musasabi journal


春海二郎・美耶子

第154号 2009年1月18日


ある人からのメッセージで「今年(2009年)は吉田松陰没後150年、伊藤博文没後100年、大恐慌は80年前、ベルリンの壁崩壊は20年前、9の数字の年は何かが起こる!?」というのがありました。なるほど・・・死ぬか崩壊か、ですか。「むささび」が消えた年・・・とか!?本来ならオイチョカブで「9」は最高なんですがね。太宰治生誕100年なんですって?ああ、1月も半ばを過ぎてしまいました。寒さがこたえますな。

1)ウェッジウッドの奴隷制度反対ロゴ


日本の新聞でも報道されましたが、最近の金融危機のせいで、Waterford Wedgwoodという会社が破産に追い込まれて しまいましたね。日本の新聞では「ウェッジウッドが破産」という風に、Wedgwoodの名前が見出しに使われていた。 Wedgwoodは英国の高級食器メーカーとして知られていたのですが、途中でアイルランドのガラス食器メーカー、 Waterfordに買収されてWaterford Wedgwoodとなったわけです。

Wedgwoodは1759年にJosiah Wedgwood(1736〜1790)という人によって設立されたのですが、案外知られていないのは、 この人が、いまでいうPR(広報・宣伝)の天才であったということです。The Spectator誌によると、例えば有名な絵 画のモデルにWedgwoodの食器を持たせて、さりげなくPRするというやり方のパイオニアだった。こういうPRの手 法をproduct placingというのだそうですね。

さらに知られていない(かもしれない)のは、Josiah Wedgwoodが18世紀末の奴隷貿易廃止運動の活動家であったという ことです。そのPRの天才が作ったのが写真のロゴマーク。奴隷貿易反対運動のために作られたもので、鎖につなが れたアフリカ人が"AM I NOT A MAN AND A BROTJHER?"(私は人間であり、兄弟ではないのか?)という文字とともに刻ま れています。

Josiahがこの運動に参加したのは、1790年のことで、彼の制作になるロゴマークは、ブレスレット、切手、帽子飾り 、封筒シール等々の日用品に刷り込まれて使われたのだそうで、このロゴを身につけたり、ロゴ入りの商品を使うこ とで、普通の人たちが奴隷制度反対の意思表示ができたというわけです。

The Spectator誌によると、英国における奴隷貿易廃止運動は、政治指導者というよりも普通の人々による草の根運動 の圧力によるところが大きいのだそうで、Josiah WedgwoodのPRの才能なしには不可能だったとのことであります。

▼アフリカ支援活動を支持する人がリストバンドを身につけたり、この種の活動はいまでもありますね。1790年にそ れをやっていたというのは面白い。資料によると、Josiah Wedgwoodは食器製造を初めて工業化した人であるとのこと で、まさに産業革命の英国の申し子みたいな人であったのでしょう。Wedgwoodのティーカップというと、日本では婦 人雑誌などが「優雅な英国式アフタヌーンティー」を楽しむための必需品として大いに使っていましたね。まさか創 設者が奴隷貿易廃止運動に関係があるとは知りませんでした。Wedgwood博物館のサイトを見るといろいろ出ておりま す。

BACK TO TOP

2)さよなら、ブッシュさん・・・

人をバカにする英語にもいろいろある。私の手持ちの英英辞書によると、例えば・・・

  • incompetent
    主として仕事をこなす能力・技能に欠けること(not having the skill or ability to do your job or a task as it should be done)
  • ignorant
    物事に関する知識や情報が不足していること(lacking knowledge or information about something)
  • stupid
    考える能力・優れた判断力に欠けるように見えること(showing a lack of thought or good judement)
  • idiot
    極めてstupidなこと、知的レベルが低いこと(a very stupid person, a person with very low intelligence who cannot think or behave)

アメリカの世論調査機関である、Pew Researchが2008年12月に「ブッシュ大統領の人となりをひと言で表すと、どんな人物だと思うか?」という調査を行った。成人1000人を対象にしたものなのですが、2004年に行った同じ調査との比較によると次ぎのようになっています。数字は人数であってパーセンテージではありません。

