musasabi journal

251号 2012/10/7
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
2012年も最終3か月になってしまいました。確かに一時に比べればぐっと涼しいけれど、テレビでは10月になっても「残暑」なんて言っておりました。そんなの聞いたことがありませんよね。でも、いつの間にかセミの声が聞こえなくなると同時に虫の鳴き声が騒がしくなっています。
目次

1)ビールと労働時間
2)反日デモ:中産階級のバラードが聞こえる
3)フォークランド:英国人と「領土問題」
4)ハシズムとサッチャリズム:それぞれの時代背景
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)ビールと労働時間
 

ドイツのミュンヘンで毎年開かれる「オクトーバーフェスト」(Oktoberfest)は世界最大のビール祭なのだそうですね。今年のお祭りは本日(10月7日)が最終日となっています。私、オクトーバーフェストどころかミュンヘンにさえも行ったことがないし、ドイツのビールも飲んだことがありません。美味しいのでしょうか?ビールとくれば、それは、あなた、日本に決まっとる!

というわけで、ビールの生産ナンバーワンはどの国でしょうか?ドイツのSchill Malzというサイトによると、もちろん中国です。年間生産量が4900万キロリットル、2位のアメリカ(2300万キロリットル)を大きく引き離しております。以下ブラジル、ロシア、ドイツ、メキシコ、日本、英国などが続いております。では国民一人当たりのビールの消費量が多いのは?ウィキペディア情報によると、1位はチェコで一人あたりの年間消費量は132リットル、次いでドイツ(107)、オーストリア(106)、アイルランド(104)、エストニア(91)などとなっています。英国は74リットルで18位、日本は45リットルで35位、中国は32リットルで39位なのですね。

ところでThe Economistのサイトにビールの値段に関する約30か国の比較が出ているのですが、ドル換算での国際平均価格は500ml=1.55ドルだそうです。いちばん安いのはナイジェリアで0.54ドルですが、いちばん高いのは日本で4.15ドルなのだそうです。英国は3.65ドルで日本に次いで高い国となっています。

The Economistのランキングの面白いところは、それぞれの国においてビールという飲み物が生活感覚として高いものなのか、安いものなのかを比較しようとしている点です。つまり500mlのビールを買うためにそれぞれの国の平均的労働者がどの程度の時間働かなければならないのかを比較しているわけです。その比較で行くといちばん高いのはインドで50分強の労働が必要です。二番がフィリピンで40分弱、三番はコロンビアでフィリピンとほぼ同じ。日本は8番目で、500mlのビールを飲みたいと思ったら18分程度働く必要がある。英国は10番目で15分弱だそうです。いちばん安いのはアメリカで5分となっております。

▼アメリカのビールなんて水みたいなもんだもんね!全くどうでもいいことですが、テレビのドラマを見ていると、たまに飲み屋さんとかバーのようなところで人生の愚痴をこぼしながらビールを飲んている人がいますよね。結構へべれけになっていたりして・・・。でもビールというのは世の中のイヤなことを忘れるために飲むようなアルコールではないよね。日本酒とかウィスキーならさまになるけれど、ビールをがぶ飲みしながら会社や家庭のことで愚痴をこぼすというのは全くさまにならない。トイレに行きたくなるだけです。

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2)反日デモ:中産階級のバラードが聞こえる
 

中国で反日デモが大荒れに荒れた直後の9月18日、Financial Times (FT) のサイトに「中国中産階級のバラード」(The ballad of the Chinese middle class)というタイトルのエッセイが出ていました。書いたのはFTのJamil Anderlini北京支局長、この人は過去約10年ほど中国を専門にウォッチングしてきているジャーナリストです。このエッセイの書き出しは
  • 先週、中国中を席巻した反日の音響と怒号の中にあって、静かではあるが、はっきりと聞き取れるような声が聞こえた。これはこれまでのこのような騒乱においては聞こえなかったような類の小声である。これを中国の中産階級のバラードと呼ぶことにしよう。
    In the midst of the anti-Japanese sound and fury that has erupted across China in the last week there is also a quiet but clearly discernible undertone not heard in previous similar outbursts - call it the ballad of the Chinese middle class.
となっています。

Anderlini支局長によると、過去何十年にもわたって中国では、それが「反外国」である限りにおいては、共産党によって大目に見てもらってきただけでなく、場合によっては共産党が煽り立てたり、デモの作戦まで支援することもあった。典型的な例が、1999年、ユーゴスラビアを空爆していた米軍機がベオグラードの中国大使館を「誤爆」した事件であり、領土問題をめぐる2005年の反日デモだった。

