と相通ずるものがある。あの頃は、コミュニケーション(の手段)が増えれば増えるほど、より良い民主主義が実現する、と誰もが信じていた。が、ソシアル・メディアや抑圧的な政府が雇った宣伝屋が醸し出す騒音だらけ現象によって、その幻想は打ち砕かれてしまった。国民投票というものは疑ってかかった方がいい。そんなものは少なければ少ないほどいいのだ。
    Today’s fashion for plebiscites has similarities to the optimism of the early internet age, when everyone thought that more communication meant better democracy. Social-media echo chambers and armies of trolls hired by repressive governments have cured that illusion. More scepticism is warranted about referendums, too. Fewer would be better.
▼本文中にも出てきますが、スイスは国民投票が大好きな国なんですね。ネット情報を調べたら次のような例が出ていました。
  • 1989年:スイスを軍隊のない国にする:否決
  • 1993年:8月1日を「仕事しない日」とする:可決
  • 2003年:車の運転を禁止する日曜日を作る:否決
  • 2008年:観光地の上空で戦闘機の飛行を禁止:否決
  • 2009年:イスラム教寺院の光塔の建設を禁止:可決
  • 2012年:景観を破壊する別荘(セカンドホーム)の建設禁止:未決
▼やたらと「否決」が多いんですねぇ。2003年のクルマ禁止というのは、道路上を運転することを一切合財禁止しようというのだから、それは無理ってもんだ。2009年のイスラム教寺院に関する規制ですが、スイスにはイスラム教徒が40万人もいるんです。人口が800万の国に40万というのは少なくない。なのに光塔(モスクの屋根の上に建てられている塔)の建設を禁止が通ってしまうんですね。キリスト教会でいう十字架みたいなものなのでは?

▼ニュージーランドでは国旗のデザイン変更に関する国民投票があったけれど「56.73%対43.27%」で現状維持ということになった。またアイルランドで昨年5月に行われた同性結婚を合法化するか否かの国民投票では、Yesが62.1%、Noが37.9%ということでこれが認められた。同性婚といえば、2015年2月にスロバキアで、これを禁止するための国民投票が保守派の人びとによって行なわれたけれど、投票率が20%ちょっとというわけで、国民投票そのものが成立しなかった。

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5)中国:一人っ子が語る「一人っ子政策」
 

中国が「一人っ子政策」を昨年(2015年)で止めましたよね。1980年に始まったのだから35年間続いたことになる。その政策について、5月19日付の書評誌London Review of Books (LRB)に『小さな皇帝たち』(Little Emperors)というエッセイが載っています。書いたのは中国人のSheng Yunという女性で、上海社会科学院(Shanghai Academy of Social Sciences)の助教授をしている。興味深いのは彼女自身が1980年の生まれであること。正に一人っ子政策と共に育って、現在36才ということになる。

このエッセイはこの世代の中国女性の眼から見た一人っ子政策を語るものです。欧米のメディアでは一人っ子政策というと、もっぱら「人権蹂躙」というアングルからしか語られることがない(とむささびには思える)けれど、中国人、特に女性にとってこの政策は何を意味したのか?中国指導部がこのような政策に踏み切った背景は何であったのか?非常に長いエッセイなので、ポイントを絞って、彼女自身の言葉(一人称)で紹介します。それでもかなり長くならざるを得ないかもしれない。

1.夢」を託される重荷 2.「天安門」がすべてを変えた 3.一人っ子時代の親子関係
4.上山下郷運動は何だったのか 5. 強制労働収容所の悲惨 6.一人っ子政策は悪かったのか
7.「子供なし」が増えている 8.とにかく人口が多すぎる

「夢」を託される重荷
私は1980年生まれ。その年に中国の一人っ子政策(one-child policy)が始まった。だから私には兄弟姉妹がいないし、私と同じ年の友人たちも同じことだ。私が一人っ子であることを知ると欧米の人たちの反応は二つに分かれる。一つは「さぞや甘やかされて育ったに違いない」という顔をする人たちであり、もう一つは反対に「さぞや寂しかったでしょうね」と同情的な表情をする。中国では私のような一人っ子世代のことを「小さな皇帝たち」(little emperors)と呼び、両親や祖父母たちに囲まれてぬくぬくと育つ可愛い子供たちというイメージで語られる。私たちは確かに甘やかされて育ったという面もあるけれど、親たちにしてみれば人生における唯一の希望ともいえる存在であり、そのことが私たちにとっては大変な重荷になることもあったのだ。

