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328号 2015/9/20
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
急に涼しくなって虫の鳴き声が賑やかになりました。もうあの暑さは帰って来ないのでしょうね。ことしは庭の柿の木に実がたくさんなっています。昨年はゼロだったのに・・・。あと1ヶ月もすれば収穫して干し柿にできるかもしれない、と楽しみにしているのであります。上の写真は前号に続いてシリアの難民のものです。

目次

1)エリザベス女王:長生きしていればいろいろあります
2)教師のなり手がいない
3)国歌を歌わなかった党首
4)ドローン殺害はクセになる
5)シリアの苦難
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)エリザベス女王:長生きしていればいろいろあります


去る9月9日はエリザベス2世女王が英国の君主としての在位期間が2万3226日で最長記録を達成した日となりました。エリザベス女王以前の君主の最長記録保持者は、ビクトリア女王(在位:1837-1901)。王室のオフィシャルサイトを参考に、エリザベス女王についての事実だけを超簡単に確認しておくと、1926年4月21日午前2時40分、ヨーク公夫妻の長女として誕生、1952年2月6日の戴冠式で女王(25才)となる。エリザベス女王は今年で89才です。

ビクトリア女王が在位していた時代の英国は「産業革命と大英帝国」に象徴されるように、世界をリードする超大国であったわけですが、現在のエリザベス女王が在位してきた63年間は英国にとってどのような時代であったのか?9月12日付のThe Economistが1952年と2015年の英国をさまざまな側面から比較しています。例えば次のような数字です。

1952年 2015年
人口 5000万 6500万
非白人の人口 7万5000人 800万人
平均寿命(男) 67才 79才
      (女) 72才 83才
就職率(男) 88% 78%
     (女) 35% 71%
平均住宅価格 4万9000ポンド 19万4000ポンド

上の表の数字の中で特に注目すべきなのは「非白人の人口」の増え方です。1952年当時に比べると100倍以上になっている。英国が文化的・人種的に多様化したということです。これ以外の数字として、仕事に就いている者がゼロという世帯は63年前には4%だったけれど、現在では16%にのぼる。また人口1000人あたりの結婚数(1年間)は1952年が16人であったのに現在は9人に減っている。その一方で離婚数は63年前は3人だったのに今では約4倍の11人となっている。1952年には同性結婚なんて考えられなかったのが、いまでは「当たり前」ではないにしても合法化されてはいる。つまり人間関係がかつてのように一様ではなくなったということです。

ビクトリア時代に始まった大英帝国は、エリザベス2世の時代になって大きく「衰退」している。例えばインドが独立したのは、彼女が即位する5年前のことです。尤も1952年の時点でもマレーシア、ナイジェリア、カタールなど46カ国が英国の植民地としてロンドンから直接統治されてはいたのですが・・・。The Economistは、ビクトリア時代を性格付けたもう一つの現象である産業革命は、エリザベス時代が始まって27年目の1979年に終わりを告げたと言っています。すなわちサッチャー政権の誕生による自由競争経済の進展によって英国経済が製造産業中心から金融・情報などを中心とするサービス産業へと転換したのが1979年だということです。

The Economistによると、現代のエリザベス時代はそれまでの英国に比べれば束縛が少なくてハッピーな時代であるとは言えるけれど、分裂気味であることも否定できない。そのことはスコットランド独立の機運にも表れているし、労働党の党首に「強行左派」といわれるジェレミー・コービンが選ばれたことで、与野党の対立が激化するだけでなく労働党内部も分裂気味であるし、さらにEUとの関係をめぐって保守党の内部さえも意見の対立が見られる。

  • エリザベス2世時代を特徴づける傾向(自由・分裂など)は、彼女自身よりもはるかに長生きすることになるだろう。にもかかわらず、彼女の王国の団結力がこれからも生き続けるかどうか・・・それはいまいちはっきりしないところである。
    The defining trends of Elizabeth II’s reign will outlive her by a long way. Her kingdom’s ability to remain united in spite of them is less sure.
とThe Economistは言っています。

▼在位最長記録を更新した9月9日、エリザベス女王はスコットランドとイングランドの国境地域に新しく作られた鉄道駅の開所式に出席して祝辞を述べています。その中で自分の在位最長記録については
  • 長生きしていれば、いやでもいろいろな道標を通り過ぎるもので、私の場合も例外ではありませんよ。
    Inevitably, a long life can pass by many milestones. My own is no exception.

    と淡々と述べています。
ここをクリックすると、彼女のスピーチの様子を見ることができますが、89才にしては声に張りがあることに驚きます。
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2)教師のなり手がいない

英国で小中学校の教師が不足しつつあるのだそうですね。9月5日付のThe Economistの記事に出ているのですが、それを読んでいると、日本も英国も教師に関しては似たような問題をかかえているのかもしれないと思えてくる。

英国には大学への入学手続きを大学になり代わって受け付けるUCAS(Universities and Colleges Admissions Service)という組織がある。「チャリティ」となっているから、いわゆる「政府機関」ではないけれど、かなりそれに近い公的な教育機関ですが、彼らの主なる業務の一つに大学における教師養成コースへの志願者と大学の仲立ちになるということがある。そのUCASが最近(8月17日)発表した報告書によると、大学における教師養成コースへの志願者が2009年の39,000人から昨年(2014年)は32,000にまで減少しており、特にここ3年間は連続して政府の目標を下回っているのだそうです。

報告書によるとイングランドにおける教員ポストの空席の100件に1件が空いたままになっており、臨時教員を使わざるを得ない状態が続いている。特に減っているのが算数と国語(英語)の教師志願者で、政府が目標としてい人数よりも11%も少ない。これが技術とかデザインのような科目になるともっとなり手がおらず目標の5割にも達していない。

