musasabi journal

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474号 2021/4/25
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書


春を通り越して初夏のような天気が続いています。おかげで新鮮な明るさだった丘のみどりが少し濃さを増しているのですが、その中からウグイスの鳴き声がかすかに聞こえてきます。上の写真は "seaside sparrow" という鳥のものです。スズメの一種なのでしょう。今号のスライドショーは鳥たちの紹介です。

目次

1)スライドショー:鳥たちの必死
2)「ええことしたい」の夢
3)たった独りの反戦票、20年目の執念
4)国旗が分断を生む?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)スライドショー:鳥たちの必死

4月9日付のBBCのサイトに、2021年の鳥類写真コンテスト(Bird Photographer of the Year 2021 :BPOTY) の優秀作品が紹介されています。2016年から行われている国際コンテストで、毎年、70を超える国から22,000点以上の応募があるのだそうです。どの作品にも必死に生きている鳥たちの姿を見ることができます。鳥たちはどれも目つきが鋭いけれど、不思議と敵意は感じませんよね。埼玉県の山奥で生きるトンビ、キジ、ヤマガラたちを見ていると、みんな餌を求めて一生懸命働いているのがよく分かります。

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2)「ええことしたい」の夢

むささびジャーナル470号(2月28日)で、2002年に駐日英国大使館の主催で日英グリーン同盟という植樹活動があり、むささびが担当させてもらったことを書きました。この活動に関連してもう一つ「昔ばなし」をさせてください。それは活動を進める中でむささびが交わした、あるビジネスマンとの電話の会話のことで、実はほぼ20年も前に書いたことがある話題なので気が引けるのですが…。


その電話は大阪のある会社経営者からのもので、グリーン同盟のことを聞いて「自分も一本植えたい」というものだった。むささびは全く面識がなかったけれど、英国商品の輸入販売をしている会社の社長さんのようであった。
  • 「で、どこに植えるのですか?」と私。
  • 「あたしが昔通った小学校ですねん」
    「その小学校が何か英国と関係でも?」
    「ありまへん、何も。ただグリーン同盟は日英同盟100周年の記念事業ですな。その小学校も来年(2002年)で創立100周年なんですわ」
    「はぁ・・・」
    「あきまへんか?あたしも今年で60なります。今まで商売・商売ばかり考えてきたんですわ」
  • 「ええ・・・」
    「ここらで何か世の中のためにええことしたいと思うんですわ」
    「なるほど・・・とにかくこちらで検討させてください。それからお返事を差し上げます」

というわけで電話を切ったのであるが、私としては、ここだけは植えて貰いたいと心に決めてしまっていた。「世の中のためにええことしたい」の一言に参ってしまったのである。もちろん私の一存で決めるわけにはいかない。大使館内の了解を取り付ける必要があったけれど、その人が「ええことしたい」というだけでは理由としては弱すぎる。私が挙げた理由は「校庭に植えるのは環境教育活動でもある」というもので、スンナリと受け入れられてしまった。 で、2002年2月、この小学校の創立100周年記念行事の一環としてイングリッシュオークの植樹式が行われた。送ってもらった写真によると、大阪の英国総領事夫妻も参加して盛大に行われたようであった。


世の中のためにええことをしたい」という、私とほぼ同じ年のあのビジネスマンの真意のほどは分からない。純粋にそう思ったのかもしれないし、ひょっとすると彼なりの「思惑」のようなものがあったのかもしれない。あるいはその両方であったかも・・・。 さして大きくもない(と思われる)会社の経営者である、毎日が商売のことでアタマがいっぱいのはずだ。50年も前に卒業した母校に小さな木を一本寄贈したからといって「ビジネス」には何の関係もないだろう。いや、それが商売とは何も関係がないからこそ、オークの木を植えたいと(彼なりに)切実に考えたのかもしれない。

