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376号 2017/7/23
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
上の写真、ニュージーランドの吹雪(snow storm)だそうです。2017年のいま現在、こんな吹雪なのかどうか知りませんが、ネットを見たら2017年7月23日のニュージーランド(クライストチャーチ)の天気予報として「最高気温10度、最低気温マイナス1度」と出ていました。となるとこの写真が7月末のニュージーランドである可能性は大ありということですね。2017年7月22日の日本の埼玉県飯能市は34度でした。がっくり・・・。

目次
1)BBC政治部長への風当り
2)「祖国」へ帰ろう・・・シリアのアルメニア人
3)NZ英語教師が日本で死んだ理由
4)英国の精神病院:年間拘束が6万7000件
5)英和辞書
6)鳴き声


1)BBC政治部長への風当り

いま英国のメディアでちょっとした話題になっているのが、ローラ・ケンズバーグ(Laura Kuenssberg)という政治ジャーナリストです。1976年生まれ(41才)でBBCの政治部長(political editor)。2015年にニック・ロビンソンの後を継いだのですが、女性が政治部長になるのはBBC始まって以来のことです。白状すると、むささびはKuenssbergという名前の発音に自信がない。「ケンズバーグ」はむささびが類推したものです。間違っていたらご免なさい。


ローラ・ケンズバーグの何が話題になるのかというと、政治家に対する彼女の質問が「鋭すぎる」場合があるということ。質問の中身もさることながら、質問の仕方や態度も相手に対して「傲慢で失礼だ」というわけで、最近(6月26日)のDaily Telegraphが彼女のことを "the most divisive woman on television?"(現在のテレビの世界で最も世論を分裂させる女性なのでは?)として紹介する特集記事を組んだりしている。いくつか例を挙げると・・・。


一昨年(2015年)中国の習近平主席が英国を国賓訪問した際、主席とキャメロン首相が共同で記者会見を行った。その際、中国と英国の報道陣から一つずつ質問することが許され、英国側の質問者がBBCのケンズバーグだったのですが、習主席への質問は次のようなものだった。
  • 民主的ではないし、透明性もない、しかも人権保護については全くもってひどいとしか言い様がない態度をとっている国とビジネスをすることを、英国の国民は有難いと思うべきだと(あなたが)考える理由は何ですか?
    Why do you think members of the British public should be pleased to do more business with a country that is not democratic, is not transparent and has a deeply, deeply troubling attitude towards human rights?
つまり「ビジネスのためとはいえ、中国のような人権無視の国と付き合わなければならないのは情けないと多くの英国人が感じている」という意味ですよね。これに対する習近平主席の答えは「中国は世界共通の人権の考え方を中国の実情に合わせて採用している」という趣旨のものだった。ローラはまた同席したキャメロン首相にも「人権無視の中国とのビジネス拡大によって英国が払う犠牲は、払うだけの価値があると思うか?」とか「金ぴかの馬車に乗ってバッキンガム宮殿へ向かう主席を見て英国人はどう思うと考えるか」というニュアンスの質問をしたのですが、キャメロンは「貿易を拡大させたりする中で英中関係の親密度が高くなり、いずれは人権についても率直に意見交換ができるようになる」というものだった。会見の様子はここをクリックすると見ることができます。


また今年の6月に行われた選挙に先立って、BREXITを推進する独立党(UKIP)が選挙公約を発表する集会を行ったのですが、その際にUKIPの党首が、マンチェスターで起こったテロ事件に関連して、メイ政権の対テロ政策が甘いからテロ事件が起こったという趣旨のアジ演説をやって支持者からの拍手を浴びた。と、そのあとにBBCのローラ・ケンズバーグがマイクをとって「マンチェスターのテロ事件そのものを首相の責任であるかのように言って非難するのはおかしいのでは?」という趣旨の質問をぶつけたところ、会場がローラへのブーイングで騒然となってしまった。

