musasabi journal

2003 2004 2005 2006 2007 2008
2009 2010 2011 2012 2013 2014
 2015 2016 2017      
379号 2017/9/3
home backnumbers uk watch finland watch green alliance
美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
上の写真は2万人(推定)の人びとが集まって熟したトマトをぶつけ合った場面なのだそうです。2017年8月30日(水曜日)、場所はスペイン・バレンシア州のブニョールという町で、撮影したのは写真家集団・マグナムのMatt Stuartというカメラマン。毎年8月の最終水曜日に行われるLa Tomatina(トマト祭り)という収穫祭の様子です。ブニョールの人口は1万人弱なのに、毎年この祭り目がけて世界中の物好きが4万も5万も集まる。いくらなんでも危険だというわけで、今年は人数を2万に規制したとのことです。それにしても大の大人が押し合いへし合い、気持ち悪い・・・トマトが可哀そうだ!一方、埼玉県の山奥ではツクツクボウシが鳴いて、急に秋が来たという感じです。

目次

1)ミサイル飛来:北海道の英国人が感じたこと
2)フィンランド:テロ事件の波紋
3)バノンは消えてもバノニズムは残る?
4)新聞ジャーナリズムの存在価値とは?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)ミサイル飛来:北海道の英国人が感じたこと

8月29日に北朝鮮が発射した弾道ミサイルが「日本の上空を通過した」というニュースは英国メディアでも大きく伝えられたようで、スコットランド゙の友人が「大丈夫か?」というメールまで送ってきました。英国メディアのサイトに並んでいた見出しをいくつか紹介すると・・・。
  • BBC:North Korea fires missile over Japan in 'unprecedented threat' 北朝鮮が日本上空へミサイル発射、「これまでにない脅威」
  • Mirror:North Korea fires missile over Japan: Recap updates as Trump warns Pyongyang 'all options are on the table' 北朝鮮が日本上空へミサイル発射、トランプが「あらゆるオプションがそろっている」と北朝鮮に警告
  • The Independent:North Korea missile over Japan: China blames US and South Korea for provoking Pyongyang 北朝鮮が日本上空へミサイル発射 中国は米韓を「北朝鮮を挑発」と非難
  • Telegraph:What was the missile North Korea fired over Japan and was it a warning to Guam? 日本上空へのミサイル発射・・・これはグアムへの警告なのか?


と、そんな中でBBCのサイト(8月29日付)に「北朝鮮のミサイルの影の中でお茶をいれる」(Brewing tea in the shadow of a North Korean missile)という記事が出ていました。何のことかと思ったら、このミサイル発射騒ぎを北海道で体験した英国人の「体験談」だった。一人は倶知安に近い比羅夫という町で衣料品ビジネスをやっているジョナサン・ナイトという青年、もう一人は札幌在住のアマンダ・ハーローという女性です。

ジョナサンは自分の携帯が鳴らす警告音で目が覚め、近所に鳴り響くサイレンの音を聴きながら「ロンドン空襲ってこんなだったのか」と思ったりしてから起き上がり、「最も英国人的に振る舞う」ことに決めた。つまりとにかくお茶を一杯たてること(I made a cup of tea)。

家を出て近所の人たちに話を聞いたのですが、誰もが「無関心」(apathy)という感じだった。最近のテレビは北朝鮮のニュースばかりやっているから「慣れっこ」(impunity)になっているということもある。それと自分たちではどうにもならないことだから、北朝鮮については何が起こっても「それで?」(What next?)という感覚しか起こらないように(ジョナサンには)見えたのだそうです。


札幌に住むアマンダの場合、自分の携帯が鳴ったときはまだベッドの中で夫とテレビを観ていた。「どうする?」と二人で顔を見合わせた。シェルターらしきところと言えば歩いて5分のところにあるスーパーの駐車場しかないなどと言いながらパジャマ姿でじっとしている・・・「どうも現実感が湧かない」(kind of surreal)状態だった。彼女もまた、北朝鮮のミサイルなんて「ほとんど驚かなくなってしまった」(we hardly notice it now)と言いながら、次のように付け足している。
  • 逃げる時に飼い猫を連れて逃げるべきかどうかは分からない。だけど、もし核ミサイルが北海道を直撃したとしても逃げたって仕方ないんじゃないの?という感覚なの。
    We didn't know whether to take our cats and run, but my feeling was that if a nuclear missile hits Hokkaido then there's no point in running anywhere."