これらのデモを見ていて、外部の人間にもはっきり分かるのは、参加者の多くがデモ本来の目的ではないことをやって憂さ晴らしをしているということ。その対象は実は自分たちの支配者(against their own rulers)に対するものが多い。
  • 「小人の海賊」である日本人の血を要求するというような意味の叫び声をあげていても、彼らが暗に要求しているのは、自分たちの尊厳であり、より大きな経済的な分け前(パイ)であり、国家の運営に対する自分たちの声を反映せよということなのである。
    As they scream for the blood of Japanese “dwarf pirates”, they are actually implicitly calling for more dignity, a bigger slice of the economic pie and a greater say over how their country is run.

憂さ晴らしのためにデモをやっている参加者がいる・・・ということは中国人自身が言っていることであり、これまではそのようなことがおおっぴらに語られることは決してなかったけれど、今回の反日デモでは事情が少し違った。中国版のブログなどを見ていると、特に教育程度の高い中流階級の中国人たちの間で、暴力的な反日デモに対する反動(backlash)が見られるのだそうです。

Anderliniの印象によると、デモ参加者の大半は躍進する最近の中国を象徴するような上昇志向の若者ではないのだそうです。経済成長の恩恵を被っているような階級、即ち「日本車を運転し、ニコンのカメラを使い、中には欧米の大学へ留学したこともある」ような中国人は、もっぱら家庭にこもって愛国心を訴えるデモ隊について中国の面汚しだ(what a loss of face)というツイッターのやりとりをしているということです。

中には今回の反日デモ隊を1900年に中国国内で騒乱を起こした義和団(the Boxers)にたとえる中流階級もいるのだそうです。義和団は清朝末期の貧困農民と労働者で、世の中の悪いことは自然災害も含めて何か何までヨーロッパの植民地主義者とキリスト教徒の仕業であるということで狂信的な反西欧騒乱(義和団の乱)を起こしたことで知られています。

これらの中流階級は暴力デモを批判しているけれど、それ以上に疑いの眼を向けているのが政府です。中国国民が自分たちの権利を求めてデモをすることは禁止しているのに、領土問題をめぐって日本大使館にビンを投げつけることは奨励するような政府によって自分たちが操られているのではないかということです。実際、領土問題など普通の中国人の日常生活とは何の関係もないではないか(a territorial dispute that has nothing to do with their daily lives)というわけです。

こうした「中流階級」の一人のように思える、北京大学のZhang Jianという教授(コロンビア大学で博士号を取得)は自らのブログの中で
  • 共産党による操作の後でさえも、(反日デモへの)参加都市は50を超えていないし、それぞれの都市における参加者も数千人程度だった。これら社会のクズたちは、おそらく私服警察によってそそのかされたものであり、破壊と略奪行為によって彼らが中国社会の主流および中流階級から引き出したのは嫌悪感でしかない。そのことによって(社会の主流の)ある部分が政府そのものの正当性を疑問視する人たちも出ている。
    Even after the manipulation by the Communist Party there were still no more than 50 cities that participated, with only a few thousand demonstrators in each city. These dregs of society were possibly incited by plainclothes agents and their smashing and looting only provoked disgust from the mainstream of society and the middle class, leading some of them to further question the government’s legitimacy.
と述べているのだそうです。

▼ここで書かれているようなことは日本のメディアでも報道されていると思いますが、Financial Timesという国際的なメディアを通して報道されているという事実を紹介するつもりでお伝えします。これを読むと、中流階級のバラードというよりも「ブルース」の方が見出しとしては適当だと思いません?

▼最後に引用されている北京大学教授のブログでは、デモが起こった都市は50を超えないとなっており、それぞれ数千人程度のものだった・・・となっています。日本に伝えられた規模とはかなり違うのでは?このブログが中国語のものなのか、英語なのかが分からないけれど、FTの記事によれば教授はデモ参加者のことをdregsと呼んでいます。「社会のクズ」とはかなりきつい表現ですよね。中国の国内における階級的な亀裂の厳しさの表れなのでしょうか?中流階級の特徴は個人主義です。国家、社会、家族、コミュニティ等々よりも前に自分があるという意識です。これから中国が豊かになればなるほどこの種の階級が増えてくると思うけれど、それが中国全体にどのような影響をもたらすのでしょうか?