彼女の場合、常に親から言われたのは「あんたの仕事は勉強すること」だったのだそうです。つまり家事を手伝いたいと言ってもやらせてもらえなかった。また彼女の親は大学に行くことができなかったので、その夢を一人娘に託するという側面があった。これが彼女にしてみれば重荷であったということです。

 「天安門」がすべてを変えた

彼女が10代になる直前の1989年6月4日に起こった天安門事件が、それまでの中国のすべてを変えてしまった(Tiananmen and 4 June changed everything)とSheng Yunは書いている。彼女より二世代前の1960年代生まれの人たちは「開放政策」の大いなる理想に燃えた人たちで、彼女が10代になる1990年代には60年代世代が政府・大学・官僚機構などあらゆる分野において中心的な存在となっていた。

 あの事件以降、60年代世代は政治を変えるのではなく、富の蓄積(wealth creation)に力を入れることになる。天安門事件による「希望の灰燼」(ashes of their hopes)の中から出てきたのは、抜け目のないビジネス・エリートたちだった。天安門事件後に外国企業による対中投資が盛んに行われるようになり、「60年代の子供たち」は二桁の経済成長に浴するようになる。そして株価や不動産価格のとてつもない上昇が起こったけれど、その頃の中国にはいわゆるベンチャー・キャピタリズムを規制するような法律もなく、初めて「薄汚い金持ち」(filthy rich)の登場を目の当たりにすることになる。

私のような80年代生まれが就職するころには事態は決して好ましい状態ではなかった。例えば家賃。上海のような大都会におけるワンルーム・アパートを借りようとすると最低5000人民元(約8万5000円)を覚悟しなければならないし、「フランス租界」地区ではその倍の家賃が普通だった。住宅を購入しようとすると、一生ローン返済に追われることになる。そういう状態だから80年代ベビーの私たちの多くが親との同居生活を送っており、ブーメラン・キッズ(出戻りキッズ)などと呼ばれたりしているのだ。「小さな皇帝たち」は家に引きこもるようになる。欧米社会でいう「ニート」に近い状態だ。

その頃に中国で有名になった話として上海のある金持ちのことがある。フランス租界という高級住宅街に持っていた自分の別荘を売った30万元((約3万ポンド)を持ってイタリアに渡ったのが1984年。30年間に及ぶ苦しいイタリア暮らしの末に100万ユーロを貯めて上海に戻ってきたところ、自分が30万元で売った家に今では1億3000万元の値がついていた。いまの上海のすさまじい不動産ブームを象徴していると彼女は言っている。「パナマ文書なんて可愛いもんだ」というわけです。

一人っ子時代の親子関係

ところで一人っ子政策の初期の時代に育った彼女の親たちは何を考えていたのか?彼女のエッセイを読んでいると、日本どころではない、深すぎる(かもしれない)親子の絆の様子が伺えます。

私と同じ、80年代生まれの一人っ子の友人の話をしよう。彼女は両親を上海に残してロンドンで暮らしていた。いい仕事にも恵まれたけれど、結局上海に戻らざるを得なかった。両親を放ってはおけないということだった。とにかく上海の親に電話するたびに涙声で帰ってくるように懇願されるのだった。「私たちが死ぬときにお前がここにいなかったら、どうなるんだ」(What if you are not around when we die?)というわけで、電話のたびに友人は自分の親たちに「心臓麻痺になるかも」と脅かされていた。

一人っ子政策の親たちの特徴の一つに、子供の伴侶にやたらと厳しい評価をするということがある。誰と一緒になっても良くない(not good enough)というわけだ。

私の友人にWという男性がいた。彼はゲイだったので、なかなか結婚相手が見つからなかった。そこで彼が考え出したのは同性愛者の女性と結婚するというアイデアだった。相手の彼女もまた両親から「結婚しろ」と迫られていた。いわば似た者同士であったけれど、結婚には至らなかった。Wの母親がその女性を見たとたんに「私の孫を産むにしては容貌が醜い」(She isn’t pretty enough to bear my grandson!)と宣言してしまったのだ。彼は自分の性的な「傾向」について説明する長い長い手紙を両親に宛てて書いた。が、それを送付することができなかった。彼が私に語ったところによると、そのような手紙を読んだら母親はWを殺すか、自殺するかのどちらかだろうとのことだった。

「上山下郷運動」とは何だったのか?