商売の話であれば「立て板に水」の如くいろいろな言葉を使って私を説得できたかもしれないのに、オークの話ともなると「立て板に水」どころか「横板に水あめ」で、殆どシドロモドロな言葉しか出てこなかったのかもしれない。あるいはそれも演技だったのかも?など考え始めればきりがない。


日英グリーン同盟では日本全国200ヶ所を超える町や村に、背丈約1メートルという英国生まれのオークが植えられた。大々的な植樹式を行ったところもあるし、何もセレモニーはなしでひっそりと植えられたところもある。どことなく可笑しいのは、国会議員や県知事、市長らの「偉い人たち」であれ、幼稚園の子供であれ、スコップでオークの根元に軽く土をかけるという全く同じことをやり、土をかける瞬間は何か非常にいいことをしているような気分になったのではないかということである。式が終わるとオークのことなどけろっと忘れてしまうとしても、だ。


「世の中のためにええことをしたい」と言っていたあの大阪のビジネスマンも、あの日に植えたオークのことなど忘れてしまっているかもしれない。しかし彼が忘れようが憶えていようが、あの小さなオークは、彼が通った小学校に植えられて子供たちと毎日を過ごしている。大きく育つのか、途中で枯れてしまうのか、誰にも分からない。順調に育てば30年後には大きな枝を広げて夏には涼しい木蔭を作っているであろう。「ええことしたい」と言ったビジネスマンも、彼の言葉に動かされてしまった私も90才になっている。


「世の中のためにええことをしたい」と言っていたあの大阪のビジネスマンも、あの日に植えたオークのことなど忘れてしまっているかもしれない。しかし彼が忘れようが憶えていようが、あの小さなオークは、彼が通った小学校に植えられて子供たちと毎日を過ごしている。大きく育つのか、途中で枯れてしまうのか、誰にも分からない。順調に育てば30年後には大きな枝を広げて夏には涼しい木蔭を作っているであろう。「ええことしたい」と言ったビジネスマンも、彼の言葉に動かされてしまった私も90才になっている。



それまで生きていたとしたら、私はそのビジネスマンと二人で、その小学校へ行って立派に育ったオークの木を眺めてみたいと思っている。が、これには越えなければならないハードルが二つある。一つはその小学校が統廃合されることもなく、生き残っていなければならないということ。そしてもう一つは、二人合わせて180才にもなる老人がその小学校へ出かけて行っても「あんたら、なんやね」と校門のあたりで追い返されてしまうかもしれないということである。二人とも言葉もまともに喋れずに、ただ「アー、アー」とか言いながらしわくちゃな手で構内のオークを指さすしか能がないかもしれない。「あの木は我々が植えたんです・・・」と言いたいのであるが、歯は抜けているし、ろれつも回らない。結局守衛さんに追い返されて・・・と、こちらのハードルは小学校の統廃合などよりも、もっと高い。 (2003年3月)

▼この記事を書いたのがほぼ20年前、むささびが60才を少しだけ超えたあたりの頃です。むささびが90才、そのビジネスマンと合わせると180才という時代が来るなんて現実味を持って考えることはなかった。なのにすでに3分の2が過ぎているのですねぇ!その後あのビジネスマンとは全く接触がありませんし、イングリッシュオークがどうなっているのかも知りません。差しさわりがあるかもしれないので、植樹先の小学校を特定することは止めておきます。

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3)たった独りの反戦票、20年目の執念

アメリカのバイデン大統領が、アフガニスタンに駐留するアメリカ軍を今年の9月11日までに完全撤退させると発表するのを聴きながらむささびが思い出したのは、いまから20年前の2001年9月15日にワシントンの米議会で行われた、アフガニスタン攻撃をめぐる採決のことだった(むささびジャーナル333号参照)。その4日前の9月11日にニューヨークを中心とする同時多発テロが起こっており、全米がテロリストに対する恐怖と憎しみで凝り固まっていたのですが、当時のアフガニスタンのタリバン政権が9.11テロの主犯格とされるオサマ・ビン・ラディンをかくまっているというので、ブッシュ大統領がアフガニスタンの爆撃を提案したわけです。