 
2004
2008
incompetent
21
56
idiot
12
27
ignorant
2
14
stupid
12
16

「大統領としての能力がない」(incompetent)という人が大幅に増えていますね。idiotも2倍以上の増え方です。idiotstupidも大して変わらないけれど、2004年の時点では、両方合わせて24人だったのが、2008年には43人になっている。4つ全部合わせると、2004年には47人がこれらの表現を使っていたのに、2008年になると113人にまで増えている。

これだけではいくら何でも可哀想だというわけで、2008年の調査で二桁の数字を得たブッシュ評を挙げてみると・・・

 
2004
2008
honest(正直)
35
31
honorable(尊厳)
5
16
selfish(自己中心)
5
13
arrogant(傲慢)
25
23
good(良い)
26
20


honestgoodも残念ながら2004年に比べると減ってしまっている。ちなみに「ウソつき」(liar)と表現する人は、2004年には18人いたのに、2008年では4人にまで減っています。つまり正直者だと思われているわけです。"honorable"てえのは何ですかね。多分「自分の名誉を大事にする」ってことかも?それが「自己中」にも繋がるわけですね。というわけで総合すると、ブッシュさんにはかなり厳しい評価ということになってしまう。

▼本当は、歴代大統領と比較した「止め際の人気度」というのがあるのですが、かわいそうだから紹介するのは止めておきます。なにやら自分のことを言われているようで、私としてはみじめな気分になってしまうということもある。どうしても知りたいという人は、ここをクリックしてみたら?!

BACK TO TOP
 

3)殺らなければ殺られる・・・ユダヤ人の論理?


イスラエルがパレスチナに攻撃を加えて、何人もの犠牲者が出ています。日本のメディアでは、イスラエルを非難するか「とにかく戦争は止めて」という論調が圧倒的ですね。「ガザの悲劇―いつまで放置するのだ」(朝日新聞・1月8日の社説)、「ガザ空爆 報復のスパイラルに陥るのか」(読売新聞・12月30日)、「ガザという地名にこの地域全体の安定を脅かす憎悪と敵意をしみ込ませぬ努力が、責任あるすべての指導者に求められる」(毎日新聞「余録」欄)等々。

英国の新聞を読むと、必ずしも非戦論だけではなく、どちらかに肩入れするような寄稿も目立ちます。中東問題の専門記者として知られるthe Independent紙のRobert Fiskなどは「イスラエルの戦争犯罪」という怒りのエッセイを書いています。Fiskという人は、戦争現場からの報道で知られ、彼の記事はレバノンでもアフガニスタンでも、爆弾の下で逃げまどう住民の視線で書かれるケースが多いので、いわゆる「客観的」な報道というよりも、どちらかというと主観的な調子になるケースが多い。だからあてにならないというわけではないのですが・・・。

1月7日付けのThe TimesのサイトにDaniel Finkelsteinという人の"Israel acts because the world won't defend it"(世界が守ってくれないからイスラエルは行動するのだ)というタイトルのエッセイが出ていました。この人は、エッセイのタイトルからも察せられるとおりユダヤ人です。彼の母親は第二次大戦中にオランダのベルセン(Belsen)という所にあったナチの収容所に入れられたのですが、「アンネの日記」のアンネ・フランクとその妹とは幼い頃の知り合いであったそうです。当然ながらエッセイのアングルはRobert Fiskのものとは違います。

Finkelsteinのエッセイは、

  • 国際世論は、今ごろ「アンネの日記」に涙を流すかもしれないが、当時はアンネを救うことはしなかった。World opinion weeps now for Anne Frank. But world opinion did not save her
  • 国際世論はユダヤ人保護のためには当てにならない。World opinion could not be relied upon to protect the Jews.
  • パレスチナ人はたったひと言「イスラエルが平和に存在することを許す」とさえ言えばいいのだ。たったそれだけのことをマジメに言えばいいのだ。そうすれば殆ど何でも手にはいるのだ。The Palestinians need only say that they will allow Israel to exist in peace. They need only say this tiny thing, and mean it, and there is pretty much nothing they cannot have.
  • パレスチナ人にとっては、パレスチナ国家を持つことよりも、ユダヤ人を追放することの方が大切なのだ。it has always been more important to drive out the Jews than to have a Palestinian state.
  • 彼ら(ハマス)はユダヤ人を殺したいと思っており、それが故にイスラエルが憎らしいのだ。They hate Israel because they want to kill Jews.
  • (イスラエルもいろいろと間違いを犯しているが)このような脅威にさらされて、全く間違いを犯さない国なんてあるだろうか?What nation under such a threat would have avoided all errors?