ところで1980年は一人っ子政策が始まった年であると同時に、1960年代半ばから続けられていた「上山下郷運動」が終わりを告げた年でもある。この運動は文化大革命期の中国で毛沢東の指導によって行われたもので、都市部の青年を地方の農村地帯に送り込み、農作業という肉体労働を通じて思想改造を図り、社会主義国家建設に協力させることを目的とした思想政策として進められた・・・とされている。Sheng Yunは「上山下郷運動」の実態に触れながら、このようなものがない時代に生まれて良かったと述懐しています。

私の母親の場合、16才のときに上海を離れて農村に送られた。中学もまともに終えていない少女が、見知らぬ土地とよく分からない未来のために上海を離れるように命令されたのである。しかし彼女は颯爽として出かけたのだそうだ。自分には、ブルジョワの家庭を後にして革命の先頭に立つだけの力があることを見せつけたかったのである。それは上山下郷運動(Down to the Countryside movement)と呼ばれ、余りにも急速に増える(都市部の)人口抑制のためには止むを得ない政策でもあった。都会では乱暴狼藉を働く紅衛兵たちが明らかに手におえないものとなっていたし、町は失業した若者たちでいっぱいという状況であったのだ。この上山下郷運動については、田舎へ送られる若者たちにまつわる悲しみを訴える詩や小説として語られることになるけれど、本当にみんなが悲しかったのかどうかは分からない。少なくとも私の母親はそうではなかったようである。が、いずれにしても一つの世代の子供たちから教育を受ける権利をはく奪した実験であったことは間違いない。

Sheng Yunの母親は6~7年ほど、父は2年間、上山下郷運動に参加して農村で過ごしたのだそうで、夕飯を食べながらその時の思い出話をしてくれた。が、Sheng Yunはミッシェル・ボニン(Michel Bonnin)というフランス人が上山下郷運動について書いた『失われた世代』(Lost Generation)という本を読んだばかりだったので、両親に対して「あなたたちが農村に派遣されたのは、都会の人口が多すぎたからであり、町には職がなかったからなのよ」と言ってみた。彼女によると、それを聞いたときの両親のショックと傷心の表情は未だに忘れることができないと言います。母親は如何に農民たちが自分らに親切であったかを語り、「重労働などなかったし、食べ物もよかったわ」と反論した。また父親はというと「毛主席のおかげで上海美人を妻に持つことが出来たのさ」と笑っているだけだった。

このエッセイではSheng Yunの両親の年齢が書いていないけれど、一人っ子である彼女が1980年に生まれたのだから、両親はおそらく1950年代の生まれだったのでしょう。その世代にとって1990年からこれまでの時代は決して楽しいものではなかった。世の中の主役は、優れた教育を受けることが出来た1960年代生まれの世代だった。彼女の両親の世代は、教育がないということで、女性の場合は40~45才で、男性の場合は45~50才で仕事を辞めて若い世代に譲ることが強制されたのだそうです。彼らはデジタル文化には全くついていけない世代であり、「上山下郷運動」のような、国家による社会実験の犠牲となった世代でもあった。その意味では彼女の両親たちは現代の中国における「失われた世代」(lost generation)であったともいえるわけです。

強制労働収容所の悲惨

ただ、その両親たちでさえも彼らの親の世代に比べれば恵まれた世代であるとはいえるかもしれない、というわけでSheng Yunは自分の祖父が味わった時代について語ります。