大統領の提案は上院が98対0、下院も420対1という圧倒的大差で支持されたのですが、上下両院を通じてただ一人これに反対した議員がいた。バーバラ・リー(Barbara Lee)という女性の下院議員(当時55才)で、ここをクリックすると、採決当日のリー議員の下院における演説を動画と文字で見ることができます。むささびが記憶にとどめたいと思ったのは次の3カ所です。
  • This unspeakable act on the United States has really -- really forced me, however, to rely on my moral compass, my conscience, and my God for direction.
    (テロリズムという)アメリに対する言葉では尽くせないような行為に直面し、私はこれからの進むべき方向については、自分自身の道義上の羅針盤、自分自身の良心、そして私自身の神に頼るしかないという精神状態に至りました。
  • September 11th changed the world. Our deepest fears now haunt us. Yet, I am convinced that military action will not prevent further acts of international terrorism against the United States. 9月11日は世界を変えました。私たちは深い恐怖に襲われています。しかし、私は固く信じております。軍事行動によって、アメリカに対する国際的テロが繰り返されることを防ぐことはできないのです。 
  • As we act, let us not become the evil that we deplore.  我々が行動するにあたっては、自分たち自身が否定する悪に自分たちがなってしまうようなことがないようにしようではありませんか。 


リー議員のコメント中の最後の部分(悪と闘おうという自分自身が悪になってしまうことへの懸念)は、彼女が通っていた教会の牧師の言葉をそのまま使ったのだそうです。彼女はテキサス州エルパソ生まれなのですが、当時のエルパソは学校が人種別に分けられていたので、両親は彼女と妹を地元のカソリック系の学校へ通わせた。それでも黒人は彼女と二人の妹の3人だけだったので、いつも「仲間外れ」(going against the grain)という気分だった。

Mother Jonesというサイト(2001年9月20日)の "Alone on the Hill" という記事を読むとリー議員のことが詳しく出ています。バーバラ・リーは、カリフォルニア州オークランド選出の黒人下院議員なのですが、自分は何でもかんでも戦争反対という「非戦論者」(pacifist)ではないと言っています。ただ大統領提案のアフガニスタン爆撃決議案は、余りにも感情的で爆撃後のことなど何も考えていないところが「とてもついていけない」と思ったとのことだった。それにしても反対票が自分だけというのは全く想像外のことだったのだそうです。が、父親は「独りでも信念を貫いた」というので彼女の行動を支持していた。


あれから20年、バイデン大統領の発表についてリー議員は自身のツイッターで
  • Nearly 20 years after casting my lone vote against the 2001 AUMF, we are finally on our way toward ending this costly forever war. 私のたった独りの「2001年白紙委任状案」反対行動から20年、ようやくこの永遠の戦争に終止符を打つ方向に進み始めました
と書いています。

▼バーバラ・リーは自分のことを「何が何でも戦争反対の非戦論者ではない」と言っているけれど、彼女以前に似たような下院議員がいたのですね。ジャネット・ランキン(Jeanette Rankin)という女性下院議員の第一号とされる人で、1917年にアメリカの第一次世界大戦への参加に反対しているし、日本軍による真珠湾攻撃のあとも対日宣戦布告に反対している。

▼バーバラ・リー議員がただ独り反対票を投じたのは、正確に言うとアフガニスタン攻撃提案ではなくAUMFという決議案だった。AUMFは "Authorization for Use of Military Force" の略語で「テロを計画、承認、実行、支援したと大統領が判断した国家、組織、個人に対してあらゆる必要かつ適切な力を行使する権限を与える」というものです。その意味では事実上のアフガニスタン爆撃提案なのですが、当時のブッシュ政権の対テロ戦争に対して議会としてのお墨付きを与えるものだった。アフガニスタン攻撃以外にも米軍によるイラク爆撃やイスラム国攻撃などの場合も同じような決議案が提案、支持されている。

▼リー下院議員については、彼女のホームページを見ると詳しく出ています。選挙区がカリフォルニア州オークランドということは、カリフォルニア大学バークレーも近く、政治的にはかなりリベラルなエリアです。

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4)国旗が分断を生む?


