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373号 2017/6/11
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
6月・・・蒸し暑い季節の到来です。ホトトギスがせわしなく鳴いています。ほとんど何もしないうちに、1年の半分が過ぎてしまったという感じですね。6月8日の木曜日は英国の選挙の日でしたね。なぜ英国では選挙を木曜日に行うのか?ある新聞の解説によると、新しい首相が週末に組閣を行うことができる・・・それが理由だと言っていました。

目次

1)「左翼」労働党、大健闘の理由
2)パックスマンの戦闘的インタビュー
3)メルケルはヨーロッパの女王か?
4)テロの原因は誰が作ったのか?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)「左翼」労働党、大健闘の理由

6月8日に行われた英国の選挙で、メイ党首率いる保守党が議席数を減らし、過半数を維持できなかったということが日本のメディアでも大いに話題になっています。もともと「選挙はやらない」と言っていたメイさんが、EUとの離脱交渉における自身の立場を強化するために打って出た選挙だったので、選挙をやること自体が意外なことと受け取られていた。で、選挙運動に入った当座はメイ保守党の圧勝と予想されていたのが、過半数割れという、これも意外な結果に終わってしまった。


というわけで、今回の選挙については、もっぱら保守党の伸び悩みとメイ首相の失敗が話題の中心になっているけれど、忘れてはいけないと思うのが労働党の健闘です。前回(2015年)の選挙と比較すると
  • 獲得票数:935万→1290万
    獲得議席数:232議席→262議席
というぐあいです。議席数が前回比30議席増というのは、保守党が13議席も減らしてしまったことに比べれば確かに大健闘ではある。The Economistによると、この選挙を通じて「コービン党首は英国の左翼に革命を起こした」(Mr Corbyn has revolutionised the British left)とのこと。そして
  • ブレア時代は6月8日をもって完全に終わったのだ
    The Blair era truly ended on June 8th
とも言っている。この言葉の持つ意味は大きい。過去約40年の英国政治を振り返ってみると、1979年から1997年までの約20年間、サッチャーとメージャーの保守党政権が続いて、その後の13年間、トニー・ブレアとゴードン・ブラウンの労働党政権がつづき、2010年からこれまでは再び労働党は野党の立場にあった。ブレアとブラウンの労働党政権は「新労働党」(New Labour)を自称する労働党右派の政権だった。産業の国営化、世界の反植民地運動を支持などのいわゆる「左派路線」を捨てて市場経済を重視し、外交面でもアメリカとの同盟強化などの路線を採用した。「80年代の半ば以後の労働党は政権を勝ち取るためには中道寄りになるしかないと考えてきた」ということです。



圧倒的多数の労働党議員がブレア路線を信じている中で、2015年の選挙における大敗の責任をとってエド・ミリバンドが党首を辞任、代わって党首選挙で党員の圧倒的支持を受けて登場したのが66才(当時)、議員歴32年のジェレミー・コービンだった。ただNew Labour路線にこだわる議員たちにとっては「反戦・反市場主義」などの左派路線にこだわるジェレミー・コービンは「頭痛のタネ」(irritant)のエキセントリック人間としか映らなかった。昨年、労働党議員の間でコービン党首を引きずりおろそうという動きがあり、4分の3の議員がこれに同調したと言われている。が、この動きは党を支える組合関係者らの反対でぽしゃってしまった。

この選挙でコービン党首のもとにおける労働党の健闘が示したのは
  • 労働党は無理に中道寄りになるのではなく、自らが「本当に」信じていることに依って立つことによって勝つことができる。
    the Labour Party can do well by standing for what it “really” believes in, rather than cleaving to the centre.
ということである、とThe Economistは言っている。コービンの前のミリバンド党首は、いつも自分の至らなさについて謝っているかのような印象を与えていたのだそうです。

