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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年8月15日
今日(8月15日)は日本では終戦記念日ですが、英国では「対日戦勝記念日:VJ Day」です。上の写真は1945年8月15日、ついに戦争が終わったことを聞いて町へ繰り出して大喜びする、北イングランド・ヨークシャーの大都会、Leedsの市民たちです。私が記憶している終戦の日の写真は、もんぺ姿の日本人が皇居前にひざまずいて泣いている写真でした。<写真=©Yorkshire Evening Post>
目次

1)広島・長崎:「我々は悪くない!」というアメリカ人の心理
2)がんばれ、Daily Mirror
3)自民党(Lib-Dem)人気は凋落の一途
4)キャメロンの大胆さが受けている
5)むささびの友だち:「孫12人、政治は保守」という生涯教育活動のリーダー
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)広島・長崎:「我々は悪くない!」というアメリカ人の心理

8月4日付の毎日新聞の「記者の目」というコラムに西川恵記者が「米英仏の被爆地平和式典出席」という記事を書いています。今年の広島の平和記念式典に駐日アメリカ大使らが参加することについて、広島や長崎が「核軍縮で国際政治を動かす象徴的な拠点としての意味合いをもつことになる」としています。これまでも広島や長崎はそれぞれの被爆体験を発信してはきたけれど、「国際政治に対する影響力はほとんどなかった」のが現実であるとのことであります。

それが1990年代の末あたりから、「集会や議論の場に外務省の軍縮担当者を招き、提言型の運動への脱皮が図られるようになった」ことで変わり始め、2009年、米国のオバマ大統領がチェコのプラハで行った核廃絶演説によって「国際政治の脈絡と完全にドッキングした」とのことであります。

西川さんはまた、訪日する外国首脳が東京の靖国神社ではなく、広島や長崎を訪れて慰霊することに触れて、二つの被爆都市が「日本の全戦没者の象徴」ともなりつつあるという事実に注目しており、結論の部分で

反核の国際政治潮流の中で「広島・長崎」もますます大きな位置を占めるだろう。日本の外交資産であり、その象徴性を最大限に生かす外交上の工夫を期待したい。

と言っています。

ところで、広島の式典にアメリカ大使が参加することについてはBBCのラジオも原爆投下時間に鳴らされるゴーンという鐘の音もいれて、かなりの時間を割いて報道していました。が、なぜか英国の代表も参加していることについては何も触れられなかったと思います。英国からは誰が参加したのでしょうか?

新聞がどのように伝えていたのか?8月6日付のThe Guardianが"John Roos is first US representative to attend Hiroshima memorial ceremony in Japan"という記事を掲載していたのですが、ここでも英国代表の参加については

Envoys from France and Britain - both nuclear powers - and the UN secretary general, Ban Ki-moon, also attended for the first time.

という触れかたをしただけなので、誰が参加したのかは分からない。The Guardianの記事では、父親が原爆投下を行った戦闘機のパイロットであったというアメリカ人がアメリカのテレビ(Fox News)に語った次のようなコメントが紹介されています。

(アメリカ大使が参加するということは)まるで日本人が可哀そうな人々であり、彼らには何の責任もないと言っているようなものではないか。彼らは真珠湾を攻撃したのですよ。我々を襲撃したのです。我々は日本人を虐殺したのではない。戦争を終結させただけなのだ。
It's making the Japanese look like they're the poor people, like they didn't do anything. They hit Pearl Harbor, they struck us. We didn't slaughter the Japanese. We stopped the war."

つまり大使が参加するということは、アメリカが日本に謝罪をするという風にとられるということを怒っている。またThe Guardianの記事は、日本が核廃絶を言う一方でアメリカの核の傘に依存しているという「矛盾」についても触れています。

▼西川さんのエッセイは広島や長崎が被爆地としての声を発しているのに国際世論が耳を傾けなかった事情について詳しく解説しています。またこの2都市が「日本の全戦没者の象徴」となりつつあるというのも面白い指摘ですよね。