以上は志願者数が減っているという話ですが、Teacher Support NetworkというNPOによると、実際に教職に就いている人でも3人に1人が5年以内に辞める予定だと言っている。なぜ辞めるのか?主な理由として挙げられているのが「重労働」(heavy workload)と「上司からの理不尽な要求」(unreasonable demands from managers)だそうです。ベテラン教師(experienced teachers)が早期退職するケースも多く、彼らを引き継ぐの教師の半数近く(42%)が35歳以下の若手というのも好ましいことではない。

The Economistによると英国の教師の給料は先進国並みで、これから急激に上昇するとは考えにくい。緊縮財政で教師の養成予算も削られているわけですが、外国人教師を雇うという手もあるけれど、これはこれで昨今の移民制限の動きを受けてビザの発行が非常に厳しくなっているので難しい。せめて教師採用のための広報キャンペーンの予算を国防省が空軍のスタッフ募集に使うくらいに増やすべきだという関係者もいるのだそうです。

Teacher Support Networkのサイトによると、彼らのヘルプラインに教師が電話をして悩みを相談するケースは年間平均で29,000件。その4分の1が教員歴5年以内の若手教師なのですが、自分の悩みを誰に相談すればいいのか分からない(they are not sure who to talk to)というケースが殆んどだそうです。
  • 当然のことですが、彼らは仕事がうまくいかないことを認めるのを怖がります。とにかく教師の職を得るために懸命に努力したのだから、自分にはさらなるサポートが必要だなどと認めてしまって自分の地位をダメにすることを嫌がるわけです。で、何も言わず独りで悩むことになる。
    Naturally, they are afraid of saying they are unable to cope or after working so hard to find a position, do not want to jeopardise anything by saying they need more support. So they say nothing and struggle on alone.
またTeacher Support Networkによると、非常に多くの教師が「ワーク・ライフ・バランス」(仕事と私生活の調和)の面で不満をかかえながら生きているとのことであります。英国では教師に限らず16才以上の半数がワーク・ライフ・バランスの点で不満を抱えているという統計があるのですが、特に教師の場合は勤務時間外に仕事をするケースが非常に多く、仕事の20%を出勤時間前や放課後、あるいは週末にするという教師が多い。

Teacher Support Networkでは、特に若い教師に対して「午後6時以後は絶対に仕事をしない」とか「仕事は一切やらない週末を作る」という個人的な目標を作ることでワーク・ライフ・バランスを保つ努力をするように呼びかけています。

▼マーガレット・サッチャーによる成果主義を重視する「改革」の中でも常に槍玉にあがっていたのが教師だった。英国の子供たちの成績が悪いことがすべて教師のせいにされるという風潮が出来上がってしまった。特に教師に対するメディアからの風当たりが強かったけれど、世論調査などによると「教師」(teachers)という職業(profession)の中でも常に信頼度が非常に高いという結果もある。このような調査を見ていると、政治家やメディアが何を言おうと、普通の英国人は教師を大いに信用しているということが分かります。反対に信頼度という点で常に最下位争いをやっているのが政治家とメディアだった。
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3) 国歌を歌わなかった党首

前号で労働党の党首選挙について書きましたよね。9月12日に開票結果が発表されたのですが、予想されたとおり強硬左派といわれるジェレミー・コービンが圧勝しました。4人が立候補したのですがコービン候補は投票総数約42万のうちの25万票を獲得するという圧勝ぶりだった。この選挙結果については保守系のメディアが早速「これで労働党も終わりだ」というような否定的な記事を掲載しています。


で、早速コービン党首が保守派メディアの袋叩きにあった「事件」が最近起こりました。上の写真(クリックすると大きくなる)は9月15日にロンドンのセント・ポール寺院で行われた第二次世界大戦中の英国空軍とドイツ空軍の戦い(Battle of Britain)から75周年を記念する集会で、参加者が英国の国歌(God Save the Queen)を歌っているシーンを撮影したものです。 右端にいるのがコービンなのですが、彼は歌っていませんよね。これが大問題だというわけで、Daily Mailなどは、名物の異常に長い見出しをつけて非難している。
  • 'His lack of respect is astonishing': Battle of Britain heroes attack Corbyn for refusing to sing national anthem at memorial service (although he did get a free lunch out of it)
    「彼の敬意のなさには呆れる」とBattle of Britainのヒーローたちが、記念礼拝で国歌を歌わなかったコービンを攻撃している。そのくせ彼は提供されたタダのランチは食べたのである。
というわけです。「タダのランチ」を食べたことまで非難するというのも可笑しいけれど、コービン党首は、「国歌を歌わなかったのは、あの戦いで命を落として人びとに”静かな敬意"(respectful silence)を払いたいと思ったからだ」と述べているのだそうですが、この件に関しては「愛国心がない」とか「あまりにも礼儀を欠いている」という声が労働党の議員の間からも出てきている。


そんな中で9月17日付のGuardianに
という短いエッセイが掲載されました。あのイラク戦争で20才だった息子を失ったレグ・キーズ(Reg Keys)という父親が投稿したものなのですが、この人によると
  • 本当の愛国者とは単にお仕着せの儀礼に従う人間のことではない。自分の国の尊厳をあらゆるレベルで誇りと情熱をもって守ろうとする人間のことをいう。
    Surely a true patriot is not just a person who follows the laid-out rituals, but one who defends the honour of his country at all levels with pride and vigour.
というわけで、「真の愛国者は自分の国民を欺いて危険にさらすようなことはやらない」と書いています。筆者によると、英国人を欺いたのがトニー・ブレアであり、彼なら戦没者を悼む式典でも「大喜びで笑みを浮かべながら国歌を歌うところを他人に見せたがるはずだ」(would gladly smile and sing his heart out to the national anthem for all to see)とのことであります。