今回の選挙でコービン党首は右寄りの大衆紙によって叩かれまくったけれど、コービンは全く恐れる様子を見せていなかった。大衆紙が責めたてたコービンの「過去」の一つにアイルランドのテロ集団とされたIRAとのつながりがある。The Economistによると、大衆紙の情報には本当の部分もあったにはちがいないけれど、多くの有権者(特に若者)はそんなこと全く意に介さなかった。メディア戦略に長け、イメージを大事にしたブレアの労働党の時代は終わった(The Blair era truly ended)ということです。
選挙直前の大衆紙:左はDaily Mail、右はThe Sun。両方ともコービン党首と労働党幹部がテロリストと関係があるということで、「労働党にだけは投票しないで」と訴えている。両方の発行部数を合わせると300万部以上にもなる。その新聞がこのような形で反コービンを訴えたけれど、結果的には労働党の獲得票数は前回に比べて300万もの増加を記録している。そうなると、英国における大衆紙の影響力も実際には大したことないということ?

もちろん、コービン党首も労働党もこれから様々な政治的な困難に直面するし、時には他党との連携や妥協も必要になる。さらに労働党内には、コービン党首に対する批判勢力もおり、今回の選挙もコービンが良かったというよりも、メイの選挙戦略が稚拙すぎたのであって、「コービン以外のリーダーだったら政権を奪取できていた」という声もある。それにしても
  • コービンは選挙に勝つことはできなかったかもしれないが、保守党の党首と違って、彼には勝者としてのオーラがある。
    He may not have won the election but, unlike the leader of the Conservative Party, he now has the aura of a winner.
とThe Economistは言っている。

▼上のグラフの中で最も顕著なのは、BREXITをリードしたと言われる独立党(UKIP)の凋落です。2015年の選挙では約390万票を獲得したのに、今回はたったの60万票です。330万票はどこへ行ったのか?ティリザ・メイの保守党の獲得票数を見ると、前回の1130万票から今回は1370万票へと増えている。つまり数字だけから見ると前回のUKIP票はほぼすべて保守党に流れたということになる。むささびの独断と偏見によるならば、UKIPの沈没は英国人のドナルド・トランプに対する痛烈な拒否のメッセージであるということです。BBCなどが指摘しているのが「二大政党制の復活」(return of the two party politics)です。確かに緑の党、スコットランド党、独立党が軒並み不振でしたね。

▼英国の選挙の場合、日本と違って選挙のたびごとに有権者登録をする必要があるのですね。今回の場合は選挙日の17日前の5月22日が登録締め切りの日だったのですが、BBCによると投票した人の数は約4700万人で投票率は68.7%だった。今回は若年層の登録が目立ったのだそうです.労働党の健闘もそれである程度は説明がつくのかも?

▼この選挙における労働党のマニフェストを見ると、確かに若者には評判がいいかもしれないと思えてくる。例えば「移民」については「数を減らすことにコミットはしない」として、あくまでも理にかなった管理体制を構築するとしている。BREXITが幅を利かせる時代のマニフェストにしては移民に対してヒステリックな拒否反応を示していない。またBREXITについては「国民投票の結果を受け入れる」としながらも、メイさんのような「強硬離脱」(Hard BREXIT)ではなく、単一市場へのアクセスの確保、関税同盟への参加など、メイさんに比べるとかなり穏健な態度をとっている。

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2)パックスマンの戦闘的インタビュー
 

英国にジェレミー・パックスマン(Jeremy Paxman)というテレビ・ジャーナリストがいます。1950年生まれだから今年で67才。かつてはBBCのNewsnightという看板ニュース番組のキャスターをやっていたけれど、数年前にこれを止めて、今ではフリーで司会者などをやっている。むささびが知っているパックスマンは、政治家を相手にズケズケと歯に衣着せずに質問を繰り出す「戦闘的ジャーナリスト」という感じだった。