で、比羅夫の町のジョナサンが近所の人たちについて語るのは「みんなが非常に落ち着いている」(tend to be very stoical)ということだった。
  • 皆が冷静を保っていて、すぐに事態がいつものとおりになりました。いま郵便配達が来たばかりなんです。
    Everybody managed to stay calm and things are getting back to normal. We've even just had a visit from the postman.

▼確か8月29日の夜9時のNHKのニュースだったと思うけれど、女性のキャスターが「日本の上空をミサイルが通過しているというのに何の制裁もないのか」という趣旨の発言をしていました。あれはどういうつもりの発言だったのか?それを耳にしながら、むささびは「この人は、これがベトナム上空なら制裁などしなくてもいい」と言っているのか?と思ってしまったわけです。

▼で、あのNHKのキャスターに読ませたいと思うのが、翌日(8月30日)の北海道新聞の「卓上四季」というコラムに出ていた『アリの理屈』というエッセイです。北朝鮮に対して日本がとるべき姿勢について「アリの好戦性」と絡めて書いている。ハシリハリアリという種類のアリは敵を見ると音を出して威嚇する・・・ミサイルなんか発射したら経済制裁だぞ!と脅かすのと似ている。が、このアリの場合、お互いに威嚇し合っても結局は撤退するのだそうです。「直接戦うことで、けがをしたり死んだりするのは得策ではないとの判断が働くらしい」と言っている。

▼北朝鮮の行動について安倍さんが「さらに制裁を強化する」と発言したことに批判的で、「いまこそ冷静に対話の道を確保して、粘り強い外交努力で解決を模索しろ」と主張している。そして「私たちも冷静に情報を見極めて、いたずらに不安に踊らされないよう気をつける必要がある」と薦めている。そのことは「アリにも分かる理屈だ。人間に分からないはずがない」と言うわけです。

▼このコラムは8月30日の午前5時にサイトに掲載されたことになっている。つまり担当者がこれを書いた時間はおそらく前日の夜と考えるのが自然ですよね。どのテレビを見ても「北朝鮮は怪しからん」という怒りの雰囲気で一杯だったのでは?このコラムニストはひょっとするとNHK夜9時のニュースを見ながら書いたのかも?

back to top

2)フィンランド:テロ事件の波紋
 

8月18日、フィンランドのトゥルクという町で、通行人が男(モロッコ人・18才)に刃物で次々に刺され、女性2人が死亡するという事件があり、主犯格の一人も含めて5人が逮捕され、あと一人が国際手配されている。フィンランド政府はこれをテロ事件と断定した・・・という事件について、8月21日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)が
という見出しの記事を載せています。


事件直後にフィンランドのユハ・シピラ(Juha Sipila)首相は「我々はこのようなことが起こることを怖れていた。フィンランドが離れ島である時代は終わったのだ」(We have feared this. We are not an island any more)というコメントを発表している。最近のヨーロッパの国々はいろいろな規模のテロ事件に見舞われているけれど、フィンランドではこれがなかったのですね。

つい2か月前までフィンランドではテロに対する警戒レベルが「最低」だった。フィンランドは、正式なNATO加盟国ではないのですが、FTによると、これまでにアフガニスタンやイラクにもNATO支援部隊を派遣しており、その意味ではイスラム聖戦主義者からの攻撃の対象になっても不思議はないのですが、これまでは中東の混乱やテロからの攻撃対象にもなってこなかった。



なのに何故いまフィンランドでテロなのか?FTはヘルシンキ大学のリーナ・マルッキ研究員のコメントを紹介しているのですが、
  • これまではフィンランドを舞台に活動しようとするテロ組織がなかったと思われてきた。きっと何かの変化を見たからテロリストの興味の対象になったのだろう。
    The assumption has been that the major terrorist organisations have not been interested in operating in Finland. So [this] would be somebody who gets inspired to act by something they have seen.
という具合にいまいち要領を得ない。ただマルッキ研究員は、テロリストが活動を実行しようとすれば、現在のフィンランドならそれほど綿密な計画を立てなくても「簡単に実行できただろう」(It was easy)と言っている。