さらに選挙直前に行なわれた労働党のコービン党首との単独インタビューでは、EU離脱に対するコービンの姿勢を話題にしてかなりしつこい質問で攻め立てた。



ローラ:あなたは今日、「Brexitは解決した」(Brexit is settled)とおっしゃいましたよね。つまりあなたが首相になった場合で、何があろうが、どのような条件がテーブル上に乗せられたとしても、英国はEUを去るのだ・・・そうおっしゃっているんですか?
これに対してコービンは、労働党の立場として、「EUとは良好な関係を保つ」、「欧州市場への英国からのアクセス、関税なしのアクセスを確保する」、「在英のEU加盟国国民の権利は保護する」の3点があることを訴えるのですが・・・。
ローラ:それはあなたがそうしたいという希望です。「Brexitは解決した」ということは、これからの交渉がどうなろうが、あなたが首相である限り、英国がEUを去るということなのですよね。
コービンの答えは、EU離脱の交渉は複雑でローラが言うほどには単純なものではなく、何度もミーティングを重ねなければならないし、交渉相手だってそれぞれの加盟国があるし、それぞれの議会があるし・・・というものだった。
ローラ:そんなことを聞いているのではありません。私が聞いているのは、あなたが首相になったら、交渉の結果がどのようなものであれ、英国はEUを去るのか、ということなのです。
コービン:我々が選挙に勝ったらヨーロッパとはちゃんと交渉をして、EUとの貿易で成り立っている我々の雇用確保が急に難しくなるなんてことにはなりませんよ・・・。
ローラ:でも貿易に関するEUとの交渉の成り行きを予測できる人なんて殆どいませんよ、首相がティリザ・メイだって・・・
コービン:(ローラの質問を遮って)だからヨーロッパ市場へのアクセスを得るために交渉をするんだと言っているんです。
ローラ:あなたはEUに残留ということもあり得るとも言わないし、はっきり離脱するとも言わない・・・この部分をはっきりさせることをみんな望んでいるんですよ。あなたが首相になったら、どんなことがあってもEUを去るのですね?

と、相当しつこい。ここをクリックするとインタビューを動画で見ることができます。これ以外にも物議を醸すようなインタビューがたくさんあるのですが、世論調査機関のYougovのアンケート調査では彼女に対する評価として
  • 彼女の意見ではなく、偏見のない報道(unbiased news)を望む。
  • 安っぽい。事実よりも自分の意見を伝えている。BBCは彼女との契約を解除した方がいい。
  • 失礼・傲慢・労働党寄り、テレビの世界から消えて欲しい。
  • 彼女の報道がイヤなら見なきゃいいのだ。がんばれ、ローラ!Carry on Laura!
  • ジャーナリストの仕事は、偉い人たちにへつらうことではない。彼らに挑戦することにある。
賛否両論ありという感じです。とはいえ、ローラは昨年(2016年)の英国ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤーに輝いており、最近ではDaily Telegraphの特集記事が出てから、彼女を支持する声が却って大きくなっているし、ローラ攻撃を女性差別だという意見も大きくなっている。

▼彼女の略歴を見ると、両親はスコットランド人で、父はビジネスマン、母は社会活動家として、ともに大英勲章を受けており、ローラ本人もグラズゴーの名門私立学校からエディンバラ大学という名門コースを歩んでいる。誰がどう見てもエリート中のエリートという感じなのですが、ひょっとすると日本のジャーナリストと違うかもしれないのは、ジャーナリズムの世界における歩みです。大卒後、グラズゴーのラジオ局に就職、次いでケーブルテレビ局を経てBBC(地方局)に入ったのが2000年(24才)、政治部の記者などを経て、2011年にいったん民間テレビ(ITV)へ移り、その2年後にBBCに復帰している。

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2)「祖国」へ帰ろう・・・シリアのアルメニア人
 

6月26日付のThe Economistにシリアにいるアルメニア人が戦火を逃れてはるか昔の「故国」へ帰還するケースが増えている(Syria’s Armenians are fleeing to their ancestral homeland)という記事が出ています。アルメニアという国をご存じですか?むささびの知識はほぼゼロです。なのに何故この記事が気になったのかというと、その昔、アメリカ文学を読み漁っていたときに出会ったウィリアム・サロイヤンという作家がアルメニアからの移民であると聞いたからです。それだけ。