▼ここで言う「義和団の乱」を鎮圧するために欧米列強8カ国が連合軍を派遣したのですが、その中に日本も入っていた。なぜ日本が「欧米列強」連合軍に入ったのかというと、英国からの要請があったからです。なぜ英国が日本に派兵を要請したかと言うと、当時の英国はアフリカでボーア戦争というのを戦っていて多数の兵隊を送る余裕がなかったからとされています。そのくせ連合軍の総司令官はアルフレッド・ガスリーという英国人だった。

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3)フォークランド:英国人と「領土問題」

 

日本が中国や韓国との領土問題で立ち往生している(ように見える)一方、英国には南米・アルゼンチンとの間でフォークランドという領土問題があるのですよね。いまから30年前の1982年4月2日、アルゼンチン軍がフォークランドに上陸、英国政府(サッチャー保守党政権)が軍隊を派遣、6月14日にアルゼンチン軍が撤退したのですが、この間にアルゼンチン軍が655人、英国軍が255人の兵士の命を失ったわけです。

BBCによると英国が領土権を主張する根拠は、フォークランド諸島を長期にわたって管理している(its long-term administration of the Falklands)ことと、島民の自決権尊重ということがある。「長期にわたって管理云々」というのが、いわゆる「実効支配」というものです。BBCのサイトによると、1690年に英国の探検家がフォークランドに上陸したのが記録に残されている最初の上陸となっているのですが、その後南米を支配していたスペインとの間でフォークランドの領有権をめぐって関係が緊張したこともあった。1820年にスペインの植民地であったアルゼンチンが独立、フォークランドの領有権を主張するようになる。そして1833年に英国がアルゼンチンの駐屯軍を追放して全島管理を宣言、このころから英国人が永住を開始するけれど、アルゼンチンは領有権主張を続け、1982年にアルゼンチン軍がフォークランドに上陸してフォークランド紛争となり、両国は国交を断絶する(1990年に回復)。

ざっとこういう感じです。つまり1833年から後、英国人が住み続けているという既成事実はあるけれど、アルゼンチンが領有権をギブアップしたわけでもない。延々150年間にわたって領有権の主張を続けており、「ついに我慢できなくなった」というのがアルゼンチン側の言い分だった。今年はあのフォークランド紛争から30年目の年、両国間の国交は1990年に回復してはいるのですが、フォークランドをめぐる対立が一向に解消していないことは、むささびジャーナル233号でもお伝えしています。

2009年5月にアルゼンチンが英国に対して将来の領有権についての交渉を提案、英国側が拒否、同年12月、アルゼンチン議会でフォークランドの領有権を主張する法案が成立、2010年、英国企業がフォークランド海域で石油生産の調査を開始、英国政府もこれを支持する態度を表明・・・という具合です。

アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス大統領が今年6月に国連の非植民地化委員会(Committee on Decolonisation)で行った演説の中で
  • (英国から)1万4000キロも離れているというのに(フォークランドが)英国領の一部であるなどとどうして主張できるのでしょうか?
    How can it be claimed that, 14,000 kilometres away, that it can be part of the British territory?

と述べたのに対してキャメロン首相は、フォークランド紛争30周年を記念する演説の中で
  • 英国は、自分たちの未来を決定するフォークランド島民の権利擁護のために断固としてコミットするものであり、フォークランド島民の未来は島民だけが決めるものである。それこそが30年前に問われた基本原則であり、こんにちもまた再確認するものである。
    Britain remains staunchly committed to upholding the right of the Falkland Islanders, and of the Falkland Islanders alone, to determine their own future. That was the fundamental principle that was at stake 30 years ago: and that is the principle which we solemnly reaffirm today.
と強調している。要するにアルゼンチンは英国の植民地主義を批判、英国はアルゼンチンが島民の意思を無視していると非難しているわけですが、(むささびが目にした)報道に見る限り、竹島問題のように国際司法裁判所に訴えるという動きはどちらにもないし、英国側の言葉にも「領土問題は存在しない」というような表現はありません。