▼The Guardianの記事に紹介されていたアメリカ人のコメントですが、広島・長崎が核廃絶を訴えるとアメリカ人はあたかも自分たちが非難されているかのように思うのでしょうね。私の知り合いなども必ずと言っていいほど「でも原爆のお陰で戦争が終わったのだ」という言い方をする。一種の被害妄想です。ちなみに前回のむささびジャーナルで紹介したJoy Murphyはこのコメントについて「Fox Newsのいうことは信用しない方がいい」ということを言っていた。彼女の場合は筋金入りの民主党だから、これもあまりあてにはならないとは言うものの、「原爆投下は正しかった」という意見もまた少数派になりつつあると(私は)想像しています。

▼さらに英国のメディアには「アメリカの核の傘に守られていながら核廃絶を訴えるのは偽善だ」という意見もよくある。この点については西川さんの言うように、時代の変化につれて私自身も変わってきているように思います。つまり私としては、「核廃絶を訴える一方でアメリカの核に守られているのは偽善だ」という考え方もしなくなりつつあるということです。

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2)がんばれ、Daily Mirror


むささびジャーナルを読んでいただいている皆様には、現役であれOBであれ、かなりの割合で新聞記者をされている方がおられます。またメディアの世界とは全く無縁という方もおいでです。私はその中間に身を置いていた人間です・・・ということをイントロにして、新聞記者の皆様にお伺いしたいのですが、皆様の社で「記者」という仕事をされている方は何人くらいいるのでしょうか?

The Prospectという英国の雑誌の7月16日付のサイトにWhy we need the Daily Mirror(我々がデイリーミラーを必要とする理由)という記事が掲載されているのですが、それによると、英国における代表的な大衆紙の一つであるDaily Mirrorが、大々的な人員整理のおかげでロンドンの本社における記者(news reporters)の数が12人にまで減らされる成り行きであるとのことであります。タブロイド版(日本の普通の新聞の約半分のサイズ)とはいえ、70ページもある新聞を12人の記者だけで毎日発行する・・・そんなことが可能なのでしょうか?

骨と皮になったミラーが空っぽの貝殻のようになり、スタッフは毎日、通信社から流れてくる記事で紙面を埋める以外に何もする時間がない。Pared down to the bone, the Mirror becomes an empty shell, its staff having no time to do anything but fill the paper with wire reports.

とThe Prospectは伝えています。

▼メディアの世界に知識も関心もないとおっしゃる方のために申し上げておきます。新聞記事を読んでいると「共同通信」「時事通信」「ロイター」のような名前の入った記事にお目にかかりますよね。それらが「通信社」であり、彼らの仕事は新聞社や放送局にニュース情報を提供することにあります。通信社のおかげで新聞社や放送局は世界中のすべての国や地域に自分の社の記者を置かなくてもニュースを伝えることができる。でも新聞社としては、やはり自社独自の取材スタッフを使った特ダネ記事とか優れた分析・解説記事などを掲載することで読者を増やしたいので、記事のすべてを通信社任せというわけにはいかない。

この5月に行われた選挙で全国紙の中で唯一労働党を支持したのがDaily Mirrorだった。The GuardianもThe Independentも自民(Lib Dems)支持にまわり、あとはみんな保守党支持というのが新聞論調であったわけです。なぜThe Prospectが「ミラーを潰すな」と訴えているのかというと、同紙が英国における全国紙の中で唯一「左派労働者階級」(left-wing working class)を中核読者に持っている新聞であるからです。

健全なる民主主義社会においては、すべての主要政党の見解が全国的な新聞によって代表されるのは良いことであると一般的に理解されている。In a healthy democracy, it’s generally understood that it’s a good thing for the national press to represent the views of all the major political parties.

もちろんいまの英国には、昔のような意味でのleft-wing working class(社会主義政党を支えていた存在)というのはいないようなものなのですが、たとえば移民コミュニティのような底辺で暮らす人々には、The SunやDaily Mailのような保守的大衆紙より受けがいいそうです。

Daily Mirrorは、1956年の英軍のスエズ侵攻やサッチャー時代に起こったフォークランド戦争、さらにはイラク戦争にも反対の論陣を張った新聞です。スエズ動乱とフォークランド戦争への反対は大方の読者の意見とも違う見解で、自分たちの読者にも挑戦する姿勢を持っていたのだそうです。

ライバル紙であるThe SunのNews InternationalやDaily MailのAssociated Newspapersと異なり、Daily Mirrorの発行元であるTrinity Mirrorは株式を上場しているPublic Limited Company (PLC)であり、投資家に損をさせるわけにはいかない。