まずアルメニアという国ですが、1920年にアルメニア社会主義ソビエト共和国となるけれど、1991年にソ連の崩壊によってアルメニア共和国として独立している。世界で初めてキリスト教を国教とした国なのですね。人口は約300万なのですが、日本と同様、人口減に悩んでおり、1990年に350万であったものが、2016年には290万にまで落ちている。ただ日本と違うのは、人口減の理由が国外への流出が主なるものであるということです。


アルメニアはどこにあるのか?ウィキペディアには「黒海とカスピ海の間にある」と書いてある。「南コーカサス」と呼ばれるエリアなのですね。地図を見ると、北はジョージア、東はアゼルバイジャン、南がイラン、西はトルコにそれぞれ接しており、ジョージア、イランとは良好な関係を維持しているけれど、トルコ、アゼルバイジャンとは対立関係にある。最も強固な関係を有しているのがロシアだそうです。シリアとの地理的な関係ですが、陸路でシリアへ行くにはトルコかイランを経由しないと行き着かない。でもシリアの首都、ダマスカスからアルメニアの首都、エレバン(Yerevan)までは飛行機(週1便)で2時間半なのですね。

2011年に内戦が始まる以前のシリアには約9万人のアルメニア人が住んでいた。
  • 彼らの多くが1915年に起こったオスマン帝国による集団虐殺を逃れて祖国を離れた人びとの末裔だった。
    Many were descended from ancestors who had fled their homeland in 1915, escaping genocide committed by the Ottomans.
▼The Economistの記事の上の部分、実は発行後に訂正されている。"genocide committed by the Ottomans"(オスマン帝国による集団虐殺)という個所が、最初は "Ottoman massacres and ethnic cleansing"(オスマン帝国による大量殺人と民族浄化)となっていた。これを読んだ読者(おそらくアルメニア人)が怒りのメッセージを投稿、「あれは"genocide”であって "massacres and ethnic cleansing" という書き方は間違っていると主張、The Economistが訂正したというわけです。辞書によると"massacres"は人をたくさん殺すことであり、"genocide”は、特定の民族全体をこの世の中から抹殺しようとする行為のことを言うのだそうであります。

この1915年の「集団虐殺」(genocide)ですが、15世紀から20世紀初頭にいたるまでトルコを中心に、東西はアゼルバイジャンからモロッコに至り、南北はイエメンからウクライナ、ハンガリー、チェコスロバキアに至る広大な地域を支配したオスマン帝国で行われたとされる。衰退しつつあったオスマン帝国政府が、キリスト教徒で帝国の中では少数民族であったアルメニア人を大量に虐殺したとされているもの。しかしトルコ政府はこの虐殺があったことを今でも認めていない。


で、話を現代に戻すと、2011年にシリア内戦が始まって以来、約500万のシリア人が難民として国外へ脱出しているけれど、The Economistによると、9万人のアルメニア系シリア人の3分の1がレバノン、カナダ、トルコ、サウジアラビアなどへ移住、3分の1がシリアに残り、約3万人が祖国への帰還を果たした。祖国へ帰還したアルメニア人にもいろいろいて、最初に帰還したのは、大体において医者、エンジニア、ビジネスマンなど、どちらかというと裕福なクラスの人びとだった。

残りは簡単にシリアを離れるわけにもいかないので、シリア国内にとどまって戦争が終わるのを待つことにした人びとであり、彼らはシリアの状態が良くなることに希望を託して残ったものの、一向に良くならない、仕方がないからシリアを離れて「祖国」へ向かった人びとだから、「祖国」にたどり着いても殆ど一文無しという状態だった。それでも人口流出に悩むアルメニアでシリア生まれの帰還者たちは祖国では大いに歓迎され、彼らが開くレストランなどは人気の的となった。彼らのレストランが出す料理は大体においてスパイスが効いており、それまでのアルメニアで主流だったロシア風の「さっぱりした味」(bland flavours)に飽きていたアルメニア人には受けたのだそうです。


