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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年6月6日
むささびジャーナルを英国から送り始めてから3か月が経ちます。早いですねぇ。日本は間もなく梅雨入りでしょうか?イングランドもさすがに暖かいのですが、それでも日本の水準からすると早春のような日もたびたびあります。
目次

1)バス広告で宗教論争をする国
2)Twitterと政治:ものは使いよう?
3)菅政権、BBC特派員の感じ方
4)The Timesサイトの有料化とマードックのアタマの中
5)1950~2000年、英国の変遷
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声

1)バス広告で宗教論争をする国

神は存在するかどうかはともかく、神が苦情の対象であることは間違いない(Does God exist? He certainly gets a lot of complaints)という、変わった見出しの記事が5月26日付のThe Guardianのサイトに掲載されておりました。

上に並べた二つの写真ですが、バスのボディに似たような見てくれの広告が「掲載」されています。写真が小さいので文字が読めないと思いますが、それぞれ次のような文章が書かれている。

右側のバス THERE'S PROBABLY NO GOD. NOW STOP WORRYING AND ENJOY YOUR LIFE
左側のバス THERE DEFINITELY IS A GOD. SO JOIN THE CHRISTIAN PARTY AND ENJOY YOUR LIFE

The Guardianによると、右側の広告はBritish Humanist Association(英国ヒューマニスト協会)という無神論者の団体によるもので、意味は「おそらく神は存在しません。心配せずに人生を楽しみましょう」ということですね。左側の広告はChristian Party(キリスト教党)という政党がヒューマニスト協会の広告に対する反論として載せたもので、「絶対に神は存在します。さあキリスト教党に加入して人生を楽しみましょう」というメッセージですね。

ヒューマニスト協会が「神はいない」広告をバスのボディに載せたのが昨年(2009年)1月、キリスト教党はそれに反論する形で始めたということですが、The Guardianによると、この二つの広告について、Advertising Standards Authority(広告基準委員会)に対してかなりの数の苦情が寄せられたのだそうです。特にキリスト教党による広告に対しては、約1200件の苦情が寄せられたのですが、苦情の対象としては2009年ナンバーワンだった。「神はいない」広告への苦情もないわけではなく、苦情件数第6位であったそうです。

で、キリスト教党のTHERE DEFINITELY IS A GOD広告に寄せられた苦情の中身ですが「神絶対に存在するなんて証明できないではないか(could not be proven)」というものが圧倒的に多かったらしい。

▼英国はキリスト教の国ですか?と聞かれると、おそらく6~7割の英国人が「非宗教の国だ」(secular country)と答えるのではないかと思います。宗教なるものに反対するのではないけれど、それほど熱心ではないということですね。

▼ただ比較的最近の2007年に行われたアンケート調査では、自分が神の存在そのものを否定する無神論者であると答えた人は全体の16%、否定というほど強くはないけれど「疑ってはいる」という懐疑主義者が9%、「そんなこと考えたことがない」という非宗教派が10%だった。これを合計すると35%ですね。

▼その一方22%の人が「この世を造った存在であり、私の祈りに耳を傾けてくれる存在としての神を個人として信じている(I believe in a personal God who created the world and hears my prayers)」と答え、26%が「何かを信じてはいるけれど、それが何であるかが分からない(I believe in something but I am not sure what)」と言っています。この二つを合計するとほぼ5割(48%)で、懐疑論・無神論を明確に上回る。

▼私がいま暮らしている村の小学校は「教会による自主運営団体」となっているし、付近の町へ行くと、夕方には必ず町中に教会のベルが鳴り渡る。そういう環境に身を置きながら、この数字のことを考えると、英国はどう考えてもキリスト教の国だと思えてしまう。が、最初に挙げたバス広告への苦情の多さ加減からすると「キリスト教に目覚めなさい!」などと言われることへの拒否反応もかなり強い人々であるということもできます。このあたりのバランス感覚が英国の良さですね。

▼ちょっと可笑しいのは、この二つの広告コピー、最後の4つの言葉(AND ENJOY YOUR LIFE)が同じであるということですね。両方とも人生を楽しもうと言っているのですが、楽しみ方が違う。神とともに楽しむのか、人間だけで楽しむのか・・・。考えてみると、両方の広告に苦情が寄せられたということは、「人生の楽しみ方までアンタらに指図されたくねえんだ」というメッセージともとれる。

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2)Twitterと政治:ものは使いよう?