そのパックスマンが今回の選挙期間中にティリーザ・メイ首相と労働党のコービン党首を相手に1対1のインタビューを行った。衛星放送のSKYと地上波のChanel Fourが主宰したものです。久しぶりに見るパックスマンだったけれど、戦闘的インタビューは相変わらずと言う感じです。ここではメイ首相とのインタビューの出だしだけ紹介させてもらいます。ここをクリックするとインタビューそのものを見ることができ、ここをクリックすると文字で読むことができます。
********************
メイ首相はBREXITの成功に向けて首相としての自分の地盤固めを行なおうとして選挙に打って出たのですよね。昨年(2016年)の国民投票に際しては、彼女は目立った動きこそしなかったけれど、キャメロン政権の閣僚としてEUへの残留を主張していた。が、国民投票でEU離脱が勝利、キャメロン首相が退陣するや、後をついで首相の座に就いた。そして言い放ったのが「EU離脱こそが英国の国民の意思(people's will)であり、英国はEUからの完全撤退を行う」ということだった。パックスマンが最初に取り上げたのが、メイさんのEU離脱に対する姿勢です。

JEREMY PAXMAN(JP): メイさん、現代における最大の政治課題について自分の答えが間違っていることに気が付いたのはいつなんです?
▼持って回った質問ですが、要するに英国がEUを離脱する(BREXIT)ことは間違っているということに気が付いたのはいつのことなのか?と聞いている。BREXITを成功させるために打って出た選挙なのに、「あなたはそれがくだらないアイデアであると考えている」という前提で質問している。
THERESA MAY(TM): ジェレミー、あなたはどう思うのか聞いてみたいですね。あなたが言っているのはBrexitのことですよね。
JP: もちろんです。Well of course.
TM: 現在、英国の政治にはやらなければならないことが沢山あります。政府が直面している困難なことがたくさん・・・
JP: Brexitが英国にとって非常に悪いものであることに確信を持たれた理由は何なのです?
TM: 「いろいろと考えてみてもEUに留まるべきだ」と思った理由を述べようとしたのですよ。自分自身は残留に投票したし、残留のためのキャンペーンにも参加し、それから・・・
JP: で、いつ気持ちが変わったのです?
TM: 英国の国民は選択肢を与えられて、EUを去る方がいいと、英国の国民が決めたのですよ。
JP:つまりあなたは、もともとこの国のためには良くないと思っていたことを実現しようとしている、と・・・
TM:私が実現しようとしているのは、英国の国民が政府に対して実現するように求めたことなのですよ。私が想うには、Brexitのことだけが問題なのではなくて、政治家に対する信頼の問題でもあると・・・もし我々が・・・I am delivering what I believe the British people want their government to deliver and I think it’s not just an issue about Brexit itself but it is actually an issue to me about trust in politicians that if we …
▼この部分、どうってことないようだけど、メイさんのアタマの中を見る想いがする。自分はBREXITは良くないと思っているけれど、国民はいいと思っている、だったら国民の言うとおりにすることが政治家の務めである・・・この論理、どう思いますか?
JP: ちょっと待って下さい。あなたは昨年の3月にこう言っているんです。もしEUに留まるならば英国は今以上に豊かになり、世界における影響力も増す・・・ずばりこのような言葉を使ったのですよ。なのに、あなたはいま英国をEUから離脱させたいと思っている。
TM: 昨年の3月には私は、「英国がEUを去ったとしても空が落ちてくるわけではない」とも言いましたね。そして国民に選択肢を与えたわけで・・・ And I also said that the sky wouldn’t fall in if we left the European Union, we gave people the choice …
▼つまり・・・EUには残留した方がいいと思うけれど、離脱したからと言って「この世の終わり」というほどのことではない、とメイさんは考えていたということですね。こういうことを言うからパックスマンにつけ込まれる。そのことは彼が発した次の質問で明らかです。
JP: つまり心変わりがしたということですね。気持ちが変わった、と。
So you changed your mind then, you changed your mind.
TM: お答えします。いいですか、ジェレミー、我々は国民に選択肢を与え、英国民はEUを去ることに決めた。となれば重要なことは、政治家が国民の選択を実現し、国民の意思を尊重しているということを国民に見てもらうこと、そして・・・I’ll answer that, we gave people the choice Jeremy and the British people decided to leave the European Union and I think it’s important for them to see their politicians delivering on that choice and respecting the will of the people and …
▼「気持ちが変わったのか?」と言われたのでは、メイさんとしてもきっちり答えないわけにはいかない。
JP: でも気持ちを変えたのすか?But have you changed your mind?
TM: 私がいまやろうとしているのは・・・What I am now doing …
JP: 気持ちを変えたのですか?Have you changed your mind?
TM: 私はとてつもなく大きな機会があると・・・ I think there are huge opportunities …
JP: 気持ちを変えたのですか?Have you changed your mind?
TM: ジェレミー、これがあなたのやり方だってことは承知していま・・・Jeremy, I know that you use this tactic and …
▼気が変わった・気が変わった・・・と人聞きが悪い。いつまでそんなことにこだわっているのか・・・メイさんもさすがにアタマへきている。が、落ち着いて、落ち着いて、これがこいつ(パックスマン)の常とう手段なのだ・・・というわけで「あんたのやりたいことなんか、み~んな分かっているんだよ」と言ってやらなきゃ・・・
JP: 私はあなたから答えを得ようとしているだけですよ。yesとかnoとか言えばいいわけです。「いえ私は気持ちを変えていません」とか「ええ、気持ちを変えましたよ」とか。
TM: 私の見解は、我々がBrexitを成功させることが可能だということであり、英国民もそれを望んでいるということです。
JP: でもあなたはBrexitがいいことであるなどと信じてはいない。
TM: もちろん信じていますよ。いいですか、ジェレミー、首相としての私はすでにEUとの交渉を始めようとしているのですよ。交渉にあたっては強みを確保したいのですよ。英国全体のためにBrexitを成功させること、私が信じているのはそれです。
JP: でも本当はBrexitなんて信じていないのでしょ?
But you don’t really believe in it do you?
TM: 私が信じているのは、Brexitを成功させることです。
I believe in making a success of Brexit.
▼このインタビューについては、視聴者から「ジェレミーはティリーザ・メイを苛めている、失礼だ」という批判が寄せられています。英国がEUから離脱することは間違っていると考えていたメイさんを攻め立てるには「心変わり」を問い詰めるに限る、とパックスマンは考えたのであるし、そのあたりは英国の有権者だってはっきりさせて欲しい部分ではあったと思います。それに対してメイさんは「国民が望むことを実現するのが政治家の仕事」と言っている。メイさんのこの言葉は、政治家のあるべき姿を考えるうえでディスカッションのポイントにはなるよね。国民に受けることが大切なのか、国民にとってためになると(政治家が)思うことを実行するのが大切なのか?でもメイさんも頑張りましたね!おかげでむささびなどにも論点がはっきりした。日本のテレビなどではこのような雰囲気のインタビューはあまり見られない。だからシンゾーやシンタロウのような輩が・・・止めておきます、情けなくなる。