ただ、この事件が与える社会的影響は計り知れないものがあるようで、ある大衆紙が行った世論調査によると、難民・移民の受け入れを制限するべきだという意見が、ほぼ6割(58%)を占めている。昨年の同じ時期ではこれが4割にも満たなかったのだそうです。またいわゆる「亡命申請」(asylum seeking)が拒否された人物については、これまでは収容施設のようなところに入って、再度の申請を行うことが認められていたけれど、この事件以後は8割が「社会的に隔離するか、国外追放するかのどちらかにするべきだ」と答えている。

当然、政治的な影響も大きい。現在のところ最も強く反移民を掲げる右派の「真のフィンランド人党」(True Finns)は、今回の事件を政府によるこれまでの「無規制の移民政策」(uncontrolled immigration policy)を推進してきたエリートたちの過ちとして非難している。ヘルシンキ大学のマルッキ研究員は亡命申請者や移民希望者をどうするのかについて「さらに国論が分裂する可能性が高い」と言っています。

▼トゥルクという町は、人口が18万、もともとヘルシンキの前のフィンランドの首都だったんですね。その町の地方紙であるトゥルン・サノマによると、この事件は市民にかなり深刻な影響を与えたようで、事件以後増えたパトール警官の姿を見ると抱きついてくる市民もいる。警官の武器携帯に関する論議も高まっている。フィンランドでも警官は拳銃を携帯しているけれど、警察学校の関係者によると、それは犯人や容疑者を殺すためではない。あくまでも抵抗をくじき、犯行そのものを止めさせることが目的であり、それも拳銃を使用するのは最後の最後の手段としてなのだそうです。今回の事件でも警察官が撃ったのは容疑者の足だった。このあたりもアメリカや英国の警官とはちょっと違う?

▼フィンランドにおけるテロの容疑者がモロッコ出身なら、8月17日、スペインのバルセロナなどで起こったテロ事件でもモロッコ人が容疑者として取り調べを受けている。アメリカのMigration Policy InstituteというNPOのサイトに出ていた情報(2014年3月)によると、モロッコは20世紀後半において、世界で最も海外移住者の多い国(world's leading emigration countries)の一つだったのですね。国の人口は約3300万なのですが、ヨーロッパで暮らすモロッコ出身者の数は300万を超えており、北米なども含めるとざっと400万のモロッコ人が海外で暮らしていることになる。

▼ヨーロッパでもモロッコ人が特に多いのがフランスで、ウィキペディアによると現在150万人以上のモロッコ人が暮らしている。スカンジナビア諸国ではノルウェー(3万人)、デンマーク(2万6000)、スウェーデン(1万3800)などとなっているけれど、フィンランドにおける人口は出ていない。1000人程度という情報もある。

back to top

3)バノンは消えてもバノニズムは残る?

8月26日付のThe Economistが「バノニズムの将来」(The future of Bannonism)という記事を掲載しています。トランプの大統領首席戦略官(chief strategist)を解任されたスティーブ・バノン(Steve Bannon)についてのものなのですが
  • トランプのアドバイザー(バノンのこと)は去った。しかし彼の思想は相変わらず生き残っている
    Donald Trump’s adviser has gone, but his ideas stick around
と言っている。バノンについてはメディアが「極右」と呼んでいる程度のことは知っていたけれど、具体的にどのような思想を持っているのかについては、むささびは知らなかった。「右翼」とか「極右」というのは、どの道好きではないけれど、それは日本の右翼と呼ばれる存在に対する嫌悪感であって、アメリカの「右翼」についてはよく分からない・・・というわけで、The Economistに語るバノンの言葉を通じて「理解」を深めようと思いました。


バノンはまず、なぜ自分がThe Economistの取材要請に応じたのかについて「あんたらが敵だからさ」(You’re the enemy)として
  • あんたら(The Economistのこと)は自由貿易などという過激な考え方を支持している。自由貿易論は過激思想なのだ。私は真面目にそう思っている。
    You support a radical idea, free trade. I mean it, that’s a radical idea.
と言っている。

バノンは「諸悪の根源」ともいえる存在として、共和党上院議員(院内総務)ミッチ・ミッチェル、中国、シリコンバレーとウォール街のエリートたちを挙げている。ミッチェル議員はトランプについて「民主主義が分かっていない」という趣旨の発言をして批判しており、シリコンバレーとウォール街のエリート人間らについては
  • アメリカ国民のことを考えないグローバル人間たち
    They’re a bunch of globalists who have forgotten their fellow Americans.
と非難している。バノン自身、バージニア州の労働者階級の出身でありながら、ウォール街やハリウッドでキャリアを積んだ人間なのですが、その彼の眼にはマイクロソフト、アップル、フェイスブック、ツイッターetcの創設者たちが推進する「グローバル化」は「アメリカ人労働者のためにならないし、避けることができるもの」(disastrous for American workers and avoidable)ということになる。


