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382号 2017/10/15
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
前号につづいて、上の写真はNational Geographic主催の写真コンテストへの応募作品。ルーマニアのトランシルベニア地方にある山間の村の牧場で、馬が草を食んでいる風景です。陽が昇ったばかりの静かな早朝の一瞬を捉えた作品なのだそうです。それにしてもこの写真はどこから写したのですかね。飛行機に乗って上空から?それとも小高い丘の上から?

目次

1)個人の記憶と国の記憶:K・イシグロの場合
2)米ジャーナリストの北朝鮮見聞録
3)Facebook:ユーザーが商品?
4)英国は「4大政党」時代?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)個人の記憶と国の記憶:K・イシグロの場合

作家のカズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞したことで何やら大いに盛り上がっていましたよね。むささびはイシグロの作品は読んだことがない。あえて言えば映画『日の名残り』(Remains of the Day)に感激したことを記憶している程度です。ただ彼については、むささびジャーナルで2回(208号374号)で取り上げています。

ここで紹介するのは、今から12年前の2005年10月5日付のドイツの雑誌、Spiegel(英文版)に掲載されたイシグロとのインタビューからの抜粋です。イシグロは1954年生まれだから、今年で63才。英国に渡ったのは1960年、彼が5才の時だっただから、このインタビューを受けた時は51才、英国に住み始めてから45年が経っている。インタビュー記事のタイトルは "I Remain Fascinated by Memory"(私は記憶に魅かれる)です。

 

「あのイングランド」への郷愁
  • SPIEGEL:英国の典型的な中流階級の町(Guildford, Surrey)で暮らした少年時代、除け者扱いされたのではありませんか?
イシグロ:全くそんなことはなかった(Far from it)。むしろ近所の人気者だった。教会のコーラスボーイだったし、近所の人のことは誰でも知っていた。英国人はその点面白い人たちですよね。ある程度までは、人種差別的であると言われたりするけれど、個人的には非常にオープンな人たちなのですよ。私が育った頃の英国はいわゆる「多文化社会」(multicultural place)になる以前の英国です。その意味では、消えてしまったあのイングランド、自分が子供時代を過ごした、あのイングランドに対して郷愁を感じますね。1960年代半ば以後の英国にはいろいろな国の人が移民してきたということもあって、(例えば)インド大陸から来た人たちに対する偏見が存在するようになった。自分が子供だった頃にはそれがなかった。
▼イシグロが幼少期を過ごした「イングランド」とは1960年代の英国です。イングランドがサッカー・ワールドカップで優勝し(1966年)、死刑が廃止され(1965年)、ビートルズの'Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band'が大ヒットし・・・第二次世界大戦の影響も薄くなり、新しい時代の到来に沸いていた英国です。欧州共同体への加盟申請がドゴールによって拒否されるということもあったけれど、総じて言えば楽しい時代だった。日本から見る英国はというと、学生だったむささびには「福祉国家」というイメージで、悪い印象ではないにしても、フランス、ソ連、中国、アメリカなどに比べると、かなり影の薄い存在だった。

運命を受け入れる
  • SPIEGEL:"Never Let Me Go"は読むだけで憂鬱になるような作品です。ここに出てくる若者たちは実に酷い状況におかれ、将来もひどい見通しです。なのに彼らは反抗することがない。これがあなたの考える人間が置かれた状況である・・・ということですか?
イシグロ:私の作品にはすべてそのテーマがある。ひどい状況に置かれているのに抵抗しようとしない・・・そのような人間の生き方ということだ。『日の名残り』に出てくる執事もそうだが、イングランドであれ、ナチのドイツであれ、自分がフィットする場所がないと感じている。そこで彼はどうするのか?そのような状況にある自分を受け入れながら、ほんのわずかなプライドや自尊心を保とうとする。そういう生き方だ。

"Never Let Me Go" について言うと、私が最初から書く気がなかった筋書きがある。それは、酷い状態に置かれて虐げられている階層の人びとがついに立ち上がって反抗する・・・そのような筋書きだ。私が追求しているテーマは「人間精神の勝利」(triumph of the human spirit)というようなものではない。どうにもならないほど残酷な運命をも受け入れる人間の能力(human capacity)、それに私は興味がある。
▼"Never Let Me Go"(邦題:わたしを離さないで)は、このインタビューが行われた2005年の時点におけるイシグロの最新作です。他人に臓器提供することだけを目的として作られたクローン人間の若者たちが集まって生活している特殊施設を舞台にするSF小説で、かなり陰鬱な内容らしい。