私の母方の祖父は文芸評論家であり俳優でもあった。1930年代、40年代には共産党員として地下に潜伏して活動していた。孫文率いる国民党の腐敗を眼にして毛沢東こそが中国人民にとっての救世主であると確信したのだそうである。1954年、胡風という有名な詩人が30万語から成る手紙を中国共産党の中央委員会に送りつけて中国の作家たちが直面する困難について訴えた。が、毛沢東はこれを読んでインテリによる国家への反逆と解釈、これにかかわった作家たちを追放するなど、2000人以上が罰を受けることになる。「胡風の反革命一派」と名指しされた者もおり、私の祖父もその一人だった。彼らは人里から遠く離れたところにある強制労働収容所に送られた。祖父は胡風という人物とは数回しか顔を合わせたことがなく、とても親しい間柄などとは呼べないものではあったが、彼を尊敬していたことは本当のようであった。

一人っ子政策は悪かったのか?

この祖父は25年間の収容所生活ののち、1979年に鄧小平による恩赦によって解放され故郷へ帰ってきたのですが、心身ともにずたずたの状態で、祖母によると自分の家に帰ってきてからも夜はしょっちゅう収容所の悪夢にうなされていたのだそうです。そして帰郷してからも収容所生活の話をすることを非常に嫌がった。それほど苦しかったということのようです。この祖父が体験した苦しみに比べれば「一人っ子」など何でもない、とSheng Yunは書いています。

本当のこと言って、一人っ子政策には悪くない点(benign aspects)もあったのだと思う。特に女性にとっては、である。中国社会ではもともと女性というものは家事をするか子供を産むかという存在でしかなかった。学校へは行かず「女はなまじ能力などない方がいい」(a woman without talent is virtuous)ということが当たり前の世界であったし、女性もまたそのように教えられていた。女がやるべきなのは、掃除と農作業と(そして何と言っても)男の子を産むこと、読み書きの能力など全く必要がないとされてきた。男子と一緒に夕食のテーブルにつくことさえ許されなかったのだ。いまでも農村部では、家の財産はすべて男子につぎ込まれるのが当たり前になっている。このような伝統が支配する中で「一人っ子政策」を実施するとどうなるだろうか?親は生まれてくる子供の性別など支配するわけにいかないのだから、女子が生まれたとしても自分の子供として扱うしかない。その意味では「男女平等」である。さらに女の子だと家系が終わるというバカバカしいこともなくなった。

「子供なし」が増えている

欧米では「一人っ子政策」というと、「強制堕胎」、「女嬰児殺し」、「女子誕生の不登録」という具合に芳しからぬイメージで語られがちである。確かにそれらの現象は深刻ではある。しかし実際のところ、それらは「一人っ子政策」の結果というよりも中国社会がもともと持っていた「父権社会」(patriarchy)的な性格に由来するものなのだ、とSheng Yunは書いている。つまりこれらの男尊女卑的な傾向は、男中心主義が一人っ子政策によってお墨付きをもらったようなものだったのだというわけです。

一人っ子政策は結果として女子大生の数を増やした。以前は大学生といえば男に決まっていたのに、である。おそらくこれからあらゆる分野で女性が責任ある地位につくことになるだろう。最近では教育を受けた独身キャリア女性のことを「売れ残り女」(leftover lady)などと呼ぶことが多く、独身女性は人生に失敗した存在のように見なす傾向は未だに存在している。が、それでも徐々にとはいえ、彼女らの生き方を尊重しようとする親もまた増えてきているのである。

一人っ子政策はまた女性を家事と子育ての負担から解放する結果となった。中国の女性はインドの女性よりも働きに出るケースが多い。また出産後に仕事を辞める女性も少ない。一人っ子政策は昨年(2015年)廃止されて「二人っ子政策」(two-child policy)にとって代わられたのであるが、大都市の女性の間ではそのことはさしたる話題にはならなかった。大都会ではDINKS(dual income, no kids:共稼ぎ・子供なし)というライフスタイルがごく当たり前になっているのである。

とにかく人口が多すぎる

つまり一人っ子政策が廃止されるころの大都市では、「子供なし」夫婦が増えていたのだから、「一人っ子政策」そのものが、どうでもいい(irrelevant)ものになっていたということです。Sheng Yunによれば、一人っ子政策が実施されていたときでさえも、最初の子供が女子であった場合は、もう一度だけ子供を作ることは許されていた。つまり実際には「一人っ子」ではなくて「一人半っ子政策」(1.5 child policy)であったのだそうです。