1982年の紛争当時、英国人は何を考えていたのか?英国の世論調査機関のMORIが、フォークランド紛争の進行中にいろいろな世論調査を行っているのですが、サッチャー首相の対応については次のような結果が出ています。
  • 質問:政府のフォークランド問題への対応に満足か不満か?
    Are you satisfied or dissatisfied with the way the Government are now handling the situation in the Falkland Islands?
  • 調査日 満足 不満 分からない
    4月14日 60% 30% 10%
    4月21日 68 24 9
    4月24日 76 20 4
    5月5日 71 25 4
    5月26日 84 14 2
    6月23日 84 13 3
日が経つにつれてサッチャーさんの軍事行動への支持が高まったことがわかります。紛争が始まってから12日目の4月14日の調査ではサッチャーさんの強硬なやり方について良しとするものが6割あったけれど、良くないとする意見も3割はあった。紛争が英国の勝利に終わった後の6月23日の調査では、「満足」が8割を超え、「不満」は当初の半分以下、「分からない」は3分の1以下にまで減っている。

ただフォークランド諸島の「領有権確保」は、あえて軍事行動という人命の犠牲という危険を伴ってでも守らなければならないような大切なものなのか?と問われると、紛争が進行した時点でさえても「島民の命の方が大事」と言う意見が48%、兵士の命の場合でも34%が大事だと答えている。もう一つだけ紹介します。
  • 質問:フォークランド諸島の管理を国連にゆだねてもいいと思うか?
    Should Britain allow the UN to take over administration of the Falkland Islands?
  • 調査日 いい 悪い 分からない
    4月14日 45% 42% 13%
    4月21日 42 46 12
    4月24日 40 50 10
    5月5日 49 41 10
フォークランドへの軍派遣については政府を支持しているのに、フォークランドそのものをずっと英国の管轄下に置くのではなく国連に任せてもいいという意見も相当数に上るのですね。考えてみると英国からは1万キロ以上も離れている島(人口3000人)を軍を派遣してまで守る意味があるのか?という疑問が出るのは当然ですよね。

では30年後のいま、英国人は何を想っているのか?YouGovによる調査結果を二つ紹介します。

  • 質問:フォークランドが英国の領土であるという英国の主張はどの程度正当だと思うか?
    How legitimate, if at all, would you say the UK's claims to the Falkland Islands are?
    • 正当:62%(非常に正当:33% まあまあ正当:29%)
    • 正当ではない:18%(あまり正当ではない:14% 全く不当:4%)
    • 分からない:20%
「正当」とする意見が6割を超えているのですが、これを「多い」と見るのか「案外少ない」と見るのか?「正当でない」の18%に「分からない」の20%を足すと38%(ほぼ4割)にもなる。第三者である日本人として、この数字をどのように見ますか?領有権の正当性なんて聞かれても普通の人には「分からない」というのが正直なところですよね。
  • 質問:英国とアルゼンチンがフォークランドの領有権で話し合いを始めることにどの程度賛成(反対)か?
    To what extent do you support or oppose the UK and Argentina opening discussions over the Falkland Islands sovereignty?
    • 賛成:37%(大いに賛成:9% どちらかとうと賛成:28%)
    • 反対:25%(大いに反対:11% どちらかとうと反対:14%)
    • 賛成も反対もしない:23%
    • 分からない:15%
「賛成も反対もしない」(neither support nor oppose)とういのがどういう意味なのかよく分からないけれど、「反対はしない」を「消極的賛成」と解釈すると60%が話し合いに賛成ということになる。

また「フォークランドの現状に関する最もフェアな解決は何か?」という問いに対しては「英国が領有権を保持すること」というのが37%で一番多く、2番目に多かったのが「フォークランドが独立国となること」(28%)、3番目が「アルゼンチンと英国が共有する」(14%)だった。1982年当時に比べると態度がかなり変わってきていると言えます。フォークランドが独立するというのは、話としては面白いけれど現実性がない。となると、「英国が領有権を保持」というのが当面の策ということになるのですが、英国がフォークランドを領土して保持し、島民を守るために要するコストは(駐屯部隊も含めて)年間約2億ポンド(およそ300億円)だそうです。「フォークランド独立」という意見は、これほどの経済的負担をしてまでも領有権を主張することへの疑問符ともとれます。


▼この記事を掲載するについては私(むささび)なりの理由が二つあります。一つは、フォークランド紛争の当事者である英国においては紛争中も30年後もかなり細かいアンケート調査が行われたという事実をお知らせすることです。紛争中(1982年)の調査はここをクリックすると全部見ることができますが、質問の中には「政府は選挙を行うべきか」「アルゼンチン本土も爆撃すべきか」「サッチャー首相に対する評価は上がったか、下がったか」等々がある。また紛争から30年後の調査は英国とアルゼンチンの両方の国民を対象にしており、「将来、必要に応じて再び軍事力を使うことに賛成か?」などの質問がされています。

▼私自身の知識不足、認識不足なのかもしれないのですが、竹島・尖閣問題について日本のメディアによる世論調査のようなものは行われ、結果が公表されることはあったのでしょうか?特にNHKが気になる。あれだけ「中国船による領海侵犯」とか「デモ隊による破壊行為」などを詳しく、繰り返し報道しているけれど、日本人が何を考えているかを調査・公表もしていないなんてこと、まさかないですよね?