というわけで7年前に社長(chief executive)に就任したのがSly Baileyという女性なのですが、それ以来、人員整理に次ぐ人員整理を敢行する一方で、自分の年収が160万ポンドもあるのに社員の初任給は約3万ポンドでこの15年間全く変わっていない。にもかかわらず多くのジャーナリストがこの新聞のために働いているのは、the Prospectによると「新聞の理念に誇りを感じているから」(because they were proud of what it stood for)なのだそうです。

Daily Mirrorを救うには何をすればいいのか?the Prospectによると、まずは社長をもっとメディアのことを分かっている人物にすることだそうです。

新聞発行もビジネスです。経営に失敗すれば潰れるしかないわけですが、いま英国からDaily Mirrorが消えることは大きな悲劇である、とthe Prospectは言っています。Daily Mirrorこそが、労働党の中の労働者階級の価値観を反映している新聞であり、常に弱い者の団結とプライドのために立ち上がる(it stands up for the underdog, solidarity and pride in hard work)ユニークな新聞であるからである、というわけです。

が、(弱い者の団結とプライドなどという)考え方そのものが時代遅れになっているということも言えるのだ。公共部門を除いては労働組合というものが殆ど消滅してしまっているし、労働党自体も時代とともに変身を遂げている。ひょっとすると、Daily Mirrorは解体業者に送られるべき時代なのかもしれない。But those ideas have dated, the trade unions have almost disappeared outside the public sector, and the Labour party itself has moved on. Maybe it is time for the Mirror to be dispatched to the knacker’s yard.

それでも「民主主義とジャーナリズムとこの国のためにも、Daily Mirrorには消えてもらいたくないものだ」(For the sake of democracy, journalism and this country, I hope not)というのがthe Prospectのエッセイの筆者は締めくくっています。

▼そういわれてみると、いわゆる「高級紙」の中で、5月の選挙の際に労働党支持を打ち出した新聞は一紙もなかったですね。あのThe Guaridanまでが自民支持だった。

▼Daily Mirrorがこれまで読者としてきた人たちの生活感覚が変化していることに追い付いて行っていないという指摘は非常に面白い。むささびジャーナルの191号でもお知らせした、労働組合の衰退は明らかにその現象の一つであると言えますね。組合の衰退が労働党の変質に繋がっている。Daily Mirror華やかなりしころの英国は、労働組合華やかなりしころの英国であったとも言えるわけで、そのような英国が再び実現することがあるのか?これはいまの日本にもしっかり当てはまる話題であるように思えますが・・・。違いは、日本にはDaily Mirrorのような新聞が存在しないということです。

The Prospectのエッセイから外れますが、いまから65年前の1945年7月に英国で選挙が行われた。当時はまだ第二次世界大戦が完全には終わっていないときで、保守党はウィンストン・チャーチル、労働党はクレメント・アトリーという人を党首にかついでの選挙だった。誰もが対ドイツの戦争で英国を勝利に導いたチャーチルが率いる保守党の勝利を信じて疑わなかったのですが、やってみたら労働党の地滑り的勝利に終わったということがある。この選挙は英国政治の歴史の中で必ず話題になるものです。

その選挙における大衆紙の政党支持は次のようになっていた。数字は発行部数です。

Daily Express 330万 保守党
Daily Herald 190万 労働党
Daily Mail 170万 保守党
Daily Mirror 240万 労働党

Daily Heraldは現在のThe Sunの前身です。保守党支持の新聞発行部数を足すと500万部、労働党支持は430万部です。当時の英国におけるウィンストン・チャーチルの国民的な人気を考えると、両者の差がたった70万というのは意外な数字ですね。もちろん新聞論調だけが選挙を左右したわけではないけれど、Daily Mirrorが労働党支持を打ち出したことが労働党にとっては大きかったと言われています。

▼ちなみに、この記事の最初に入れてある新聞の写真は、1945年7月5日付のDaily Mirrorです。選挙の当日の新聞であるわけですが、戦場で傷ついた兵士からのメッセージという形で労働党への支持を訴えている。当時の英国人が持っていた厭戦気分に訴えたもので、それに気がつかなかったことがチャーチル敗退の最大の理由とされています。使われているマンガは英国の政治漫画史上、最高傑作のひとつとされているそうです。