一人っ子政策にまつわる様々な悲劇や人権侵害があったことは事実ではあるが、中国の人口そのものが大きすぎるということも事実であろう。1980年から今までの「一人っ子政策の35年間」で中国の人口は10億から14億にまで増えてしまっているのだ。そして平均寿命もまた上昇している。夫婦に子供の数を押し付ける一人っ子政策など必要がなかったという意見もある。社会学者のWang Fengの主張によると、人口増加をある程度規制しない限り、いずれは高齢化社会が訪れ、中国経済は衰退するという。また中国はいずれは人件費の高騰によって競争力を失うことになると予測する人もいる。私は経済学者や経済ジャーナリストではないけれど、中国が永遠に世界の工場として世界市場に製品を提供し続けることによって、自分たちの環境破壊を行っていることが賢明だと言えるのか?という疑問は持っている。

1980年生まれのSheng Yunは、どのみち中国の人口は大きすぎると考えているようです。今年の初めに中国の国有化学製品メーカーのケムチャイナ(ChemChina)がスイスの農薬メーカーであるシンジェンタを422億ドル(約5兆円)で買収した。これは中国企業による外国企業の買収としては最大のビジネスだったのだから、国内でももっと話題になっても良さそうなものだったのに、中国国内のメディアでは殆ど報道されることがなかった。つまり中国指導部がこの買収劇の意味するところについて国民に知ってほしくないということだったのだろう、とSheng Yunは想像しています。すなわち「中国はいずれは外国の助けなしに自国民の腹を満たすことが出来なくなるということである」(China may not be able to feed its population for much longer without external help.)というわけです。やたらと長いSheng Yunのエッセイは次の文章で終わっています。

The Economist誌の指摘によると、中国の人口が現在のペースで増え続けるならば、地球上に存在する豚肉の半分は中国人に食されてしまうことになるのだそうだ。2008年、粉ミルクには高いレベルのメラミンが含まれていることが発見されたことがある。その途端に中国人の母親たちが香港に押しかけて粉ミルクを買い占めてしまい、香港の母親たちには何も残らなかったということもあった。このエピソードは、これから中国の人口が20億や30億にまで膨れ上がると地球の資源に何が起こるかを示唆していると言えはしないか?

このエッセイは今年初めに出版された一人っ子政策を話題にした下記の2冊の書籍に対する書評を意図して書かれているのですが、これらの本についてはあまり触れられていない。
"One Child" という本の著者であるMei Fongという人は、ウォール・ストリート・ジャーナルなどでも活躍する中国系のジャーナリストなのですが、彼女によると一人っ子政策が、「ある部分の中国女性にとっては悪くないものであったかもしれないが、中国の隣国(ベトナム、カンボジア、ミャンマー、北朝鮮)の女性にとっては有難くない(detrimental)政策であった」とされている。これらの国々では女性の人身売買や誘拐が増えているのだそうですが、それは中国の男性に供される女性たちである、と。今の中国では男性人口が女性のそれより3400万人も多いとされている。この不均衡が故に女性を商品扱いするような商売が流行っており、セックス人形が売れに売れている・・・とFongは指摘している(とSheng Yunは伝えています)。

▼このエッセイを読んでいると、中国という国の諸悪の根源は「男性中心主義」にあるというのが筆者の主張のように思える。男性人口が女性のそれを上回ることが原因でセックス人形を購入したり、隣国から人身売買された隣国の女性を嫁にもらうような男性が出てくるというわけですが、ひょっとすると中国の農村部で暮らす男たちにとっては一人っ子政策のおかげで強くなってしまったSheng Yunのような上海育ちはとても付き合っていられない存在かもしれない(というのはむささびの勝手な想像でございます)。

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6) どうでも英和辞書
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grim-face:しかめっ面


"grim-face" というのをOxford Dictionaryで調べたら "a very serious or gloomy expression" という意味であると出ていました。「大マジメもしくは憂鬱げな表情」ということですよね。「しかめっ面」というのはむささびの訳です。要するに「にこやか」の正反対の表情です。