The Economistによると、大体の帰還者は首都のエレバンに定住しているけれど、中には隣国アゼルバイジャンとの間で紛争の原因になっているナゴルノ・カラバク(Nagorno-Karabakh)に定住しようとする農民もいる。アルメニア愛護組合(Armenian General Benevolent Union:AGBU)という国際的なNPOによると、いったんアルメニアに帰還してしまうと、再びシリアへ戻る人間は少ない。でもいないわけではない。彼らがシリアへ戻ろうとする主なる理由はシリアに資産を所有しているということなのですが、実はアルメニア人とシリアの付き合いは11世紀の昔から続いているもので、シリアにおけるアルメニア出身者たちのコミュニティは本国とは異なる「アルメニア系シリア」という文化の担い手であり、これを守ることへのこだわりもある。

ただ、シリアのアルメニア人にはアサド政権の支持者が多く、キリスト教徒である彼らをイスラムのテロ組織から守るのはアサド政権だった。が、その政権自体が弱体化して、将来どうなるか分からない、ということを理由にアルメニア人のシリアへの帰還の困難さを指摘する声もある。

▼シリアで暮らすアルメニア人にはアサド・ファンが多いとのこと。アサド政権の後ろ盾になっているのがロシアであり、アルメニア人はロシアには好感情を持っている。ソ連崩壊以前は同じ仲間だったのだから、当たり前といえば当たり前ですよね。The Economistのこの記事について、アルメニア系シリア人と思われる読者が投稿、「シリアで起こっていることを内戦(civil war)というのは止めてくれ。あれは外国勢力によるあからさまなシリアの主権侵害行為(blatant violation of its sovereignty)であり、シリア政府はそれらの勢力と戦って勝利を収めようとしているのだ」と言っている。

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3)NZ英語教師が日本で死んだ理由

7月13日付のGuardianのサイトに
という見出しの記事が出ています。「ニュージーランドの男性が日本の病院のベッドに縛りつけられた結果死亡した(と家族が訴えている)」という意味です。


同じ日付のニュージーランド・ヘラルドが第一面で
と伝えています。そしてニュージーランド関係の日本語情報誌である"GEKKAN NZ"のサイトも同じ日付で、ニュージーランド・ヘラルドの記事を紹介するかたちで
という記事を掲載している。日本で英語教師をしていたニュージーランド人のケリー・サベージという青年(27才)が、神奈川県にある精神病院で治療を受ける中でベッドに身体を縛り付けられたりする扱いを受け、それが原因で死亡に至った、と家族が訴えている・・・ということです。

むささびが何故この「事件」を話題にしたのかというと、はるか昔に読んだ記事のことを思いだしたからです。ネットを探ったらその記事が見つかりました。今から16年も前、2001年11月22日号のThe Economistに出ていた
という見出しのもので、ここでいう「暗黒時代」(the dark ages)は西洋でいう「中世」のことを言っているのかもしれない。信じられないような時代錯誤状況にあるという意味ですが、2017年に起こったニュージーランド青年の死亡についても、残された家族が日本の精神病治療について「中世の映画の出来事のようだ」と言っていることにも妙に符合してしまう。16年も前に掲載されたThe Economistの記事が言っていることがいまでもあてはまるのかどうか、気になるところです。

日本の精神病院における行動制限の件数:各年6月30日一日の実数
厚生労働省「精神保健福祉資料調査」


このグラフによると、身体的拘束が行われた患者数が2003年には5000人強だったものが、10年後(2013年)には1万人を超えるまでに増加している。

The Economistの記事はまず、48才になるある日本女性の経験から始めます。小学校のころに学校の友だちや教師からイジメを受け、登校拒否になり、精神病院への入退院を繰り返す日々を過ごしたことがある。病院では「うつ病」(depression)であると診断されたのだそうです。その後、大きくなって結婚して子供もできたのですが、その間ずっと自分の経験については隠し続けて来ている。他人に知られると、今住んでいるいるアパートからも出なければならなくなる(かもしれない)し、子供が学校でいじめにあったりするかもしれないということです。