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3)自民党(Lib Dems)人気は凋落の一途


5月12日に発足した英国の保守・自民の連立政権ですが、Financial Timesのコラムニスト、Max Hastingsによると来春が崩壊の目途なのだそうであります。なぜ来年(2011年)の春なのかというと、そのころに連立合意の中でも自民(Lib-Dem)にとって最大のポイントであった選挙制度改革に関する国民投票が行われるのがそのころであるからであります。

Alternative Voting(AV)と呼ばれる新しい選挙制度を導入することの是非をめぐっての国民投票なのですが、連立合意の文書で謳われているのはAVの導入そのものではなくて、導入するかどうかの国民投票を行うということにすぎない。で、その国民投票ではAVの導入に反対(つまり従来の完全小選挙区制度を維持する方がいい)の意見が勝つであろうとのことで、そうなった時点で自民の側に分裂が起こるというのがHastingsの読むところであります。保守党はキャメロンも含めて現状維持を支持することをはっきりさせています。

とにかく最近の世論調査では、自民党(Lib Dems)の人気凋落ぶりが目立ちます。保守党支持が42%、労働党が38%なのに対して自民党は12%しかとれない。12%という数字は2007年に党首交代が行われたとき以来、最低の支持率だそうであります。この支持率を議席数にあてはめると、保守党は313議席(実際には307議席)、労働党は299議席(258議席)にまで増えるのに対して自民党の場合はわずか12議席(57議席)にまで落ち込む計算になる。言うまでもなく、自民党の分裂によって人気が保守・労働党に流れるという現象が起こっているということです。

Max Hastingsによると、自民党はこれまでも「アホな政党」(silly party)として、夢想家と現状不満居士の収容所であったのに、クレッグ党首らは野党としての良さよりも権力の甘い誘惑に惹かれてしまった。そして党内の夢想家グループは声をひそめてしまった。しかし選挙制度改革についての国民投票に敗れた自民党は、キャメロン政権との連立に残りたいクレッグ党首(と彼の支持派)と保守党との連立そのものに批判的だった勢力の二つに分裂することになっています。本当にこれが起こって、自民党議員の半数以下の20人が保守に参加するようになると、キャメロンの保守党が晴れて議会の多数派(326議席)を占めることになるわけです。

▼となると、選挙前に起こったあのLib-Demブームとも言える現象はなんであったのか?選挙前のテレビ討論会におけるクレッグ党首のパフォーマンスのお陰で、一時は支持率が7割を超えたりしたのでありますが・・・。

ところでLib-DemがこだわっているAlternative Votingという選挙制度ですが、一つの選挙区から選ばれるのが一人だけという意味では現在の小選挙区制と何も変わりません。どうやるのかというと、ある選挙区でA、B、C、Dの4党が候補者を立てたとします。これまでのやり方だと、選挙民はこの中の一人にチェックを入れ、それが一番多い候補者が勝ちだった。新しい制度では、一人だけにチェックを入れるのではなく、自分が良いと思う候補者に良いと思う順に番号をつける。イチバンいいと思う候補者には1、二番目にいいと思う候補者には2・・・という具合です。イチバンいいと思う人にのみ1の番号をつけてあとは無視というのもありです。

その結果、A党の候補者の獲得した「1」がイチバン多く、しかも投票総数の過半数に達した場合はその時点で当選となる。過半数に達しなかった場合、「1」が一番少なかったD候補者がまず脱落・落選となる。そしてDが獲得した「2」の票数をA、B、Cの3人に割り振る。その結果、誰かが投票総数の過半数に達したらそれで当選という具合です。

▼Lib-Demの本来の主張は比例代表制の導入であり、Alternative Votingは妥協の産物です。選挙制度改革委員会のサイトなどを見ても、AVと現在の完全小選挙区制(First-Past-the-Post:FPTP)の間にはあまり違いがないとされています。前回の選挙結果をAV制度で計算したとしてもLib-Demの獲得議席はせいぜい20議席増えるていどであるのに対して、比例代表制を導入すると現在の57から一挙に162にまで増えることになる。

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4)キャメロンの大胆さが受けている


The Economistのオンライン版にBlightyというタイトルのブログがあります。筆者のイニシャルはあるけれど署名がないというのがThe Economistらしいのですが、内容は書き手の主観の発露で、その分だけ気楽に読める記事が多いのが有難い。