というような言葉が並んだあとで、結びの部分で、

  • イランが核兵器、すなわちユダヤ人虐殺のホロコーストを再現する潜在能力を手に入れ、しかも国際世論が何もしない場合、イスラエルが犯す間違いより、国際世論が犯す間違いの方がましだなどと言えるのだろうか?As Iran gets a nuclear weapon and so the potential for another Holocaust against the Jews and world opinion does nothing, I am not so sure that the errors of world opinion are so much to be preferred to the errors of Israel.

と述べています。つまりパレスチナ人がユダヤ人を憎むことを止めない限り、「絶対に平和は来ない(There can be no peace)」ということであります。

▼「殺らなければ、殺られしてまう」と言っているように聞こえるし、実際にそう言っているのかもしれない。「国際世論などあてにならない」というのですが、この人、かつてはジョン・メージャー首相の報道官もやっていた人なのです。現在はThe Timesの論説委員長です。

BACK TO TOP


5)いまごろ「テロとの戦争は間違っていた」だなんて・・・

最近(1月15日)インドのムンバイを訪問した英国のミリバンド外相が、テロに見舞われたタージマハール・ホテルで'After Mumbai, beyond the war on terror'(ムンバイ後、対テロ戦争を超えて)というスピーチを行ったのですが、その中で「テロとの戦争(war on terror)」という考え方は間違っていたという趣旨の発言をして注目されました。BBCなどは、外相の発言を「ブッシュ政権の基本政策そのものを否定したもの」(dismissed the signature policy of the Bush Administration)と言っています。ミリバンド発言の問題の部分だけ取り出してみると:

  • 英国政府は、ここ数年、「対テロ戦争」という考え方も言葉も採用していない。そのような言い方が肝心なところで誤解を招き、誤ったものであるからだ。そのような言い方が害あって益なしであるかどうかことは歴史家が審判するだろう。for a couple of years now the British Government has used neither the idea nor the phrase "war on terror". The reason is that ultimately, the notion is misleading and mistaken. Historians will judge whether it has done more harm than good.

    ▼BBCなどのサイトによると、英国政府が"war on terror"(対テロ戦争)という言葉を使わなくなったのは、2006年以後だそうです。

  • 「対テロ戦争」という言い方をすると、テロリストの脅威には、第一義的には軍隊の力で対処するという意味になってしまう。過激主義者の中心勢力を追跡して殺してしまうというやり方である。しかしアメリカのPetraeus将軍が、イラクで私に語ったように、内乱や民間同士の衝突という問題は、殺すことによって解決することはできないのである。the phrase "war on terror" implied a belief that the correct response to the terrorist threat was primarily a military one: to track down and kill a hardcore of extremists. But as General Petraeus said to me and others in Iraq, the coalition there could not kill its way out of the problems of insurgency and civil strife.

つまりアルカイダのようなテロリストとの戦いは、軍事力では解決できないと言っている。外相の演説原稿は、ここをクリックすると読むことができます。

尤も今回お伝えしたいと思ったのは、このミリバンド演説ではありません。今から8年前の2001年10月31日にオックスフォード大学のSir Michael Howardという歴史学者がロンドンで行った「これを戦争と宣言するのは間違っている」(Mistake to declare this a 'war')というタイトルの演説のことであります。結論から言うと、ミリバンド外相が言っていることは、すでに8年前にHoward教授が指摘していたことだった。