一か月ほど前のBBCのサイト(3月25日付)に
  • UK Government buildings to fly union flag every day 英国の政府関係の建物には毎日ユニオン・フラッグが掲揚される
という見出しの記事が出ています。

「ユニオン・フラッグ」というのは例の国旗ですよね。現在のところ公的な建築物への国旗掲揚が義務付けられているのは、女王の誕生日など1年に20日となっているのですが、それを毎日掲揚するという指示(guidance)が文化省(Department for Digital, Culture, Media and Sport:DCMS)から発表された。実施されるのは夏になってからというのですが、それがいつのことなのか、いまいちはっきりしない。BBCの記事には文化大臣のオリバー・ダウデン(Oliver Dowden)による次のようなコメントしか出ていない。
  • The Union Flag unites us as a nation and people rightly expect it to be flown above UK government buildings - this guidance will ensure that happens every day. ユニオン・フラッグは国家と国民を団結させるものであり、それが政府の建物に掲揚されることを期待することは当たり前だろう。


BBCのインタビューを受けるコミュニティ担当大臣
(バックに国旗と女王の写真が見える)

どうってことないニュースのように見えるのですが、政府関係の建物に限るとはいえ、国旗掲揚を年に20日から「毎日」へと切り替えるについては、きっかけとなった「事件」があった。BBCテレビの朝のニュース番組(BBC Breakfast)にコミュニティ担当大臣(Robert Jenrick)が出演、スタジオと大臣の事務所をオンラインで結んでインタビューを行った。話題はコロナ禍とワクチン接種だったのですが、その部分が終わったときに、大臣の背後に立てられたユニオン・フラッグについて、スタジオのキャスターが
  • I think your flag is not up to standard size, government interview measurements. I think it’s just a little bit small, but that’s your department really.  政府関係者とのインタビューのバックにしては旗のサイズが小さすぎるんじゃありません?ま、そこは大臣のお役所ですから・・・。
と(冗談交じりに)語りかけた。大臣はそれには答えなかったのですが、スタジオにいた女性キャスターがクスクス笑っていた。この部分について「失礼だ」とする抗議が視聴者からBBCに寄せられ、それから約一週間後に文化省がプレスリリースを発行、「政府関係の建物は毎日国旗を掲揚すること」という「指導」(ガイダンス)が発令されたことを明らかにしたというわけです。


ユニオン・フラッグの歴史 
Where is Wales?

文化省のプレスリリースによると、現在のユニオン・フラッグの原型ができたのは1606年、スコットランド王国のジェームズ4世がジェームズ1世としてイングランドでも君臨するようになった際に二つの王国の象徴として作られたのが最初のユニオン・フラッグだった。それから約200年後の1801年にアイルランド王国がこれに加わり、これを代表するセント・パトリックを象徴する赤十字が加えられて現在の国旗となった。よく言われることですが、この国旗にはUKを構成する国の一つであるウェールズを象徴するものがない。それはウェールズ王国がイングランドに組み込まれたのが1282年で、イングランドとスコットランドが統合された時点ですでにイングランドの一部になっていたから・・・と説明されている。



ウェールズが入ったユニオン・フラッグ?

今回の国旗掲揚について、ウェールズ自治政府のマーク・ドレイクフォード第一大臣(首相にあたる)は「ウェールズ人のナショナリズムに火をつけるだけ」(will feed Welsh nationalism)と言っている。スコットランド人は「時間と金の無駄」(waste of time and money)、また北アイルランドではユニオン・フラッグの掲揚は指定の20日、中央政府関連の建物でのみに限ると法律で決められているけれど、南のアイルランドの人びとは、今回の変更は「北アイルランド問題を再燃させるだけ:reignites NI debate」(Irish Times)と言っている。さらにObserver紙のコラムニストは
とコメントしている。