最近(8月8日)のこのコラムにThe gambling prime ministerという記事が掲載されています。「賭ける首相」というわけですが、英国のデイビッド・キャメロン首相の外交姿勢のことを称してgamblingと呼んでいる。「案外言いたいことをきっちり言っていて、結構ではないか」というニュアンスの記事です。

とにかくこの人の場合、経験・前例・安全などをモットーとする「外交のプロ」から見ると、ぎょっとするような発言が多いのです。最近の例がパキスタンです。インド訪問中の記者会見の中でアフガニスタン情勢に果たすパキスタンの役割に触れた際に「パキスタンは世界中にテロを輸出している」とか「テロリストに甘い」という趣旨の発言をしてパキスタン政府の怒りを買ってしまった。そのころパキスタンのAsif Ali Zardari大統領の訪英が予定されていたのですが、これがキャンセルになるのではないかと言われたくらい大騒ぎになってしまった。

結局、大統領の訪英は予定通り行われたのですが、キャメロンの口から問題発言についての謝罪の言葉でも出るのかと思ったらそれはなし。その代わりに「パキスタンはテロの犠牲者であり、対テロ戦争でも中心的な役割を担っている」(the country was itself a major victim of terror, and a major player in fighting it)と発言することで、一応おさまりはついたことになっている。

7月にトルコを訪問したときには、イスラエルのパレスチナ政策について「ガザ地区は巨大な収容所(prison camp)になっている」と発言してイスラエルがかんかんに怒った。アメリカを訪問したときももっぱらの話題であったBPの石油漏洩事故や航空機爆破犯人のリビアへの引き渡しについて、謝罪めいた発言は一切なし。

「思った以上に言いたいことを言う首相(unexpectedly audacious prime minister)」であるキャメロンの姿勢が外国で不必要な怒りを買ったりするというリスクはあるけれど、考えてみるとキャメロンという人は、見かけほど「ぼんやりした中道保守」(stolid, middle-of-the-road High Tory)ではないという傾向は前からあった。9・11テロの5周年のスピーチでアメリカの外交政策を批判してみたり、イスラエルのレバノン攻撃を「不釣り合いにひどすぎる」と攻撃したり・・・それまでの保守党党首とはかなり違うイメージの発言や行動が目立った。そもそも自民党との連立にしてからが、キャメロンの「勇敢なる動き」(bold move)によって実現したものだ。

必ずしもその背後に戦略があるとも思えない、彼の大胆さは首相という厳しい役割から打ちだされるものなのかもしれない。いずれにしても彼の前の首相とは対照的であり、それは劇的かつ極めて魅力的な対照ではある。Maybe this taste for the daring (which does not always seem to have a strategy behind it) will be beaten out of him by the rigours of office. But for the time being, it makes for fierce and quite compelling contrast with the last prime minister.

というのが結びです。

▼つまりこの筆者はキャメロンの大胆さを非常に好意的に見ているわけですね。この記事もさることながら、面白いのはこれに対する読者からの「投稿」です。

「政治家から正直さが消えてから長い間たつが、ようやくそうでない政治家が出てきた。よくやった、キャメロン(It's long past time for some candour - ie honesty - from our politicians. Well done, Mr Cameron)

とか

「国際舞台で彼が強さを発揮してくれれば、労働党のおかげで衰退してしまった英国を逆戻りさせることができるであろう」(If he can come across stronger on world stage, then the damaging decline the UK was hit with under Labour can be reversed)

等々、キャメロンの大胆さに好意的なものが非常に多いということです。

▼でも・・・あえて言わせてもらうと、1997年当時のブレア旋風と似ていなくもないという点が気になる。私の見るところによると、あのブレア人気はかなりの部分「ジョン・メージャーの保守党には飽き飽きした」という気分の反映であったのであって、ブレアの政策そのものについて英国人が支持していたわけではないということです。いまのキャメロン人気も「ブラウンに飽きてしまった」世の中の雰囲気の表れにすぎないのではないかということです。あのブレア旋風もいまのキャメロン人気もメディアによって演出されたものである点でも共通している。

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5)むささびの友だち:「孫12人、政治は保守」という生涯教育活動のリーダー


「私ももうすぐ69ですから・・・」と私が言うと、パム・ジョーンズが「まだ若いね。アタシなんか73よ」と言った。パムはFinstockからクルマで10分ほど行ったところにあるWitneyという小さな町を中心に行われているU3Aという活動のリーダーをしている。U3AはUniversity of 3rd Ageの略で、退職後のお年寄りが集まって、いろいろな形で自分を「教育」する活動です。日本語でいうと「生涯教育」かな?