9・11テロの直後、当時の米国務長官だったコリン・パウェルが「アメリカは戦争状態にある(we are at war)」と宣言したのですが、Howard教授によると、これは「取り返しのつかない間違い」(irrevocable error)だった。テロとの戦いを「戦争」と呼ぶことが間違いであるという理由はいろいろある。

まず、これを「戦争」と定義してしまうと、テロリストたちは「戦闘要員」(belligerents)ということになって、ある種の正当性(legitimacy)を得てしまう。テロリストの思う壺だというわけです。本来彼らは「犯罪人」(criminals)なのであり、世間からもそのようにみなされるべきであるというわけです。「戦闘要員」ということになると、それなりの保護が約束されている。

▼教授によると、かつて英国で北アイルランドを巡って、IRAのテロが横行したときにも、IRAは自分たちのことを戦闘要員と定義するように要求があったけれど、英国政府はこれを拒否した。英国政府はIRAのテロ活動を「緊急事態」(emergency)と呼んだのだそうです。

Howard教授によると、対テロの戦いを「戦争」と呼ぶべきではないというのは、単なる言葉の問題とか法的な定義の問題ではない。戦争と呼ぶことで、人々の間で戦争心理(war psychosis)をはびこらせ、テロリスト相手に圧倒的な軍事力で作戦を展開すれば、ことが一挙に解決するかのような錯覚を与えてしまうし、国民もメディアもそれを期待する。国を相手の戦争であれば、それも成り立つけれど、テロリスト相手の戦いは性格が全く違う。教授によると、テロは危険な反社会行為(anti-social activity)であり、それと戦うことで社会的な脅威を然るべきレベルにまで引き下げることはできても、全滅させることは絶対にできない(can never be entirely eliminated)ものである。その意味では麻薬との戦いと似ているというわけです。

そしてこのような「反社会的な犯罪行為」との戦いは、警察力と情報収集能力の強化、つまり平和時の枠組みの中でのみ遂行されるべきものであって、反テロ活動が市民生活を脅かすようなものであってはならない。目的はあくまでもテロリストたちを社会的な孤立に追い込むことであり、軍隊を使って「一挙に壊滅」などということはあり得ないことなのだ、というのが教授の指摘です。

Howard教授はまた、反テロのための警察活動と麻薬撲滅とか犯罪撲滅のそれとは決定的な違いがあるとも言っている。それは反テロ活動が基本的に「人心を味方につける戦い」(battle for hearts and minds)であるということです。テロリストをコミュニティにおいて孤立させるためには、住民からの情報提供が必要であり、情報がない限りテロリストには勝てっこないというわけです。

教授は、テロリズムに対する対テロ「戦争」(war on terror)というような反応に仕方について、

  • 政府を挑発して、テロリストたちに向かって軍隊を使うようにさせることで、テロリストたちは重大な戦いに勝利することになるのだ。彼らはまさにwin-win状態になるのだ。the terrorists have already won an important battle if they can provoke the authorities into using overt armed force against them. They will then be in a win-win situation.

と反対しています。テロリストたちは、殺されれば「殉教者」(martyrs)になるし、うまく逃げおおせればロビンフッドのような英雄になる。負けがないのだということです。教授は、テロリストとの戦いには「派手な戦闘もないし、また明確な勝利というものもない」(there will be no spectacular battles, and no clear victory)と言っています。

  • 今日の午後、ひょっとするといま現在、(ブレア)首相が演説をして、英国民に対して「気持ちを強く持て」と働きかけると聞いている。しかし我々にとってもっと大切なことは「冷静になる」ということなのだ。I understand that this afternoon, perhaps at this very moment, the Prime Minister is making a speech exhorting the British People to keep their nerve. It is no less important that we should keep our heads.

    ▼「悪の枢軸との戦争だ!」というような反応は、百害あって一利なしだ、というHoward教授の演説原稿はここをクリックすると読むことができます。英語ですが一読の価値ありです。もう一度強調するけれど、Sir Michael Howardのスピーチが行われたのは、米英軍のよるアフガニスタン空爆が開始(2001年10月7日)されてから約3週間後のことです。そして7年以上たった2009年1月半ばに、英国の外務大臣がHowardの言っているのと同じことを言っている。あの時、この教授の言うことを聞いていれば・・・!