では中国の何が気に食わないのか?
  • 100年後に現在を振り返ってもらいたい。そのときに商人根性丸出しの儒教が負けて、キリスト教に基づくリベラルな西洋が勝利したと言えるようになっていてもらいたいのだ。
    I want the world to look back in 100 years and say, their mercantilist, Confucian system lost. The Judeo-Christian liberal West won.
The Economistの記事によると、バノンは熱心なカソリック教徒であり、文明の衝突(civilisational conflict)が避けられないと信じている。儒教的中国の成長はキリスト教的文明の代表格であるアメリカにとって脅威となる・・・というわけであります。

トランプは最近、アフガニスタンにおける米軍の駐留を続けるだけでなく、さらに兵隊を増加させるとも発表しましたよね。国防大臣や安全保障補佐官の意見を採用したとのことなのですが、バノンはこれに大反対だった。アフガニスタンからの米軍撤退を主張したわけですが、バノンが主張したのは米軍に代わって民間の雇用兵(mercenaries)を駐留させるというアイデアで、これを提案したのが民間軍事会社、Blackwaterの創設者であるエリック・プリンス(Erik Prince)という人物だった。

 

トランプはテレビのトークショーで有名で、銃規制や移民政策についてはリベラルな考え方もしており、非白人の共和党支持者の間では人気者だったのだそうです。The Economistによると、それが変わったのはバノンが選挙参謀に就任してからのことだそうで、バノンはトランプに次のように語ったのだそうであります。
  • アメリカ国民はトランプの至らなさなど分かっているし、性格的な問題点も分かっている。でも気にはしていないのだ。国民は変革を求めていた。オバマは充分な変革をしなかったのだ。我々がこだわるのはナショナリストとしてのメッセージであり、野蛮人になることなのだ。そうすれば勝つ。
    The American people understood his foibles and understood his character flaws and they didn’t care. The country was thirsting for change and [Barack] Obama didn’t give them enough. I said, we are going for a nationalist message, we are going to go barbarian, and we will win.


そして結局勝ってしまったわけですが、大統領になったトランプとこれを支えたバノンの間で大統領の在り方について意見の一致を見る部分があるのだそうです。それは
  • 大統領は支持者に対してのみ説明責任を負う。
    the president is answerable only to his supporters.
ということです。このことがはっきりした最近の例が、バージニア州における白人優越主義者の暴力沙汰です。トランプの彼らに対する非難の姿勢が曖昧であったということで非難を浴びたわけですよね。ただバノンに言わせると、トランプはこの問題を「うまく乗り切った」(handled Charlottesville well)となる。何故なら支持者の間でトランプの態度に異を唱える者はほとんどいなかったのだから。

バノンはホワイトハウスを去って、自分のウェブサイトで言論活動を続けるわけですが、来年は中間選挙の年で、トランプがこのままだと共和党が議会で議席を大幅に失う可能性がある。というわけで、共和党穏健派の間でトランプに対する風当たりが強くなっているわけですが、バノンは、自分が主宰するニュースサイト、Breitbartを通じて「穏健派」攻撃に全力を注ぐと言っている。その意味で、バノンは去ってもバノニズムは残るかもしれないということです。

▼「儒教の中国とキリスト教的文明の国であるアメリカは、衝突を避けることができない」、「大統領は大統領支持者に対してのみ責任を負えばいい」、「アフガニスタンで戦うのはではなくて民間の警備会社が派遣する雇用兵に限る」・・・バノンの言うことを聞いていると、現在の地球上で最も危険な国はアメリカであると改めて思いますね。北朝鮮の比ではない。

back to top

4)新聞ジャーナリズムの存在価値とは?
 