現在、英国全土に約770のU3Aがあって、会員数は約25万人と言われています。もともとはフランスで始まった運動らしいのですが、英国でも始まったのはいまから約30年前の1981年のこと。私、あることがきっかけで、発足当初からU3Aのことを知っていて、今回も英国へ来る前にWitneyのU3Aにメールを打ってみたところ、早速会長さんのパム・ジョーンズから返事があって「会員になることは大歓迎。講師として日本の生活について話をしてくれないか?」というリクエストがあった。

私の興味は、英国人を相手に日本の話をすることよりも、私と同年輩の英国人たちがどのような暮らしをしているのかを知ることにあったので、まずは入会してみることに・・・。どこかに校舎やキャンパスがあるわけではなく、一か月に一度行われる全体集会のために使う町の教会が、その日だけキャンパスということになる。

行ってみると、80~100人程度と思われる人々が集まっていた。その日は「キューバのいま」というテーマで、最近観光旅行でキューバへ行って来た会員がスライドを見せながら自分の眼で見たキューバについての報告をするという趣向だった。質問時間を入れて、約1時間で「授業」の部分はお終い。その後は適当にお茶を飲みながらの歓談ですが、そのために残る人の数は20人もいなかったと思います。

パムに自己紹介をして、年会費15ポンドを払って私もU3Aの学生ということに。「あなたの場合は8月末までしかいないのだから、半年分の会費でもいいのだけど、その決まりがないので、申し訳ないけれど一年分ということにしてください」とパム。会員証は次回出来てくるとのことでありました。

WitneyのU3Aは月一回の全体集会(授業)以外に、会員たちが自宅を使ったりして行うそれぞれの集まり(授業)によって成り立っている。「それぞれ」の部分には「比較宗教論」「コンピュータ入門」「フランス文学」「歴史」などのように、やや学術的なものもあるし「クラシック音楽を楽しむ会」「絵画教室」「読書の会」「ジャズ研究」のような趣味的なものもあります。さらに「パブで食事をする会」「ウォーキングを楽しむ会」「名所旧跡めぐり」のように屋外での活動もある。全部で約50コースがあるのですが、自宅のサイズの関係もあって定員があるので、必ずしも自分の好きなものに参加できるというわけではない。これらの個々の集会は全て会員たちの発案によって運営されています。

私はとりあえずパム本人が主宰する「パブで食事をする会」なるものに参加してみました。参加者は約20人、文字通りいろいろなハナシをしながら昼食をとる・・・それだけのことでありましたが、私にしてみれば知り合いを作るきっかけになって有難い集会ではあったわけです。

「69?アンタはまだ若い」とパムに言われたのは、その昼食会でのことであったのですが、彼女はWitneyのU3Aだけでなく、Witneyも含めたオックスフォードシャー西部にあるU3A連合の会長さんもやっている。結構忙しい身のようであります。

そのパム・ジョーンズが私のために自宅での昼食会を組織してくれた。出席者はいずれもU3Aのメンバーで約20人。私が話をしたテーマは、パムのリクエストということもあってLife in Japanというものであったのですが、私としては「講師」というよりも、ディスカッションのための問題提起係というやり方で進めさせてもらいました。

私が提起した話題の一つが「言語」だった。私が

日本には方言によって人を差別的に見たりすることはあるけれど、「階級」による言語の違いはほとんどない。英国にはmiddle class Englishというものがあって、working class Englishとは異なると聞いている。学校の教師の大半がmiddle classの出身者であるので、生徒がworking class Englishをしゃべるとそれを訂正しようとして子供の心を傷つけることもあると聞いたがそれは本当か?