で、前号の「むささび」で、ルパート・ウィングフィールド=ヘイズというBBCの東京特派員が、昨年の原爆投下について、アメリカにとっては厳しいニュアンスの記事を書いてこれが「訂正」(update)されたというハナシを紹介しました。その中でこの記者の最近の「勲章」として北朝鮮での取材をしていて国外追放の憂き目にあってしまったことも書きました。5月20日付のBBCのサイトでウィングフィールド=ヘイズ記者が、北朝鮮で10時間にわたって拘留・尋問されたときのことを詳しく書いているのですが、そもそもなぜ彼が北朝鮮の警察に捕まるような羽目に陥ってしまったのか?彼の書いた記事が北朝鮮人民を侮辱するものであったから。どう侮辱的だったのか?警察が問題にしたのは彼が書いた記事の次の部分だった。
  • The grim-faced customs officer is wearing one of those slightly ridiculous oversized military caps that they were so fond of in the Soviet Union.
    しかめっ面をした入国管理官はちょっと不恰好な見てくれの大きめの軍隊帽をかぶっていた。ソ連で好まれていたあの帽子である。

これは記者が平壌空港へ到着、入国審査を受けている様子を文章にしたものです。警察で開口一番言われたのが「キミは朝鮮人民が醜いと考えているのか?(Do you think Korean people are ugly?)」ということだった。彼の答えはもちろん「ノー」であったのですが、 "grim-faced" という英語を先方は「醜い」(ugly)を意味すると信じており、北朝鮮人民に対して無礼だというわけです。で、次のような押し問答に・・・。
  • 記者:It doesn't mean what you think it means.(それはあなた方が考えているような意味ではありませんよ)
  • 尋問官:I have studied English literature. Do you think I do not understand what these expressions mean?(私は英文学を学んだことがある。キミはこれらの表現が何を意味するか、私には分からないと思っているのかね?
そんなこんなでウィングフィールド=ヘイズ記者は10時間にわたって拘留され、謝罪文を提出してようやく解放されたのだそうです。
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7) むささびの鳴き声
▼オバマさんが広島を訪問するにあたって「謝罪をするのかしないのか」ということがメディアの間でかなり話題になっていましたよね。むささびとしては、これまでに伝えられたアメリカの「世論」からしても、現職の大統領が「謝罪」などするわけがないと思っていたので、事前のあの騒ぎを妙な気持ちで見ていました。

▼で、当日の演説です。白状すると、むささびはオバマ演説を生で聴いてはいませんでした。ただその日のラジオのニュースなどで「思ったより長かったけれど、何だかよく分からなかった」という感想を述べる人が多かったことを知って、演説原稿をまず英文で読んでみました。その結果、「いい演説だったんだなぁ」という感じがしました。でも、それはむささびがあの演説を文字で読んだからであって、あの演説を耳で聴いたとしても同じように思ったかどうか・・・。例えば出だしの部分は次のようになっている。
  • Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed.
    71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました。
▼上の日本語訳は毎日新聞に出ていたものですが、他紙に出ていたものも似たようなものでした。空から死が降ってきて世界が変わった・・・?文字で読むと何やら分かったような気にはなるけれど、これを耳で聴いてピンとくる人っているだろうか?オバマさんの演説は、核兵器も含めた科学技術の発展にまつわる人間の偉大さと危うさをじっくり説明しており、むささびにはとても立派な内容であると思えたわけです。しかし会場にいた人たちはこれを同時通訳を通して聴いたのですよね。だとすると、どちらかというと哲学的なこの内容について「何だかよく分からなかった」となるのは当たり前かもしれない。