▼むささびは、"Never Let Me Go" という作品を読んだことはないけれど、彼の問題意識(人間に対する視線)には大いに共感するところがある。ひどい状況に置かれた人間がそれに抵抗することもなくそれを受け入れながらも「ほんのわずかなプライドや自尊心を保とうとする」という部分です。その人間なりのプライドのようなものに眼を向けるという姿勢です。むささびの理解する「英国らしさ」です。

「忘れること」と「進むこと」

  • SPIEGEL:あなたの作品のほとんどが、個人の人生の過去を振り返るというニュアンスのものです。ドイツでは、ナチズムという過去もあり、社会や国家レベルの記憶や忘却は1960年代以後ずっと大きな問題であり続けています。
イシグロ:ドイツではそれが非常に意識的に行われてきた。どの主要国よりも徹底してやってきて成功もしている。
  • SPIEGEL:特に日本と比べるとそのようです。Especially compared with the Japanese.
イシグロ:日本との比較はそのとおりだ。Compared with the Japanese, yes. しかしアメリカも奴隷制度という過去については困難が伴う。中には「そんなものは忘れて前進しよう」(bury that, move on)という人もいる。奴隷制度という過去にこだわることは、黒人にとってもいいことではないし、そんな過去をいつまでも持ち出すのは白人にとってもいいことではない・・・というわけだ。その一方で、そのような過去を振り返らない限り社会の進歩はない、という人もいる。このことは、ヨーロッパでナチに占領されたことのある国についても言える。フランスやスカンジナビア諸国だ。これらの国々で、「あのとき誰がナチに協力したのか?」などということを持ち出すことはいいことなのか?それともそんな過去は忘れて前進する(to move on)ことがいいことなのか?すべての国がその問題を抱えている。
  • SPIEGEL:ニーチェは「忘れることで自由になれる」(To forget makes you free)と言っています。
イシグロ:記憶や忘却は確かに大きなテーマだ。私は自分の作品を通して社会変化を遂げる国々のことを描く一方で、個人の記憶についても語ってきた。しかしその二つ(個人と国家・社会)を一つにして語るということは出来ていない。それこそが私にとっては大きな挑戦であると言える。
▼日本では、中国や韓国が日本の「過去」にいつまでもこだわっているとしてこれを快く思わない意見があります。そのような議論をする際に日本人が話題にしたがるのが「英国だって植民地主義の過去があるではないか」として「日本だけが責められるのは不当だ」という主張です。そのような主張をする人たちが忘れている(とむささびが思う)のは、英国人だって自分たちの過去について責められてあまり楽しくない経験をしているということです。それが最近になって表面化したのがBREXITなのではないかということです。また自分の属する国や社会の「過去」と自分自身の「過去」は関連付けて語ることができるのか?というイシグロの問題意識も面白いと思います。

生きたかもしれない別の人生

Spiegelとのインタビューとは関係ありませんが、ルイス・フラムクス(Lewis Burke Frumkes)というアメリカの作家との対談(2001年)の中で、イシグロは自分が5才で日本を離れ、以後は英国で育ったことについて語っている部分があります。日本を離れたことについて「サヨナラも言わずに去ってしまったような気分」として、日本にいたら別の人間(alternative person)になっていたのだろう・・・と言いながら次のように言葉を続けています。
  • 自分が生きたかもしれない別の人生があった。しかし自分はこの人生を生きているのだ。
  • There was another life that I might have had, but I am having this one.
▼最後の部分でイシグロが述べている、「自分はこの人生を生きている(I am having this one)」というコメントは全く何気ないようで、さまざまな感情が入り混じった言葉であるように思えてならないわけです。喜び・悔恨・怒り・・・いろいろありながらも「ほんのわずかなプライドや自尊心」を持ちながら生きようとしている、それが人間だ、と・・・。