ほとんど見たことがないし、自分で使ったことは全くないけれど、噂によるとかなりのブームらしいTwitterとかいうメディアについて、5月6日付のThe Economistが「政治とTwitter」という記事を載せているのですが、それによると、現在世界中で開かれているTwitterのアカウントは約1億あるのだそうですね。1億アカウント=1億Tweeter(Twitterをやる人)というわけではないにしても、かなりの数の人がこれをやっているということですね。

アメリカのオバマ大統領も日本の鳩山さんもやっているし、チリのピネラ大統領などは自分のアカウントを持っているのはいうまでもなく、閣僚全員にTweeterになるように命令しているのだそうであります。ちょっと目にはとてもインターネットとは関係なさそうな、あのベネズエラのHugo Chavez大統領もTweeterです。英国のキャメロン新首相については、選挙中は持っていたのに最近開けてみたら閉鎖しており、その代わりに保守党本部がやっているようです。

The Economistによると、オバマさんのTwitterに書き込まれるメッセージ数は一日およそ2万件、そのうち本人が読むのは10件程度らしいですね。

具体的なキャンペーンのようなことをやろうとする政治家にとってはTwitterは結構役に立つとのことで、その例としてDenis Coderreというカナダの政治家のTwitterを挙げています。彼はTwitterを使ってハイチの震災被害者救済のキャンペーンを張ったところこれが大いに受けたらしい。実は彼の選挙区(モントリオール)にはハイチ出身者が多いのだとか。

ただTwitterは、自分の意見とか政策などをちゃんと説明したいという政治家には向いていない。なにせ使える文字数が140と限られている。オバマ支持者による「ワシントンを変革しよう!」(We’ll change Washington)とかいう呼びかけメッセージはうまく伝わるけれど、どのように変革しようとするのかを詳しく説明したいと思っている人たちには向いていない。

Twitterはやっている本人も書きこんでいる人たちも、何やら個人的な趣味のように感じている部分もあるけれど、実際にはパブリックなもので、不特定多数が相手になるのだから注意する必要がある。英国保守党の幹部である外務大臣のWilliam Hagueが、Twitter上でその夜食べたものは?と聞かれてうっかり「フライドチキンとファンタ」と答えてしまった。が、その問い合わせをしたのが有名な政治コラムニストで、それを記事にされてしまって大恥をかいたのだそうです。

でもHagueの場合はそれに懲りてTwitterを辞めたわけではなく、外相就任早々、ワシントンを訪問してヒラリー・クリントン国務長官との会談に臨んだ、その際のTwitter上に、ワシントン到着早々に英国大使館のスタッフと顔合わせをしたことについて触れて「外務大臣としてこのような献身的な人々と仕事ができるのはうれしいことだ」(It's already a pleasure as Foreign Sec to work with such dedicated people)と書きこんだりしている。これなど英国大使館のみならず外務省の全スタッフに対して一挙にメッセージを発信できたようなものなのだから、Twitterも使いようというわけです。

ポリッターというサイトを見ると、日本の政治家約500人によるTwitterのリストが出ています。鳩山さんをトップにいろいろな人がやっている。鳩山さんのTwitterには6月2日付で次のようなメッセージが出ていた。

本日、総理の職を辞する意思を表明しました。国民の皆さんの声がまっすぐ届く、クリーンな民主党に戻したいためです。これからは総理の立場を離れ、人間としてつぶやきたいと思っています。引き続きお付き合い下さい。

「2:53 AM Jun 2nd Keitai Webから」と書いてあるのですが、これは6月2日午前2時に携帯電話から記事を送ったという意味なのでしょうか?鳩山さんには悪いけど「クリーンな民主党に戻したい」なんて、面白くもなんともない。私が親しみを感じてしまったのが、自民党の大島理森(ただもり)幹事長のTwitterですね。とにかく「15時間前」の投稿としていきなり

だから、議会制度協議会あり、少数政党であっても、発言権は確保されなければならないので、そういうことをまったく無視して、一方的に進めようとすることに、憲法の常道、聖堂を壊すものである。

と出てくる。

▼いきなり「だから・・・」と言われても困るなぁ、と思いながらその前の「投稿」を見ると、やはり「15時間前」となっていて

国会法改正案は、政府及び政権のためだけにある。あるいは、力を強める。一方、国会の調査権を弱めようとする法案であり、何よりも国会のルールを決めるということは、各党のおおよその合意を得る必要がある。