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3)メルケルはヨーロッパの女王か?

先々週の日曜日(5月28日)、ミュンヘンのビール祭りに出席したドイツのメルケル首相が行なった演説は、日本のメディアではどの程度話題になっていたんでしたっけ?むささびが気が付かなかった程度の話題だったのかもしれないのですね。ヨーロッパとアメリカ(と英国)の関係の将来を暗示するような中身だったのですが、欧米のメディアではかなり大きく取り上げられた。
  • NY Times:Merkel Is Looking Past Trump(メルケル、トランプを無視)
  • Washington Post: Merkel says Europe can’t rely on ‘others.’(ヨーロッパは他人を頼らない、とメルケル)
  • Guardian: Angela Merkel: EU cannot completely rely on US and Britain any more(メルケル発言:EUは英米には頼れない)
  • The Economist: What’s brewing in Germany?(ドイツで何が起こっているのか?)
  • Spiegel: A Trans-Atlantic Turning Point(大西洋同盟の曲がり角)
という具合です。メルケル演説のテキストはここをクリックすると全文を英語で読むことができるのですが、話題になったのは次の部分です。
  • 完全に他人を頼りにできる時代はある程度まで終わった。私はこの数日間でそのことを経験したのだ。であるが故に、我々ヨーロッパ人は自分たちの運命を自分たちの手にゆだねなければならない・・・と言うことができるのだ。
    The times in which we could completely rely on others are over to a certain extent. That is what I experienced in the last few days. That is why I can only say: We Europeans must really take our fate into our own hands.
この演説が行われる直前の5月25日にブラッセルでNATOの首脳会議、続いて26日・27日にはイタリアでG7首脳会議が開かれており、メルケルはその両方でアメリカのトランプと同席している。「この数日間で」(in the last few days)というのは「トランプと同じ会議に出席して彼の言動に接した時間」という意味ですよね。