    ▼アフガン攻撃の始まりを議会に告げるブレアの勇ましい演説はここをクリックすると読むことができます。

    ▼日本のオウム真理教は、無差別かつ大量に人を殺した確信犯という点ではテロ集団であるといえると思うのですが、彼らを取り締まるのに自衛隊を使いますか?ってことですよね。警察に決まっていますよね。冷静に考えれば、まさにHoward教授の言うとおりだと思います。然るに今でも、自衛隊のインド洋での給油活動は、対テロ戦争のための国際社会への貢献だとか言っている人がいる。政治家ではなくて、国際問題を考える評論家です。「専門家」とか言われる人の言うことが如何にあてにならないかが分かりますね。

BACK TO TOP

6)英国の政治とジャーナリストB:メージャー首相の悲哀

むささびジャーナルの152・153号ではAnthony Sampsonの本を参考にして、英国のジャーナリストと政治・政治家の関係についてお話してきました。この話題、面白いのでもう少し続けてみたいのであります。というわけで、今回はBBCの政治部長であるAndrew Marrが書いたMy Trade(私の商売)という本が参考書です。Sampsonがどちらかというと国際ジャーナリストであるのに対して、この人はもう少し国内政治に近い立場にいます。My TradeはサブタイトルがA Short History of British Journalismとなっており、英国におけるジャーナリズムの歴史を語っているのですが、必ずしも専門家向けの本ではありません。

この本の中に"Political Journalism: Are We Too Powerful?"(政治ジャーナリズムは力を持ちすぎたか?)という章があり、Anthony Sampsonと似たようなことを言っています。

  • 多くのジャーナリストが、自分たちは下っ端国会議員や大臣よりも偉大であり、少なくとも直接的には影響力を持っていると感じている。記者たちは、政治家といえば、記事にしてもらいたくてジャーナリストたちと接触してくる人間だと思っている。最近では、政治家が記者たちを昼食だのパーティーだのに招待する。昔は反対だったのだ。(many feel themselves to be greater, or at least immediately powerful, than the back-benchers deperate for publicity; and even ministers. Now the politicians call them up, invite them to lunch, or to parties, not the other way around.)

政治をリードするのは、ジャーナリストであって、選挙で選ばれた議員ではない---とジャーナリストたちは考えているというわけです。

Andrew Marrによると、政治家に対してメディアがふんぞり返るようになった逆転現象のルーツは、約30年前に登場したサッチャー政権の時代にある。さまざまな改革を実行するための効果的なやり方としてメディアを味方につけることに力が入れられたのですが、サッチャーさんは、特に自分が党首である保守党内の反サッチャー・グループや閣内の「弱腰たち(wets)」を攻撃するためのツールとして、高級紙、Sunday Timesや大衆紙、The Sunなどが利用された。

サッチャーさんは、自分の考え方に同調すると目されるジャーナリストを官邸に呼んで昼食をともにしたり、首相別荘で開かれるパーティーの類には、政治家・政策アドバイザーらと並んで必ずお気に入りの記者も招待して、お互いの交友を深めると場とした。「どこまでが政府で、どこからがメディアなのかが分からない」ような状況が出来上がったというわけです。

サッチャーと彼女の取り巻き記者の渾然一体関係は、1990年末にサッチャーが保守党内の反対派から追い出される事態になって一挙に吹っ飛んでしまった。ジャーナリストたちはまさにパニック状態で、反サッチャーと目される保守党議員や閣僚たちへの攻撃を繰り返したそうです。

哀れだったのは、サッチャーさんが後継として党首・首相になったジョン・メージャーだった。その頃、英国の通貨であるポンドが、欧州通貨交換制度(Exchange Rate Mechanism)から脱落するという危機があったのですが、それをめぐって、メージャーさんはサッチャー派記者からの「むき出しの敵意」(outright contempt)にさらされることになる。

Andrew Marrによると、この危機の最中にメージャーさん本人が、大衆紙、The Sunの編集長(Kevin MacKenzie)に電話入れて、どのような記事にするつもりなのかをたずねたことがあったのだそうで、それに対するMacKenzieの返事は