むささびジャーナルでこれまでに何度か紹介した英国のジャーナリストにアンソニー・サンプソン(Anthony Sampson)という人がいます。2004年12月に78才で亡くなっているのですが、英国という国の権力構造を解説した "Anatomy Britain"(英国解剖)は彼の代表作であるばかりでなく、戦後の英国を知るうえでのバイブルのような名著です。おそらく今でも最も尊敬を集めるジャーナリストの一人であることは間違いない。


そのサンプソンが書いた「メディア論」のようなエッセイが2005年1月10日のGuardianに出ています。題して
内容は彼が中心となって行なったメディア(主として新聞)に対する意見調査の紹介なのですが、さまざまな分野において英国社会の指導的な立場にいる人物にそれぞれのメディア観を語らせている。ツイッタ-やフェイスブックのようなインターネットによる交流サービスが登場する少し前の時代、新聞というメディアがどのようなものとして見られていたのか?自身が新聞ジャーナリストであったサンプソンが自分の職業について何を考えていたのかを知るうえで貴重な記事であると(むささびは)考えるわけです。
政治を蔑視する文化 決めつけを助長 政治と新聞の癒着
昔ほど重要ではない 群集心理 解説者は腐敗する
政治を蔑視する文化は新聞が育んだ:労働党国会議員
新聞は政治および政治家に対する信頼の崩壊を声高に語る。信頼の崩壊が主に新聞によってもたらされたものであるなどとは考えてもいない。(政治を始めとする)公的な活動を侮蔑の眼で見下す文化(culture of contempt)を育んだのは新聞だ。

▼新聞が決めつけを助長する:北アイルランドの社会評論家
新聞によると、政治家はすべて自己利益とエゴによって動いており、官僚は誰も彼も道徳心がなくて無能であり、ビジネスマンは良心のかけらもない太った猫のような存在であるということになる・・・そのような決めつけ(assumption)が社会の大勢を占めると、新聞の「別の宇宙」が広がる。

▼政治と新聞が仲良しになると:左派系労働党議員
最近の国会詰めのクラブ・ジャーナリスト(lobby correspondents)を見ていると、戦争記者たちが戦場において軍人によって吹き込まれることだけを報道するのと似ているように思える。政治家という階級そのものが自分のお気に入りとだけ暮らしているかのようだ。

▼新聞は昔ほど重要ではない:保守党議員(元ジャーナリスト)
実を言うと、新聞は昔ほど大切なものではなくなっている。自分たちが考えているほどには大切なものではないということだ。社会における自分たちのこのような姿が分かっていないのはジャーナリストと政治家だけだ。

▼ジャーナリストの群集心理:大学教授
ジャーナリストの群集心理(herd instinct)について。最悪の集団行動が見られるのは、ひとりの記者や一つの新聞が取り上げた話題を他社・他者も取り上げるときだ。大体においてチェックもされずに報道されてしまう。

▼時代の解説者は腐敗する:聖職者
どのような時代でも解説役(interpreters)という存在は必要だ。過去においてはそれが神学者であったり、歴史家であったり科学者であったりしたけれど、どのグループにも腐敗はつきもの(corruptible)であったし、負の側面はあった。今や社会の解説者がメディアであることは疑いがない。

この記事が書かれた2004年は、イラク戦争開始から1年後、トニー・ブレアの労働党政権が二期目を迎えたころです。野党・保守党の存在感が極めて薄い時代だった。ここに紹介された意見に共通しているのは、ジャーナリストという人びとが持っているように見える他者(書かれる側)に対する傲慢さに対する批判です。



ただ、サンプソンに言わせるならば、新聞ジャーナリスト自身もそのような自分たちの立場に対する不安感は感じ始めていた。特にイラク爆撃が始まった2003年の直前といえば、与野党挙げてブレア首相の爆撃論を支持するような状態で、弱体化した野党(保守党)に成り代わって自分たちが政府批判を行う「野党」のような役割を果たさざるを得ないような状況だった。ジャーナリストの中にも自分たちと「国民」(the public)の間に存在する溝のようなものを埋める努力はするべきだという意見を持つ人はいた。
  • 新聞は社会的な攻撃の対象になっている人びとや機関の主張に十分に耳を傾けたと言えるのか?
    Do newspapers give a fair enough hearing to people and institutions who are under attack?
とサンプソン自身が自問している。でもジャーナリストは「称賛」(praise)よりも「批判」(criticise)することが自分たちの義務であると思っており、そのことが権力者が隠していることを暴露することにも繋がる・・・と思っている。ただ
  • 自分たちの立場とは反対の側からの批判や怒りを反映することによって、新聞は読者に信用されると同時に生き生きしたものになるのだ。
    But newspapers would become more credible to their readers, and often livelier, if they reflected more criticism and even anger from the other side.