▼この記事を掲載したもう一つの理由は、最初に載せている写真と関係があります。これは1982年5月4日付の大衆紙、The Sunの第一面です。GOTCHAという見出しはI got youという言葉のスラング的表現で「やったぜ!」とか「ざまあ見ろ」という意味にも使われる。アルゼンチンの軍艦、Belgranoが英国海軍によって撃沈させられたというニュースを伝えているものです。

▼上の記事でも紹介したとおり、サッチャーさんによる軍事行動については、世論も最初はとまどい気味だった。サッチャーさんはそのことについて「メディアによる協力が足りないせいだ」と不満をもらしたことがある。それに対するThe Sunのオーナー、ルパート・マードックからの「贈り物」がこれだった。400万部以上という最大の発行部数を誇る新聞による好戦的な報道のお陰で世論もそちらへ傾いていったわけで、その意味ではGOTCHAは歴史的な見出しであったとも言えます。

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4)ハシズムとサッチャリズム:それぞれの時代背景


9月15日付のThe Economistが日本維新の会を旗揚げした橋下徹さんについて、「政治的一匹オオカミ」(political maverick)であるが、日本のこれまでの政治がリーダーシップを発揮できておらず、その意味では橋下さんの台頭は歓迎すべきことだと言っています。また橋下さんは、文科省の力を弱める、学力テストの市町村別結果を公表する、学校選択の幅を広げる・・・等々、教育問題についてかなりラディカルな発言をしているとも伝えています。大阪教育委員会の関係者によると、橋下さんは「人の言うことをじっくり聴く」(listens with a tense heart)と言い、「ものごとをディスカッションしようという姿勢がある」(he is prepared to discuss things)と評判がいいようなのであります。

この記事を読みながら、私、サッチャーさんのことを思い出しました。正確にいうと、マーガレット・サッチャーという政治家が名前を知られるようになり、ついには首相にまでなってしまった1970年代半ばから終わりのころの英国のことを思い出したというべきでしょう。今からほとんど40年も前のハナシです。橋下ブームが起こっている(とメディアが騒いでいる)いまの日本の状況と似ているのではないかということです。

まずはBBCの歴史サイトに出ている、終戦直後からサッチャー政権が誕生するまでの34年間、英国に起こった主なる出来事のリストから。
  • 1945年 国連常任理事国に
    1947年 インド独立
    1948年 国民保健制度(National Health Service)が確立
    1949年 NATOの創設国に
    1953年 エリザベス女王II世の戴冠式
    1956年 スエズ動乱、米国からの圧力で撤退
    1961年 欧州共同体(EEC)加盟申請が却下される
    1962年 ビートルズの'Love Me Do'が大ヒット
    1969年 北アイルランド紛争激化、英軍派遣
    1973年 欧州共同体に加盟
    電力・石炭関連の労働者スト、産業界が週3日の体制に
    1975年 北海油田で石油生産開始
    1979年 サッチャー(54才)保守党政権が誕生
この34年間で、英国(英国人)にとってネガティブと思われる出来事とポジティブと思われる出来事がほぼ半々で起こっているのがわかります。インドの独立、スエズ動乱は大英帝国の落日を象徴しているし、EECへの加盟申請がドゴールによって拒否されて屈辱を感じ、北アイルランドという自国内で武装闘争が起こったりして不安感を持ち、労働者のストで不便この上ない思いをしたはずです。が、その一方で国民保健制度に代表される「ゆりかごから墓場まで」の社会福祉制度は世界の羨望の的となり、エリザベス女王の戴冠式やビートルズには世界中が注目、北海油田で石油がとれて・・・という具合に悪いことばかりではなかった。もちろん英国は国連やNATOのような国際機関では重要な地位を占める国だった。