The Economistのブログによると、メルケルのこの演説は、ドイツ3番目の大都会、ミュンヘンにおけるビール祭りの会場で行われたもので、極めてローカルかつフレンドリーな雰囲気の中での演説であったのだそうです。それにしても、ベルリンでもボンでもない町のビール祭りの会場で、このような「世界の中のドイツ」というアングルの演説を行ったメルケルの意図はどこにあったのか?ドイツは今年9月に連邦議会の選挙が行われることになっており、メルケルにしてみれば選挙に向けた地方遊説の一環と解釈することができる。


The Economistのブログが語っているのは、この演説が誰に向けて行われたものなのかということです。当然ながらドイツの有権者が一番重要な相手であり、二番目がEUへの加盟国のリーダーおよび人びとであり、三番目に来るのがアメリカと英国というわけです。ドイツのインテリの間ではアメリカのトランプと英国のEU離脱を一つの現象として語ることが多い。“Trumpandbrexit” というわけです。英国に対しては「EU加盟国であることの利点を放棄したのアンタたちなのよ」ということ、アメリカのトランプに対しては「米独関係は価値観を共有してこそ可能になる」ということをはっきりさせたものである、と。
  • アングロサクソンに対して「ドイツを小突き回すのは止めた方がいいわよ」と伝えたわけで、稀ではあるけれど大いに本質を突いたメッセージであったのだ。
    a rare but substantive reminder to the Anglo-Saxons that they should not treat Germany as a pushover.
とThe Economistのブログは言っている。
 

The Economistによると、外国人はメルケルのことを「ヨーロッパの女王」(queen of Europe)などと呼んだりするけれど、メルケルのアタマにあるのはドイツ国民のことだけ。ただドイツが抱える歴史的・文化的な理由からメルケルもドイツ人も今日では徹底的にヨーロッパ人であろうとしている。そのようなドイツ人を相手に行った演説で英米を批判した・・・ということは、そのように語った方が選挙で勝てると踏んだということでもある。つまり・・・
  • メルケル演説が示すのは、この数か月間においてTrumpandbrexitによって傷ついたのはドイツではなく英米の方だということだ。
    Mrs Merkel’s comments today illustrate how much Trumpandbrexit has hurt America and Britain in the past months.
とThe Economistは主張している。

▼メルケルのアタマにあるのはドイツ人のことだけ・・・その人が「いつまでも英米をあてにするのは止めよう」と呼びかけたということは、ドイツ人の間における一般的な雰囲気として、トランプやBREXITについて批判的なコメントをしても受け容れられると(メルケルが)踏んだということですよね。それがドイツの世論の状況であるということ。トランプとBREXITが「一国中心主義」を訴えているのに対してメルケルは「共同体を大事にしよう」と呼びかけており、それがドイツのみならずヨーロッパ全体の世論に受け容れられるものであることが分かっている。

▼また、メルケルは1954年生まれの62才、メイ首相は56年生まれで60才、そしてトランプは46年生まれの70才・・・生まれた年より、青年時代を過ごした年を比較すると、メルケルもメイも1970年代半ばにハタチを迎えている。第二次大戦における苦労話は実体験としては知らない。どころか戦後の混乱時代さえも殆ど知らない世代です。一方のトランプが20才になった1966年以後のアメリカは超大国には違いないけれど、ベトナム反戦運動があり、人種差別反対運動があり、しかもケネディ大統領、弟のロバート・ケネディ、マーチン・ルーサー・キングらが暗殺されるという時代でもあった。メルケルやメイに比べると激しい時代に青春時代を過ごした経験があり、二人から見ると「不動産屋のおやじ」としか映らないのかもしれない・・・。

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4)テロの原因は誰が作ったのか?
 