とあって、さらにその前に

民主党政権が生まれて以来、国会運営について、強行また強行。政治とカネ、沖縄問題、財政と経済の問題について、理事会の開催、予算委員会の集中審議を求めてきた。しかしながらそういう要求に一切の返事もなく、対応もないという状況が続き、強行採決に終始している。

▼以上3件まとめると全部で313文字。Twitterの収容能力をはるかに超えているので、3回に分けて語ったのですよね。でも私のように慣れていない人間が読むとまごくつわけでありますね。この人、私より5才ほど年下でありますが、秘書あたりに「先生、いまどきツイッターをやらない政治家なんて相手にされませんよ」とけしかけられて「ツイッタだかシマッタだか知らんけど、お前に任せるから・・・頼むぜ」ということで始めたのかもしれない。先生の年代には140文字はむいてません!と言ってあげたい。

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3)菅政権、BBC特派員の感じ方

菅直人さんが日本の新しい首相に就任したことについて、BBCの東京特派員(Roland Buerk)が次のように解説しています。私は非常に面白いと思ったので紹介しておきます。

Buerkさんは、菅首相にとっての重要な課題として経済の建て直しや日米関係の修復を挙げながら、

彼にとって最も困難な課題は、昨年の選挙で民主党が、戦後のほぼ全時代を牛耳ってきた保守勢力を追放して大勝利をおさめたときに持たせた期待感を取り戻すということにあるのかもしれない。
His toughest task may be to recapture the sense of hope felt when the Democratic Party of Japan won its landslide election victory last year, and ousted the conservatives who had governed for almost the entire post war era.

と語っています。東京特派員はさらに続けて

民主党はクリーンで透明な政治、政治を官僚の手から国民の手に移し、アジアの国々との友好を深めるような政治を約束した。しかし約束は破られ、金銭スキャンダルが起こることで支持を失ったのだ。
The party promised clean, transparent politics, to put power in the hands of people rather than bureaucrats and to improve Japan's ties with its Asian neighbours. But it has squandered its support with broken promises and money scandals.

と書いています。

菅直人政権の誕生については、BBCのラジオがまず伝えたのですが、その中で菅さんはstraight-talker(率直にモノを言う人)であり、草の根的な政治家(grass roots politician)であると紹介していました。grass roots politicianという部分ですが、小泉・安倍・福田・麻生・鳩山といずれも政治家の二世であったことを考えると、菅さんはちょっと色合いが違うと紹介されている。

▼最初に紹介したBuerk特派員の短い解説の中で、昨年の政権交代の際に感じさせた期待感(sense of hope)を取り戻すことが菅さんにとっての課題の一つだと指摘されているのは本当だと思います。そのような想いを抱きながら(久しぶりに)日本の新聞の社説サイトを見てみたのですが、英国時間の金曜日の朝の時点では、菅政権についてではなくて、民主党の代表選挙について書かれたものばかりだった。それでも新聞社の人たちが日本の政治について考えていることを知る手がかりにはなると思って読んでみた。

毎日新聞: 小沢氏という要素を乗り切れない現実にやりきれなさすら感じてしまう。
朝日新聞: 首相や閣僚、党役員が常に「闇将軍」の顔色をうかがいながら政治を進めるような仕組みは一掃されなければならない。
読売新聞: 小沢氏が役職を失っても、隠然と影響力を維持するようでは、首相という「表紙」を取りかえただけとの批判を免れないだろう。
日本経済新聞: 政権を迷走させ、政治資金の問題も抱えて辞任する小沢氏が実権を握り続けるようなら、何のための首相交代かということになる。
産経新聞: 菅氏は出馬会見で、小沢氏について「国民の不信を招いた。しばらく静かにしていた方がいい」と語った。民主党が抱える本質的な問題として議論が必要だ。

▼これらの社説を読んでいると、小沢さんさえ日本の政治の世界から消えてくれればすべて良くなる、と皆さんが考えている、としか思えない。新聞社の人たち自身が「小沢病」に取りつかれているように見える。とにかく読んでいて、よくぞこれだけ十年一日が如く同じようなアングルの発言ができたものだと呆れてしまいませんか?