リバプール大学のDennis Kavanaghという歴史学者によると、サッチャー政権が誕生する前までの英国の政治の世界には、政権が労働党であれ保守党であれ、post-war consensus(戦後コンセンサス)と表現される共通の了解事項のようなものがあった。それは「福祉国家」や「平等社会」実現のために政府の経済政策が大きな役割を果たすべきだという考え方です。さらに政府の経済政策(雇用・賃金など)には労働組合の意向も反映されるべきだというのもあった。「面倒見のいい政府」による「自由で平等な福祉国家」の建設が望ましいとされていた。「ゆりかごから墓場まで」(from the cradle to the grave)という福祉国家のスローガンは日本でも「あこがれ」だったのですよね。

しかし「ゆりかごから墓場まで」も経済的な裏付けがあってのハナシです。英国は第二次世界大戦に勝利した三大大国(米ソ英)の一つであり、終戦直後は国民的な戦勝気分を味わっていたのですが、経済そのものは疲弊していた。Kavanagh教授によると1960年代から70年代の英国は新しい機械・工場に対する投資不足、職場における硬直化した労働慣行、素人じみた企業経営等々のおかげで経済的には全く不振だった。そのくせ強大な力を持つ労組の要求に応じた賃上げがあり、福祉政策は進めるから、ついに政府にお金がなくなってIMFから借金をせざるを得なくなった。1976年のことです。あの頃の先進国でIMFから借金せざるを得なかったのは英国だけ。まさに「ヨーロッパの重病人」(Sick man of Europe)としてヨーロッパやアメリカからは憐みの眼差しで見られるような存在であったし、英国人もそれを感じていた。

1979年の選挙でジェームズ・キャラハンの労働党を破ってサッチャーの率いる保守党政権が誕生したときの英国はそのような状況にあったわけです。その当時の英国の社会的な雰囲気は、保守党のマニフェストの「序文」でサッチャー党首が書いた次の文章が的確に表現しています。
  • (現在の英国には)無力感が漂っている。すなわち自分たちの国は、かつては偉大な国であったのに、なぜか衰退して他国からも置いてきぼりにされている。いまさら事態を変えようったってもう遅いのだ・・・という無力感である。
    there has been a feeling of helplessness, that we are a once great nation that has somehow fallen behind and that it is too late now to turn things round.
サッチャーさんはこれに続けて次のように訴えています。
  • 私は(そのような悲観論を)受け容れることはしない。私は(事態の変革が)出来るというだけでなく、しなければならないと信じている。
    I don't accept that. I believe we not only can, we must.
では、橋下ブームと言われているいまの日本はどうか?半藤一利さんの『昭和史:戦後篇』を参考に、きわめて大ざっぱに日本の来し方を振り返ると次のようになる。
  • 1956年 「もはや戦後ではない」(経済白書)
    1960年 安保闘争
    所得倍増計画
    1964年 東京五輪
    1979年 東京サミット
    「ジャパン・アズ・ナンバーワン」出版
    1980年 第二次オイルショック
    1987年 国鉄民営化
    1989年 平均株価が最高値記録
    1991年 冷戦終結
    1995年 阪神・淡路大震災・地下鉄サリン事件
    1997年 北海道拓銀が破綻、山一證券が自主廃業
    2001年 「自民党をぶっ壊す」(小泉改革)
    2009年 政権交代
    2011年 大震災と原発事故
    2012年 竹島・尖閣問題
ざっとこんな感じでしょうか。終戦(1945年)から1980年代の終わりごろまでは復興と成長の時代だった。1979年に東京サミットが開かれていますが、1975年(終戦から30年後)の第一回先進国首脳会議(フランス)には、世界でたった6か国しかない「先進国」の一つとして参加している。日本の輸出攻勢に対する「ジャパン・バッシング」はあったけれど「いいものを安く提供して何が悪い」と開き直ったりしたのですよね。政・官・業ともに大いに胸を張っていた時代です。

そして1990年代に「バブル」が崩壊して目が覚め、オウム事件で日本は日本人が考えていたほどには安全ではないということを思い知らされる。21世紀に入ってようやく政権交代があったと思ったら、震災と原発事故に見舞われ、経済力では中国に抜かれ、企業の業績では韓国や台湾に抜かれ・・・「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は遠い昔話になってしまった。そしてその中国や韓国とは領土問題で対立している。

出口なし・・・そこで「維新の会」の登場というわけですよね。サッチャー政権が誕生したときの保守党のマニフェストは、英国を覆っている(とサッチャーが感じていた)「無力感」の克服を訴えた。あの頃の英国といまの日本は行きづまり感覚という点で共通していると思います。その感覚の拠って来るところは経済的な停滞です。それまでは潰れるなどとは考えられなかったような企業が次々と姿を消したり、大赤字で政府の支援が必要になったりした。航空機エンジンのRolls Royce、造船のClyde & Harland、エンジニアリングのVickers、通信機器のFerranti・・・数え上げればきりがありません。中には日本企業との競争に敗れて姿を消した企業もある。いま全く同じことが日本でも起こっているのではありませんか?