結論の部分でサンプソンは、複数の回答者の意見として、ジャーナリストは自分たち自身の職業基準(professional standards)を確立することが大切であり、そのためには利害関係者(interested parties)からの圧力からの独立が決め手になると言っていると伝えている。ここで言う「利害関係者」には新聞の経営者(proprietors)も含まれる。ただ、サンプソンはジャーナリストたちが利害関係者からの圧力抜きで職業基準を確立するには、それを促進するジャーナリストたちの独立組織を作る必要があるという趣旨のことも述べている。

各紙とも発行部数が減少する中で、まともなジャーナリスト(serious journalists)は苦境に陥っている。一方では部数確保のためにセンセイショナルな報道が要求されるかと思えば、もう一方では新聞をまともに読もうとする真剣な読者はジャーナリストにすぐれた「公的教育者」(public educators)としての役割を期待する。アンソニー・サンプソンは「この種の矛盾がきれいに解決されることはあり得ないのだろう。商売上の圧力と公的利害の間の矛盾の克服を迫られているのは新聞社だけではないのだから」と言いながら、次のように結論を書いています。
  • しかしながら、新聞が自分たちの批判の対象である機関や組織との議論をより活発に行うことは可能だ。そこで自分たちの関心事をより率直に語ることができるならば、新聞は自分たちと読者の関係を守ると同時に信用性をも高めることになるのだ。
    But the more newspapers can engage in public debate with the institutions they criticise, and the more honestly they can represent their concerns, the more they can safeguard their own relationship and credibility with their readers.

職業別信頼度調査政治家とジャーナリストが最下位争い
世論調査機関であるIpsos MORIが1983年以来続けているのが、職業別信頼度(veracity index)調査です。全部で24の職種についての信頼度がランク付けされているもので、2016年版はここをクリックすると見ることができます。

上のグラフはその中から5つの職業だけを選んで信頼度の移り変わりを示すものです。最も特徴的なのが、30数年間にわたって「ジャーナリスト」と「政治家」の信頼度がほとんど2割以下で最下位争いを続けているということです。尤もここでいう「ジャーナリスト」とは誰のことを言うのか?については注意が必要です。英国の場合、今でも大衆紙と高級紙では中身も読者層もかなり異なる。つまり信頼度最低という記者は(むささびの推測ですが)どちらかというと大衆紙の記者なのではないか?2011年あたりからジャーナリストへの信頼度が少しずつとはいえ上昇しているのは何故なのか?これもむささびの推定ですが、1980年~1990年代に比べると英国が非階級社会化すると同時にインターネットが普及して、誰もが大衆紙と高級紙に接触するようになったということです。

このグラフには含まれていないけれど、テレビのニュースキャスター(News Readers)は信頼度がほぼ常に6割を超えるほど高い。このグラフでいう「普通人」(ordinary people)に対する信頼度と似ている。これもむささびの推測ですが、これはBBCのニュース番組の影響が大きいということ。それとテレビの世界には「階級」がない。

サンプソンは「英国解剖」シリーズの最後の著書となった "Who Runs This Place?" の中で、メディアが政治や政治家について悪しざまに語る傾向について、「最近の英国ではそのおかげで優秀な人材が政治家になることを避けるようになってしまった」として、英国の政治メディアが民主主義そのものを破壊しつつあるという趣旨のことを述べています(むささびジャーナル152同153)。さらに・・・
  • 自分たちが作り上げた塀の中で暮らすメディア階級のメンバーたちは、自分たちの「反響室」に閉じこもり、その中で自分たちの見解を述べ合っているのだから、彼らの政治判断も限られたものになってしまうのだ。
  • The self-enclosure of the media class inevitably limits its members' political judgement, as they become trapped in their own echo-chamber, repeating each other's views.
とメディアの世界の閉鎖性を痛烈に批判しています。

▼サンプソンによると、18世紀の英国における国会討論の報道はタイヘンだったらしい。討論が非公開であったから。19世紀になって国会に「記者席」が作られてようやく一人前扱いされるようになった。その頃の新聞の主役といえば何と言ってもThe Timesだったのですが、1930年代のThe Timesは国会討論の記事を一日平均400~500行掲載していたのに、1990年代になるとこれが約100行に激減、1980年代の初めにオーナーがルパート・マードックになるとさらに少なくなり、ついには国会討論の報道そのものがなくなってしまった。