▼「政治とカネ」とか「闇将軍」などを問題にするのが、いちばん楽でしかもお金になる(新聞が売れる)ということなのだろうと推察しています。新聞の社説を書く人からすると、実に嘆かわしいのかもしれないけれど、日本人は(私も含めて)そうやって生きてきたのではありませんか?茶飲み話ていどに取り上げるのは構わないけれど、あたかもそれがこの国の明暗を分ける重大事であり、しかも自分たちは「金権」とも「二重権力」とも縁のない存在であるかのように言う偽善はいい加減にしてもらいたい。

▼ところでこのような日本の新聞の社説をそっくりそのまま書き写したような社説が最近のThe Economistに出ています。題してLeaderless Japan。ここをクリックすると読むことができます。

▼ところで、私は英国ではほとんどテレビを見ません。あまり面白いと思えないから。でもラジオはかなり熱心に聴いています。日本にいるときと同じで、夜ベッドに入ってからBBCのRadio 4を聴くのが楽しみなのです。日本のラジオに比べるとBBCのラジオ番組は非常に大きな影響力を持っているし、実際面白い番組が多いのです。鳩山辞任も菅首相誕生もBBCのラジオで聴いたものです。

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4)The Timesサイトの有料化とマードックのアタマの中


英国のThe TimesとThe Sunday Timesという主要新聞のサイトが6月から有料化されました。これまでビジネス紙(日本経済新聞、Financial Times、Wall Street Journal)の世界では行われてきたことですが、The Timesのような一般紙の世界では初めてということで大いに注目されている。5月26日付のFinancial TimesのサイトにコラムニストのJohn Gapperがこの動きについてのエッセイを寄稿しています。題して「マードックはエリート主義者でなければならない」(Murdoch has to become an elitist)というわけですが、「一般受けを狙ったサイトの有料化はムリ」というのがGapperのメッセージです。

オーストラリア人でメディア王と言われるルパート・マードックがThe TimesとThe Sunday Timesを買収したのは30年前(1981年)のことですが、それまでの両紙は英国の知的エリート界を代表する新聞で、政治であれ、外交であれ、法律であれ、専門家が読んで面白いとされる記事を掲載する新聞だった。それがマードックの買収で、見出しは派手になり、記事も短め、専門的なニュースよりも一般受けするニュースを掲載する新聞になった。つまり大衆化したわけです。1981年といえば、エリート嫌いのサッチャーさんの改革が始まった時期にあたり、マードックもまさに時流に乗ってのThe Times買収だった。

30年後、インターネットの普及で大衆新聞の世界が変わってしまった。お金を払って新聞を読むより、ネット上の情報を無料で入手する方が楽で得という時代が来てしまったわけですが、ネットで情報提供を続けるためにはこれを有料化しなければならない。これにはそれまでのマードックのやり方と矛盾する部分が出てくる。情報の質が「お金を払ってでも手に入れたい」ものでなければならないわけですが、その種の情報にお金を払うのは普通の人ではないし、それほどたくさんいるわけでもない。

読者数を急激に減らし、記事の専門性をより高めることでライバル紙との競争に勝つというのはマードック流ではない。が、The TimesとSunday Timesのオンライン版を有料化するためにはその論理を適用しなければならない。これまで両紙の(知的)レベルを低下させることでダウンマーケットに売ってきたのを、これからは反対にレベルを上昇させなければならなくなったのだ。
Radically reducing the readership, becoming more specialist and charging more for news than his rivals is not his style. Yet that is the logic of charging for online access to The Times and Sunday Times; having marched them downmarket, he must march them up again.

John Gapperによると、一般ニュースを提供するサイトが経営的に成り立つためには、BBCのサイトのように広告以外のやり方で収入を確保する(another source of revenue)か、しっかりした有料読者(solid subscriber base)をベースにするかのどちらかしかない。そして後者の方法で生き残るためには、提供するニュースが焦点がしっかり定まり、深く突っ込んでいて、普通には入手できないようなデータや情報が載っていなければならない。つまりマードックが買収した当時のThe Timesに戻る必要があり、マードックが嫌悪してきた「エリート新聞」にならなければならないということです。オンラインニュースの世界において、マードックが価格競争に打ち勝つためにはThe Huffington Postのような超低コストのサイトと競争しなければならず、まったくムリなのだそうです。

アメリカの雑誌出版社のFuture PublishingのStevie Spring社長が作りだした言葉に"prosumers"というのがあります。professional consumers(専門家的消費者)の略なのですが、The Timesが有料サイトで成功するためには、prosumersのような人々の間でしっかりした有料購読者を確保する必要があり、そのためには購読者が、一種の「クラブ」に入ったような気分になるような仕掛けが必要だろう、とJohn Gapperは言います。これも一種の「エリート」社会ですね。