現在、イラク戦争に関する政府主宰のチルコット公聴会(Chilcot Inquiry)というのが開かれているのですが、その進行が遅れ気味で、ブレア首相を含めた関係者に対する「審判」がなされずにいるのですが、レグ・キーズによると、2003年当時、コービンが首相であったなら英国人兵士が179人も死ぬことはなかったであろうし、「何万ものイラク人の男女、子供たちが死ぬこともなかった」(Hundreds of thousands of innocent Iraqi men, women and children would not have perished)というわけです。またメディアの間で広がるコービン叩きについては
  • コービンにチャンスを与えようではないか。彼が望んでいるのはより平等な社会、人びとが平和に暮らせる社会を建設することだけなのだ。これこそ愛国的目標ではないか。コービンが望んでいるのは達成不可能なユートピアなのかもしれない。それでもがんばってもらいたいものだ。
    Give the guy a break - he just wants a more equal society where people can live in peace. Surely this is a patriotic aim. Maybe it’s an unachievable utopia he strives for, but good luck to him.
と強調しています。

この寄稿については2000件を超える読者のコメントが寄せられています。「コービンが首相だったらイラク戦争はなかった」という筆者の主張に対しては、「ではコービン首相はフォークランド紛争のときにサッチャーが示したような毅然たる態度をとれたのか?」とか、「サダム・フセインはファシストではなかったとでも言うつもりか」という反対意見もあるし、「ありのままを、よく言ってくれた」(Thank you again for telling it like it is)というのもあります。

またBattle of Britainの記念礼拝でコービンが国歌を歌わなかったことについての普通の英国人の反応はいろいろなようで、Daily Mailの読者の一人が
  • (コービンは)平和主義者でも何でもない。嫌な仕事を他人にやらせる臆病者にすぎないってこと。
    No such thing as a pacifist, merely a coward that wants others to do the dirty work.
と言っている一方で、自分は陸軍の軍人だったというGuardianの読者は
  • God Save the Queenを歌うのは宗教的原理主義者もしくは偽善者のどちらかに決まっている。どちらも英国的ではない。
    Those who sing it are either religious fundamentalists, or hypocrites, neither of which seems very British.
と理解を示しています。

▼ジェレミー・コービンは党首に当選した翌日(9月13日)のObserver紙にエッセイを寄稿して自分の思うところを述べているのですが、むささびが共感を覚えたのは、彼が「政治に大きな思想を持ち込む(bringing big ideas in)時代が復活したのだ」と述べている部分だった。big ideaという言葉を辞書で引くと「ホラ話」というニュアンスのことが出ているけれど、「大きな理想」という意味もある。コービンの登場が「新しい政治」をもたらすかもしれないと述べる人もいるのですが、おそらく「理想を掲げる政治」という意味なのではないかと(むささびは)思うわけです。

▼約20年前に「新しい労働党」の党首として颯爽と登場したブレアが語ったのは「第三の道」(the Third Way)という理念だった。「弱肉強食の資本主義でも全体主義的社会主義でもない」政治のあり方を説いたのがこれだった。そしてそれが大いに受けた。が、結局のところはそれは労働党をちょっと保守党寄りにしただけの「ご都合主義」に過ぎなかったと選挙民に採点されてしまった。その後、「保守党をちょっとだけ労働党風にした」キャメロン保守党党首の登場でほぼ消えてしまったということです。

▼むささびとしては、ブレアの「第三の道」が受けなかったからダメなのだと言うつもりはなくて、単なる票集めのスローガンに過ぎなかったからダメだと思っているわけです。と、このあたりを語り始めると長くなるので止めておきますが、政治家が政治メディアに受け始めるとダメになるという点では英国も日本も同じこととだけ言わせてもらいます。
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4) ドローン殺害はクセになる

9月7日付の大衆紙、The Sunの第一面に下のような見出しがでかでかと掲げられています。
  • WHAM! BAM! THANK YOU CAM
最初の "WHAM! BAM!" は爆弾が炸裂するときの音を表すもので、" THANK YOU CAM" の "CAM" はキャメロン(Cameron)首相のこと。「ファム・バム・サンキュウ・キャム」を繰り返すと見出し全体で一種のチャンティング(手拍子)のようなものになっているのが分かる。この見出しは、最近、シリアで英国籍の「イスラム国」(ISIS)戦闘員(2人)が英国空軍のドローン(無人爆撃機)によって殺害されたことについて、The Sunがキャメロン首相に「よくやった、ありがとう!」と言っているものです。

このドローン殺害は、9月7日に英国下院でキャメロン首相が読み上げた声明文の中で触れられている。殺された2人はリアド・カーン(21才)とルフル・アミン(26才)という英国籍のイスラム教徒の若者で、昨年(2014年)6月ごろからシリアでISISが制作する動画に出演、英国にいる仲間たちに「聖戦」(ジハード)への参加を呼びかけていた。キャメロン首相によると、2人はシリア国内でISISの戦闘員として訓練された後、英国国内で女王をターゲットにしたテロ事件を企てていたけれど、これが英国の情報筋によって嗅ぎつけられ、キャメロン首相に報告され、首相が国防省に対してドローン殺害を指示した。そして8月21日にこれが実施されたというわけです。


The Sunを筆頭に英国の保守系の新聞はいずれもキャメロン首相の「大英断」に対して「よくやった!」と激賞しているわけですが、首相の行動には批判もある。「英国が戦争しているわけでもないシリアの領土内に勝手に爆弾を落とすのは違法ではないか」というのもあるし、そもそもシリアのアサド政権に対してアメリカなどと一緒になって攻撃を加えようとした際に「国会決議がこれに反対したではないか」というのもある。それに対してキャメロン首相は、下院における答弁の中で
  • テロリストが英国内で殺人を犯そうとしていたのであり、それを阻止する方法はあれしかなかったんですよ。テロリストのことなど構わずに武器を捨てて逃げ出せとでも言うんですか?首相としての私の最大の責務は英国国民の安全を確保することにあるんです!
    There was a terrorist directing murder on our streets and there was no other means to stop him. What were we left with, throw up our arms and walk away? My first duty as Prime Minister is to keep the British people safe.
と反論、英国空軍による殺害の正当性を主張している。保守派といわれるメディアがキャメロンの言っていることを大いに支持している中で、むささびが興味をひかれたのは、代表的な保守派の雑誌、Spectatorの9月9日付のサイトが
というタイトルのエッセイを掲載していることです。筆者はクリス・ウッズ(Chris Woods)というアメリカ人のジャーナリストで "Sudden Justice: America's Secret Drone Wars"(突発的正義:アメリカが極秘で進めるドローン戦争)という本の著者でもあり、Spectatorの記事はドローンの使用には懐疑的な見方をしている。


