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北海道余市町

北の国の駅前旅館


北海道の余市という町へ行ってみたいと思ったのは、そこがどんな人が住んでいる町なのか、確かめてみたかったということです。どんな人もこんな人もない、人間みんな似たようなものだし、特にある町だけに変人が住んでいるわけではないということは分かっているのですが・・・。

そもそも余市がどこにあるかご存知ですか?北海道の地図、分かりますよね。札幌、分かります?それが分かったら、地図の左の方を見てください。小樽というところがあります。そこからほんの少し下を見て・・・ありましたよね、日本海に面した町。実は私、余市はてっきり山の中にあるものと思い込んでおりました。理由はよくわからないのですが、きっとウィスキーのコマーシャルで見た雪がシンシンと降る、あの景色のせいなのでは?

記念撮影10年計画

2002年に英国大使館が日本中に小さな木を植えるという企画をやりました。私は幸運にもその企画を担当させてもらったのですが、大使館を退職してから、植えられた木のその後を追跡するという企画をやってみたくて、いろいろな町や村の方々に呼びかけてみた。それに応えてくれた町の一つが余市であったのですが、この町の場合、変わった企画を提案してくれました。2002年の植樹式の際に記念撮影をした10数人の子供たちを集めて、一年に一度、同じ場所で同じ仲間で(しかも並び方も同じで)記念撮影を10年間続けてみようというわけです。 こういう遊び心を持った人がいる町というのは、どんな町であるのか・・・そのあたりが私には気になってしまったというわけです。

羽田から飛行機で1時間半、札幌・千歳空港から電車で約1時間半も乗ると余市に到着。泊まった(と言ってもたったの一泊)のは、JR余市の駅前旅館・徳島屋。大正13年開業という旅館です。並みの歴史じゃない。ここのご主人というかダンナというかオーナーというか・・・は、3代目なのだそうで「4代目がいるかどうか・・・(これから何年もつかという意味)」と頼りないこと言っておりました。

駅前旅館には食い逃げ・泊まり逃げがない

私、東京を出かける前に余市の人からこの旅館を紹介された時に、朝食つき6500円という値段にも惹かれたのですが、何と言っても「駅前旅館」というのに参ってしまった。一度でいいから泊まってみたかった。フーテンの寅さんだか富山の薬売りみたいで、かっこいいじゃありませんか、そういうところへ何気なく泊まるってのは・・・。

朝食を食べ終わってからオーナーとおしゃべりをさせてもらいました。

「駅前なら旅館にはイチバンいい場所でしょう?」(と私)
「それが違うんです」(とオーナー)
「でも電車から降りてくる客の目につきやすいのでは?」
「いや、こういう商売はむしろ町の奥のほうにあった方がいいんですよ」
「そんなもんですかね・・・」
「でも駅前にいて、いいこともある。あそこに交番があるでしょ?ああいうものが近くにあるから、食い逃げとか泊まり逃げがない」 (と、妙な目つきで私を見た、と思った)
「なるほど・・・でも食い逃げなんて言葉久しぶりに聞くなぁ」
「あるんですよ、奥の方のホテルなんか」
「そういえば今年は札幌ドームのプロ野球が盛り上がってますね」(と私が話題を変える)
「アタシは見に行ったことないもんね」(としらけるようなことを言うオーナー)
「でも結構話題になってますが」
「あれはねプレーオフになったからで、日ハムに人気があるからではないのです。たまたまプレーオフになったから盛り上がっているだけ」(この人、何か日ハムに恨みでもあるんだろうか?)

「不確定」に賭ける

ところで、これから10年も経つと余市町に植えられたオークも5-6メートルにはなっているし、幹もかなり太くなっている筈で、子供たちの成長ぶりと比較するのが楽しみです。 しかし私がこの企画を気に入ってしまったのは、それが10年続くという保障は全くないということです。人間にやる気があっても、オークが枯れてしまうかもしれない。子供たちだって10年間ずっと余市にいるとは限らない。親の転勤で他所の町へ行ってしまうかもしれない。

こうした「不確定」を承知の上で、それに賭けてみようという「マジメな遊び心」が非常にいいと思ってしまったのです。

尤もこの企画に関わっている地元の人によると、子供たちが全員いなくなることは「絶対に」ないのだそうです。実は駅前旅館の娘さん3人(まだ小学生)が記念写真10年計画に参加してくれています。旅館だから「転勤」もないだろう、というわけです。なるほどそれはいい。

で、帰り際に私が徳島屋のオーナーの写真を撮ろうとしていると3人の子供たちのお母さんが出てきたので「ま、奥さんもお入りください」と言ったら、オーナーが「この人は私の家内じゃありませんから・・・」と言っておりました。(誰もアンタの奥さんだとは言っておりません。こんなに若くてキレイな女性がアンタの奥さんであるはずがないでしょ!)

粗品に爪切り・・・

宿代を払ったら受取証と一緒に「粗品」をくれました。小さな箱に入っていて、ちょっと重い。なんだろうと思って開けてみたら爪切りが入っていた。記念品に爪切りを貰ったのはこれが初めて。でもあのオーナー、何でまた爪切りを粗品にしたんでありましょうか?例えばキーホルダーとかライターとかでも良かったんじゃありませんか?なぜあえて爪きりなのか!?

これはおそらく寅さんだか富山の薬売りだかが、別の町の駅前旅館に泊まって一人しょぼしょぼ爪でも切りながら「あー、余市の徳島屋はよかった・・・また行こう」なんて思ってくれるのではないか、とでも思ったりしたんでしょうか?だとしたら、この人のPRマインドも捨てたものではない。
今年の余市は大型台風に襲われて名物のリンゴがメチャクチャ。もう一つの名物、ニッカの工場の中の樹木もかなり倒れていました。実は例のイングリッシュオークも台風のせいか9月だというのに葉っぱ枯れてしまった。もうダメかと思ったら、後日連絡が入り「ちゃんと新芽が出ています!」とのことでした。ほっと一息した途端に何故かあの徳島屋のオーナーの顔がアタマに浮かびました。何の脈略もないのですが。

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