The Timesの経営陣はこれから国際ニュースや金融・スポーツの分野でも専門性を持った記事掲載を考えてはいるものの、昔のようなThe TimesへのUターンの必要性はないと考えているらしいのですが、それでうまく行くと考えるのは楽観的に過ぎる(That is optimistic)というわけで、The Timesのような一般紙のサイトが課金で成功するためには、読者に対して「知っておいても悪くはない」(nice-to-have)情報ではなく、「絶対に必要な」(must-have)情報を提供する必要がある、とJohn Gapperは言っています。

しかしながら、マードックという人はお金がどこに転がっているかについては熟知している。商品としてのオンライン・ニュースの世界には金儲けの余地はほどんどないと言っていい。あまりにも無料の情報提供者が多いからだ。従ってマードックの心は、この世界にはないかもしれないが、頭脳の方はどうすればいいのかが分かっているに違いないのだが・・・。
He does, however, know where the money is and there is precious little of it in commoditised online news, given the number of free providers. His heart may not be in it but his head must have figured it out.

とJohn Gapperのエッセイは結ばれています。

▼The Timesのサイトの料金は、一日1ポンド、1週間2ポンドだそうですね。有料サイトの試作品は見ました。確かに見てくれはシンプルで読みやすい気はするし、アーカイブには100年以上も前にディッケンズが寄稿したエッセイなどが入っていて魅力はある。1週間2ポンドということは、ひと月8ポンド、年間96ポンドだから、およそ1万5000円?みみっちい話ですが、1週間2ポンドにはさして抵抗を感じないのに、1万5000円と言われるとびびってしまう。

▼私、マードック前のThe Timesは知りません。見てくれ(第一面)が非常に地味な新聞であったということは記憶しているけれど読んだことがないのです。それにしてもThe Timesという新聞の大衆化は、マードックのお陰というよりも、英国社会そのものが大衆化したことの現れなのですよね。大学進学者の数が急速に増えたのも、サッチャー以後のことです。それまでのようなエリート社会が存在しなくなったのです。


▼このように考えていくと、The Timesのサイト有料化は社会現象として非常に面白い議論の対象とも言えると思いませんか?読者がお金を払ってでも読み続けたいと思うようなサイトにしない限り生き残れない。そのようなサイトは、どのみち「エリート」風にならざるを得ないのではないか?John Gapperはこれを「会員制のThe Times購読者クラブに属しているような気分にさせる」と表現しています。

▼階級(エリート)社会が大衆社会化したことによって、新聞も変化せざるを得なかったのが英国だとすると、ここ数十年の日本は大衆社会が階級社会化しているようにも見える。そうなると、大衆社会で受けてきた「誰が読んでも、そこそこ面白い」新聞が飽きられてしまう。その種の新聞が信条としてきた「偏らない」というのも「無性格」でつまらないということになってしまう。
「会員制クラブ」というのには抵抗を感じるけれど、いまの日本の一般紙のサイトが、日本の現実である階級社会で暮らす人々の要求するものに応えているのか?というとこれも大いに疑問だと、私は思うのであります。


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5)1950~2000年、英国の変遷


歴史家のAndrew Rosenという人が書いたThe Transformation of British Life 1950-2000(Manchester University Press)という本は、読んで字の如く、20世紀後半(1950~2000年)の50年間における英国社会の変化を、主に「生活」(British Life)という部分に焦点を当てて語っています。

数字がたくさん出てくるので多少まごつくけれど、英国という国に対する個人的な親近感も湧いてきます。数字やグラフが、どれも普通の英国人たちの生活史を語るものであるということが一つ、また私が個人的にお付き合いをした時期の英国(1974年~2002年)ともかなりの部分重なっているということが二つ目、そして何よりも、1950年~2000年という時期は、はるか離れた日本という国で暮らす私にとっても大いなる変化の50年間であったということがある。

Andrew Rosenはまず、この50年間を英国人にとって生活水準が最も劇的に上がった半世紀であると定義づけています。例えば「耐久消費財」と呼ばれる生活用品の普及率を、日本との比較で見ると

1964~1965年 1999年~2000年
英国 日本 英国 日本
電話 22% 95%
冷蔵・冷凍庫 38% 52% 99% 100%
クルマ 38% 10% 71% 85%
洗濯機 55% 70%  91%  100%