5月26日付のThe Independentに中東問題の専門記者、パトリック・コバーン(Patrick Cockburn)がエッセイを寄稿、マンチェスターのテロ事件は欧米による中東における「テロとの戦い」(war on terror)が失敗したことの表れであると言っている。エッセイはマンチェスターのテロ事件をきっかけに書かれており、あれ以後、ロンドン・テロがあったのですが、コバーンの言っていることは両方のテロ事件に当てはまる。記事のイントロは次のようになっている。
  • イラクのフセインやリビアのカダフィが打倒されていなかったならば、(マンチェスター・テロの自爆犯とされる)サルマン・アベディが人びとを殺傷するようなことが起こったとは考えにくい。
    Were Saddam and Gaddafi not overthrown, it is unlikely that Salman Abedi would have been in a position to slaughter people in Manchester.


アメリカを中心とする「対テロ戦争」の失敗を語るとき常に語られてきたのが英米軍によるイラク攻撃です。あの攻撃によってイラクのフセイン政権が崩壊したけれど、その後にやってきたのはブッシュ大統領やブレア首相が言ったような民主国家としてのイラクではなく、無政府状態のイラクでしかなかった。そこへISISのようなイスラム過激主義が台頭して現在に至っている・・・要するに英米によるイラクへの軍事介入は全くの誤りであったということで、そのことは英国では政府主宰の調査委員会(チルコット委員会)も明らかにしている。


が、いまいち詳細がはっきりしていないのは、イラク爆撃(2003年)から8年後の2011年に行われたリビア内戦へのNATO軍の軍事介入です。当時のリビアではカダフィ大佐が率いる政府に対して、さまさまな社会的要求を掲げる反政府勢力による武装闘争が繰り広げられており、英仏を中心とするNATO軍は反体制派を支援していた。2011年10月に反体制派が勝利、反カダフィ闘争という意味ではNATOの筋書き通りとなり、リビアは民主主義の国になったはずだった。なのにその後のリビアはフセイン政権崩壊後のイラクと全く同じ運命をたどっている。ISISのようなイスラム過激主義が跋扈する無政府状態です(むささびジャーナル222号参照)。

で、パトリック・コバーンがリビアへの軍事介入についてもチルコット委員会のようなものを設けて調査するべきだと主張しているポイントの一つが在英リビア人の問題です。英国では2005年にも52人が死亡するという大規模なテロ事件があり、それ以来、国内のイスラム過激主義者への特別監視体制がしかれるようになり、その中には在英リビア人のコミュニティも含まれていた。

2011年9月15日、リビアの北東部の町、ベンガジでリビア人を相手に演説するキャメロン首相。カダフィ政権の打倒を祝福してロンドンから駆け付けたもの。英国はアメリカやフランスとともに、リビアにおける反カダフィ勢力による反体制運動の支援に力を入れていた。ただ欧米による軍事介入については、英国人は必ずしも肯定的であったわけではない。「英仏米などによるリビアにおける軍事行動は正しいか誤っているか?」という問いに対して「正しい:right」と答えた人は過半数以下の41%に過ぎなかった。この8年前のイラク爆撃のときは、それなりの支持を得ていたのですが・・・。キャメロンはベンガジにおける演説で、独裁者であるカダフィが追放されたリビアはこれから民主国家に生まれ変わるという趣旨の発言をしていた。が、実際に起こったのは無政府状態であり、それに乗じてアルカイダやISISのようなイスラム原理主義の過激派によるテロ支配のような状況だった(むささびジャーナル222号)。

が、2011年になってキャメロン政権がリビアにおける反カダフィ勢力への軍事援助を進める政策をとることに伴って、在英リビア人への監視体制が解除されたのだそうです。コバーンによると、当時の英国政府は、単にリビア空爆や反政府勢力の軍事訓練を行ったのみならず、英国内で暮らすリビア人の原理主義的聖戦主義者が祖国(リビア)へ帰ってカダフィを打倒する活動を行うことを奨励するような政策を実施していた。つまり英国内のリビア出身者が英国政府の反カダフィ戦争の代理人にさせられていたということです。