最初にこれを使ったのはイスラエルです。パレスチナ人による2度目のインティファーダ(反イスラエル投石活動)が行われた2000年9月からの約4年半でドローンを使って「テロリスト」を数多く殺害した。"targeted killing"(目標設定殺害)という言葉を最初に使ったのもイスラエルで、それまでにもイスラエル軍による爆撃によってパレスチナ人の殺害は行われていたけれど、"targeted killing" は予め殺害する相手が特定されており、撃つ側が戦場にはいないという点でそれまでの殺害とは決定的に違っていた。爆撃でたまたま死ぬのではなく、狙われて殺されるわけです。

このような殺害が国際法で認められるのかという疑問はイスラエルの内部にさえあったけれど、同国の最高裁が「場合によっては」(in certain circumstances)合法という判断を下したのだそうです。イスラエルの元保安庁長官をつとめたアミ・アヤロン(Ami Ayalon)という人物は "The Gatekeepers" というイスラエルのドキュメンタリー映画の中で
  • ドローンをやり始めると200人、300人の人間が一挙に死んでしまい、まるで工場のコンベヤーベルトでどんどん殺してしまうという感覚になり、自分自身に対する歯止めがきかなくなる。
    When you start doing it en masse, 200, 300 people die because of the idea of targeted assassinations, suddenly the processes become a kind of conveyor belt. You ask yourself less and less where to stop.
と言っている。おそらくドローンを打ち上げている本人たちが戦場にはいないということも無感覚の理由になっているのでしょう。

アメリカがドローン殺害を初めて行ったのは9・11テロの翌年の2002年、イエメンにいたアルカイダ関連の6人の男を殺害したもの。当時はブッシュ大統領だった。その2年後にパキスタンの武装集団の一人を爆撃したけれど、結局ブッシュ大統領の末期までにパキスタン国内で38回のドローン爆撃を実施している。そしてオバマ大統領になってからはパキスタンだけで128回の "targeted killings" が行われ、その後はイエメン、ソマリア、リビアなどでも行われている。

英国の調査報道協会(Bureau of Investigative Journalism)によると、過去13年間でアメリカが行ったドローン殺人で殺された人の数は3500人、うち500人以上は民間人だった可能性が高いとされている。軍隊を送らずに(keeping boots off the ground)敵を叩くことができるドローン爆撃はオバマ政権にとってはまさに「ハッカと同じくらい中毒になる」(as addictive as catnip)という感じなのだそうであります。

確かに自分たちの兵士を犠牲にすることなくテロリストを殺害できるというわけで、アメリカ国内にはこれを肯定する世論もあるけれど、クリス・ウッズによると、長期的に見てこの方法が(テロリズムの撲滅という目的達成のために)どの程度効果的なものなのかについてはアメリカの政権内部でも議論が分かれているのだそうです。ちなみに世論調査によると、キャメロンのドローン殺害については肯定的な意見が圧倒的です。


クリス・ウッズが注目するのは、ドローン殺害を指示したキャメロンが、果たしてアメリカやイスラエルと同じように「ドローン中毒」になる道をたどるのかどうかということです。実際のところ殺された英国籍のISIS戦闘員を殺すことだけが目的なのだとしたら、現在でもシリア爆撃を行っているアメリカにこれを依頼することだってできたはず。なのにキャメロンは英国空軍を使った。国会における声明文の中でキャメロンが強調したのは、「外国で活動するテロリストでも、英国に害を及ぼすと英国が認め、しかもその国がその人物に対して何もしないという場合は、英国が殺害する権利を留保する」(UK reserves the right to kill any terror suspect it chooses, in any state unable or unwilling to take action against them)ということだった。

ただ、クリス・ウッズによるとキャメロンの姿勢にはドローン先輩国であるアメリカやイスラエルに比べるとましな部分もある。一つには今回のドローン殺害の指揮をとったのが国防省であって、アメリカやイスラエルのように情報機関ではないということ。後者の活動は裁判所でさえも踏み込めないような秘密の部分が多いのに対して、英国の場合は英国内外の裁判の対象にもなり得るような方法をとっている。しかもキャメロンはドローンの採用について国連にも報告するという姿勢を貫いている。これもアメリカやイスラエルにはない部分であるとのことです。

むささびが度々紹介するThe Independentの中東専門記者、パトリック・コクバーンは、ドローンの採用について
  • 政府が自国民を殺害しておきながら「公共の利益のため」という以外に何の説明もしなくていいというシステムだ。「名前は言えないが恐るべき脅威」だから殺害するのであり、その「脅威」の性格などについては政府だけが知っていればいいということだ。
    it is an extraordinary extension of the powers of government to be able to execute its own citizens with no explanation, except that the killing was for the public good and against an unnamed but horrendous threat, the nature of which is known only to the government itself.
と言っている。イラクに大量破壊兵器があるという理由で爆撃した、あの経験を考えると、政府に対してそのような絶大な権力を与えるシステムは「大いに警戒するべきだ」(should cause real alarm)ということです。

▼キャメロンによると、「殺された二人の英国籍テロリストは重要人物が参加するような英国内の行事を狙ってテロを行うことになっていた」というのですが、8月15日の対日戦勝記念日(エリザベス女王が参列の予定)がその候補に上がっていた(と英国の情報筋は考えていた)とメディアは伝えています。でもドローン殺害が行われたのは、その6日後の8月21日です。つまり候補に上がっていた日にはテロがなかったということになる。それでも殺された二人がテロを実施する計画が本当にあったという証拠はどこにあるのか?

