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500号 2022/4/24

コロナとかウクライナ戦争とか、不安な気持ちにさせることばかり続いているうちに2022年も4月が終わりです。上の写真は香川県志度寺というお寺にある仏像の手のひらをアップしたものです。マイケル・ケンナという英国の写真家が撮影した傑作の一つです。詳しくはこの号の「スライドショー」で説明してあります。信じがたいことですが、2003年2月23日に第1号をお送りした「むささび」がこの号で500号を迎えました。お付き合い頂いている皆さまに心から感謝いたします。

目次
1)スライドショー:M・ケンナ、四国遍路の旅
2)反戦運動の「感傷と独善」を排す
3)プーチンが怖れているもの
4)「強い男たち」の時代に
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
7)俳句


1)スライドショー:M・ケンナ、四国遍路の旅


マイケル・ケンナ(Michael Kenna)という英国の写真家については、これまでにも何度かとり上げたことがあります。1953年イングランドのランカシャー生まれ、モノクロ写真が専門のようなのですが、もう一つ「風景写真」の専門家のようでもある。とにかく彼の作品には人物が入っていない。1987年以来度々来日して北海道などの風景を撮影しているのですが、今回むささびが取り上げたのは2003年に来日、四国四十八箇所を巡り、仏像を撮影した際の作品が中心になっています。お遍路さんの旅ですね。風景と仏像しかないような感じですが、仏像がもたらす静寂さはケンナのモノクロ芸術にはぴったりだ、と。むささびは生まれてこの方、四国へは二回しか行っていないのですが、これらの写真を見て、もう一度行ってみたい気になりました。

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2)反戦運動の「感傷と独善」を排す


何十年ぶりかで『世界』(岩波書店)を買いました。通常の号ではなく『ウクライナ侵略戦争:世界秩序の危機』という臨時増刊号なのですが…。25人ほどの人がこの問題について書いており、中にはロシアの社会学者のような人も含まれている。本号では、この増刊企画の一番最初に掲載されていた『それでも向き合うために:単純化を避けながら』というエッセイを紹介します。


師岡カリーナ・エルサムニー

筆者は師岡カリーナ・エルサムニーという女性で、肩書は「文筆業」となっている。むささびは全く知らないひとなのですが、父親はエジプト人、母親は日本人で「1970年生まれ」というから、むささびよりも30才も若い。何故この人のエッセイにしたかというと、書かれている視点が「専門家」による「専門分野」を語るのとは真逆のもののようだからです。ウクライナ戦争について語るというよりも、これを伝える日本のメディアや日本人の反応について書いているということです。つまりむささびと同じような視点なので「親しみやすい」ということです。

まずむささびが面白いと思ったのは「戦争報道」についての筆者のコメントです。英国のBBCワールドサービス、中東のアルジャジーラを例に挙げており、特にアラビア語のアルジャジーラは戦争が始まると同時にウクライナ各地に記者を配置して報道する力の入れようで、師岡さんには「ちょっと意外」なほどだった。彼女によるとBBCの報道はちょっと違うようで
  • BBCなどの一部記者に見られるような詩的な言葉遣いでやや自己陶酔の気がある勿体ぶった戦争報道に辟易していた私から見ると、アルジャジーラのほうが客観的だ。
と言っている。


戦争を伝えるBBCのサイト

「自己陶酔」とか「勿体ぶった戦争報道」というのが何を指すのか、いまいち分からない。ヨーロッパ人の眼には、ウクライナにおける破壊された街並みが「とても同じヨーロッパとは思えない」と映ってしまっており、そのことがBBCのようなヨーロッパ・メディアの報道姿勢にも影響しているのかも…と彼女は言っています。要するに欧米の記者たちによる報道には現実感に乏しいということ?