具体的にはテロが疑われる在英リビア人にもパスポートが返還され、自由にリビアへ渡ることができるようになった。英国へ帰国する際には警察の取り調べが行われるが、MI5のような諜報機関のインタビューを受けることもある。そんなときにも「カダフィとの戦いを続けるつもりだ」と告げれば好意的に扱われたりした。そしてコバーンによると、当時の内務大臣はティリーザ・メイ(現首相)だった。外国人の入国などの担当大臣としての彼女が、在英リビア人に対する特別監視体制の解除にどのような役割を果たしたのかを問いただす必要がある・・・とコバーンは言っている。
 
コバーンは、対テロ戦争ほど欧米が見事に失敗した「戦争」の例は他にないとして、この選挙中に労働党のコービン党首が主張したことに耳を傾けるべきだと言っている。すなわち
  • 我々は勇気をもって「テロとの戦い」がうまくいっていないことを認めなければならない。我々に必要なのはアタマを使ってテロリストを生み、テロリズムの起こすような国からの脅威を取り除くようにしなければならない。
    We must be brave enough to admit ‘the war on terror’ is simply not working. We need a smarter way to reduce the threat from countries that nurture terrorists and generate terrorism.
ということです。ところがこのような主張については「テロリストの味方をしている」という非難の声しかあがらない。メイ政権の防衛大臣などは「テロリストの活動を政府の外交政策に関連させるなど、とんでもないハナシだ」と非難している。

さらに、コバーンによれば、英国政府がテロを非難する際に使う言辞(レトリック)は欺瞞的(dishonest)かつ効果が薄い(ineffective)。イスラム・テロは「ワハビ主義」と呼ばれるイスラム原理主義抜きには語れないことが分かっているにもかかわらず、この原理主義を経済的に支えるサウジアラビアからの資金を非難しようとしない・・・これでは対テロ戦争などに勝てるわけがないということです。

コバーンによれば、EUを離脱する英国が頼りにするのはアメリカかもしれないが、トランプのアメリカは一国中心主義の国である。メイ首相がどのような綺麗ごとのレトリックを並べようが、一国中心主義が支配する世界においてEUからも離れて「孤立する英国」(isolated Britain)がどのように生きて行こうというのか・・・ファンタジーではなく現実的なディスカッションこそが求められている、とコバーンは言っている。

▼選挙期間中にロンドンとマンチェスターで3回もテロ事件があったわけですが、メイ首相が発表したコメントの中に "It is the time to say Enough is Enough..."(今こそ、もう沢山だ!と叫ぶときです)というのがありましたよね。イスラム関連のテロリストたちへの言葉であるわけで、今後は人権擁護法の改正も含めて、徹底的な取り締まりを行うと表明したわけですが、これでは国のリーダーとしては物足りないですよね。マンチェスターやロンドンの市長のように「テロに屈することなく平常通りの生活をしよう」と呼びかけようとは思わなかった?

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

blowhard:うぬぼれ人間

ハリー・ポッターの作者として知られるJKローリングさんが自身のツイッターでアメリカのトランプ大統領を称して使ったのが "blowhard" という言葉です。辞書を見ると "A boastful or pompous person"と書いてある。うぬぼれの自信家ってことですね。話せば長いことながら、6月3日のロンドン・テロ直後にロンドン市長がBBCとのインタビューの中でロンドン市民に対する呼びかけの言葉として
  • Londoners will see increased police presence today and over the course of the next few days. There's no reason to be alarmed.
    今日およびこれからの数日間で路上にいる警察官の数を増やすことになっています。ですから心配することはありません。
と語った。それを聞いたのがトランプで、早速自身のツイッターで次のように発信した。
  • At least 7 dead and 48 wounded in terror attack and Mayor of London says there is "no reason to be alarmed!"
    テロのおかげで少なくとも7人が死亡、48人が負傷しているというのに、ロンドン市長ときたら「心配することはありません」などと言っている!
ロンドン市長の対応が甘いという趣旨の批判のメッセージとなっているわけです。そのツイッターを見たJKローリングがトランプ宛てに発信したのが次のメッセージだった。
  • It's called 'leadership', Donald. The terrorists were dead 8 minutes after police got the call. If we need an alarmist blowhard, we'll call.
    (ロンドン市長のような態度のことを)「リーダーシップ」と呼ぶのよ、ドナルド。テロリストたちは警察に電話がかかってから8分後に死亡したのよ。アタシらが(アンタのような)人騒がせなうぬぼれ人間を必要になったら、こっちから電話するから。
"We'll call"(こっちから電話する)というのは、「あんたはお呼びでない」というときに使われる皮肉な言い方です。