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2)米ジャーナリストの北朝鮮見聞録
 

10月5日付のNew York Timesのサイトに出ていた "Inside North Korea, and Feeling the Drums of War"(北朝鮮の内幕 戦争の足音が聞こえる) という記事を読んで、憂鬱さと怒りの気持ちを同時に感じるという嬉しくない経験をさせてもらいました。記事を書いたのはニコラス・クリストフ(Nicholas Kristof)というジャーナリスト兼作家で、国際報道でピュリッツァー賞を受けたこともある人です。


「アメリカの鼻を切り落とす」


最近、北朝鮮を訪問した際の見聞録なのですが、北朝鮮の人びとが、自分たちを取り巻く国際環境について、庶民レベルでは無知、政府関係者のレベルでは信じがたいような誇大妄想の状態にあることを報告しています。記事そのものは説得力があり、それだけに北朝鮮の現実に触れて憂鬱さを感じざるを得なかったということですが、むささびが感じた「憂鬱さ」の根拠にはもう一つある。そのことについては後ほど・・・。かなり長い記事であると同時に、基本的に「見たこと聞いたこと」の報告だから(むささびには)要約して紹介することは難しい。とりあえず、クリストフが会って言葉を交わした人びとのコメントをいくつか抜き出して紹介してみます。
  • 死亡した米学生について北朝鮮外務省の高官:
    アメリカ政府もしくはある特定の意図を持った人間が彼を死なせたのだ。それはアメリカ国内において反共産主義の世論を醸成かつ拡散させることを狙ったものに違いない。
    The U.S. administration, or some people with a certain intention, let him die. This must be intended to foster and spread anti-Communist hatred within America.
バージニア大学の学生だったオットー・ウォームビアが、2015年末から2016年初めにかけて実施された北朝鮮へのツアーに参加中に北朝鮮当局に拘束され、今年(2017年)6月に昏睡状態で帰国、その後死亡したという事件のことです。


  • 平壌の遊戯施設に来ていた教師:
    もし我々が戦争をしなければならないのだとしたら、我々は躊躇なくアメリカ全土を破壊し尽すだろう。
    If we have to go to war, we won’t hesitate to totally destroy the United States.


    20才になる大学生:
    アメリカのプライドは完全に叩き潰される。アメリカの大きな鼻は切り落とされる。
    U.S. pride will be squished. The big nose of the U.S. will be cut off.

平壌第一中学(Pyongyang No. 1 Secondary School)の学生たちは、頭脳明晰で英語も流暢だった。クリストフは同じ学校を約30年前の1989年にも訪問しているのですが、そのときに比べるとあらゆる意味において子供たちの頭脳も教育も向上しているように見えたのだそうです。


対米緊張感は高まっている


平壌取材を終えたニコラス・クリストフが思うのは、前回(2005年)に来た時よりも、政府関係者の態度がオープンになっているということだった。例えば、以前は「北朝鮮には犯罪がない」と言っていた当局者も「泥棒は出る」とか「結婚前に妊娠する女性がいる」などと言ってみたりもしたのだそうです。ただ「北朝鮮には同性愛者はゼロだ」とも言われたとのことです。その一方で、対米関係については明らかに緊張感が高まっている。クリストフが提出した軍関係者とのインタビューのリクエストはすべて却下された。

北朝鮮は1990年代に大飢饉を経験、人口の10%が餓死したとされているのですが、クリストフによると現在の北朝鮮は経済的にも復興をとげて人びとの生活もかつてに比べれば良くなっているという印象だった。が、経済発展と同時に政府による監視もまた強まった。
  • (現在の)北朝鮮は世界の歴史上でも最も全体主義的な国家であると言える。コンピュータ、監視カメラ、携帯電話などの監視技術もまた発展しており、これらは毛沢東やスターリンのような独裁者にとっては単なる夢に過ぎなかったものだろう。
    This is the most totalitarian state in the history of the world, because it has computers, closed-circuit cameras, mobile phones and other monitoring technologies that Stalin or Mao could only have dreamed of.


三つ子は国家に献上?


