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美耶子の言い分
003 自国語の例外には案外鈍感?
言葉に例外は付きものであることにおいては、英語を学ぶ日本人にとっても、日本語を学ぶ外国人にとっても、ある種悩みのタネであることは共通していることと言える。日本語を教えていると、英語の複数形における例外、動詞の活用形における例外など、まだましな方だと気付くことがよくある。と同時に、自国語の例外には案外無頓着で、例外だということさえ知らずに使っていることに我ながら驚いて、嬉しくなってしまうことが多い。

今回は形容詞について知った「日本語の例外」の驚きの体験談だ。文法嫌いの人には形容詞だの名詞だの修飾語だのと聞いただけで「ノーシン」(年齢が分かってしまう単語の一つ)が必要になるかもしれないのだが、少し我慢できる人だけにでもいいから、聞いてもらいたいと思う。

形容詞の働きは名詞を修飾することと述語になれること、この二つというのが基本理解だ。前者の例文としては★あなたは楽しい人だ。後者の例文としては★あなたといると楽しい。この「楽しい」が形容詞なのだが、同じ形容詞の例外が登場して日本人なのに私は感心してしまったのだ。「遠い」「近い」「多い」というのが例外組なのだそうだ。

日本人は「私は遠いスーパーには行かずに近いスーパーに行きます」とはふつう言わない。自然に言うと「遠くのスーパー」「近くのスーパー」と言ってしまう。これは、「遠い」「近い」という形容詞を「遠く」「近く」という<名詞>に自動変換して<名詞+の+名詞>にして使っているのだそうである。そう言われてみると成る程、「多い」についても、「多い人が公園に行きます」とは言わずに「多くの人が公園に行きます」と我々は言っている。いつのまにこんな自動変換技術を身に付けてしまったのか・・・と我ながら感動してしまったわけである。

因みに、「遠くの親戚より近くの他人」というのを「遠い親戚より近い他人」と言い換えてみると、「遠く」「近く」というのは(つまり名詞にすると)空間的距離感を表し、「遠い」「近い」というのは血縁や心理的距離感を表すのか・・・と改めて気付いてまたまた感嘆符!だった。歌の歌詞にある「♪遠い山の向こうの知らない町よ・・・」とか「遠いところに旅に出ます、捜さないでください」とかいう置手紙なんかも実は心理的距離感だったんだ!