師岡さんによると、
  • アルジャジーラのアラブ人記者たちは、歴史に類を見ない凄惨な世界大戦は、二つともヨーロッパから始まったことを明らかに意識している。
となる。彼女が強調するのは、明らかにアラブ人記者の報道の方が、戦争というものの現実感に溢れているということなのですが、どちらの報道にも欠けているように思えるのは、市民である彼女自身が最も切実に知りたいと思っている疑問に対する答えです。即ち
  • (この戦いは)本当に避けられない戦争だったのか?
ということです。


アルジャジーラのサイト

師岡さんが提起しているもう一つのポイントは
  • 安全な距離から感傷と独善に浸る私たち
という言葉で説明されている。彼女によるとプーチンのやっていることは、どうやっても正当化できるものではないし、それに抵抗するウクライナ人の姿は感動的であり、それを支援する日本を始めとする海外の民間人の活動も称賛に値する。「しかし…」と言って次のように書いている(ちょっと長いけれどそのまま引用します)。
  • そうして戦場から伝えられる美談の数々に酔っている世界に、ある種の危うさを感じるのも事実である。誰が加害者で、誰が被害者か、白黒の付けやすさゆえに、世界の 人々は自らの考えるという労を要さない安易な勧善懲悪の悦に浸りすぎてはいないか。


師岡さんに言わせると、現在進行中のウクライナ戦争ほど「簡単に正しい側につける争いも珍しい」というわけで、政治もメディアも市民も「考える」ということを放棄しているのではないか?「これが癖になって、次の戦争まで引きずりはしないかという不安も強まるばかりだ」と。彼女の感覚では「普段のメディアはもっと慎重なはずだ」ということになる。

ところでこの増刊号の発行元である岩波書店のサイトに「刊行にあたって」という『世界』編集部からのメッセージが掲載されています。コマーシャルに過ぎないと言ってしまえばそれまでですが、むささびは「一読に値する」と思いました。長いけれど全文そのまま掲載しておきます。


なぜ?

 2022年2月24日、衝撃とともに、世界はこの疑問詞(なぜ?)で埋め尽くされた。なぜ、ロシア軍はウクライナ領に無軌道な攻撃を開始したのか。なぜ、極端な言説が暴力を正当化する光景が繰り返されるのか。なぜ、市民が住処を、生活を、家族や知人との繋がりを、壊されなければならないのか。そして、なぜ、またしても人が人を殺し、殺されねばならないのか。

 しかし、開戦から約50日。日々、塗り絵のようにウクライナの戦局を示す地図を見、ロシアの苦戦とウクライナの「健闘」を聞きながら、いつのまにか、わたしたちの心から「なぜ」が消えそうになっていないだろうか。

 いまこの本を手に取っているあなたやわたしのもとには、ミサイルの閃光も、戦車の轟音も、壊れた建物も転がる死体もおそらくは、ない。だからこそ、単純な善悪の対立軸の奥底にある構造と正対し、これまでの人類の思索の蓄積と照らし合わせ、この戦争の来し方と行く末を考えたい。「なぜ」という問いを突き詰めることで、人を簡単に死に追いやる権力の源泉に迫り、それに抗する道筋を探りたい。

 情報の洪水のなかで、本書があらゆる戦争に反対するための思考の足場になることを願う。
2022年4月
『世界』編集部

▼師岡さんが提起している「安全な距離から感傷と独善に浸る私たち」というのは厳しいところを突いていると思いません?本人にその気はないのですが、ウクライナ人とロシア人以外は「正義の味方ごっこ」に興じているように見えたりする。60年以上も前に初めてアメリカへ行ったときに接したベトナム反戦運動に参加しているヒッピーに対して感じた違和感のようなものです。"Make Love, Not War" というスローガンを叫んでいたのですよね。もちろんヒッピーに違和感を覚えたからと言って、アメリカのやっているベトナム爆撃を支持したわけではない。そのあたりを勘違いしないようにしたいですよね。

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3)プーチンが怖れているもの

The Observerという新聞はThe Guardianの日曜版ですが、両紙とも英国では最もリベラル(左派的)な意見で知られています。で、むささびがちょっと驚いたのは4月10日付のThe Observerの社説です。ウクライナ戦争に対する同紙の意見(The Observer view on the west’s response to war in Ukraine)としたうえで次のような見出しのメッセージを掲載しています。
  • In the face of Vladimir Putin’s cruelty, Nato must consider taking much tougher options プーチンの残虐さに直面する今、NATOはより強硬な姿勢をとることを考えなければならない