クリストフによると、北朝鮮には不可思議(weird)な部分がいくつもある。例えば三つ子(triplets)が生まれると国家が両親から取り上げて育てることになっているのですが、その理由は三つ子は「縁起がいい」(auspicious)と考えられていること。また国の指導者に対する個人崇拝もタイヘンなもので、金日成、金正日、金正恩らのポートレートが事務所や工場はもちろんのこと、各家庭にも飾られているのですが、火災にあった家の家族がこれらのポートレート写真を身をもって守ろうとして死亡するという事件が毎年あるのだそうです。それが指導者に対する心からの忠誠心を表すものなのか、当局に対して忠誠心を示そうとする哀しいジェスチャーなのか・・・そのあたりのことはよく分からないとクリストフは伝えている。


ニコラス・クリストフはイラク戦争直前、サダム・フセイン政権下のイラクを取材したことがあるのですが、あのときのことを思い出しながら彼の見聞録を次のように締めくくっています。
  • 北朝鮮を去るにあたって、私は2002年にサダム・フセインが支配するイラクの取材を終えて帰国するときに感じたの同じような「予感」をもってしまった。(北朝鮮との)戦争は避けることができる。しかし実際にそれが避けられるかどうか、自信はない。
    I leave North Korea with the same sense of foreboding that I felt after leaving Saddam’s Iraq in 2002. War is preventable, but I’m not sure it will be prevented.

▼この記事の最初の部分で、クリストフの見聞録を読んで憂鬱さを感じた・・・と言いました。それはクリストフが報告する独裁主義や全体主義が北朝鮮国内で堂々と生きているという現実に対する感覚なのですが、むささびの憂鬱さにはもう一つの根拠がある。北朝鮮が現在経験している独裁主義や全体主義は、かつて日本人が体験したものなのですよね。むささびよりも一世代上の日本人たちの証言によると、日本人の多くが太平洋戦争が始まったときに大喜びした。「鬼畜米英」などに負けるわけがない、日本はスゴイんだから・・・というわけ。あの頃の日本と今の北朝鮮は全く同じなのでは?悲しいことではあるけれど、日本の場合は原爆を二つも落とされるまで、自分たちがとんでもないアホだったことに気が付かなかった。そして敗戦が決まったとき、皇居前の広場には生粋の日本人が集まって「申し訳ありません!」と皇居に向かって頭を下げて泣いた。北朝鮮を「異常だ」なんて言えます?

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3)Facebook:ユーザーが商品?

ちょっと古いけれど、8月17日付の書評誌、London Review of Books (LRB)のサイトに
という見出しのエッセイが載っています。ジョン・ランチェスター(John Lanchester)という英国の作家・ジャーナリストが寄稿したもので、ソシアル・ネットワーク・サービスのFacebookが現代社会に与える影響について書かれている。ただ約9000語というメチャクチャな長さで、むささびにはとても要約は無理、でも面白いには違いない・・・というわけで、ごく一部だけ抜き取って紹介します。


20億人が使っている!?


 あなたはFacebookのユーザーですか?むささびも一応ユーザーにはなっています。自分で投稿することはあまりないのですが、Facebookのサイトに出ているさまざまな情報は大いに参考になっています。個人的な知り合いの消息なども分かって便利ですよね。で、このSNSの創設者・会長であるマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)が今年の6月末に発表したところによると、Facebookの月間アクティブ・ユーザーが20億人に達したのだそうですね。要するに今年5月の一か月の利用者が文字通り(ダブリなしで)20億人に達したということなのだそうです。

ユーザーの数もすごいけどFacebookの「利用度」(reliance)もすごい。「利用度」とは、登録ユーザーに占める実際の利用者のパーセンテージのことなのですが、普通はユーザー数が増えると「利用度」は減るものなのにFacebookの場合は逆に上がっている。つまり5年前の2012年10月にアクティブ・ユーザーが10億人を超えたとき、「毎日使う」と言う人は55%(5億5000万人)だったのに、20億人を達成した今年の場合、これが66%に上昇している。13億2000万の人びとが毎日使っているという計算になる。

 

世界を一つに・・・


月間アクティブ・ユーザーが20億を超える発表が行われた際にザッカーバーグの口から出たのは、企業としての「社是」(mission statement)も
  • Making the world more open and connected
    世界をより開かれたものにすると同時に結びつきをも促進する
から
  • Give people the power to build community and bring the world closer together
    コミュニティを築き、世界を一つにするための力を人びとに与える
へと変更されたということだった。ジョン・ランチェスターが話題にしているポイントの一つが、これまでに社是となってきた「結びつき」(connection)です。