▼仮にキャメロンや情報筋の言うことがすべて事実だとして、この二人を殺害したとしても、それによって将来の対英テロの可能性が減るわけではありませんよね。これによって英国内の若いイスラム教徒による英国社会への憎しみが高まって、英国籍テロリストがさらに増える可能性の方が高い。ということは、若いイスラム教徒が英国社会に対して憎しみや疎外感を抱くようなことがないようにすることしか根本的な解決はない。しかしThe Sunのような新聞に言わせると「そんなのんきなこと言っている場合か!」ということになる。そしてドローン殺害が延々と続く。
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5)シリアの苦難
内戦のきっかけ 代理戦争の場にされて サイクス・ピコ協約 イスラエルとの仲
ついに内戦へ ロシアの思惑 同盟国、イラン アメリカの思惑

内戦のきっかけ

ヨーロッパにおける難民問題が日本のメディアでも大々的に伝えられるようになっていますが、難民の出身国として最も頻繁に出てくるのがシリアです。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の数字(9月初め)によると、難民として海外へ逃れたシリア人難民の数は約400万、また2014年の数字ですが、EU加盟の28カ国で難民申請を行ったEU圏外からの難民の総数は約63万人、うちシリア人が12万人でトップを占めている。


難民にシリア人が多いのは、シリアそのものが内戦状態で当たり前の生活ができないからです。BBCのサイトによると、シリア内戦のきっかけとなったのは、2011年3月、シリア南西部のダルアーという町の学生たちが学校の壁に革命スローガンを落書きしたことだった。落書きをした10代の学生たちを捕まえた当局が拷問にかけるなどしたことに怒った市民が抗議のデモを行ったところ、警備していた軍隊が発砲して死者まで出してしまった。それをきっかけに抗議活動がシリア全土に広がり、アサド大統領の辞任要求にまで発展、これを力で抑え込もうとしたことで政府への反感がさらに強まり、反政府勢力までもが武装するようになり、2011年7月には「内戦」の様相を呈するようになってしまった。

代理戦争の場にされて

ウィキペディアによると、現在のシリアの首都、ダマスカスは7世紀のころすでにウマイヤ朝というイスラム王朝の首都でもあり、その後にはバグダッドとの間の街道も開通したりして、当時の文明の中心地だった。日本でいうと藤原京・平城京・平安京などが栄えていた頃、シリアもまたイスラム文明の中心地として栄えていた。それほどの古い文明を誇る国がどうしてこんなことになってしまったのか?

シリアの歴史を全部語るのは無理としても、20世紀に入ってからの「苦難」の歴史をコンパクトに語るのが(ちょっと古いけれど)フランスのLe Monde Diplomatique (LMD)の2013年6月号(英文版)に出ていた "Syria: proxy theatre of war"(シリア:代理戦争の場にされて)という記事です。筆者はフランス国際関係研究所(IRIS)のカリム・エミーユ・ビター(Karim Emile Bitar)研究部長、イントロは次のように書かれている。
  • シリアの人びとの反乱は国内の社会的・経済的な状況に対する戦いとして始まった。すなわち抑圧に代わる民主主義を勝ち取るための戦いだったはずであるが、いまやそれがこのエリアおよび地球規模の紛争に乗っ取られてしまった観がある。
    The Syrian people’s uprising began as a struggle over social and economic conditions, a fight for democracy in place of repression. Now it has been hijacked by regional and global conflicts.

まずは地図の確認から。シリアという国はどこにあるのか?上の地図に見るとおり、国境を接している国として、北にトルコ、南にヨルダン、東がイラクで西側にはレバノン、イスラエルがある。シリアも含めてこれらの国々をカバーするエリアのことを「レヴァント」(Levant)と言います。「イスラム国」のことをISILと呼ぶ人もいるけれど、これは "Islamic State in Iraq and the Levant" の略です。このあたりは13世紀末から20世紀初頭にかけて、トルコ人のオスマン帝国が支配していたけれど、それが20世紀に入りオスマン帝国の衰退に伴って英仏独などの欧州列強による植民地主義的な領土権争いの場になってしまう。

サイクス=ピコ協約

中でも英国はオスマン帝国によって支配されてきたアラブ人に対して帝国への叛乱を奨励、レヴァント地方に統一アラブ王国(a unified Arab kingdom)を作ることを約束、アラブ人もこれに大いに鼓舞されていた。映画『アラビアのロレンス』の世界です。

が、英国はその約束を破り、第一次世界大戦中の1916年にオスマン帝国領を英国とフランスが分割統治するサイクス=ピコ協約(Sykes-Picot agreement)を、アラブ人には内緒で締結した。この協約は調印に活躍した英国の外交官、マーク・サイクス(Mark Sykes)とフランス政府の代表、フランソワ・ジョルジュ=ピコ(Francois Georges-Picot)の名前にちなんでこのように呼ばれている。


上の地図(クリックすると大きくなる)はサイクス=ピコ協約の結果として英仏両政府が合意した分割のラインを描いたものです。その結果、シリアはフランスの管轄地ということになった。このラインは、そのエリアの歴史や地元民の合意などはお構いなしに引かれてしまったものであり、結果としてそれまでは別々に暮らしていたさまざまな部族が人工的に引かれた国境線の中で暮らすことになった。つまりそれまでにはなかった「多民族国家」ができてしまった。

サイクス=ピコ協約の結果、フランスの管轄地となったシリアは第二次大戦後に議会制民主主義の国として独立を果たしたけれど、1949年に軍事クーデターが起こり議会制民主主義はあえなく潰されてしまった。この軍事クーデターを起こしたのはフスニ・アル・ザイム大佐という人物だったけれど、陰で支援したのがダマスカスのアメリカ大使館とCIAだった。

シリアはほぼ常に外国からの干渉にさらされてきた国であり、シリア人のナショナリズムは、それに対する反発が基になっている。現在のアサド大統領は就任(2000年)以来、国内の反政府勢力に対して強圧的な姿勢で臨んでいるけれど、その際に謳い文句にするのが外国による帝国主義と戦うというメッセージだった。この姿勢は国内のナショナリストたちと中東の左派系の組織からは支持されている。