再確認すると、サッチャーさんは英国停滞の原因を「行き過ぎた福祉政策」や「労組の横暴」などに求め、国家から自立した個人の自由(individual freedom)の復権こそが英国を再生させると訴えた。「ゆりかごから墓場まで」という発想こそが英国をダメにしたのだと言ったわけです。

橋下さんの「維新八策」は「日本再生」のために「自立する個人」が最も必要なもののひとつであると言っています。それによると、中央集権と複雑な規制で身動きがとれなくなった「旧来の日本型国家運営モデル」はもはや機能しないとして次のように述べています。
  • 今の日本を覆う閉塞感を克服し、国民の希望を取り戻すには、国からの上意下達ではなく、地域や個人の創意工夫によって社会全体を活性化し、グローバルな競争力を持つ経済を再構築する必要があります。そのためには国民の総努力が必要です。
振り返ってみると、ここでいう「旧来の日本型国家運営モデル」こそが1945年~1990年の奇跡の経済成長を生み、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に繋がったのですよね。なのに橋下さんらは、それこそが「今の日本を覆う閉塞感」の根源になっているとして否定している。

「ハシズム」と「サッチャリズム」が似て非なるものなのかどうかは分からないけれど、それが出現する時代背景には共通点があるように思えて仕方ないわけであります。それまで通用してきたものが通用しなくなったということです。サッチャーが否定したのは英国社会のエリートたちが考え出した「福祉国家」というシステムであったのですが、橋下さんらが否定する「旧来の日本型国家運営モデル」も戦後の知的エリートたちが確立してきたものであるということです。

▼この話題は他にもいろいろと語りたい部分があるのですが、きりがないのでこの辺で止めておきます。が、一つだけ紹介させてもらいたいのは、1979年の選挙でサッチャ-の保守党が勝ったときの「勝ち方」のことです。保守党は62議席増やして339議席を獲得、労働党は50議席減らして269議席、自由党は2議席減らして11議席となった。保守党の圧勝です。ただ獲得票数を見ると、保守党は1360万票で全体の43.9%、労働党は1150万票(36.9%)、自由党は430万票(13.8%)となっている。つまり野党の票を合わせると保守党を優に上回ってしまう。議席数の差が示すほどには保守党の「圧勝」ではなかったということです。

▼また有権者が保守党に入れたのは、英国内で頻発して社会を麻痺させたりしていたストライキに国全体がうんざりしていたこと、ストの主体である労働組合に対して有効な手を打つことができないでいた労働党政権にも嫌気がさしていたということが主なる理由であって、サッチャーさんが訴えた「個人の自立」に賛同したということではなかったということも注意しておきたいポイントだと思います。

▼「ハシズム」が言う「自立する個人」についてですが、私としては国家や政府からの自立もさることながら「企業社会」からの自立ということもアタマにいれて欲しいと思います。かつての日本では大企業に職を得ることで人生が決まってしまうような面がありましたよね。「寄らば大樹の陰」という感覚です。これも否定の対象になって欲しいものです。


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5)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

aberration:脱線行為

aberrationという単語を英和辞書で引くと、「常軌をはずれること」「一時的精神異常」という日本語が出ています。Cambridge Advanced Learner's Dictionaryによると
  • a temporary change from the typical or usual way of behaviour
となっている。「一時的に普段・普通の行動から外れる」ということですね。9月29日付のThe Economistが自民党の総裁選挙で安倍さんが選ばれたことについて記事を書いているのですが、その見出しが
  • Japanese politics; Aberration
となっています。日本の政治が「常軌を逸している」という意味ですが、Aberrationは安倍(Abe)さんの総裁就任が「常軌を逸している」というダジャレですよね。この総裁選によって日本人は、政治というものは悪い冗談で自分たちがバカにされるためにあるもの(politics only serves to inflict cruel jokes upon them)と感じたに違いないと言っています。言うまでもなく、この人が過去において「従軍慰安婦なんかいなかった」という発言をして問題になったことなどを指している。

この記事によると、安倍さんの復活が示すものは自民党という政党が「人材・思想・原則」を欠如している(a party bereft of ideas, new talent and principles)という現実であるとのことであります。本当に悲しいけれど、むささびもそう思います。