私、1960年代の末に初めてアメリカへ行ったのですが、そのときイチバン驚いたのが「みんなクルマを持っている」ということでした。むささびジャーナルをお読みの皆さまの記憶ではどうですか?その当時の日本で自家用車を持っているのは、映画俳優のように極めて限られた人々だけだった。でも英国はすでに38%もの人がクルマを持っていた。日本の乗用車普及率が40%に達するのは英国の10年後のことです。興味深いの電化製品で、冷蔵庫も洗濯機も、日本の方がかなり普及が早かったのですね。

▼いずれにしても60年代半ばからの生活が如何に変わったかということですね。おそらく英国人は知らなかったと思うけれど、日本人の生活もこの間、劇的に変わったのですよね。豊かになった。
Andrew Rosenによると、英国人が最も「豊かになったなぁ」と感じるのは住宅だそうです。ちょっと古い数字ですが、1914年の統計では、自分の持家に住んでいた英国人は10%だったけれど2000年にはほぼ7割が持家に住んでいる。これは1980年代にサッチャー政権が進めた公営住宅の民営化(売り出し)政策の結果でもあるのですが、住宅の中身も劇的に変わったという数字が出ています。

▼1951年、自宅に風呂もシャワーもなかった家庭が37%だった→1991年には99%の家が所有
▼1961年、温水器なしの家が22%→1991年、ほぼ全住宅に普及
▼1964年、セントラルヒーティングの普及率8%が2000年には91%に

まさに「昨日の贅沢品」(yesterday's luxury)が「今日の必需品」(today's necessity)となった50年であったわけですが、Andrew Rosenによると英国人が住宅を持てるようになっただけでなく、その住宅がきれいになった50年でもあったのだそうです。セントラルヒーティングや温水器の普及で、家の中で火を焚く必要がなくなったということです。

▼1951年当時の日本では自宅に風呂がある方が少数派だった。みんな銭湯へ行ったのですよね。セントラルヒーティングは、日本ではこれからもそれほど普及するとは思えない。ムリに必要ないと思いません?これも個人的なノスタルジアですが、1960年代の我が家にはAladdin社という英国のメーカーが作ったBlue Flame(青い炎)という石油ストーブがありました。

▼「日本人はウサギ小屋に住んでいる」と言われたのは1980年代のことだったですよね。確かEUの関係者の英国人の発言ではなかったか?あれは当時の日本が貧しい住宅に暮らしながら集中豪雨のように輸出をして、欧米諸国に失業を生み出しているということへの批判だった。つまり輸出超過さえなければ、欧米の皆さん、気がつかなかったはずです。いま中国の製品が世界を席巻していると言われていて、その反面で国内の問題も指摘されている。

もちろん1950~2000年の半世紀で豊かになったのは英国だけではないのですが、Andrew Rosenは英国の場合の特殊性として、最初の20年間は、経済的な繁栄と同時に「衰退」(decline)をも意識させる半世紀であったと言っています。

例えば1956年のスエズ危機は、普通の英国人にも「大英帝国」終焉を感じさせるものであったし、1950年からの30年間はかつてない経済成長の時期であると同時に他の工業先進国との経済成長のギャップが最も大きなものとなった半世紀でもある。Rosenが特に挙げているのが製造産業の凋落です。戦争直後の一時期は世界市場に占める英国メーカーの製品(manufactured products)のシェアは30%もあったのが、1950年には25%、1964年には14%、1980年には8%以下にまで落ち込みます。

これは雇用にも影響していて、1978年~2000年の22年間で、製造業による雇用は31%から17%にまで落ちており、その一方でサービス産業による雇用は69%から83%にまで伸びている。英国の製造業の衰退を称して「脱工業化」(deindustrialisation)と呼ぶ人もいます。つまり必ずしも否定的に捉えるのではなく、「サービス」という新しい産業が台頭したのだということもできる。

Andrew Rosenは20世紀後半の英国社会を次の3要素によって説明しています。


▼かつてないような生活水準の向上(unparalleled rise in standard of living)によってそれ以前の半世紀には考えられなかったようなライフスタイルを楽しむようになった時代。

▼王室、宗教、結婚、警察、労働組合など、それまでのオーソッドクスなものとされいた身分や習慣などの権威が認められなくなってしまった(a marked decline in popular support for orthodox institutions)時代。