Facebookによるならば「結びつき」は文句なしにいいもの、大切なものとなっているとされているけれど、本当にそうなのか?例えばFacebookが、アメリカの大統領選挙におけるトランプの勝利に大きく貢献したことは一般的にも認められているけれど、それが人類にとって好ましい貢献(benefit to humanity)であったといえるのかは疑問である・・・とランチェスターは主張している。尤も彼の見るところによると、社是の変更を発表したザッカーバーグも同じような疑問を感じていたのではないか、と。だからこそ新しい「社是」は、人と人が「結びつく」ことによって「コミュニティが構築されて、世界が一つになるではないか」という具合に、Facebookを通じて促進される結びつきが「人類にとって好ましいことだ」と改めて主張しているようにも響く、ということです。
 

悪貨が良貨を駆逐する


「しかし・・・」とランチェスターの疑問は続きます。Facebookは「人と人を結びつける」というけれど、実際に起こっていることは、同じような意見を持っている人びとを結びつけているだけ(connect with people who agree with you)で、結果としては社会の分裂・分断(fragmentation)を促進しているだけではないのか?我々が考えてきた "we" という世界がどんどん狭く、小さなものになっている・・・それこそがトランプの選挙でも「威力」を発揮したFacebookの「コミュニティ」なのではないか?

従来のように議論が「おおっぴら」になっていると、フェイクニュースもニセ情報も普通の新聞や放送のような公開の場で議論され、検討されるけれど、Facebookの場合、然るべきグループ(コミュニティと呼ばれる)に属していない限り、「ニセ情報」そのものが出回っていることさえも分からない。また、「ホンモノのニュース」が多くのユーザーにとって「聞きたくないもの」「知りたくないもの」である場合、より多くのクリックを呼ぶ「ニセ情報」(フェイクニュース)の方によって駆逐されてしまうという現象が起こる。まさに「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則が成り立つ世界である、と。


お客様が商品です・・・


というわけで、ジョン・ランチェスターが「はっきりさせておくべきだ」と言うのは、Facebookが基本的に広告媒体なのだということであり、広告収入によって商売をしている企業であるということです。ユーザー間で行き交う情報の中身はどうでもいい。ユーザーが沢山いて、活発に情報交換をしてくれればそれでいい。Facebookにとってのお客様は広告主であってユーザーではない。ユーザーはFacebookが広告主に売りつける商品なのだ、と。このエッセイのタイトルである "You Are the Product"(あんたが商品なのだ)の意味するところです。

▼上の記事とは別のハナシですが、9月7日付のBBCのサイトに "Facebook uncovers Russia-funded misinformation campaign" という記事が出ています。昨年のアメリカ大統領選挙で「Facebookを使って、ロシアの資金によるデマ情報流布キャンペーンが行われた」とFacebookが明らかにしたということですよね。Facebookの発表によると、ある広告主が今年5月までの2年間、10万ドル払って3000件の広告を載せたとなっている。つまり10万ドル払うだけで、3000件もの広告を2年間も掲載し続けることができるってことですよね。1件あたりの料金は30ドル(約3000円)強ってことになりません?まさか・・・。

▼上に紹介したLRBの記事によるとFacebookは20億の人が見ている。30ドルで20億人に見てもらえるとは思わないけれど、どう少なく見積もっても1000万人には見てもらえると考えても不思議はない。ネット情報によると、日本で最も発行部数が大きいとされている読売新聞(約940万部)に全面広告を載せる場合の一日の料金は約4800万円(約45万ドル)です。これでは最初から勝負にならないのでは?

▼もう一つ、8月16日付の日経のサイトによると、日本では若い世代を中心に「フェイスブック離れ」が進んでいるのだそうですね。総務省が発表した数字によると、2016年の20代のフェイスブック利用率が前年比で7ポイント減の55%となり、ツイッターの利用率が5ポイント増の60%となっているのだそうですね。またフェイスブック利用者の年齢層が高くなっていることも顕著な傾向なのだそうで、20代の若い世代は自分の会社の上司から「お友だちリクエスト」を送られて困惑するケースが増えているらしい。なんだか悲しい傾向ではありますね。

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4)英国は「4大政党」時代?
 