普通はこのような場合、The Observerの姿勢はいわゆる「ハト派」的なものが多いのですが、この社説はちょっと違います。きっかけは、ウクライナのクラマトルスクの鉄道駅に対するロシア軍のミサイル攻撃のおかげで、子どもも含めて何人もの犠牲者が出た、あの事件のようです。「あと何件の虐殺事件が起これば、西側の指導者たちは、自分たちの戦術が失敗していることに気が付くのか?」「あと何人の子どもが犠牲になれば、NATOは何もしていないことについての言い訳をやめるのか?」と言ったうえで、西側指導者のとるべき道は、次の二つに一つだけ:
  • 直接介入するか、それとも(プーチンに)負けるか either intervene directly – or lose
というわけです。


The Observerによると、ウクライナの人びとにとって今や選択肢は、国を棄てて逃げ出して命だけは助かるのか、あるいは自分の国に留まってロシア兵によるレイプ・拷問・殺害されるかのどちらかしかない。そのような状態を続けることは絶対に許されない。プーチンは恐怖による支配というやり方をとっている。だったら西側はプーチンを恐怖させなければならない。Putin rules by fear. So frighten him back. なのに、西側のリーダーたちは道端から反プーチンの叫び声をあげるだけ。
  • 彼(プーチン)は第三次世界大戦はもちろんのこと西側との喧嘩さえも望んでいない。なのにNATOはプーチンとまっすぐ対決することを避けたがり、その理由として「第三次世界大戦に繋がる」ことを挙げたりしている。本当に対決したらプーチンは負けるし、そのことを彼は知っている。彼は負けることを恐れているのだ。 He does not want a fight with the west, let alone a third world war – Nato’s excuse of last resort for refusing to confront him. He knows he’d lose. It scares him.


西側のリーダーたちが早急に決断しなければならない選択肢は5つある、とこの社説は主張します。
  1. ウクライナ西部にウクライナ人のための安全地帯を設けるために西側が直接かかわること。ウクライナ人が国外退去ではなく国内に留まるための安全地帯である。その場所については予めロシア側に伝えたうえで、安全地帯は常にウクライナ政府の要請で派遣されたNATO空・陸軍によって守るように手配すること。
  2. 未だ占領されていないオデッサについてはこれを立ち入り禁止区域とすることを宣言すること。黒海の国際水域にはNATOの海軍を派遣し、ロシアに対しては海岸地帯に対する爆撃は行わないように警告する。万一この警告が無視された場合は、極めて深刻かつ予期しない結果になることを警告すること。
  3. プーチンに対して、今後もしウクライナ市民に対してミサイル攻撃などを行った場合は、ロシア軍がNATO軍の合法的な攻撃対象になることを伝えること。
  4. 西側はウクライナに対して戦闘機と戦車を供給すること。
  5. ロシアによる化石燃料の輸出をすべてブロックすること。
The Observerの社説は次のように結ばれています。
  • これらの選択肢はいずれもラディカルなものであり、明らかにリスクを伴うものでもある。が、これら以外には「終わりなき虐殺」という選択肢しかない。西側がこの戦争を終わりにしたいと真剣に考えているのならば、これらもしくはそれに類似する断固としたアクションだけが残された唯一の道であるかもしれないのだ。 These are radical choices. The risks are obvious. But the only alternative is endless slaughter. If the west is serious about stopping the war, these and similarly robust actions may be the only way left.



YouGov
▼要するに「NATO軍(ウクライナ軍ではない)がロシア軍と対決するべきだ」と言っているのですよね。そうすればプーチンは第三次世界大戦になることを避けたくて降伏してくるのでは…?と。上のグラフは、ヨーロッパの国民が「自国の防衛についてNATOの存在が重要だ」と考えている人間の割合を示している。ウクライナ戦争前の2019年と戦争開始後の2022年の2回調査した結果なのですが、ロシアに近いポーランドの人びとは非常に高い数字です。スウェーデンはまだNATOに加盟していない。

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4)「強い男たち」の時代に


ギデオン・ラックマン(Gideon Rachman)という人の書いた “The Age of the Strongman” という本が話題になっているようで、いろいろなメディアが書評欄で取り上げています。ラックマンはフィナンシャル・タイムズのコラムニスト、この本は未だ日本語訳が出版されていないのでは?タイトルでいう "Strongman" というのは、”Authoritarian leaders"--つまり権威や権力をかさに着て物事を行うような政治指導者のことを言います。極端に言うと「独裁者」ということになる。例を挙げると、アメリカのドナルド・トランプ、英国のボリス・ジョンソン、中国の習近平、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子らがいる(とThe Economistの書評欄は言っている)。