イスラエルとの仲

英国はまた1917年にはパレスチナにおけるユダヤ人の居住地(national home)の建設に賛意を表明するバルフォー宣言(Balfour Declaration)を発表している。シリアはイスラエルと国境を接しているけれど、LMDの記事によると、国境地帯にあるゴラン高原(1967年以来イスラエルが占拠)などはこれといったトラブルもなく「平和」な状態が続いている。イスラエルとの間に敵対関係がないということは、アメリカとの仲もそれほど悪いものではないということになる。例えばシリアは1976年、レバノンにおけるイスラム進歩主義(Islamo-progressive)勢力の台頭を阻止する目的でレバノン内戦に軍事介入をするけれど、これはアメリカとイスラエルの承認(approval)を得た上での行動だった。シリアはまた2001年の9・11テロに始まった英米による「対テロ戦争」では、アメリカに協力的な姿勢をとり、いわゆる「アラブの春」運動が中東各地に広がりを見せていた際にも、サウジアラビア(アメリカのお友だち)がバーレーンの反政府勢力を爆撃することを支持したりしていた。

ただシリアは2006年6月のレバノン=イスラエル紛争では、イスラエルにロケット弾を打ち込むレバノンの武装組織、ヒズボラを支持、2008年のイスラエルによるガザへの侵攻の際はパレスチナの過激派・ハマスを支持している。(カリム・ビターによると)いずれも欧米の帝国主義に反対する姿勢を示したものであり、そのことによって中東に吹き荒れている「革命」の波がシリアに及ぶことがないようにしたつもりだった。それによって確かに外からの革命の波は押し寄せなかったかもしれないけれど、シリア国民の支持を得るためには国内状況が悪すぎた。

毎年、30万人が職を求めて学校を卒業してくるというのにまともな職場はたったの8000か所。いわゆる新自由主義的な改革によって公的な部分が民営化され、何となく資本主義らしきもの(crony capitalism)はできたかもしれないが、1963年以来続けられている国家非常事態はいまだに続いているし、拷問が組織化されて当たり前のようになっており、シリア国民の不満は日に日に大きくなっていた。

ついに内戦へ

それが2011年の内戦にまでつながってしまった。内戦の開始当初(2011年3月~10月)は国内の反政府運動という色彩が濃かった。その点ではチュニジアやエジプトで吹き荒れた「アラブの春」と同じだった。ただ2012年7月から現在まではさまざまな外国勢力を巻き込む地域紛争の様相を呈している。ISISなどもその一つです。シリア内戦の場合、国内の反政府運動と外国勢力を巻き込んだ「地域紛争」が混ざり合って進行しているような部分があり、話がややこしくなる。


こうして、本来はシリア国内の反政府運動であったものが、地域紛争にまで発展していった。イスラム教シーア派と呼ばれるグループがアサド政権を支援する一方、スンニ派の3大パワー(トルコ、カタール、サウジアラビア)はシリアの反政府勢力へのテコ入れを行った。ただサウジアラビアやカタールのような湾岸諸国の場合は、反シリアというよりイランの影響力の拡大を阻止したいという思惑にかられての行動だった。このあたりになると、国と国との関係というよりイスラム教の中の派閥争いのような様相で非常にややこしい。例えば、カタールがシリアの反政府勢力としてのムスリム同胞団を支援する一方で、サウジアラビアはシリアの反政府勢力支援には違いないがムスリム同胞団は敵視しており、別のグループを支援しているというぐあいです。

ロシアの思惑

アサド政権にとっての最大の支援国といえば何といってもプーチンのロシアです。1950年代からの付き合いで、エジプトのサダト政権と違って現大統領の父親が率いたシリア政権はソ連時代から常に強い結びつきを保っており、ロシアは国連の場においてもシリアのために3度も拒否権を行使している。人的交流も盛んでロシア系シリア人やシリア系ロシア人も多い。またシリアはロシアの武器メーカーにとっては極めて重要な輸出先であり、2011年度には40億ドル分の武器を輸出している。またシリアはロシアに対して軍事基地の提供も行っており、地中海沿岸で唯一のロシアの陸軍基地はシリアにある。


カリム・ビターによると、ロシアの対シリア政策の中に、イスラム圏におけるキリスト教徒の守護者として自らのイメージを強めようという意識がある。それは19世紀におけるフランスと似ているけれど、プーチンのロシアにおいてロシア正教会が影響力を強めていることと無縁ではない。シリアにおけるキリスト教徒の数は約100万(全人口の4.6%)、半数以上がギリシャ正教会の教徒であり、アサド政権とは密接な繋がりを保っている。

プーチンはさらにシリアとの関係をチェチェンのロシア連邦からの独立運動との関係で見ている。チェチェンで独立を主張して叛乱を起こしているのはイスラム教徒ですが、プーチンの見方によると、「アラブの春」はイスラム原理主義者による叛乱であり、コーカサスおよびロシア国内のイスラム地域に到達する前に食い止めなければならない。ロシア国民の15%がイスラム教徒とされている。

同盟国、イラン

プーチンのロシアと並んでシリアにとって強力な同盟国となっているのがイランです。イランでは1979年2月にホメイニ師を指導者とするイスラム革命が起こっているのですが、シリアとイランの同盟関係はその直後の1980年に成立している。当時のシリア(現在のアサド大統領の父親が統治)はアラブでは孤立しており、バース党のイラクやアラファトが率いるPLOともうまくいっていなかったけれど、そんなシリアに同盟の手を差し伸べてきたのがイランだった。

中東の地図を見ると分かるけれど、イランの西隣に敵国イラクがあり、さらにその向こうにシリア、そしてシリアの西側にレバノンがある。シーア派のイランにとっては、レバノンにベースをおくシーア派の過激派「ヒズボラ」への物資の供給ルートとしてのシリアは必要だったということです。