▼社会がより柔軟かつ多様性に富む(flexible and diverse)ものとなった時代。

これら3つの要素が絡み合いながら変遷を遂げてきたのが1950~2000年であるとのことです。生活が豊かになると、考え方も多様性に富むようになり、そうなるとそれまでの習慣のようなものに拘らなくなるということです。日本でも同じようなことが起こってきたことは確かだと思うけれど、やはり英国とは決定的に違う道筋を経てきたような気もします。

この際、The Transformation of British Lifeという小さな本と私自身の記憶を頼りに、日本と英国の50年間を比較したいと思います。次回は「地に落ちた権威」の部分を報告させてもらいます。


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6)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら

dress codes:ドレスコード

dressは服装、codeは決まりとか約束事のこと。私(むささび)とは全く無縁の世界ではありますが、dress codesはパーティーだの式典だのに出席する際の服装についての決まりごとのことですね。左のイラストは、私が最近訪問した英国の競馬場のサイトに掲載されているもので、dress codesの「分かりやすい」説明です。「分かりやすい」をカッコ内に入れたのは、これで本当に分かりやすいと言えるのかどうか疑問に思ってしまったからです。

左側がOKで、右側はダメな服装です。


メな服装:Jeans, Denim, T-shirts, Collorless-shirts, Beachwear, Trainers, Unduly casual or extreme attire

OKの服装:Smart dress is required. Jackets & ties are not compulsory, but are encouraged as are hats for ladies at The Ritz Club July Festival

「ダメ」な方のUnduly casual or extreme attireは「不必要にカジュアルもしくは極端な装い」という意味です。問題は「OK」の方ですね。男の背広やネクタイ、女性の帽子は「義務ではないが奨励はされる」(not compulsory, but are encouraged)というわけです。これが「分かりやすい」をカッコ内に入れた理由です。要するに「そこそこちゃんとした格好」をしてくれということで、何を称して「そこそこ・・・」というのかが分からないような人は来ない方がいいかもね、ということなのですよね。

もちろんこの種のdress codesが適用されるのは、競馬場の中でもPremire Enclosureとかいう、一種の特別席でのハナシであって、一獲千金を夢見るギンギラギンのお父さん・お兄さんたちがうろうろしているような場所にはdress codesなどありません。確かにPremire Enclosureへ行くと、男性は大体ネクタイに背広だし、女性もそれなりにパーティーにでも出るような格好をしています。競馬場が社交場というわけですね。


shoddy and grubby:不正直・汚い

二つとも人物を描写する言葉としてはほとんど最悪です。DishonestとDirtyなのですから。エリザベス女王の二男、アンドリュー王子(Duke of York)の元妻であるサラ・ファーガソン(Duchess of York)が最近、英国メディアお得意のおとり取材にひっかかって、好ましからぬお金を受け取ったことが暴露されるという「事件」がありましたよね。ある実業家を装った記者に調停を依頼されたファーガソンが「50万ポンドくれればなんとかなる」と伝え、前金として4万ポンドを受け取ったというものです。

彼女が「記者」に伝えた言葉は

Look after me and I’ll look after you…you’ll get it back tenfold. I can open any door you want. あなたが私の世話をしてくれれば、私があなたのお世話をしましょう。10倍になって返ってきますよ。私にはお望みのトビラを開くことができるのですから。

というものだったのでありますが、それについて法務省のLynne Featherstone副大臣なる人物が報道陣に語ったコメントの中に、彼女の行為は"it’s shoddy and grubby and really upsetting"(不正直で汚い。実に腹が立つ)と表現した部分があって、メディアによって大喜びで取り上げられたわけです。5月24日付Daily TelegraphのDuchess of York condemned as 'shoddy and grubby' by Government ministerという見出しがその典型です。shoddy and grubbyを読むと、妙に韻を踏んでいるような響きで見出しとして使いやすいのです。

それにしても3月初めに英国へ来てから、メディアによる「おとり取材」のニュースに接するのは2度目のことです。ビジネスマンになりすまして話を引き出し、それをニュースのネタとして新聞の売り上げ増のために使う・・・そんなこと、ありなのでしょうか?!

rescue dog:救助犬

地震などの災害時に被災者を救助するために活躍する犬のことをrescue dogと言いますね。知らなかったのですが、この英語には「救われる犬」という意味もあるんですね。英国にはBlue Crossのような動物愛護団体が数限りなくあって、いろいろな事情で人間が飼いきれなくなった犬を預り、新しい飼い主を探すrehomingという活動をやっている。この種の犬たちのことをrescue dogと呼んでいます。中には性格的に難しかったり、やたらと噛みついたりする「問題犬」も数多くいる。