The Economistによると、日本では未だに多くの精神病患者を山奥にある病院に閉じ込める(locking them up)ことによって「治療」(treat)しようとしている。しかも国民一人当たりの精神病棟のベッド数は英国の3倍、アメリカの7倍、精神病院への平均入院日数はアメリカでは平均8日なのに、日本では400日だそうです。でもそれを改善しようとする試みもあった。例えば1987年にそれまでの「精神衛生法」が「精神保健法」に変わったのですが、その際に精神病院からの退院者の社会復帰の制度を整備する、地域における生活援助事業(グループホームなど)の法制化などが謳われた。


The Economistによると、日本における精神病院の殆どが私立病院であり、1960年から70年代にかけて政府からの寛大なるローンを受けて作られたものだった。なのに日本の法律では、精神病院は患者一人当たりに必要とされる医師の数が普通の病院の3分の1、看護婦の数は3分の2で構わないということになっている。それでも精神病院の団体は、経営が黒字になることはほとんどない(barely break even)と主張している。が、この点については、かつて都立松沢病院、国立武蔵療養所などに勤務したこともある藤澤敏雄氏が「精神病院はスタッフと患者を犠牲にして金儲けをしている」(They make profits by sacrificing their employees and their patients)とコメントしている。

藤澤氏によると、病棟は24時間、施錠状態のこともあるし、外部との接触は極端に制限されている。さらに「治療」と呼ばれるものも原始的で、電気ショックを施すかと思えば独房(isolation rooms)に閉じ込めたりすることもある。新聞報道などでは、堕胎を無理強いされたりする患者もいるし、冷暖房などはひどい状態にある・・・というわけで
  • 責任はひとえに厚生省にある。
    Responsibility for this rests squarely with the health and welfare ministry.
The Economistによると、欧米では政府が予算削減によって病院を閉鎖することで入院患者の数を減らしているのが現状なのに、日本ではほとんどの精神病院が私立だから、厚生省は何をするにも病院団体と交渉しなければならない。しかもこの団体はベッドは一床たりとも減らさない(not losing a single bed)という方針を堅持しているのだそうです。日本では精神病患者の権利保護は各地方にある「精神医療審査会」(psychiatric review boards)の仕事ということになっているけれど、The Economistによると、この組織はほとんどが病院側のいいなりであるとされている。
  • このような状況では、日本における精神病医療の向上は病院自身の自己改革に期待するしかない。
    Under such circumstances, the only real hope is that the hospitals will reform themselves.
 精神病院での患者の在院日数の推移:日本・韓国・英国
日本における在院日数は確実に減ってきてはいるけれど、他国に比較すると圧倒的に長い。このグラフに見る限り、韓国や英国では横ばい状態が続いているようです。日本の数字は厚生省のサイトから、韓国と英国のそれはOECDのサイトからむささびが拾ったものです。

ただ、The Economistによると、日本精神科病院協会の会長に病院のオーナーではなく精神科医の仙波恒雄氏が就任(2000年4月)したときには一瞬希望の光が見えたように思えたけれど、それ以後は彼の改革熱も冷めつつあるようだ(Dr Senba's reformist ardour appears to have cooled)とのことであります。で、結局
  • 日本人自身の大半が現状のままでいることを望んでいるのかもしれない。精神病患者を山奥に閉じ込めて目に入らないようにしておくことである。精神病院は大いに改革を必要としているのだ。
    It may be that most Japanese still prefer things the way they are, with their mentally ill incarcerated, safely out of sight, in the lonely mountains. Hospitals for the mentally ill badly need to reform.
というのが16年前のThe Economistの結論です。

人口10万人当たりの精神病床数:OECD・2011年
<日本のみ「病院報告」> 

The Economistのこの記事が掲載されてから約10年後の2011年のOECDの統計によると、人口10万人あたりの精神病院のベッド数は、ドイツが121、韓国が88、英国は54などとなっているのですが、日本に関しては、OECDのサイトそのものに情報が出ていない。ただ厚生省のサイトによるとベッド数は289床だそうです。さらにOECDの統計として2010年における精神病院における患者の在院日数というのもある。それによると韓国が約112日、英国は47.9日、極端に短いアメリカは6.4日などとなっている。日本については何と301日(!)だそうです。但しなぜかこれもOECDのサイトそのものには出ておらず、厚生省のサイトに出ていた「病院報告」と呼ばれるものの数字です。