▼ボリス・ジョンソン本人はそのようなことを口にしてはいないのですが、国旗に関するこのような動きをBREXITと切り離して考えることはできませんよね。ジョンソン首相らのいわゆる「世界の英国」(Global Britain)は「国民的団結」抜きにはあり得ない。というわけでいろいろな策を講じてそれを促進しようとするのでしょうが、彼のアタマにあるのは "Global England" であってUKではない…つまりいざとなったらイングランド独立(!?)という路線もありというわけ。

▼むささびのような外国人から見ると、ユニオン・フラッグが象徴する「つぎはぎ連合王国」こそが英国の強みであると思います。この記事の最後に紹介したObserver紙のコラムニストの言葉、即ち「国民に対してその国のシンボルに対する敬意を押し付けようとする姿勢こそが、その国の文化的衰退の表れを象徴する」という姿勢は全く正しい。

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5)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら


walk-on part:端役

Guardianのコラムニスト、Simon Jenkinsは、最近亡くなったエディンバラ公について
と言っています。「フィリップ殿下は、王室が関連するドラマにおいて端役を演じたけれど、それを完璧にこなした」というわけですね。ネットの辞書では "walk-on part" を次のように説明しています。
  • a very small part in which the actor is on the stage for a short time and speaks very few or no words. 極めて小さな役割で、それを演じる役者は、ごく短い時間しか舞台上にいないか、ほとんどしゃべることがないか全く無言
良きにつけ悪しきにつけ「英王室」を代表する存在はエリザベス女王というのが国の内外を問わず定着したイメージだった。女王自身が1992年、戴冠40周年を記念したスピーチで、その年を「最悪の年」(annus horribilis)と呼んだことがある。彼女の次男であるヨーク公が妻のセーラと別居、娘のアン王女がマーク・フィリップス大佐と離婚、自身の居城であるウィンザー城の火災・・・とにかく彼女および英王室にとっては最悪の年だった。

ジェンキンズに言わせると、そのような時でもエディンバラ公は女王を、女王はエディンバラ公を心から愛していたけれど、彼らの愛は不思議と表面に出ることはなかった(strangely undemonstrative)のだそうです。つまり・・・
  • 殿下はただそこにいたというだけ。でも働き者の妻を支える頼もしい岩のような存在だった。要するに現代的な男と呼ぶべき存在だったということだ。 He was simply there, a rock for a hard-working wife, a rather modern sort of man.
とのことであります。

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6)むささびの鳴き声
▼4つ目に載せた「国旗が分断を生む?」という記事に関連するけれど、自民党の中でも「保守系」とされる政治家が「国旗損壊罪」という罪を新設するために現在の刑法を改正しようと動いているのだそうですね。日本の国旗(日の丸)を壊したり、汚したりする行為を処罰できるようにしようということです。日本には外国の国旗を損壊する行為を罰する規定(刑法92条)はあるけれど、日本の国旗を損壊する行為を罰する規定はないのだそうですね。知りませんでした。刑法92条には次のように書いてある。
  • 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、または汚損したる者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
▼つまり日本国内において(例えば)ユニオン・フラッグを破れば罰せられるのに、日の丸を燃やしてもこれを罰する規定がないのだそうです。そこで自民党内の保守系グループを中心に「外国では自国の国旗を損壊すると重い刑罰が科される。日本も同じようにするべきだ」という声が上がっているのだそうです。ネット情報では、確かに独・仏・伊・米・中・韓、いずれも自国の国旗を損壊した者には罰金刑や禁固刑が科せられることになっている。

▼そこでむささびは、その保守系グループの政治家のお友だち(と想像される)堀内恭彦という弁護士が書いた<「日の丸」を大切に 「国旗損壊罪」を考察する>というエッセイ(2月22日付産経新聞)を読んでみました。言うまでもなく、この人は自民党の保守系グループが提唱している「国旗損壊罪」に賛成している。