▼なぜそれほどまでに国会討論の報道が軽視されるようになったのか?1990年代にThe Timesの編集長であったサイモン・ジェンキンズによると「読者受けがしない」ということ以外に「新聞こそが、日ごろの民主主義の担い手だ」(a more effective agent of day-to-day demoracy)とジャーナリストたちが考えたということなのだそうです。サンプソンが警鐘を鳴らしたのもうなずけますね。

back to top

5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

scaremongering:怖がらせ

昨年(2016年)英国で行われたEU加盟を継続するかどうかの国民投票に向けてのキャンペーンでさんざ使われた言葉ですね。使ったのは離脱派で、これに反対する勢力が「EUを離脱したらあれもダメになる、これもダメになる」と主張すると、「あれはただの怖がらせだ」とやり返すという応酬が続いたわけ。例えば大衆紙のDaily Expressに掲載された次のような見出し:
  • BBC accused of Brexit scaremongering with controversial Archers farming storyline
BBCが農家をテーマにした連続ラジオドラマで、Brexitのおかげで農家の生活が厳しくなるという趣旨の筋書きにしたというので、「怖がらせをやった」と非難されているとしている。

"scaremongering" は「恐怖」という意味の "scare" と「広める」という意味の "mongering" という言葉を繋げてできた言葉ですね。"mongering" は動詞ですが、その前に付ける言葉を変えるといろいろとできる。"rumourmongering"(噂を広める)、"scandalmongering"(スキャンダルを言いふらす)等々。

北朝鮮のミサイル発射を伝える報道ぶりは"scaremongering"そのものですよね。ひたすら「怖いぞ~」というメッセージを垂れ流している。結果として「北朝鮮は怖い」というイメージが定着、それによって日本全体が「反金正恩」の敵愾心で団結する・・・シンゾーの思うつぼですね。でも、日本人はそんな安っぽい"scaremongering"に騙されるほどアホではない・・・よね?

back to top

6) むささびの鳴き声
▼北海道に住んでいる英国人と北朝鮮ミサイルに関連するけれど、9月1日付の毎日新聞(夕刊)のサイトに『韓国人が見た「日本の反応」』という記事が出ていました。この記事を書いた庄司哲也という記者が日本にいる韓国人の大学教授から聞いたところによると、北朝鮮のミサイルが北海道上空を通過した8月29日、韓国内のテレビ局のトップニュースはミサイルではなくて「殺虫成分に汚染された卵の問題」だったとのことです。さらに8月23日に韓国内で行われた北朝鮮のミサイル攻撃などを想定した退避訓練の際、ソウルではそれに従って行動しようとする人はほとんどいなかった・・・と。

▼北朝鮮の行動に対する韓国人の反応については、前号のむささびで触れられているのですが、毎日新聞の記事では、8月29日の日本のメディアの反応は明らかに過剰だという在日韓国人の意見がいろいろと紹介されている。むささびにはそのほとんどが正しいとしか思えない。その中から一つだけ、立教大学の黄盛彬教授のコメントだけ紹介します。教授のメディア批判には二つある。一つは、政府による「呼びかけ」(避難訓練や屋内退避など)をあまりにも無批判に報道しすぎること。「訓練の効果の有無などをしっかり検証することも必要なはずです」と言っている。

▼黄教授がさらに批判の眼を向けているのが、テレビの情報番組や週刊誌で、米朝の危機を煽り立てるようなものが多いとのことです。「9月9日、北朝鮮をアメリカは空爆する」「北朝鮮核ミサイルが日本を狙っている」の類です。約1000万の人びとが暮らす韓国の首都、ソウルは軍事境界線からわずか約40キロしか離れていいない。東京と飯能市のようなものです。北朝鮮と韓国が本当に戦争にでもなれば『ソウルが火の海に』という比喩が現実のものとなり、タイヘンな数の犠牲者が出る。「そのような『危機』を伝えるには慎重さが求められるはずですが、日本のメディアでこうした情報を目にする機会は少ない」として、日本のメディアの戦争に対する現実感の欠如を指摘している。