シリア=イランの同盟関係はイラン・イラク戦争(1980年~1988年)の間も緊密化の一途をたどり、外国がこれに楔を打ち込もうとしてもなかなか成功することがなかった。2011年のシリア内戦の開始と同時にイランはアサド大統領支持の意思を明確にした。イラン自身が国際的な経済制裁を受けて、経済的には疲弊していたにもかかわらずシリアへの経済的・軍事的な支援に力を入れたし、レバノンのヒズボラやイラク国内のシーア派の軍組織もアサド支援の戦いに加わった。

アメリカの思惑

ややこしい話をさらにややこしくしているのがイスラエルの存在です。上にも書いたとおりイスラエルとシリアは国境を接しているのですが、際立った敵対関係にはなかった。イスラエルにとってシリアは「悪さ加減が小さい」(a lesser evil)国であったわけです。が、2006年7月にイスラエルとレバノンの過激派「ヒズボラ」の間で衝突が起き、シリアがヒズボラを支援していることが明らかになったことで事態が一変してしまった。これを機にイスラエルによる反イランの言動が激しさを増した・・・とビターは言っている。尤もイスラエル版のCIA(諜報機関)であるモサッドの前の長官などは、いまでもアサド大統領のことを「ダマスカスにいるイスラエル側の人物」(Israel’s man in Damascus)と称したりしているところを見ると、イスラエルが必ずしも反アサド一辺倒というわけではないという見方もできる。


で、アメリカですが、この記事が書かれた時点(2013年)では、アサド政権が反政府勢力に対して化学兵器を使ったのではないかということが話題になり、一時はアメリカも英国もシリア政府軍に対して爆撃をする方向にあった。英国ではこれに対する反対意見が強くキャメロンは爆撃は断念している(むささびジャーナル275号)。アメリカはアサド政権に対して強い言葉を使ってはいるけれど、イラクの経験に懲りてオバマは大規模な軍事介入には踏み切らないでいる。ただ本音はアサド政権の打倒であり、理想的には統治機構だけを残してアサド政権が崩壊してくれることを願っている。

LMDの記事はここで終わっているのですが、この記事が書かれた2013年です。現在のシリアはアサド政府(ロシアとイランが後ろ盾)、反政府勢力(英米、トルコ、サウジアラビア、カタールなどが支援)、イスラム国(ISIS)、クルド人勢力などが入り乱れて領土獲得の戦いを繰り広げており、何がどうなるのかは全くわからない。ひとつだけ言えるのは
  • これらの諸勢力は自分たち自身の利益を保護する意図はあるが、シリア国民の利益は全く無視されてしまっている。
    These powers are intent on protecting their own interests, and they have written off the interests of the Syrian people.
とLMDは言っています。

▼上の図はThe Economistに出ていたもので、中東における極めて複雑な国と国との関係を図式化したものです。内戦状態にある国が丸で囲まれている。左から「リビア」「シリア」「イスラム国」「イラク」「イエメン」ときて下の段に「エジプト」が入っている。それぞれが国内において異なるグループ同士の争いを抱えている。リビア、イエメン、エジプトの場合はそれぞれ2グループですが、真ん中右のイラクはイラク政府とクルド地方政府それにイスラム国の3つに分けられる。真ん中左のシリアの場合は「政府」「反政府」「イスラム国」に大別されるけれど、「反政府」というのが一つではなくて、それぞれに対立しているケースもあるから実に複雑です。

▼これらの国々の中のそれぞれのグループを円外の外国が支援しているのですが、これがもっとややこしい。例えばイランとアメリカはともにイラク政府を支援しているけれど、シリアとイエメンにおける支援対象では対立している。シリアのアサド政権が潰れることはアメリカにはグッドニュースでも、イランにとってはバッドニュース、但しその結果としてイスラム国が勢力を伸ばすのでは両方にとって最悪の事態。ロシアはシリア政府をアメリカは反政府を支援しているけれど、反イスラム国という点では一致している。

▼このように見ていくと、どの国にとってもイスラム国が敵ということになる。一方、サウジアラビアとイランはイスラム教の宗派の違いから宿敵同士とされている。イランはアサド政権を、サウジは反アサドグループを支援している。例えばサウジアラビアはイランのお友達であるアサドをやっつけてくれるイスラム国をそれほど敵視するだろうか?
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パリのテロ事件:本丸はシリアに
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6) どうでも英和辞書
 A-Zの総合索引はこちら 
neighbour:隣人
  • Thou shalt love thy neighbour as thyself.
    汝を愛するがごとく、汝の隣人を愛せよ
隣人愛を説いた言葉として、おそらく誰でも知っている言葉ですよね。聖書(マタイによる福音書)に出てくる。隣人愛というほどすごいものではなくて、単なる「近所付き合い」というレベルで隣人との関係について英国人を対象に行ったアンケート調査があります。
  • 質問1:
    あなたは「お隣さん」(neighbours)を「親友」(good friends)と呼びますか?
    Would you describe any of your neighbours as ’good friends’?
  • 質問2:
    過去1年間、お隣さんを自宅に招待(食事とかドリンクとか)したことは?
    Did you invite your neighbours for dinner/drinks in the past year?
答えは次のとおりだった。

隣人を「親友」と呼ぶか? 呼ぶ:35% 呼ばない:65%
隣人を自宅に招いたことは? ある:37% ない:63%

まあ、日本だってそんなところでしょうね。ちょっと興味深いのは地域差があることですね。お隣さんを「親友」だと思い、自宅に招待したこともあるという人が最も少ないのは(ご想像のとおり)ロンドン(19%)ですが、なぜかスコットランドも21%と低いのですね。特にウェールズ(31%)と比べると歴然とする。何なんですかね?
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7) むささびの鳴き声
▼12年前の2003年3月23日にお送りした「むささびジャーナル第3号」に英国人ジャーナリスト、アンソニー・サンプソンが書いた『この戦争は「国益」に合わない』という記事が出ています。サンプソンはブレア・ブッシュの英米コンビによるイラク爆撃を批判しているのですがその理由として次のように書いている。
  • 米国と英国がイラクを攻撃してサダム・フセインを追放したとしても、その後に残るのは大きな混乱と不安定である。が、何と言ってもこの戦争がもたらす本当の危険性はイラクが国として存在しなくなるということにある。そうなった後にはさまざまに異なる部族間の対立と抗争が始まる。それをコントロールすることは西側の外国にできるような事柄ではないのだ。
▼12年後のいま、サンプソンの予想が全く当たっていると思いませんか?イラクが国としての機能を失うと同時にISISが勢力を広げ、それがシリアにまで拡大してきて、いま、難民がヨーロッパへ向かう事態になっている。元はといえば(LMDの記事が言うように)英国とフランスの帝国主義がイラク、シリア一帯を占領し、勝手に国境線を引いてしまったことに原因があるのかもしれないけれど、2003年のイラク戦争がなければ・・・と悔やまれますよね。