Blue Crossの場合、預けられた犬を危険度順にRed、Amber、Greenの3グループに分けており、妻の美耶子(Blue Crossボランティアをやっている)によると、Redの中には本当に始末におえないような乱暴犬や臆病犬がいるのだそうで「どういう飼い方をされていたのだろう?」と疑問に思うとのことです。英国人の愛犬ぶりはよく知られているけれど、Blue CrossのRedワンちゃんを見ていると「本当にそうなのか疑問だ」と考えてしまうのだそうです。

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7)むささびの鳴き声

▼知らなかったのですが、英国では競馬というのは直線コースを走るのが普通らしいですね。先日、Newmarketという競馬で有名な町へ行ったときにB&Bのオーナーがそう言っておりました。Rawley Mileという競馬場で見物したのですが、全部、直線レースで、我々はゴールに近いところで見ていたので、スタ-トの様子は大型スクリーン上にうつるもの以外、肉眼では絶対に見えない。持参した双眼鏡でもほとんど見えなかった。

▼スタートして20秒ほどすると、ようやく馬群が見えてきて、さらに10~15秒ほどすると我々の眼の前を通り過ぎる。東京競馬(府中)の場合は直線ではないので、双眼鏡を使えばスタ-トもゴールも見えたと記憶しているのですが・・・。

▼私自身、日本でそれほど頻繁に競馬場に通ったわけではないので認識不足の可能性もあるのですが、Newmarketの競馬場で面白いと思ったのがbookies(賭け屋)が公認されて営業しているということです。20軒ほどの賭け屋が立っていて、各レースの勝ち馬予想と賭け率がそれぞれ持参のスクリーン上に示されている。Aという賭け屋のスクリーンには、Xという馬の賭け率が1-2、Yという馬は1-100という風に示されている。私がXの勝ちに2ポンド賭けて当たった場合、その賭け屋は私に4ポンド払う義務が生ずる。Yに賭けて当たった場合は100倍の200ポンドが支払われる。

▼つまり日本だと中央競馬会が賭けの一切合財を取り仕切る胴元の役割を果たすのですが、英国の場合は賭け屋が個々に胴元サービスを提供している。しかも賭け率はそれぞれの賭け屋がそれぞれの判断で算出しており、それぞれにリスクを負って商売している。bookiesで馬券を買うと、予め当たった場合の配当金の額が書いてあるわけです。日本の馬券にはそんなもの書いていない。配当金はレースが終わらないと分からない。英国の場合はお客も賭け屋も賭けているわけです。

▼ちなみに私は2頭の馬に2ポンドずつ賭けてみた。一頭はなぜか名前がMATSUNOSUKEとなっている。賭け率は約25倍だから、ほとんど勝ち目はないけれど、日本人としては賭けないわけにはいかない。もう一頭のBILLY REDという馬は50倍だから、MATSUNOSUKEよりさらに弱い。でも当たればいずれも大穴・・・。もちろん負けました。ちなみに英国における馬券の最低の料金(つまり賭け金)は2ポンドだそうです。

▼ところで、英国人は賭け事が大好きですよね。町へ行くと必ず賭け屋(Book-maker)があって、サッカーの試合結果はもちろんのこと、選挙から日本の相撲まで賭けの対象になっています。私自身はやったことがないのですが、クレジットカードでもできるというのはちょっと恐ろしい気がしないでもない。でも、不思議なことに賭け事で身を持ち崩したというハナシを聞いたことがない。酒や女性で人生をダメにしたということはよく聞くのに、です。このあたりは一度調べてみる必要がある。

▼競馬とは全然関係ないけれど、むささびジャーナルに英文のセクションを作りました。前から気になっていたのに実行しなかったのは単に面倒であっただけなのですが、こちらで知り合いになった人たちとのコミュニケーションの手段という意味もあります。日本語版の翻訳ではありません。まだ始めたばかりなので、記事件数は10件にもいたっていませんが、ぼつぼつ追加できればと考えています。

▼最後に、英国には「雲を楽しむ会」(Clouds Appreciation Society) というのがあるんですね。以前にも言ったとおり、イングランドの空は雲が楽しいと思っているので、この種の同好会の存在もうなずけます。ここをクリックすると彼らが楽しんでいる雲のいろいろが出ています。ついでに、むささびの雲コレクションはここにあります。
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