 精神病院への平均在院日数:OECD・2010年
<日本のみ厚生省の数字>

▼それにしてもなぜ日本では精神病院のベッド数が異常に多く、患者の在院日数も他国に比較するとかくも長いのでありましょうか?この点について、埼玉県越谷にある南埼玉病院の瀬戸睿(さとし)院長が「他国では入院ではなく地域で暮らしながら治療を受ける方が多く、仮に入院になっても直ぐに地域に戻す」というのが一般的であるのに対して「日本では、入院の必要もない方をすぐ入院させ、それも長期にすることを当たり前としている」とコメントしている(東武朝日新聞2015年1月9日)。その14年前のThe Economistが、藤澤敏雄医師の言葉として「精神病院はスタッフと患者を犠牲にして金儲けをしている」と伝えている。

▼2017年7月20日付の「ヨミドクター」というサイトに、この記事の最初で紹介したニュージーランド人青年の遺族が日本の医療関係者、弁護士、患者らと共に「精神科医療の身体拘束を考える会」を設立したというニュースが出ていました。この会の設立人の一人である杏林大学医学部教授の長谷川利夫氏は日本外国特派員協会で行われた記者会見で、欧米におけると精神医療が病院収容中心から地域生活中心へとシフトした頃(1960年代)、日本では反対に精神科病棟を増やしていたと言っている。日本の精神医療が「隔離・収容主義」から脱却できないでいる一つの理由である、と。The Economistの記事によれば、日本でも1987年の法改正で、精神医療の地域生活中心主義への転換がはかられたことになっているけれど、それでも欧米に比べると20~30年ほど遅れているということですね。
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4)英国の精神病院:年間拘束が6万7000件
 

「ニュージーランドの男性が日本の精神病院でベッドに縛りつけられて死亡」というニュースを見て、英国の精神病院ではそのようなことがあるのか、と調べてみたら昨年(2016年)9月21日付のThe Independentに
という記事が出ていました。つまり一日あたり180人以上の患者が身体拘束を受けているということになる。

このことを明らかにしたのは、自民党(Lib-Dem)のノーマン・ラム(Norman Lamb)下院議員で、彼が情報公開法に基づいてイングランドにあるNHS(国民健康保健制度)傘下の精神病院58件に対して、患者の身体拘束に関する資料提出を要求、50の病院から得た情報を調べた結果明らかになったものです。ラム議員は2016年の時点では野党議員だったのですが、2015年までは保守・自民連立政権で厚生大臣(Health Minister)を務めており、その際に精神病院における患者の身体拘束に関するガイダンスを作成した実績を有している。


ラム議員の調査によると、これらの身体拘束行動の結果として患者1548人、病院スタッフ2789人が傷害を負っている。議員がさらに問題視しているのは、これらの身体拘束(約6万7000件)のうち12,347件が、患者を俯けにして上から押さえつける“face-down restraint”という方法(写真上)によっていることで、
  • この種の身体拘束は時代遅れで危険、しかも患者がいちばん安全かつケアされていると感じなければならない時にタイヘンな精神的ストレスを与えている。
    This practice is outdated, dangerous and causes vulnerable people a great deal of distress at a time when they should feel safe and cared for.
として「全く受け容れられない」(utterly unacceptable)と抗議しています。

▼この記事とは無関係なのですが、英国には「ケアの質に関する委員会」(Care Quality Commission:CQC)という機関があって、さまざまな医療・福祉施設が提供するケアの実態を常に調査・報告することを仕事にしています。中には精神病院におけるケア提供の実態調査なども含まれており、この機関による調査結果は国会における審議のための資料として使われたりもしている。