▼むささびの母親は明治の生まれでしたが、世の中で危機的なことが起こると「ダイジョウブよ」というのが口癖だった。それは自分自身に語りかける言葉でもあったことは彼女自身が認めていました。太平洋戦争を生きた人間の「知恵」のようなものですね。怖いからこそ「ダイジョウブよ」と言うのです。つまり北朝鮮の「脅威」を煽り立てるメディアは実際には危機感などない。知らないだけ、危機感を煽り立てて商売しているだけ(というのはむささびのコメントです)。これだけ危機感や恐怖感を煽り立てれば、日本政府がアメリカからどのような武器・兵器を購入するという発表をしても誰も反対しない。

▼日本のメディアによる北朝鮮報道で思いついたのですが、プロレスのアントニオ猪木参院議員によるコメントの類が主なるメディアでは全く出てこないのではありませんか?北朝鮮とのパイプもあるようだし、シンゾーなどよりははるかに詳しいはず。せめて彼の見た北朝鮮の人びとの生活ぶりくらいは伝えて欲しいよね・・・と思っていたら北海道新聞(9月2日)が「アントニオ猪木氏、7日から訪朝 ミサイルで要人会談も」という報道をしていました。短い記事だったけれど、「北朝鮮の核・ミサイル開発問題について、対話で打開する道を探る意向とみられるが、北朝鮮が挑発行動を続ける中での渡航には批判も出そうだ」と書いてある。それ、どういう意味?相手が挑発的な行動を続けるからこそ「対話で打開」する努力が必要なんじゃないの?シンゾーのように「XXの一つ覚え(a fool's bolt)」みたいに制裁・制裁と口走るだけが能じゃないんじゃないんじゃありません?

▼4つ目の新聞ジャーナリズムの記事の中に載せた「職業別信頼度調査」ですが、2016年の調査に関する限り、24職種のうち最も信頼されている職業人のトップ5は看護婦・医者・教師・裁判官・科学者、最も信頼されていない職業人のボトム5は(下から順に)政治家一般・大臣・ジャーナリスト・不動産屋・産業人となっている。ネットを探したら日本における職業別信頼度調査というのが出ていました。今から5年前の調査で職種の数も10しかないのですが、トップ5は自衛隊・医師・裁判官・銀行・教師で、ボトム5は国会議員・官僚・マスコミ・大企業・警察となっていました。英国の場合、警察は24件中の第6位だから決して低くない。日本の場合は真ん中あたりなのですね。

▼この種の「信頼度」は、良くも悪くもメディアによる報道のされ方に影響される部分が大きいと思うのですが、日英ともに政治家・マスコミは評判が悪いのですね。むささび自身は「政治家がダメ」という意見そのものが信用できない。メディアの言っていることを知ったかぶりして繰り返しているだけという気がするから。でも世の中には健全なメディアの存在は絶対に必要だと思います。ちゃんとした言葉による交流の場としてのメディア(仲介物)であり、普通の人には知り得ない(けれど知る必要はある)事柄をきっちり伝えるジャーナリストという存在です。アンソニー・サンプソンはその意味でも素晴らしかった。

▼最後に、北朝鮮ともサンプソンとも関係ないハナシ。群馬県で「ベトナム国籍の男」が、職務質問をした警察官にかみつき、手錠をかけられたまま逃走したという「事件」がありましたよね。結局9月1日に本人が警察に出頭したというあれ。このニュースをラジオで最初に聴いたときは「上半身裸で裸足、片手に手錠をかけたまま逃走」と言っていた。そのニュースを聴いたとき、むささびは心の中で「がんばれ、逃げろ、つまかるなよ」と叫びました。「この人、絶対悪人ではない」と確信したから。日本テレビのニュースによると「群馬県大泉町で車に乗っていたところ、職務質問を受けた際に逃げだし・・・」とのことで、なぜ逃げ出したのかについては「無免許やオーバーステイが発覚し逮捕されたくなかった」と述べている、と。そんな人物に悪人がいるはずがないけれど、そもそもなぜこの人が「職務質問」を受けることになったのか?そのあたりのことを警察は説明しているのでしょうか?

▼それとこれはメディアがこぞって報道しなければならないほどの大事件だったのでしょうか?繰り返すと、31才・男性・半分裸・裸足・片手に手錠・警官に噛みつき・・・です。むささびには何も出来ないけれど、この人の生い立ちや日本に来てからの生活ぶりなどについて、ぜひきっちり報道して欲しい。その際、職務質問した警察官への取材も忘れないこと。

▼長々と失礼しました。
back to top
←前の号 次の号→
むささびへの伝言