現代は彼らのような「強い男たち」が国際的にも幅を利かせる時代になっているというわけですが、著者によるとそのような状態は
  • 自由主義的で国際的な思想を脅かすものであり、彼ら自身の国はもちろんのこと世界秩序にとっても好ましくない状況を生んでいる。 They present a threat not only to the well-being of their own countries, but also to a world order in which liberal, cosmopolitan ideas are increasingly embattled.
というわけです。


ボルソナーロ
ブラジル大統領

トランプ
前米大統領

習近平
中国国家主席

エルドアン
トルコ大統領

「強い男」の例としては、先に挙げた4人以外にもトルコのエルドアン(大統領)、ハンガリーのオーバン(首相)、ブラジルのボルソナーロ(大統領)らも挙げられる。彼らの政治に共通しているのは、自分が「庶民の味方」(to speak for the common man)と主張する一方で、それまで守られてきた慣習や伝統をぶち壊しながら、国民の間にナショナリズム(愛国心)のようなものをを掻き立てることで「自分流の政治」を貫こうとすること。さらには「お気に入り」や「仲間同士」で行動することを望むものである(と著者は言う)。

彼らの政治によって被害を被るのは、彼ら自身の国の人間や政治制度だけではない。国際的な機関や多国間協力のための体制までもが崩されてしまう。「強い男」たちは、大体において自由貿易を目の敵にするし、気候変動に関係する対策にも熱心ではない。外交において彼らが好むのは冒険主義と抑圧(プーチンのウクライナ侵略が好例)である、と。


ジョンソン
英国首相

モディ
インド首相

プーチン
ロシア大統領

サルマン
サウジ皇太子

“The Age of the Strongman”が発行されたのはウクライナ戦争とプーチンによる無茶苦茶が始まる前のことだったのですが、The Economistの書評によると、この本による「強い男たち」分析にも足りない点がある。一つにはこの本で触れられている「強い男たち」同士の間の連帯や外交上の同盟のことについて書かれていないこと。ロシア=ウクライナ戦争に関連して、プーチンの肩を持つ「強い男たち」もいるけれど、反対する「強い男」もいるし、さらには未だにどっちつかずのリーダーもいる。要するに、どのリーダーであれ「強い男」であることがその人間の全てではないから、この本だけで彼らの行動を推し量ることはできないというわけです。さらにいうと、この本では"strongman"については語られているけれど "strongwomen"については触れられていない。


左から:ヒトラー、スターリン、毛沢東

とはいえ、(The Economistの書評によると)この本の最も強い点は「強い男」たちそのものへの批判ではなくて、欧米のメディアや政治家たちが「強い男」たちに向ける目線の甘さをちゃんと指摘していることにある。プーチンがエリツィンを引き継いだ際にメディアや政治関係者は誰もがロシアの民主主義を安定化させる男として絶賛していた。エルドアンがトルコの大統領に就任した際には、誰もが「イスラム教と民主主義を仲直りさせる人物」と楽観的な見方をしていた。エチオピアのアビー首相は民族対立を解決する人物と期待されていた…けれど:
  • 「強い男」たちが台頭したのは、世界中の本物の民主主義政治のせいだなどと責めるつもりはないけれど、民主主義下の政治家やジャーナリストたちが「強い男」たちの台頭を」防ぐほどには利口(shrewd)ではなかったということは言えるかもしれない。 The world’s genuine democracies may not be to blame for the rise of the strongmen, but they have not been very shrewd about warding them off, either.
というのが、The Economistの書評の結論のようであります。

▼むささびにとって「強い男たち」ほど苦手な人間はいませんね。「わけの分からない人間たち」という意味です。何をもって「善し」とし、何をもって「ダメ」とするのかが分からない。強いことだけをもって良しとするということなのだろうけれど、彼らの「強さ」も「メディア受け」があっての話ですよね。そのメディアは何をもって「強し」となるのか?一般大衆に受けること。で、一般大衆は何をもって強くなるのか?「メディア」であり、「強い男たち」というわけですよね。要するに何だかさっぱり分からない(けれど確かに存在する)社会現象のことなのですよね。
 