▼ところでこの演説原稿を自分の遊びのために使うのは失礼かもしれないと、多少ビビりながら書くのですが、英文のオリジナルと新聞社のサイトに出ていた和訳を比較すると結構面白いですね。例えば上に書いた "Seventy-one years ago..." のあとには次のような文章が続きます。
  • A flash of light and a wall of fire destroyed a city...
▼この部分、各社の和訳はどうなっているのか?特に興味があるのはアンダーラインを引いた "a city" の部分です。
  • 毎日新聞:閃光(せんこう)と炎の壁がこの街を破壊し
  • 朝日新聞:閃光(せんこう)と炎の壁が都市を破壊し
  • 読売新聞:閃光(せんこう)と火の塊がを破壊し
  • 産経新聞:閃光(せんこう)と火柱が都市を破壊し
  • NHK:せん光が広がり、火の海がこの町を破壊しました。
▼"a city"を「この街」「この町」と訳したのは毎日とNHKだった。「街」と「町」の違いはここでは触れないことにして、毎日とNHKだけが「この」という言葉を使っている。「ある街(町)」ではないのですね。他紙は「この」も「ある」も付けていない。むささびが翻訳を頼まれたら"a city"はおそらく「ある街」か「一つの町」とするでしょうね。その方が柔らかな気がするし、「ある街」と言いながら実は「広島」と特定しているのがにくいと思う。いちばんまずいのは何もつけないことなのでは?"city"を一般名詞扱いにするのは無理があるってこと。

▼以上はむささびの「英語レッスン遊び」ですが、「広島」にまつわる翻訳で「遊び」にはならない深刻な例がありますよね。原爆死没者慰霊碑に刻まれている『安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから』 という言葉です。この英訳は次のようになっている。
  • Let all the souls here rest in peace; For we shall not repeat the evil.
▼この言葉の「過ちは繰返しませぬから」の主語は誰なのかということです。英訳の後半部分 "we shall not..."の "we"って誰のことなのか?原爆を落としたアメリカ人?アメリカ人にそのような行為に走らせるきっかけを作った日本人?この疑問に対して広島市のホームページは次のように説明しています。
  • この碑文の趣旨は、原子爆弾の犠牲者は、単に一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならないというものです。
▼むささびには実に分かりにくい説明ですが、「過ちは繰返しませぬ」と言うのは「反核の平和を誓う」ということだから、その主語は「全世界の人々」ということになる。ネットを見る限り、この説明には大いに批判がある。「過ち」とは原爆投下そのものなのだから、主語はアメリカ人であるという人もいれば、そのきっかけを作ったのは日本の指導者なのだから主語は日本人である、と。

▼この原爆死没者慰霊碑が作られたのは1952年8月6日、原爆投下から7年目のことです。その当座は日本語だけがあったのですが、広島市によると1983年に日英の説明板が設置されたのだそうです。原爆投下後38年目のことです。つまり慰霊碑を作った当座は日本語だけしかなかったということは、作った人びとのアタマの中には日本人に対するメッセージという意識しかなかったのでは?この碑が出来た年、むささびは11才だった。社会的な感覚などゼロだったけれど、終戦7年目のあの頃の社会的な雰囲気からすると「過ちは繰返しませぬ」の主語は日本人だと考えられていたのでは?

▼ところでオバマの広島訪問前に、大阪の橋下徹さんがツイッターで次のように書いたのだそうですね。
  • 今回のオバマ大統領の広島訪問の最大の効果は、今後日本が中国・韓国に対して謝罪をしなくてもよくなること。過去の戦争について謝罪は不要。これをアメリカが示す。朝日や毎日その一派の自称インテリはもう終わり。安倍首相の大勝利だね。
▼オバマさんが広島や長崎に謝罪をしないことが、なぜ日本が中国や韓国に謝罪しなくてもいいということに繋がるんですかね。オバマさんは言葉では "I'm sorry" とは言わなかったかもしれないけれど、演説の冒頭で「71年前、晴天の朝、空から死が降ってきた」と述べている。「死」を降らせたのがアメリカであることは誰でも知っていることを思うと、「ごめんな」とは言わなかったとしても、そのようなニュアンスではあったと(むささびは)思うわけ。

▼「中国や韓国に謝罪しなくてもいい」という橋下さんのメッセージを中国や韓国の人びとがどのように思うかは彼ら次第です。橋下さんが何を考えようがむささびにはどうでもいいことであるけれど、原爆投下の結果、広島や長崎で犠牲となった日本人に対して日本政府や軍部は謝ったのですかね。いずれにしてもオバマが謝罪しなかったことが「安倍首相の大勝利」などと言っているようでは、お話にならないよね。

▼お元気で!
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むささびへの伝言