と問いかけると、ワイワイガヤガヤ、大して広くもないパムの自宅が大騒ぎになってしまった。私の問題提起はデタラメにやったのではなく、その当時参加していたオックスフォード大学の夏季講習で講師から聞いた話を持ち出したにすぎなかったのですが・・・。どうやら「いまの英国には、気取った英語(posh English)というのはあるかもしれないが、middle class Englishなどない。そのオックスフォードの講師が間違っている」というのが多くの意見のようでありました。

U3Aの月一回の全体集会に参加する会員たちは圧倒的に女性です。パムによると「夫に先立たれた独り暮らしの人が多い。家にいても大してやることがない人たち」なのだそうです。「だったらU3Aの集会の受付係などやればいいのにね・・・」とも言っていました。ヒマな割には人助けというような活動への参加はイヤがるということらしい。分かるな、そのあたりは。

パム・ジョーンズは夫のイボールとの二人暮らし。Witneyの中心部からクルマで5分程度の住宅街に住んでいる。子供が3人、孫が12人もいる。エリザベス女王を心から尊敬しており、読む新聞はTelegraph。政治的には完全な保守党びいきであります。成り金的アメリカには大いなる抵抗を感じています。

パムはWitney U3Aのリーダーを3期、6年以上続けており、来年(2011年)4月で辞めることに決めているのだそうです。実は一度辞任したことがあるのですが、その後、またやりたくなって立候補して当選してしまった。パムは離婚歴が一回、人生の大半を専業主婦として過ごしてきたのですが、自分のことを「いつも何かをやっていないと気が済まない性格」と称しております。そうなると来年の「辞任」だって分かったものではない。

▼パム・ジョーンズが主催してくれた昼食会で一人の婦人が「英国には家柄による階級のようなものがあるし、アメリカには金の有無による階級があるとされている。日本には階級はないのか?」と質問してきました。それに対する、私の答えは「日本には英米のような階級はないかもしれないけれど”企業階級社会”であるということは言えると思う」というものでありました。

▼一流企業というところに職を得ると、その企業が持つ福祉施設が使えたり、企業年金があったりして、恵まれた生活が送れるけれど、その下請け会社や町の小さな工場などに就職すると生活もかなり違う・・・私のいう「企業階級社会」というのはそのような意味で、これは「企業階級社会」からは外れた部分で生きてきた人間のつもりである私自身の実感・実体験による答えだった。

▼ただ、私はそれに追加して
  • その企業階級社会は、企業に対する従業員の忠誠心・自己犠牲のようなものを前提として成り立っている。そのために外から見ると恵まれているように見えても、中に入ると必ずしも楽なものではないかもしれない。
  • いまの日本では、私の言う企業階級社会を支えてきた「一流企業」がおかしくなってきていて、以前のような終身雇用などが成り立たなくなっている。つまりこれまでの企業階級社会が崩壊しつつあるのかもしれない。そして・・・
  • その企業階級社会の崩壊のあとにどのような社会が来るのかが、現在の日本でははっきりしていないように思える。
    とも言わせてもらいました。これも実感です。
▼私の話が終わると、皆さんで拍手をしてくれ「面白かった」「考える糧になった」などとお褒めをいただいたのですが、私自身が感じたのは皆さんが「聴き上手」であることだった。U3Aの活動で最も大切なのが聴き上手も含めた盛り上げ役の存在だということも実感だった。

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6)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら
falconry:鷹狩り

鷹のような猛禽類の鳥を使って行う狩猟ですが、英国中にかなりの数散在しているのが、鷹狩りの実演を見せる鳥の動物園のようなところ。Finstock村からクルマで30分ほど行ったところにもそのようなところがある。鷹狩りの実演と言っても、本当の野ウサギを追いかけるというのではなく、プロの鷹匠が鶏肉のちぎったものを空中に放り投げると、鷹がそれを空中で捕まえるという程度の実演なのですが、これが何度見ても飽きないのであります。鷹だけではなく、フクロウ、トンビ、鷲鳥なども参加します。実演時間は約1時間、入場料は5ポンドていど。鷹匠に言わせると、「鳥たちは単にエサが欲しさにやっているだけ」とのことなのですが、人間と鳥の見事なコミュニケーションには感動さえ覚えますね。



Sharon fruit:柿

英国のスーパーで買うと一個79p(およそ100円)だった。そもそも英国のスーパーで柿を売っているとは知らなかったのでありますが、イスラエルからの輸入ものが多いのだそうです。そういえば、東京のイスラエル大使館の人から「柿はイスラエルから日本への輸出品目の一つになっている」と聞いたことがある。東京・麻布のスーパーに売っていると言っておりました。英国のスーパーで売っているSharon fruitの味は日本で売っている柿と全く同じですが、サイズがちょっと小振りなので、これ一つ100円というのはちょっと高いんでない?