The Economistの政治コラム"Bagehot"(バジョット)によると、英国は今や「4大政党制」(four-party system)の時代を迎えているのだそうであります。これまでのいわゆる「二大政党」であった労働党と保守党がそれぞれ二つに分裂しているということです。前者はコービン主義者(Corbynites)と社会民主主義者(Social Democrats)、後者はホイッグ(Whigs)とトーリー(Tories)に・・・。

 4大政党の時代?
左からジェレミー・コービン、トニー・ブレア、デイビッド・キャメロン、ボリス・ジョンソン。思想的な意味の「左から右」でもある。 

保守党を二分しているホイッグとトーリーは、17世紀の英国に存在した政党で、前者は現在の自民党(Lib-Dem)の起源となったどちらかというと国際派とされた。一方のトーリーはナショナリスト政党で、現在の保守党は今でもトーリーと呼ばれている。保守党内のホイッグ派とトーリー派を分けるのは、言うまでもなくEU離脱問題です。ホイッグは離脱反対、トーリーは今すぐにでも離脱しようという強硬派です。

「国際化」と社会主義は合わない?

分裂の原因となっているのは、両方ともEU離脱です。労働党の場合、コービン主義者は残留にそれほどの熱意は示していないし、ブレア・グループは圧倒的に残留派です。コービンらが何故EU加盟に対してそれほど乗り気でないのか?The Economistの説明によると、鉄道やエネルギー産業の再国有化のような「社会主義路線」がEUのような国際化路線とは合わないということだそうです。さらに労働者階級の中の労働党支持者の多くがBREXITを支持した(とされている)こともコービンの姿勢に影響している。

EUへの想い
いまの英国政治を二分しているのがEUに対する姿勢なのですが、労働党支持者の間では6:4で「残留」希望者が多く、保守党支持者の間ではほぼ同じ割合で「離脱」希望者が多い。保守党支持者の中の離脱支持が、サッチャーに代表される愛国的保守層(どちらかというと高齢)であることは理屈がとおる。また保守であれ、労働であれ「残留希望」というのが、国際的な英国に好意を感じている人たち(どちらかというと若年層で学歴が高い)であることも想像はできる。むささびにとって最も分かりにくいのが「労働党支持者で離脱に賛成」(35%)です。低学歴・低所得層で、多文化社会だの国際化だのと言った流れから取り残された人びと・・・という説明がなされるのですが、なぜそれが「EU離脱」という発想に繋がるのか?どうもよく分からない。

ヨーロッパへの想い


The Economistによると、ホイッグに属するのは、若い都会派の政治家で、保守党は時代と共に変化しなければならない(must move with the times in order to survive)と主張しており、昨年の国民投票を呼びかけたキャメロン前首相らがこれに入る。EU離脱に関しては、離脱後もEU市場へのアクセスをこれまで通りに確保することを目指して交渉することを主張している。一方のトーリーは、どちらかというと高年齢で出身もどちらかというと「田舎」(rural)が多い。移民嫌いで、ホイッグの言う「時代と共に変化する」のは「英国らしさを投げ出す」(surrendering everything they hold dear)ということに繋がるとして反発している。EUとの交渉などという面倒なことは止めて、独立国として英国独自の道を歩もうと言っている。

労働党を二分しているコービン主義者と社会民主主義者を別の言葉でいうと、前者が左派、後者は20年前にブレアを党首に政権を獲得した右派(別名:New Labour)ということになる。この両派は、今年6月に行われた選挙結果の評価をめぐって対立している。数字を見ると、あの選挙で労働党は、獲得票数が935万から1290万へ、議席数は232議席から262議席へと伸びたのですが、過半数を制するに64議席足りない。コービン主義者は、投票日が一週間伸びていたら過半数を獲得しただろうと言っているし、右派によると自分たちが主導権を握っていたら文句なしに過半数を取れたと・・・いずれも「たら・れば」の話をしている。

政党支持率の推移:%
IPSOS-MORI
サッチャー政権が誕生した1979年から現在までの政党支持率の推移をグラフ化すると上のようになる。保守党と労働党以外の第三の党として自民党(Lib-Dem)があるけれど、単独政権をとれるような支持率ではない。今後The Economistの言うように、労働党と保守党の分裂状態が続いた場合、自民党への支持率はどのように変化するのか?
 