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6)むささびの鳴き声
▼かなり前のことのように思えますが、今年6月、野田首相が福井県・大飯原発の再稼働にオーケーを出した際、これに反対する意見について次のように発言したのだそうですね。
  • 精神論だけでできるかというと、万が一ブラックアウト(大規模停電)が起きたら大変な悪影響が出る。
▼つまり再稼働反対の意見は「現実」を知らない「精神論」だと言っているのですね。共同通信のサイトに「政治劣化考」というインタビュー・コラムがあるのですが、その中で東京工業大学の上田紀行教授(文化人類学)が、野田さんの「精神論」論について、あの原発付近には活断層が存在する可能性があり、大地震が起きやすい状態にあるというわけで、
  • もう一回、東京電力福島第1原発と同じような事故が起きたら日本は終わりだ。これこそが現実論だ。それを精神論と言ってしまった。恐るべき現実感覚、精神の貧困だ。
  • と批判しています。
▼野田さんのどこが「精神の貧困」なのか?上田教授は、野田首相が「現実」というものを、「すでにあるもの」で、「追随しなければいけないもの」と思い込んでいる・・・それが「精神の貧困」であると言っています。「すでにあるもの」とは原子力発電によって成り立ってきた日本社会であり、日本の産業構造であるわけですが、福島原発の事故を経た今の日本は、本来なら「原発がなくてもいい社会」をつくり出していかなければならないのに、これまで原発を使って繁栄してきたという理由で、「いまの社会は原発を必要としている」と思い込んでしまい、原発ゼロを非現実的な「精神論」として退けてしまう。これが野田さんの思考回路であり「精神の貧困」であるというわけです。

▼昔、丸山真男という思想家が、日本人の「現実論」には「つくり出していく」という部分が非常に弱いと言ったのだそうで、上田教授は「その指摘はそのまま野田首相や今の政治家にあてはまる」と言っています。また教授によると、「敗戦を経験した世代」には焼け野原から復興・成功する日本の様子を見ているので「現実をつくり出していくという感覚」があった。しかし敗戦を知らない世代は野田さんのように「現状維持=現実主義」という考え方しかしない。別の言い方をすると「保守的」ということですよね。哲学的な意味での「保守主義」ではなく、「とりあえず現状のままでやっていこう」という姿勢のことです。

▼「現実をつくり出す」というのは、理想を現実のものにするという意味であろうと思うのですが、例えば平和憲法についてこれまでの日本は第9条に言う「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する」ことによって平和を現実のものにするという努力をどれだけ払ってきたのか?上田教授は「敗戦を経験した世代」には「現実をつくり出す」感覚があると言います。焼け野原から復興という意味ではそうかもしれないけれど、その世代が平和憲法を現実のものにする努力を払ってきたとはとても思えない。「復興」の過程でそんなもの忘れてしまったと思います。

▼ここはやはり野田さんの「精神の貧困」よりも、原発によって栄えてきた業界の人たちが既得権保護を「現実論」の名でやっている原発推進キャンペーンのことを問題にするべきだと思います。野田さんや政治家にリーダーシップがないと言って嘆くのはハナシとしては面白いかもしれないけれど、日本ではあまりにも政治家を盛り上げようという空気がなさすぎるのではないですか?反原発の姿勢をかなり明確にした菅さんに対する、産業界やメディアによる「現実主義」という名前のあからさまな敵意を憶えています?

▼NHKのニュースを見ていたら、東京・新大久保で韓国の人たちが韓国祭という催しをやったところ、竹島問題に絡めて日本人たちが反韓デモを組織して会場付近まで押しかけていました。韓国祭には主催者の予想をはるかに上回る客(日本人)が詰めかけ大いに盛り上がったのだそうです。NHKのニュースでは、主催した韓国人のリーダーが新大久保商店街の会長さん(日本人)に「どうも、いろいろありがとうございました」とアタマを下げていたのですが、それに対して70数才の会長さんが「あんた、そんなにぺこぺこすることねえんだ。威張ってりゃいいんだよ」と言っておりました。

▼最近のThe Economistに日本の右傾化を警戒する記事が出ていたけれど、非常に正直な話、私が気持ち悪いのは中国や韓国の反日グループではない。日本の反韓・反中グループです。このグループこそが日本を住みにくくしている。

▼今回も長々とお付き合いを頂いたことに感謝いたします。あと5か月もすれば、もう春です!

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