柿のことは英語ではpersimmonというのだと思っていたのですが、Daily Mailによると、この果物は国によって呼び方が異なるのだそうで、ラテン語ではDiospyros、英語ではロマンチックにdate plumと呼ばれたこともある。英語のdate plumもイスラエル語のSharon fruitも「客に受けがいい名前(more attractive to customers)」ということで業者が勝手につけたのだそうですが、date plumの方はさして効き目がなく、大手スーパーのTescoなどは結局persimmonという呼び方に変えたらしい。そう言われてみるとSharonはユダヤ人によくある名前ですよね。Daily Mailは、Sharon fruitが心臓病にいいという調査結果が出ているとも伝えています。


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7)むささびの鳴き声

▼最初の部分でも触れたましたが、8月15日は英国では「対日戦勝記念日:VJ Day」です。むささびジャーナルの発行日と重なるので、詳しく伝えることができませんが、ロンドンではチャールズ皇太子、キャメロン首相らも参加した記念行事が行われることになっています。

▼表紙の写真はYorkshire Evening Postという新聞が、8月13日付のサイトでNostalgia: VJ Day remembered in Leedsという写真企画を掲載していたのから無断で拝借したものです。1945年8月15日のLeedsの町の様子をアーカイブ写真をとおして伝える企画です。市民が街へ繰り出して大喜びしているシーンが写されています。Yorkshire Evening Postはこれらの写真について「戦争を生き抜いた人々が終戦でほっとしている純粋の喜びを伝えている」(capturing moments of pure joy as those who had lived through the war demonstrated their relief at its end)と説明しています。

ここをクリックするとそのアーカイブ写真が数枚出ています。この新聞の記事に見るかぎり、市民は、日本に勝ったことよりも戦争が終わったことを喜んでいるとのことであります。

▼「がんばれDaily Mirror」のところでもちらっと触れましたが、第二次世界大戦の英雄であるウィンストン・チャーチルが終戦の年の1945年に行われた選挙で労働党に大敗した最大の理由は、英国民の厭戦気分に気がつかなかったことにあるとされています。当時の厭戦気分はLeeds市民の表情からも分かります。


▼選挙の投票日は7月5日だった。ドイツは降伏していたけれど、日本との戦争は未だ終わっていなかったので、チャーチルはそのことを訴えて勝つつもりでいたのですが、国民の方は戦争に疲れきっていたということです。その当時、ロンドンでは「チャーチルが今度はロシアを相手に戦争する気でいる」という噂がまことしやかに流れていたのだそうです。

▼VJ Dayとは直接関係ありませんが、8月14日付のThe Independentのサイトが、英国やフランスの極右団体の代表が日本の右翼団体の招きで靖国神社を訪問したことを伝えています。このことはBBCのラジオでも触れられていたのですが、それはBBC World Serviceの放送時間中(午前5時前)のことであったので、どの程度の人の耳に入ったのかは定かではありません。

▼で、The Independentの記事によると英国の極右政党(BNP)のAdam Walkerという人が東京でコメントし、「英国の元軍人たちが自分の靖国参拝を快く思っていないことは分かる」と述べたうえで次のように発言したと伝えられています。

靖国に祀られている人々を、いまになって非難するのは簡単なことだが、彼らはその当時は正しいと考えたことを行っていたのだ。It's easy to point fingers now but these people were doing what they thought was right at the time.

▼ちなみにこの人は、教師をしていたときに移民のことを「がつがつした動物たち」(savage animals)とか「薄汚い」(filth)などと侮辱する内容の発言をネットで繰り返して問題になったことがあります。

▼今回も長々とお付き合いをいただき有難うございました。8月は日曜日が5回あるので、8月29日にもう一度送らせてもらいます。それで英国からお送りするむささびジャーナルはお終いの予定です。その後もむささびジャーナルが続くとすれば、今度は日本からということになります。よろしくお願いします。
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