結局、部族政治?

19世紀半ば、英国の保守党は「穀物法」(Corn Law)という法律をめぐって文字通り二分した経験がある。欧州大陸からの穀物輸入を制限するために作ったこの法律を推進したのが、地主や農業資本家を代表する「トーリー」(国粋的)で、これに反対したのが工業化を主導する新興ブルジョワ階級の「ホイッグ」(国際的)だった。現在のBREXITをめぐる保守党内の対立はこれと殆ど同じというわけです。

で、今後の英国政治における最大の注目点は、保守党の左派勢力(ホイッグ)と労働党の右派勢力(社会民主主義者)が手をつなぐことになるのかということである・・・とThe Economistは言っている。特にヨーロッパ大陸との関係に絡む審議で両者が手をつなぐかどうかということなのですが、英国の政治は思想的というより部族的な部分が強い。主義・主張というよりも、これまでのしがらみ(部族意識)のようなことで徒党を組んでいるということで、それが勝つと保守・労働ともに分裂状態で「四大政党制」のような状態が続くことになる。

▼保守党の左派と労働党の右派が手を結ぶことはあり得るけれど、労働党左派と保守党右派が手を結ぶということはあり得ない。となると、将来の英国政治は(理論的には)「三大政党制」ということになる。The Economistによると、それは政治というものが理論とか理念によってのみ行われるのであれば、ということ。それを邪魔するのが政治家の「部族意識」である、と。しがらみってやつですかね。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

P45:解雇通知

10月4日、マンチェスターで開かれた保守党大会は、党首のティリーザ・メイにとっては悪夢のようなイベントになってしまった。党としてのこれからの政策を高らかに謳い上げる党首演説を始めた途端に咳が出始め止まらなくなってしまった。それでも健気にも演説を続けたのですが、なかなか止まらない・・・と、そこへ会場から一人の男性が書類のようなものを持ってステージによじ登って、それをメイに差し出した。メイはそれを受け取って脇に置いて演説を続けた。相変わらず咳は止まらない・・・(ここをクリック)。


さんざんであったわけですが、あの男性がメイさんに手渡した書類のアタマ(右上)の部分を見ると "P45" という大きな文字が入っている。次の日のSky Newsのサイトを見たら
  • As Theresa May tackled one of the most important speeches of her political career, a P45 was handed to her by comedian Simon Brodkin.
と書いてある。メイさんが重要な演説を行うのに四苦八苦している中で、コメディアンのサイモン・ブロドキンが彼女にP45を手渡した・・・というわけですよね。P45って何?ネットを調べたら「被雇用者が会社を辞めるときに雇用者から渡されるペーパー」という説明がありました。「辞める」にも解雇から定年退職までいろいろあるけれど、要するに会社側が雇用契約の終了を書類的に明らかにするもので、目的は本人がその会社に雇われていた時期や辞職理由などを証明することにある。税務署や次なる雇用者に提出される書類と一緒に使われる。"receiving your P45" という英語表現は「クビになる」という意味で使われる。

サイモン・ブロドキン(Simon Brodkin)は今年で40才、劇場などでの漫談風のお笑い以外にテレビでも結構知られているコメディアンなのだそうです。ここをクリックすると、国際サッカー連盟のブラッター会長(当時)が自らの金にまつわる疑惑について説明をしている最中に会場に現れたブロドキンのパフォーマンスを見ることができます。

ちなみに保守党大会におけるP45について、メイさんの閣僚の一人で、何かというと彼女との対立が噂されるボリス・ジョンソン外相から頼まれて手渡したというのがブロドキンの筋書きで、ビデオにはブロドキンがジョンソン外相に「確かに渡しましたから、ご安心を」と告げている様子まで写っている。つまりジョンソンがメイに「アンタはクビだ」と告げたというわけ。