▼この号のむささびの記事を作っているときに国会における「安保法制」についての諸々がテレビから聞こえてきたのですが、むささびの記事の中身と「永田町」で起こっていることの間に類似点があるように思え、妙な「臨場感」に付きまとわれました。例えば4つ目の「ドローン殺害はクセになる」という記事の中でキャメロンの「首相としての私の最大の責務は英国国民の安全を確保することにある」(My first duty as Prime Minister is to keep the British people safe)という言葉が引用されています。安倍さんが安保法制について語るときに必ず使う「日本国民の安全を確保する首相としての義務」という言葉を思い出す。キャメロンはISISのテロリストをドローン攻撃するのは「自衛」であると言っている。

▼またキャメロンによると、シリアのアサド政権も「イスラム国」も武力で打倒するしかない存在であり、そのために英国は然るべき国際同盟の一部でなければならない(we have to be part of the international alliance)と主張する。むささびによると、キャメロンのこの感覚は、10年以上前にサンプソンによって批判されたトニー・ブレアのイラク攻撃正当化論と同じです。それに追随するべく息を切らしているのが安倍さんのいわゆる「積極的平和主義」であるということです。イスラム国のテロで日本人が殺害される前、安倍さんはエジプトやイスラエルで「イスラム国との戦いを支援するために」という名目で資金提供を行うことを表明したのですよね。しかしキャメロンやブレアの「正義のための武力行使」という理屈こそがアフガニスタンやイラクに無政府状態と同じような混乱を呼んでしまったことはアンソニー・サンプソンの想像するとおりだった。

▼安倍さんのいわゆる「積極的平和主義」は、アメリカや英国と同じことをやって「日本はよくやった!」と「感謝」されたくて仕方がない、哀しい劣等感に取り憑かれた日本人による「国際貢献」というわけでありますよ。イラクがクエートを侵略したときに日本はカネだけ出して軍隊を出さなかったが故に「国際社会」でバカにされたことになっているけれど、あのときにアメリカや英国では武力介入に反対する運動もあったなんてことは日本には伝わってこなかった。日本人がメディアを通じて聞かされたのは「軍隊を派遣しないと尊敬されない」という「現実」だけだった。

▼労働党のコービン新党首は「武力でことは解決しない」(intervention by military means is not going to bring about a solution)として、シリアに関しては「政治的な決着」(political solution)を求めているし、イスラム国に関しては武器とお金の供給源を断つこと(choking off the arms supply and the money)を訴えている。しかし世論調査に見る限り、英国人はキャメロンのドローン殺害を大いに支持している。むささびの推察によると、英国人にとってイスラム国は、日本人にとってのオウム真理教のような存在であるということ。とても冷静には考えることができない。

▼むささびが思うのは、日本の安保法制をめぐる諸々と英国における状況との違いは、日本にはまだコービンのような人が出てきていないということ。あるいはコービンのような意見をまともに取り上げるメディアが「主要メディア」の中に存在しないということなのではないか。「理想(big ideas)を掲げる政治」を追い求めようという姿勢がないということです。安倍さんが主張している「相手が武器を持っているのだからこちらも持たないと戦争になる」という冷戦風の発想を拒否するためには "big ideas" が必要なのだけれど、日本の主要メディアの世界では見られないということです。

▼55年前に日米安保が衆議院で「強行採決」されたとき、新聞という新聞が怒ったけれど、その怒りは強行採決という「やり方」に対する怒りであって、日米安保そのものへの怒りではなかった。だから学生が国会に突入して死者まで出てしまったとき、新聞は「暴力はよくない」と学生を非難した。ここでも「やり方が悪い」というわけ。強行採決も悪いし暴力デモも悪い・・・「毒にも薬にもならない」とはよく言ったものです。

▼55年前と比べてみると議事堂の中で取っ組み合いをする政治家と政府の「やり方」を非難する政治メディアは何も変わっていない。「昔とは違う」と思うのがデモをやっている学生たちですね。The Economistの記事を読んでいたら学生デモの代表者とおぼしき人が「安保法制が通っても戦いは止めない」という趣旨のことを言っていました。55年前の政治学生の多くは、「闘争」が終わったら、さっさと就職活動に精を出し、学生運動のことなどケロッと忘れてしまった。その意味では昔の学生の方が真面目さに欠けていたことだけは間違いない。55年前にはなかったインターネットという「メディア」が存在することも、いまの学生と昔のそれとの違いですね。そういえば55年前は「闘争」の4年後に東京五輪があったのですよね。今回は5年後・・・。

▼日本のラグビーチームが南アに勝ったことは英国メディアでも大きく取り上げられています。この試合の賭け率は「80対1」で南アの勝ちだったそうですね。「ラグビー史上最大のショック」(biggest shock in game’s history)だそうで、『ハリー・ポッター』の作者、JKロウリングはツイッターで "You couldn't write this..." と言っています。「事実は小説より奇なり」という意味なのではないかと(むささびは)思います。南アの監督なんか「国に謝罪する」(I have to apologise to the nation)と言っている。それほどのこっちゃないですよ。Not the end of the world, my friend!

▼クダクダと失礼しました。とにかく秋、夕方の木漏れ日がとても美しい季節であります。
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