▼堀内さんの主張にはポイントが二つあり、いずれもこの提案に反対する意見に対する反論(つまり国旗損壊罪に賛成)という形をとっています。一つは提案されている「国旗損壊罪」が「表現の自由を侵害する」という批判に対する反論です。彼によると、表現の自由は無制限ではなく、国旗を引き裂いたり、燃やしたりする行為は保護されるべき「表現の自由」とは言えない。しかも…
  • 国旗損壊罪は「侮辱する目的をもって」という限定を付したうえで、損壊・除去・汚損という行為に限って処罰するものであり、表現の自由を不当に侵害するおそれはない。

    というわけです。
▼奇妙な理屈だと思いません?芸術家が、自分の思想を表現する中で国旗を損壊したりすることはあり得ますよね。むささび自身は(おそらく)あまり愉快には感じないかもしれないけれど、それを法律で処罰するのはもっと不愉快である、と思います。堀内弁護士によると、国旗損壊罪は「侮辱する目的をもって」と限定しているのだから「表現の自由を不当に侵害するおそれはない」となるけれど、日の丸であれ、ユニオン・フラッグであれ、侮辱する目的・意図なしに燃やしたり、おしっこをかけたりなんてことしますか?国旗損壊罪が「侮辱する目的をもって」と「限定」しているから「表現の自由は侵していない」と主張するのは「屁理屈」なのでは?

▼国旗損壊罪に反対する人たちの中には「戦時中の国旗を現在も使用している日本は、戦争被害を受けた近隣諸国民に対し、外交上の配慮をすべきである」という「慎重論」を展開する人たちもいるのだそうですね。そのような「慎重論」について堀内弁護士は
  • これこそ自虐史観にとらわれた発想であり、自国の国旗をどのように取り扱うかはその国の内政問題である。むしろ、国旗の意義、大東亜戦争の経緯を踏まえて日本の意思を堂々と表明していくべきである。

    と主張している。
▼堀内さん(昭和40年生まれ)に言っときますが、日の丸によって「戦争被害」を受けたのは、アジア人や欧米人だけではありませんからね。日本人の中にだって被害を受けたと感じている人はわんさといる。沖縄・長崎・広島の人たちだけではない。お分かり?日本にこれまで「国旗損壊罪」がなかった理由について堀内さんは「国旗を尊重することは明らかな常識で、昔から日章旗(日の丸)を大切にしてきた歴史もあり、わざわざ処罰規定を設ける必要性がなかったため」と言っている。それはもちろん違う。そのようなものを作ることによって、日本が国家が人間にとやかく命令することを良しとする国(「普通の国」とも言う)になることを嫌う人たちがいたからなの。むささびがその一人であることは言うまでもない。

▼「国旗損壊罪」を推進しようとする人びとが必ず挙げる「外国の例」がフランスやドイツですが、「英国」は出てこない。旗のことを専門に研究しているFlag Instituteという組織で旗章学(vexillology)なるものを研究するグレアム・バートラム(Graham Bartram)という専門家によると、英国のユニオン・フラッグが英国の国旗であることは間違いないのですが、法律的な根拠はないのだそうです。つまり「いつの間にかそうなった」ということです。そのバートラム氏が大衆紙・The Sunに語ったところによると、
▼ユニオン・フラッグはこれを燃やしても「国旗損壊」という罪にはならない。そんな法律がないからです。バートラム氏は「人間に暴力を振るうぐらいなら国旗を燃やす方がマシ」(I’d rather someone burned our flag than that they hurt someone or beat someone up.)として、次のようにコメントしています。ちょっと長いけれど引用しておきます。
  • If those people represented by it want to destroy it then that’s part of the point of its existence as a symbol. The object is replaceable, but people aren’t. 国旗が代表する人びと(国民)が国旗を損壊したいというのであれば、それはその(国旗)シンボルとしての存在理由の一部であるともいえる。モノは取り換えがきくけれど、人間は取り換えはきかない。
▼人間は取り換えがきかない…分かる、堀内さん!?

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