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6) むささびの鳴き声
▼むささびのメールボックスに送られてくる英国発のニューズレターの一つに "Farm on line" というのがあります。読んで字のごとくで、農業関連のニュース専門なのですが、5月9日付で送られてきたものに次のような見出しの記事がありました。
  • Tillage farming damaging earthworm populations
▼"earthworm" は「ミミズ」ですよね。Tillage farmingなるもののおかげでミミズの数が減っている、と。記事の書き出しは「土を掘ったり、掻き混ぜたり、ひっくり返したりする、耕起農法における通常の農作業が世界中のミミズの人口に深刻な影響を与えている・・・」となっている。鍬やトラクターを使って地面を掘り起こす農法のことを「耕起農法」(tillage farming)と呼ぶ・・・そんなこと自体、むささびは知りませんでした。農業において鍬だのトラクターだのを使って土を掘り起こすのは当たり前だと思っていたのですが、実は「不耕起農法」(no-tillage farming)というのもあるのですね。日本不耕起栽培普及会というサイトによると「土を掘り起こしたり反転させたりして耕起することをしない農業の手法」のことをそのように呼ぶのだそうであります。

▼Farm on lineのニューズレターによると、スペインのビゴ大学(University of Vigo)とアイルランドのユニバシティ・カレッジ(University College)の研究者たちが40か国における農業現場を調査した結果、最近の農業では余りにも深い部分を掘り起しすぎて、それが地中で暮らすミミズにとって死活問題になっていることが分かったというわけです。特に深刻な影響を受けているのが、地中の深層部分を動き回ることで穴(burrows)を作り出す "anecic earthworms"と呼ばれる種類のミミズなのだそうです。

▼ミミズはかつてチャールズ・ダーウィンによって「自然の鋤(すき)」(nature's plough)と呼ばれた。土を食し、土に排便することで土を豊かにする。ダーウィンが1800年代後半にイングランドで行なった実験によって、1エーカー(約1200坪)あたり約5万4000匹のミミズの存在が確認されていた。ミミズのおかげで大量の「表土」(腐植質を含んだ土)が自然に作られた。ダーウィンは書物の中で「世界の歴史の中で、この下等生物ほど重要な役割を果たした生き物がいるだろうか?」と書いているのだそうであります。

▼ミミズ人口の減少に警鐘を鳴らしているスペインとアイルランドの科学者によると、土を掘り起こす「耕起農法」を全面的に止めることは無理としても、浅堀農法に切り替えることで、農作業そのもののコストダウンにつながると同時に自然の鋤ともいえるミミズ人口の増大に繋がるのだからウィン・ウィン状態に繋がる」のだそうであります。つまり農業の機械化に対する警鐘であると考えるべきなのですよね。むささびにとってミミズは魚釣りをするときのエサに過ぎなかったのですが、この記事を読んで自分がキュウリなどを作っている畑からミミズが出てくると本当に嬉しくなりますね。

▼分からないのは、ミミズくんたちはどのようにしてこの世(地中)に生まれてくるのかということです。というのは、むささびは別の場所から持ってきた土をプランターに入れて使ったりするのですが、たまにミミズが出てくる。最初にプランターに入れた時点ですでに土の中で生活していたってこと?それも考えにくい。よそから持ってきた土をプランターに移した時点で見つかっていなかったのですから。つまりプランターの中で土から湧いて出てきた?

▼いずれにしても、この世にはいろいろな「生活」があるものですね。人間やワンちゃんは地面の上でしか生きられないけれど、カラスやトンビは空中で生きているし、金魚は水の中ですよ!そして土の中で生きるミミズやモグラたち・・・彼らはどうやって息をしているんですか?!教えて、お願い!!
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むささびへの伝言