▼そのCQCが作った報告書の一つが "Monitoring the Mental Health Act" と呼ばれるもので、1983年に制定された「精神衛生法」(Mental Health Act)がどのように守られ実施されているかを調査した結果を報告するもので、上のグラフはその報告書の中に含まれていたもので、2008年から2015年までの7年間における精神病院への入院患者の数の推移を表しています。

▼患者が入院する際の自発性を基準にして分けている。"informal patients"(自発的入院患者)は誰かに強制されたわけではなく、自分の意思で精神病の治療を受けている患者のことで、自分の意思で退院することができる。"detained patients"(拘留患者)は、何らかの事情で自分の意思とは無関係に精神病院への入院を強制された患者のことです。彼らの場合は自分の意思で退院することは許されない。このグラフに見る限り、約10年前には7万6000:3万と「自発的入院患者」の数が圧倒的に多かったのに、現在ではこれが逆転、「強制」(5万4000)が「自発」(5万1000)を上回っている。

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

999:緊急用電話番号

日本では緊急用の電話番号といえば、110(警察)と119(消防)の二つがすぐに思いつくけれど、英国では消防も警察も"999"であることはご存じでしたっけ?英国の場合、警察も消防も"999"で、救急車や沿岸警備隊(Coastguard)もこれなんですね。

で、英国の"999"は緊急用電話番号としては世界初のものだったのですが、サービスが開始されてから今年(2017年)で80周年なのだそうですね。1935年にロンドンの病院で起こった火災で5人の女性が焼け死ぬという悲劇が起こったときに、緊急電話サービスを作ろうということになった。委員会がいろいろと番号を検討する中で最終的に残ったのが "707" と "333" と "999" だった。"707"については、当時の電話機は回転ダイヤル式で、各番号と一緒にアルファベットが印刷されていた。"SOS" をダイヤルすると数字的には"707"になる・・・と。"333"は「3ケタを全部3」にすると憶えやすいということだったけれど、「憶えやすい」ということからすると"999"の方がいいので・・・ということでこれに落ち着いたのだそうです。実際にサービスが始まったのが1937年というわけです。ただ、最初はロンドンだけのサービスで、全国統一の"999"サービスが確立したのは1976年というから、最初に始まってから40年後のことだったのですね。

サービス開始当初は一週間約1000件だったのが今では約56万件、年間約3000万件だそうです。うち6割強が携帯からの電話です。中には子供が電話機をいたずらしていて、誤って999を押してしまうという「間違い電話」のケースもあるのですが、おふざけとしか思えないものもある。
  • I'm sorry to call 999 but I was looking for 101 but I don't know the number. 申し訳ない、101に電話しようと思ったんだけど、番号が分からなくて・・・
    "101"も警察が出るけれど、これは緊急の用件でない場合に使う番号なのだそうです。
  • I need to cancel my hairdressers' appointment, it's an emergency and I can't get through to the salon.(美容院の予約をキャンセルしたいんだけど、電話しても出ないのよ、緊急なのに・・・)
  • I need an ambulance, my husband has lost his pyjamas and he cannot breathe without them.(救急車をお願いします。夫が自分のパジャマを失くしてしまったの。あの人はあのパジャマを着ていないと息ができないのよ)
日本の110と119ですが、これを作った当時は押しボタンではなくてダイヤル式だった。一番早くダイヤルできるのが「1」であり、一番時間がかかるのが「0」だった。早くダイヤルするために「1」を二回続けたあと、落ち着いて通報できるように時間のかかる番号を一つ、とした。本来ならそれは「0」となるが「110」はすでに警察に割り振られていたため、消防については次の「9」にして「119」とした、という説が一般的なのだそうです。なるほどね。最後の「0」や「9」にはそういう意味があったのか。そこへ行くと、英国の「999」はダイヤルでかけるとイライラするくらい時間がかかる。やっぱ日本人はすごい!
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6) むささびの鳴き声
▼3番目に載せた精神病院についての記事ですが、知らないこととはいえ情報を探すのに往生しました。特に参ってしまったのは、OECDによる統計です。精神病院への平均入院日数を調べようとして、例えばここをクリックすると、病院一般の入院日数が出てくる。そこから精神病の統計に行き着くまでが一苦労。まさに素人の哀しさですね。ようやく行き着いたと思ったら、どこを探しても"Japan"の欄がない。Italyのあとに来るのはKoreaであるわけです。で、次にこの統計の背景説明のようなペーパーがあったので、それを眼を皿のようにして見たわけさ。そしてようやく"Japan"というのが見つかったと思いなさい。何と書いてあったと思います?"No information available" ときたもんだ。これには怒りましたね、温厚なるむささびも。なんで?どおして?簡単ですよね、日本がOECDに情報を提供していないってこと。