  • 教えてあげましょう、首相。いいですか、いまアタシのデスクの上にクソがいっぱい詰まったバケツが二つあるんですよ。アタシはね、明日の朝、その二つともアンタの頭にぶっかけるつもりなんですよ。(Let me put it this way, Prime Minister. I have two buckets of shit on my desk and tomorrow morning I am going to empty both of them over your head)

というものだった。そう言われたメージャーさんは「ひどいこと言うなぁ」と苦笑しながら電話を置いたのだそうです。このエピソードを紹介しながらAndrew Marrは「政治記者は余りにも力を持ちすぎている(We have become too powerful)」と言い、さらに「政治記者が政治家の言うことをそのまま伝えるのではなくて、解説者でありすぎる(too much the interpreter)」とも言っている。記者ではなく、評論家のようになりすぎているということです。

  • 現代英国の政治ジャーナリズムは、民主主義が生んだ子供であるにもかかわらず、新聞、そして次には放送メディアが(民主主義の権威の所在場所である)議会や「投票箱」から権威を奪ってしまっている。(Democracy made modern British journalism. Newspapers and then the broadcasting media derived their authority from parliament and the ballot box

Andrew Marrは、子供のころに彼の父親がバラを庭に植えたときのことに触れて、「バラは枯れて死んでしまい、バラのそばに立てられた支柱だけが大きくなった」として、それこそが現在のロンドンのWestminster(東京でいう永田町)の状態だと言っています。バラは民主主義で、支柱はメディアということです。民主主義がおかしくなってメディアの力だけが大きくなっているということは、Sampsonと全く同じことを言っているのですね。

▼サッチャーさんの後継者となったメージャー首相が、サッチャー好きメディアによっていじめられたということですが、メージャーさんの自伝を読むと、「クソが入ったバケツをひっくり返してやる」と言ってしまったThe SunのMacKenzie編集長のことを「変人で弱い者いじめが好きで、大衆に迎合することだけはうまい人間」(an odd ball and a bully with a streak of populist genius)と呼んでいます。またThe Sunという新聞がRupert Murdochという「英国人(British citizen)でない人間」が所有している新聞であり、かつてのユーモア感覚はなくなったとも言っている。

▼さらに面白いのは、メージャーさんによると、サッチャーさんは「新聞記者は、男も女もちっぽけな存在のくせに権力だけは大きい」(Those newspaper people are all small men and small women with large powers)と言うことを口癖みたいにしていたのですが、それは個人レベルでの発言であり、公的には決してそんなことは言わなかったのだそうです。サッチャーはずるかったのだ、とメージャーさんは言いたかったのでしょうね。

BACK TO TOP

7)むささびJの、どうでも英和辞書

A〜Zの総合索引はこちら

POETS

Poetは「詩人」、Poetsはその複数。で、POETSは?もちろん「詩人」の複数の大文字ではない。Piss Off Early Tomorrow's Saturdayの省略形ですね。「あしたは土曜日、早く帰ろう!」ということです。週末を迎えるウキウキ気分の労働者の心境を表している。Pissというのは「おしっこをする」というスラング的な言葉。はっきり言うと「しょんべん」です。でも何故かPiss Offはどこかへ消えること意味するスラングだそうで、詩的に訳すと「ションベンして、帰ろっと」ということになる。これはおそらくQueen's Englishにはないんじゃないですか!?女の人は使わない方がいいかもしれない。全く同じことを言うのに、TGIF(Thank God It's Friday)というのがありますね。こちらの方が女性向き。

ratherある程度・どちらかと言うと

私が持っている「ジーニアス英和辞書」によると、ratherは「"ある程度"が本義だが、控え目に言ってかえって強い含みを表す幅の広い語」と説明されている。うまいこと言うなぁ!元々は"ある程度"という控えめな意味だったけれど、実際に使うときは"非常に"という意味で使われるということですね。British Englishでは当たり前の表現ですが、American Englishではratherというと文字通り控えめに取られることが多い。英国人がIt's rather warm hereというと「どちらかというと温かい」というよりも「メチャクチャ暑い」という意味になり、Let's open the window(だから窓を開けよう)となっても不思議ではない。