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5)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら


walkover:楽勝

4月11日付のBBCのサイトに
  • France election: This time it won’t be a walkover for Macron 
という見出しの記事が出ています。フランスの大統領選挙が「マクロンにとって楽勝ではないだろう」という意味ですよね。この選挙には12人が立候補、4月10日に投票が行われたけれど、首位のマクロンが得票率約28%、2位のマリーヌ・ルペンが約23%というわけで、誰も投票総数の過半数に達するような票を獲得できなかったので、4月24日(フランス時間本日)に上位二者の間で決選投票が行われることになった。実は前回(2017年)の選挙も同じような経過を辿った挙句にマクロンが勝利したわけですよね。

白状すると、むささびは "walkover" という単語の意味を知りませんでした。辞書によると次のように定義されています。
  • a game or sports event that is won very easily by one side or one person
例文として "The semifinal should be a walkover for France" というのが出ていました。サッカーの国際試合についての解説記事で「準決勝はフランス楽勝のはず」という意味ですね。

フランスの大統領選、もう結果出ました?

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6)むささびの鳴き声
▼「まさかこんなことになるなんて…」は、コロナ以来たびたび口にする言葉です。他人との会話の中でのみならず自分との「独り言」としても、です。むささびが最も痛切にそれを感じるのが3つ目に掲載した、ウクライナ戦争についてのThe Observerの社説(『プーチンが怖れているもの』という記事)ですね。西側諸国にとっての選択肢は、「プーチンとの直接対決か敗北か」だけしかない…で、むささびが呟いたのが「まさかこんなことになるなんて…」と。自分がそんな主張にうなずくなんて。

▼今から60年以上も前、日本に「安保闘争」というのがありました。今のシンゾーの祖父にあたる岸信介という首相が「日米安全保障条約」を強行採決したことを契機に、東京・永田町の国会付近が反戦デモで埋め尽くされ、大学一年生だったむささびもその中にいたわけ。あのむささびにとって「モスクワ」は聖地だったし、憲法第9条の文言は聖句そのものだった。
  • 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
▼大学一年生であるむささびの顔をじっと見ながらお祖母ちゃんが「ジロちゃん、あれは軍事同盟やで」と呟いたのよね。絶対に成立させてはいけません、というわけ。あの時の彼女の真剣な眼を忘れるわけにはいかない…なのに、60年後のいま、「プーチンとの軍事対決も辞さず」とするThe Observerの主張にうなずいてしまう自分がいる…まさかこんなことになるなんて…(この文章やたらと "..." が多いな)。

▼ウクライナ戦争について、メディアが「侵攻」という言葉を使うのが気になって仕方がない。むささびのようにラジオを聴くのが好きな人間にとって「シンコー」としか聞こえないけれど、ウクライナにおけるロシアの行動は「侵略」なのでは?ウィキペディアによると次のようになっている。
  • 侵攻(invasion):戦争や紛争などにおいて、敵地に侵入して攻めること、攻めて相手の領地に侵入すること
  • 侵略(aggression):国家による他の国家の主権、領土保全もしくは政治的独立に対する武力の行使
▼岩波書店の『世界』の増刊号が『ウクライナ侵略戦争』と書いているのは当たっていると思いません?普通のニュースメディアとしては「ロシア軍による侵略が続くウクライナでは・・・」とは言いにくいか。

▼むささびジャーナルも今回で500号となりました。第一号の最初に掲載したのは、ブレア首相(当時)の対話集会に関するものだった。BBCのスタジオに視聴者を集めて議論したもので、主なる話題はイラク爆撃の良し悪しだった。ブレアは爆撃賛成の意見だったのですが、ある視聴者が「戦争では無実の人間が死ぬことをキリスト教徒としてどう思うのか?」と質問したところ、ブレアの意見は「ほかに方法がなかった」(no option but to do this)というものだった。あれからほぼ20年、はっきりしていることは、さすがのむささびも、もう「ラーメンライス」は食べられないということ。

▼それから毎号、一番下に俳句が掲載されています。ジャーナリストの前澤猛さんにお願いしているもので、むささび401号(2018年7月8日)が最初です。つまり今回でちょうど100句目というわけです。ここをクリックすると100句全部を読むことができます。

▼このジャーナルがいつまで続くのか、分かりませんが、1回につき少なくとも6本の記事を用意している、ということは、これまでに3000本を超える原稿を書いたということに。趣味・道楽とはいえ、自分でも驚きです!お元気で!

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