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6) むささびの鳴き声
▼選挙運動を行っている安倍さんが、新潟県新発田市で演説して、11月に訪日するトランプが拉致被害者の家族と面会するように調整していることを明らかにした・・・と各メディアが伝えていましたよね。彼の発言を文字にしたものがNHKのサイトに出ていました。
  • 「トランプ大統領は『晋三、それひどいな』と言っていた。そして、ことし9月の国連総会の演説でめぐみさんについて触れてくれた」

    「トランプ大統領に『ぜひ11月に日本を訪問した際には、拉致被害者のご家族に会う時間をとってください』とお願いしたら、『皆さんと会うよ。本当にひどい話だ。拉致被害者を救出するために全力を尽くしていくよ』と約束してくれた」
▼このNHKのサイトには、この件について、横田めぐみさんの母親の早紀江さんの次のようなコメントが掲載されています。
  • 「私たちの目的は、めぐみたち被害者が帰って来ること以外ありません。こうした動きが一日も早い帰国に結びつくことを願っています」
朝日新聞はシンゾーの新発田市演説について「政府関係者」のコメントとして、「首相は、トランプ氏と横田夫妻の面会を実現させることで、拉致問題の解決に向けて日米が足並みをそろえている姿勢を内外に示したい考えだ」という趣旨のことを伝えています。むささびが不思議に思うのは、シンゾーの新発田市演説について批判的な報道やコメントの類が見られないということです。メディア自身の意見とか評論家、政治家のようなオピニオン・リーダーと呼ばれる人たちのコメントの類が見られないということです。むささびの見落としなのでしょうか?「批判的」と言っても「拉致問題を選挙に利用した」という類のものではない。シンゾーやトランプのような対北朝鮮の姿勢で拉致問題の解決だの進展が期待できるのか?という疑問符ということです。

▼新発田市での演説については、掲示板のようなネットスペースにおけるピーチクパーチクはいろいろとあったようなのですが、大体において、肯定的な意見は「安倍さんの外交力ってすごい!」というものであり、否定的な意見の多くが「拉致問題を選挙に利用している」というものだったようであります。それにしても新発田市におけるシンゾーの発言は、言葉遣いが余りにも哀しいと思いません?「・・・触れてくれた」、「・・・とお願いしたら」、「・・・と約束してくれた」等々、別の言い方をすると、「見ろ、トランプさんはオレのこと"シンゾー"って呼んでくれるくらい親しいんだぜ、そのオレがアンタらのためにいろいろお願いしてあげたんだ、ありがたく思え」としかむささびには響かない。横田早紀江さんのコメントは「私らが会いたいのはトランプじゃない、家族なの」という意味ですよね。それなのにいつの間にかシンゾーのアタマの中では「トランプと面会させること」が目的化してしまっている(としか思えない)。

▼4つ目の記事で、英国が「2大政党制」から「4大政党制」になりつつあるというThe Economistの見方を紹介しましたが、日本の場合はというと、「政権交代が可能な2大政党制」にこだわる人びとのおかげで、「自民」「準自民」「左翼」ということになっている。別の分類でいうと「極右vs右翼vs左翼」という感じかな。小池さんの「希望の党」を「極右」と呼ぶ人もいるけれど、むささびによると「極右」とくればシンゾーたちに決まっている。そうです、「鬼畜米英になんか負けっこない」「アジアの盟主は日本だ」と叫んでいた人たちです。生き残っているんです、信じられないだろうけど。

▼カズオ・イシグロが郷愁を覚える1960年代の英国ですが、第二次大戦後の英国については「サッチャー前」と「サッチャー後」という分け方をする人がいます。サッチャー政権が誕生したのは1979年ですが、彼女が保守党党首に就任したのは1975年です。イシグロが郷愁を感じるのは「サッチャー前」の英国です。良くも悪くも「大きな政府」が支配した英国です。「揺り篭から墓場まで」の福祉社会を生んだ、あの「優しい英国」です。それが誰もが政府に依存しようとする「ひ弱い人間の集まり」としてサッチャーによって否定された・・・この話を始めると長くなるので止めておきますが、Spiegelとのインタビューでイシグロが語った人間に対する視点は確かに面白い。

▼本日(10月15日)の埼玉県は寒い雨の日です。お元気で!

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むささびへの伝言