scaleうろこ

知らなかったのですが「目からうろこが落ちる」という表現は、新約聖書から来ているのですね。使徒行伝(9章)に「するとたちどころに、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおりに見えるようになった」という部分がある。英語版の聖書によると" Something like fish-scales fell from Saul's eyes and he wasable to see again"となっている。NHKの「気になることば」というサイトに詳しく出ていますが、このサウロなる人物は、最初はキリスト迫害に手を貸し、それが故に目が見えなくなってしまったけれど、キリストの弟子がやってきて、サウロの目のところに手を置いたら「目からうろこのようなものが落ち」て再び見えるようになったのだそうです。その後、洗礼を受け「イエスこそ神の子であると説きはじめた」となっています。

 

BACK TO TOP

8)むささびの鳴き声


▼2500人の成人を対象に、英国政府が主宰したアンケート調査によると、カラオケが「最も不愉快な発明」(the most irritating invention)ということになった・・・ということは、日本の新聞でも報道されていました。見ました?少しだけ詳しく報告すると、不愉快発明ナンバーワンがカラオケと答えた人は22%、次いで24時間スポーツチャンネル(17%)、ビデオゲームのコンソール(12%)、携帯電話(11%)、目覚まし時計(7%)などが「ワースト5」となっています。カラオケが不愉快の理由として挙げられたのが「聴きたくもない下手くそな歌を聴かされる」ということ。ま、そうでしょうね。

▼カラオケが発明されたのが1971年、英国に輸入されたのが1987年だそうです。楽器販売会社を経営していたIvor Arbiterという人が、娘のJoanneと一緒に日本の業界展示会へ行ってカラオケを見つけたのが始まり。「絶対売れる」というJoanneの言葉に促された。実は彼女自身が歌手なることを夢見ていたのだそうです。

▼今回のアンケート調査結果について、Joanneさんは「パブでガンガンやられるのは不愉快かもしれないけれど、カラオケのお陰で自分も歌えるんだということを分かった人が何百万人といるのよ(It might be irritating in the pub, but it's also given millions of people who didn't know they could sing the opportunity to discover they can)」とカラオケ擁護のコメントを出しています。

▼さらにRob Lawという英国の発明家は「不愉快リストに挙げられたモノを見ると、どれもこれも超人気モノではないか。ワーストワンになったということは、いずれは偉大な発明家として記録に残るということなのだ」と言っている。言えてる。そういえば、日本はカップラーメンを生んだ国だもんね。

▼私も10年ほど前には子供たちと一緒にカラオケへ行ったことが何度かあるけれど、お互いに歌うものが全く違うのでかみ合わないことおびただしい。子供らは、なんだかとても歌とは思えないようなヘンなものを口ずさんでいる。アタイの場合は、春日八郎・三橋美智也・青木光一の世界なんです。

▼それで思い出したのだけれど、最近、私、i-Tunes Storeなるネットサービスに凝っているのでありますよ。音楽をダウンロードして、自分の好きなCDを作れるものだと思ってくらはい。あちらのポップスは大体において1曲150円なのに、美空ひばりとか都はるみは何故か200円。自分の好きな歌手のCDを買うと、大体において2500円〜3000円はしますよね。12曲くらい入っていても、実際に聴きたいのはせいぜい2〜3曲というのが普通です。i-Tunesの場合、そのムダがなくなるわけさ。

▼で、(長くなって申し訳ない)私の音楽趣味というのは、殆ど何でもありのメチャクチャ・ワールドなんですね。だからこの際、少しお金をつかって、小畑実・Otis Redding・フランク永井・Ray CharlesMiles Davis・和田弘とマヒナスターズ・バッハの小品などの「名曲」を集めた、世界で一枚の「むささびレーベル」を制作してみようか、と・・・。小畑さんの「伊那の勘太郎」の次にOtis Reddingの「Dock of the Bay」が来るなんぞは、粋じゃありませんか?

 

BACK TO TOP

 


 

letter to musasabi journal