▼OECDと言えば、教育に関するPISAとかいう統計があって、最近では上海や韓国などが常に上位を占めているけれど、日本もかなりのランクに位置するわけですよね。こういう統計は載る。なぜ?日本がそれなりに協力しているからでしょ?成績がいいから。でも精神医療についてはどうも・・・。情けないわ、ホンマに。

▼実は英国における精神医療もいろいろな問題に直面しており、メイ政権もこれに取り組むことを宣言しています。この際、むささびでもちゃんと取り上げる必要があると思うけれど、直感的に思うのは、この分野でも過去40年間、世界を席巻してきた経済合理主義(儲からなきゃ意味がない主義)が行き詰まっているということです。経済合理主義が利用者無視の病院経営を生む。それに文句をつけると「綺麗ごとは役に立たない」とくる。世の中には経済合理主義によって生まれた社会的疎外感という精神的な病がはびこっているように思えるけれど、経済合理主義が生んだこの精神病は経済合理主義では治せない・・・このあたりがむささびの問題意識ということになるかも?

▼とはいえ、精神病院についての記事を作る過程において、いろいろと面白い人物の面白い言葉に接しました。児童精神科医の夏苅郁子さん。NHKのハートネットTVに出演したときのことをインタビュー形式で語っている。NHKのサイトに出ていたプロフィールによると、この人は「幼いころ、母親が統合失調症を発症。5年前に体験を公表し、講演などを行う」と書いてある。夏苅さんが自分の体験も交えて語るのは、精神医療も含めた福祉関連の話になると、当事者も支援する人たちも「制度変革」という方向にアタマが向かいがちになる、それは大切なことではあるけれど容易なことではない。しかし「身近な人が一緒に遊んであげる、勉強や悩みを聞いてあげる、おいしいご飯を食べさせてあげる」ようなことなら誰でもできる。夏苅さんによると精神疾患と向き合うというのはそういうことなのだそうであります。。

▼もう一人は精神科医の高木俊介さん。1957年生まれということは、むささびより16才も年下です。MAMMO TVというサイトで自分の精神医療論を語っているのですが、その中でむささびがはっとしてしまったのは、現在の日本で病院のベッド数は120万あり、うち35万は精神科でである、ただ精神科のほとんどが山の中。「町中から精神障害者がいなくなった」という言葉だった。そうなんだ、むささびが小学生のころは、町中どころかクラスメートにだってちょっとおかしいヤツはいたんだよね。検便のためのウンチを持ってこなければいけないのに、何週間も「出ませんでした」と言い続けている。そのうちに先生が「お前、そんなに出ないと糞づまりで死んじゃうぞ」と笑いながら言う。するとクラスのみんなも笑う。「糞づまり」の本人も可笑しそうに笑っていたりして・・・。そういう風景が消えてしまったってこと?

▼高木さんの指摘は痛烈ですよね。精神障害者が町中から消えたことに、町の人間は喜ぶどころか気が付きもしなかったのでは?その分だけ町が静かになった。精神病院を山の中に作るというアイデアは誰が考えたのか?考えた人間は、何故それがいいアイデアだと思ったのか?是非知っておきたい。「きれいごと」と言われることを覚悟しながら言っておくと、精神病院を町から山の中へ追いやることで、町の人間が失ったものの大きさもアタマの中に保存しておきたい。

▼だらだらと失礼しました。
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むささびへの伝言